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ソウセキ2017  作者: 多田野 水鏡
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やはり風呂は良いものだ

サブタイトルって難しい。

 空樹と別れて家に帰る。

「もうすぐ夕飯だから、着替えちゃいなさい」

 母親が言うので、部屋に行き部屋着に着替える。


 母親がオレと仁奈に学校はどうだ、と聞いてくる。オレは適当に答え、その後仁奈が口を開く。

「誰かと一緒にいなくていいから、とぉっても楽しいよ」

 それとなくオレを見ながら母親に返す。あの野郎、よっぽど箸を顔に突き刺してやろうかと思った。母親がやめなさい、と仁奈を咎めていなければ本当に刺していた所だ。

 空樹と一緒に四日市巡りをしたのが原因か、いつもより早く腹が膨れる。元々入れ替わってから胃が小さくなったようで、心ではもっと食べたいと思っても、身体が受け付けてくれない。オレは所謂食いしん坊という奴で、食べる事が好きなためいつもなら悲しくなるところだが、今日は、というよりこんな居心地の悪い食卓を去れるなら却ってありがたい。

 仁奈から逃げるようで良い気はしないが、満腹になったのは本当なので、

「ごちそうさま」

 さっさと切り上げてやった。何だ、逃げるのか、とでも言いたげに仁奈が睨みつけてくる。二階に行くつもりだったが、どうせやることもないし仁奈が怖くて二階に行ったと思われるのも癪だ。食器を洗浄機に押し込んでから、ソファーに腰掛ける。手を伸ばして入学式の二日前に買ってもらった携帯電話を手に取る。 オレは機械がそう得意とは言えない人間なので、あまり新しすぎても却って使いづらい。それで一つだけ古い奴を買ってもらうことにした。

 一応所謂スマホという奴は入れ替わる前から使っていたが、それでも少し古いのを使っていた。もっと言うなら、初めは思うように使えなくて嫌になったこともある。

 とりあえず入れ替わる前に入れていたアプリを一通りインストールしてあるが、まさか入れ替わり(こんなこと)が起こるなんて思っていなかったので、データは引き継いでいない。というより、引継ぎのパスワードなんていちいち覚えていない。オレが課金という奴に現を抜かす人間ではなくて、本当に良かったと今になって思う。


 やがて家族が食事を終えたので、オレも片づけを手伝う。片づけと言っても、空の食器を運んだり台を拭いたりする程度だが。仁奈の奴は自分が食べ終えると二階の自室へ行ってしまった。姉のオレが手伝いをしているというのに、なんて奴だろう。しかし、親は何も言わない。まぁ、手伝いが嫌というより、一秒でもオレと同じ空間にいるのが嫌なのだろう。

「ありがとう。桜、お風呂入れてきてくれる?」

 母親が言うので、オレは浴室に向かう。少し前に母親に教わったように、機械のスイッチを押してから蛇口をひねる。

 湯が溜まるのを待つ間、再びソファーに座る。すると、片づけを終えた母親が隣に座る。

「ねぇ、桜。部活はどうするの?」

 部活か。そう言えば、まだ部活をどうするか決めていなかった。

「あなた、中学の時は吹奏楽に入ってたのよ。高校でも吹奏楽続けてみる?」

 それは困る。桜は楽器が得意だったかもしれないが、オレは違う。オレの地元の中学とは違い部活は強制ではないので、最悪入る必要は無いかもしれない。まぁ、別に明日までに決めなければならないという訳ではないので、ゆっくり考えよう。

 母親にもゆっくり考える、と言うと、納得したらしくそう、とだけ言った。ただ、と言葉を続ける。

「部活っていうのは、学生生活を飾る華なんだから。自分が本当に楽しめると思うのに入りなさい」

 そういうものか。それならオレは、『オレの』高校生活の華を自分でむしったという訳か。桜には悪いが、こうしてもう一度青春を送れるというのなら入れ替わりも悪くないかもしれない。人生を奪ってしまって申し訳ないが、だからこそせめて精一杯これからを楽しんで生きていく。

「それはそうと、何か思い出した?」

 今度はオレの記憶の事を聞いてきた。安易に思い出した、などという訳にはいかないので、まだだ、とだけ返す。

 母親が何か言おうと口を開いた時、湯船に十分湯が溜まった事を教えるアラームが鳴った。

「入ってきなさい」

 母親がそういうので、バスタオルを受け取り浴室へ向かう。


 風呂に入るには服を脱がなくてはいけない。今では自分のものとは言え、この身体は他人の、それも異性のものだ。桜がかなりの美人で胸も大きく、肌や髪もとてもきれいなので、普通なら眼福だと喜ぶべきなのだろうが、それが自分の身体になると、何というか気恥ずかしくなる。それには、不可抗力とはいえ他人の裸を勝手に見てしまっている申し訳なさも交じっているのだろうか。

 もっと言うなら、いくらスタイルが良いとは言えど桜は未成年だ。そして中身(オレ)は成人男性。何というか、犯罪の匂いが漂う。オレも男で異性に興味がないと言えば嘘になる。しかし、みだりに触ってやろうという気にならないのは、オレの胆が小さいのか、今やこれが自分の身体だからなのか。

 それはそれとして、体を洗うためにスポンジを手に取る。入れ替わる前の男の肌なら、特に何も考えず力任せにスポンジで肌を擦れば良かったが、今はそうはいかない。女の肌は繊細で、その肌を傷つけぬよう、しかし汚れをしっかり落とすために絶妙な力加減で洗わなければいけないのだ。難しくはないが、今一つ物足りない。これで本当に体を洗えているのだろうか。

 髪を洗うのも、やたらと長いので手間がかかる。洗う前は、ちょっと長いくらいどうってことはない、と高を括っていたが、いざやってみるとこれがなかなか面倒くさい。ましてやオレは元々面倒なことが嫌いな性質なのだ。それならいい加減にやればいいものを、元でも他人の身体だとそうできないのがオレの弱い所だ。

 文句を言いながらも、風呂というものはやはりいいものだと思う。入れ替わる前に住んでいたアパートはユニットバスだったためシャワーで我慢していた。銭湯に行くことも有ったが、金がかかるのでオレの安月給ではとても毎日行くなんてことは出来なかった。それが、今は湯船に浸かってゆっくり足を伸ばせる。じわぁ、と体が中から温まるこの感じは、やはり良いものだ。この感覚を無料(タダ)で味わえるのだから、面倒も多かろうが入れ替わりも悪くない、と少し思ってしまう。

 一応言っておくが、水道代、ガス代というものがあることくらいオレも知っている。しかしそれを払うのは桜の親であり、オレではない。桜が払うのではないと、無料という錯覚に陥る。

 風呂から上がり、身体を拭いてパジャマに着替える。部屋にしてもそうだが、桜の私物には、何というか少女らしさがない。変に少女らしくない方がオレにはありがたくはあるが、元の桜の人格が少し怖くなってくる。果たして、桜は今までどう生きてきたのだろうか。

 適当に髪を拭き、洗浄機の上のバナナを一本房から千切る。黄色い皮をむき、白い実を咥える。それを歯で噛み切る、というより押しつぶす。頼りない実は、口の中に程よい甘みを広げる。

「ダメよ、ちゃんとドライヤー使わないと」

 バナナの余韻は、母親の無粋な一言で打ち砕かれた。仕方なく洗面所に行き、ドライヤーを手にする。入れ替わる前は、こんな面倒はなかったのに。やはり、入れ替わるのも楽ではない。おまけに、髪が落ちるので一々拾う必要がある。落ち穂でもないのに、わざわざ拾う必要もなさそうだ。掃除機なりで吸い取ってしまえばよさそうなものだが、ここは洗面所で水気が多い。そんな所で電化製品を使う訳にはいかないのだろう。それで髪を乾かしたら次は櫛でとかなくてはいけない。これは、那須野さんのおかげで大体のコツは掴めているのでそう難しいことはなかった。那須野さんは、元気にしているだろうか。


 眠くなり、部屋に行き布団に入る。考えてみると、こうして綺麗な布団で眠るというのも久しぶりかもしれない。入れ替わる前は全く洗わなかったわけではないが、元来無精のオレはそうやたらと布団を洗うことはなかった。だからいつの間にか布団は頼りなくなり、ただ眠るだけの道具にしてしまった。

 もしこのまま桜として生き、大学に入り一人暮らしをすることになったら、もう少し布団も積極的に洗おう。寝心地の良い布団に包まれ、暖かさに包まれながらそう思った。


 

皆さんお風呂は好きですか? 私は好きです。

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