ダイヤの12
この所一切執筆が出来てない……。
放課後、オレは屋上に向かっていた。別に時間を潰すなら、図書室で読書なり寄り道なりすれば良いのだ。それなのにわざわざこんな所に来た理由は、何の事は無い、気分転換だ。敢えて出来る事がない場所で、ただ時間が過ぎるのを待つ。そんな時間つぶしもたまには面白いか、と思ったのだ。
結局、オレは部活には入らなかった。オレは、やりたいと思った時にやりたい事をやる人間で、やりたい事も当然その日によって変わってくる。だから、部活動をするのにはあまり向いていないのかもしれない。なんて偉そうに自己分析をやってみたが、要するに気まぐれなのだ。
屋上への扉を開ける。九月になるかならないか、そんな時期だけあって流石に暑い。誰だ、こんな所で暇をつぶそうなんて考えた馬鹿は。こんな所に居たら、女子高生の干物になってしまう。
やっぱり図書室で本でも読もうか。そう思って引き返そうとする。すると、歌が聞こえてきた。この歌は、丁度今日の五限の休み時間に聞いた曲だ。好きなグループの曲だ。ましてや特徴的なこのボーカルの声を、オレが間違えるはずがない。もしや、同志がいるのだろうか。
静かに扉を閉め、足を進める。ふと、足を止める。間奏の楽器の音が入っていない。誰かが歌っているだけだろうか、と考えた。しかし、今言った様にこのグループのボーカルの声は非常に特徴的だ。そうそう似た声の人間がいるとは思えない。
歌が聞こえる方に歩いていく。そこに立っていたのは、『御前さん』だった。あの人も、このグループが好きなのか。自分と同じ趣味の人間が近くにいた事に、少し嬉しくなる。
「橘さん」
残念ながら、『御前さん』は気付いてくれなかった。後ろから見ているだけだが、音楽プレイヤーの類を持っている様には見えない。それに、プレイヤーで再生しているのと少しだけ音が違う。もしかして、『御前さん』が歌っているのだろうか。
そう言えば、一度『御前さん』と『フォー・カード』のボーカル、ダイヤの声が似ている、と思ったことがある。前に池袋で『御前さん』に会った時に、彼女の口から出た声が似ていたのだ。
あの時は、いくら似ているからと言って流石にダイヤ本人という事はないだろう、と思っていた。しかし、今こうして歌っている声はあまりにも似すぎている。
そうだ、試しにボーカルの名前を読んでみよう。
「ダイヤ」
呼びかけながら、自分でも変な事をしていると思う。声が似ている、というだけで決めつけて名前を呼ぶなんて。それに、仮に本人だとしてどうだというのか。確かに『フォー・カード』の歌が好きではあるが、別に熱烈なファン、という訳でもないのに。
はぁい、と可愛らしい声で、『御前さん』は振り返った。その顔は、とてもいつもの『御前さん』の顔には見えなかった。冷たさが失せた、ごく普通の少女の顔だった。何というか、美人というより可愛いと思ってしまった。人間という生き物の顔は、ここまで醸し出す雰囲気が変わるものなのだろうか。
振り返った『御前さん』は、オレの顔を見て固まってしまった。それから、オレに背を向けてしまった。
「あ、あの……」
そんな反応をするとは思わなかったので、流石に申し訳なくなった。
「き、聞いてたのか……」
真っ赤な顔で、オレに振り返る。オレは、どうにか返事をした。
「まさか、橘さんが『ダイヤ』だったなんて……」
オレはそう言ったが、別にどちらに対しても幻滅した訳ではない。ただ、驚いただけだ。柚菜たちの話では、厳格な性格だと聞いていた。それが、こんな同人歌手グループのボーカルだったというギャップが、オレの様な田舎者には珍しかっただけだ。
「幻滅したか? 私がこんな事してて」
ようやく『御前さん』の顔に戻った橘が、オレに尋ねる。声も、冷たい『御前さん』の声だ。オレは、驚いただけだ、と正直に返した。
「それに私、好きですよ。ダイヤ……。橘さんのグループの曲」
オレがCDを買っているのを、池袋で見たはずだ。それを思い出したのか、そうだったな、とゆっくり息を吐く。そして、先程までと比べると視線がかなり柔らかくなった。
「なぁ、立木。この事、私が歌っていることは黙っていてくれないか?」
オレにこう頼んできた。オレは、難なく了承した。別に、オレは言いふらすつもりはない。『御前さん』には恩があるというのもあるが、黙っていてくれ、と言っているものを言いふらすような真似はあまり好きではない。しかし、わざわざ隠す事もなさそうなものだ。
「でも、別に隠す事ないじゃあないですか。こんな風にこっそり練習するのも、大変でしょう?」
オレが尋ねると、どこか悲し気な顔で答える。
「私も別に隠したい訳ではない。ただな、ただ……」
口を閉じ、うつむいてしまう。少しの静寂が訪れる。ようやく『御前さん』が口を開いた時、
「あら、こんな所で何を?」
無粋な声が、『御前さん』の邪魔をした。振り返ると、昨日掲示板の前で会った背の低いのが立っていた。
「そんな素行の悪いのと一緒にいては、あなたのためになりませんよ? 『御前さん』」
厭味ったらしくオレの顔を一瞥してから、『御前さん』に顔を向ける。
「そんな事では、次期生徒会長の座を私に取られてしまいますよ?」
その言葉に、『御前さん』は極まりが悪そうな顔をする。そんなもの、くれてやれば良さそうなものだが、真面目な方はそうは思えないのだろう。オレには理解できない世界だ。それにしても、『素行の悪いの』とは心外だ。心外だと思ったが、櫻になってからのオレの行動を振り返ってみると反論できない。
「では」
それだけ言って、小さいのは出ていった。
「……誰です? 今の」
オレは、『御前さん』に尋ねる。
「……今のは東国 白華。私と同じこの学校の副会長だ」
言い終わってから、呆れたようにため息を一つ。そんな事も知らないのか、と言わんばかりだ。そんな奴に目を付けられたのか。大変なものだ。他人事のように、ため息をつく。
ついてから、思い出した。アイツの苗字、オレが殴った上司と同じだった。『御前さん』が『ダイヤ』だったという事があったばかりなので、ついあの東国とかいうのと上司が親子なのでは、と思ってしまった。しかし、案外本当に親子かもしれない。田中とか山田の様な名前ならともかく、あんな苗字はそういないだろう。
親子揃って、オレとは相性が悪いようだ。誰にでも相性が有り、仲良くなれる者もいれば仲良くなれない者もいる。それはずっと以前からの縁であり、今を生きる人間にはどうしようもないことだ。オレが大学時代に勤めていたバイト先の店長が言っていたことだ。その言葉の意味が、良く分かった気がする。
それにしても、また面倒なのに目を付けられたものだ。別に権力者に噛みついてやるのを生きがいとしている訳ではないのだが。
異世界TS転生ものを書いてみたいこの頃。




