球技大会
今回は長めです。投稿が遅れて申し訳ない……。
今日は、いよいよ球技大会本番だ。緊張は特にしていない。むしろ、久しぶりの学校行事というものを楽しみにする気持ち、そして雪華と和解できたことを喜ぶ気持ちでいっぱいだった。
「桜、今日は球技大会でしょう? 頑張ってね!」
朝起きて居間に下りてくると、母親が笑顔を見せる。この女がオレに笑顔を見せたのは、久しぶりな気がする。最近、学校でのオレの態度のせいで心配させてばかりだった。少しだけ、申し訳なく思う。
オレたちの試合の前に、柚菜たちのチームが試合を始める。試合はトーナメント制になっている。オレたちは、コートの端の邪魔にならない場所で見学している。オレの隣には、雪華が座っている。オレたちは何を話すでもなく、柚菜たちの試合を見ていた。
「ところで桜、最近二年草や蘇芳と距離を置いているように見えるのはアタシの気のせいか?」
突然、こんな事を言い出した。別に隠す理由もない。言った所で、雪華が柚菜たちに告げ口するようにも見えない。オレの心を打ち明ける。二人を思って距離を置く事にした事、本当は距離を置くなんてしたくない事。いくら良い所を知ったとはいえ、友達になって一週間も経っていない。それなのに、どうして雪華にここまで正直に話せるのだろう。
「……桜」
オレの話を聞いた雪華は、いきなりオレに向き合い肩を掴む。
「二人と仲直りしろ」
強く、しかし静かに雪華は言った。真っすぐな眼でオレを見ている。
「あの二人の事、今でも大事に思ってるんだろう? なら距離を置くなんて事するな。それより近くにいて二人を守ってやれ! アンタの友達なら、アタシも一緒に守る!」
一度小さく息を吸う。それにな、と再び話し始める。
「友達を失うのは、手足を失うより辛い事だぞ」
その強い口調は、ただの格好つけには聞こえなかった。何か雪華の信念とでも言おうか、心の中の一本の固い芯のようなものを感じた。
オレは、何も言えない。外聞とかそういう事は考えていない。二人のためと思って、オレは柚菜や美音と離れたのだ。本当に、オレがあの二人の近くに居て良いのか。どうしても考えてしまう。考えて、二人との仲直りを躊躇ってしまう。
雪華の顔を見る。オレを見るその眼は、吸い込まれそうな黒だ。そこに宿る小さくても強い光。自分が一緒に守る、その言葉が嘘ではないことを教えてくれる。
顔を下ろす。オレはどうしたら良い。
いや。どうしたら、なんてオレらしくない。オレは、どうしたいのだ。深く息を吐く。
オレは、やはり二人と仲直りしたい。落ち着いた心が、オレの本心を教えてくれた。
「分かった、雪華」
雪華に再び顔を向け、オレは強く頷く。雪華も頷き返す。オレは今日、二人と仲直りする。遠ざけていたことを、二人に謝る。それでもし二人に拒絶されても、それはオレの自業自得。拒絶されたことを悲しみはしても、後悔はしない。
といっても、流石に試合中に謝りに入ることは出来ない。柚菜たちの試合が終わるのを待たなければならない。
オレのクラスのもう一つのチームに、柚菜と美音がいる。柚菜は特に心配はないが、美音を見ると少し心配になる。明らかに怖がっている。相手は上級生で、恐らく経験者も混ざっているのだろう。ボールも早い。未経験者なら、怖くなっても無理はない。しかし、それでは動けない。
ジャガイモほどではないにしろ、美音がチームの荷物になっている。荷物は言い過ぎにしても、チームに貢献できていない事は間違いない。こんな言い方をしては何だが、チームの失点の多くは美音のせいだ。
もちろん、オレも雪華も助けに行く事など出来ない。しかし、このまま何もしないでいるなんてできない。謝ると決めたのだ。今応援の声が掛けられない奴が、どうして柚菜たちと和解できるのだろうか。
相手チームがサーブを打つためにコートの後ろに下がる。目線の先を見るに、相手サーバーは美音を狙っているらしい。美音もそれが分かったのか、顔が白くなっている。ホイッスルが鳴る前に、オレは立ち上がる。
「美音! そんなゴム球当たったって死なねぇよ、怖がんな!」
突然のオレの声に、思わずチーム全員が、いや、体育館にいた全員がオレを見る。
「柚菜、もっと腕伸ばせ! そんで膝使え!」
これで、あの二人はこんな風にオレに応援されるくらいの仲という事が学校中に知られただろう。二人も驚いている。しかし、構わない。オレは、二人と縁を戻すのだ。もし赤石やあの上級生連中がオレの知り合いという事で攻撃してきたとしても、オレは守ってみせる。覚悟を決めた。オレの隣にいる、一人の少女のおかげで。
オレの応援が効いたのか、美音の動きが少しは早くなった。柚菜も、さっきと比べると中々良いプレーが出来るようになった。特に心配がないと言っても、所詮素人。その技は拙いの一言に尽きる。しかし、それは相手も同じこと。二人に鼓舞されたか、他のチームメイトも良く動き、幾らか表情も明るくなった。
経験の差と言う奴だろうか。残念ながら柚菜たちのチームは負けてしまった。ただ、誰も負けたからと言ってへそを曲げたりはしていないようだ。
柚菜と美音が、オレに近づいてきた。オレが応援したことに、二人で頭を下げた。結局負けてしまったが、良い経験が出来たようだ。そんな二人に、オレは言わなければならない。
「柚菜、美音。ごめん!」
オレは、頭を下げる。
「オレと一緒に居たら傷つくと思って、二人の事を遠ざけてた。でも雪華が言ったんだ。大事なら、近くにいて守ってやれって」
最後の言葉が、一番言わなければならない言葉が出てこない。しっかりしろ。ゆっくり息を吸う。静かに吐く。よし、言うぞ。
「だから、オレと、また友達になってくれ!」
言い切った。ここでもし断られたとしても、悔いはない。
「もう、一人で抱え込まないでね」
オレの手を握り、柚菜が答える。
「桜、寂しかった」
美音もオレの手を握る。手を握り返し、オレは二人に謝る。
「そう言えば桜、さっきオレって言ってたね?」
湿っぽい空気を換えようとしたのか、突然柚菜が笑いながら言い出した。全く、この女は。しかし、その明るさに救われた。そして、言われてから気が付いた。つい、素の口調で喋ってしまった。
「あ、あぁ……。それね……」
頬を掻き、どうしたものかと考える。まさか『中身が男なんだから仕方がないだろう』なんて事は言えない。その時、思いついた。
「そうだ、雪華の事。二人にも話しときたいな」
オレは、雪華の事を話す事にした。この場をごまかすこともだが、何より雪華のおかげでオレは二人と和解できたのだ。
「雪華って、えぇ? 空樹さん?」
美音は、雪華の名前を聞いて思わず不安そうな声を出す。
「そ。雪華が言ったんだ。二人がホントに大事なら、むしろ近くにいろって」
丁度、雪華がこちらに来た。オレは雪華に手招きした。
「その様子だと、仲直りできたようだな」
満足そうに、雪華は頷く。
「あぁ、誰かさんが背中押してくれたからな」
雪華の肩を叩く。
「あ、アタシは何もしてない! 桜が勇気を出した、それだけだ!」
頬を赤らめて、そっぽを向く。雪華の奴、こんな顔も出来たのか。
「空樹さん、そんな顔できたんだ……」
柚菜がオレの心を代弁してくれた。
「何か、聞いてたイメージと違うっていうか、良い人なんだ……」
美音がそっと呟く。そうか、確か上級生に喧嘩を売った奴とか言われていた事を思い出した。こうしてみると、確かに雪華が悪い奴とは思えない。オレなんかより遥かに普通の女子高生だ。
「あ、そうだ」
ここで、一つ良い事を思いつく。
「あのさぁ、今日の昼は四人で食べない?」
オレから雪華、柚菜、美音と順に指していき、最後に雪華を指す。雪華の方はその提案は予想外だったらしく、明らかに驚いている。いつもよりも目が大きくなっている。或いはオレと二人きりなら予想はしていたかもしれない。
「え、な、何を……!」
そんな雪華とは反対に、柚菜は嬉しそうだ。あっさり了承した。美音も少し驚いたようだが、雪華の事を嫌がっている様子は見せない。
「って言うか桜、まだお昼の話には早いよ?」
柚菜が笑いながら言う。美音もつられて笑っている。
「あ、ねぇ、立木さん……」
その時、濁った声が後ろから聞こえる。振り返ると、ジャガイモだ。そうだ、次はオレたちの試合だ。こんな風にのんびり話している場合ではない。
「ご、ごめん、二人とも! 行ってくる!」
オレと雪華は、急いでコートに向かう。その後ろから、ジャガイモが転がってくる。一生懸命走っているのだろうが、申し訳ないがあれはそうとしか見えない。
もう数分で、オレたちの試合が始まる。今から、最後の作戦会議だ。といっても、会議するほどの作戦なんてない。
相手は同級生だ。体格差もそこまでなさそうなので、後は技術の問題だろう。
「じゃあ立木と空樹、二人でソイツの尻拭いてやって」
ジャガイモを指さし、現役はなげやりな口調で言う。それからジャガイモに、
「精々足引っ張んなよ」
とだけ言った。いや、脅したと言った方が良いか。ただでさえノロマなジャガイモが、萎縮してますます動きが遅くなりそうだ。解散しようとする現役を、オレは呼び止める。
「テメェって女はまだ分からねぇのか」
オレは、現役に詰め寄る。
「何? さっきの二年草たちへの応援と言い、点数稼ぎのつもり?」
お前の浅い底はみえてるよ、とでも言いたげに現役は言い返す。
「ガキからの点数が何の役に立つってんだ。ンなもんじゃあ尻も拭けねぇだろ」
当然、オレに点数稼ぎのつもりはない。ただ、言いたいから言った。やろうと思ったからやった。それだけだ。別にみんなで仲良くとか行事の意義とかそんな事を言うつもりはない。そういう事は、先生方が言って下さるだろう。言うだけなら教師にも出来るだろう。
「テメェのやり方が気に入らねぇって言ってんだ。昨日のやり口といい今の嫌味といい、スポーツマンが聞いて呆れる」
当然、オレもスポーツをやっている人間は全員聖人君子だとは思っていない。もしそうなら、新聞やニュースはもう少し静かだ。だから何が好きだろうと知った事ではないし、変な幻想を抱くつもりもない。
ただ、特技を鼻にかけてそれが苦手な奴の心をいたぶるような真似は、スポーツマンだろうと小説家だろうと褒められた行為ではないと思うし見ていて腹が立つ。そして余計なお世話と知っていて、口を出してしまうのがオレの悪い所だと分かっている。
「それとも何だ。テメェはいじめの口実欲しさにバレーやってんのか? オレには誇りなんてものはねぇけどなぁ、一回テメェにバレー教えた奴の面思い返してみろよ。やってる事恥ずかしくならねぇか? 教わってた頃のテメェに申し訳ねぇと思わねぇか?
思わねぇなら勝手にしろ、オレは何度でもつっかかってやる。最悪喧嘩だってしてやるよ。強くはねぇかもしれねぇけど、面倒くせぇ事ぁ保証するぞ?」
誰も何も言わなかった。現役の顔から、さっきまでの嘲笑が消えている。他は一触即発の事態になるのではと固唾をのんでいる。雪華も怖がってはいないが、喧嘩にでもなればオレに加勢するつもりなのかこぶしを握り臨戦態勢をとっている。
その内試合開始のホイッスルが鳴り、挨拶のためにコートの中央に集合するよう指示される。よろしいとは言えない空気の中で、オレ達の試合が始まった。
初めは相手のサーブだ。相手のサーブは、ジャガイモに向かっていく。やはり、ジャガイモがこのチームの穴だと相手も思うらしい。オレの方が近いので、オレがジャガイモの代わりに受ける。ジャガイモも分かっているのか、少し下がって守りやすい体制をとってくれる。
これでは、さながら騎士とそれに守られるお姫様だ。尤も、こんなお姫様はどんな王子様でも御免被るだろう。城の料理人がグラタンにでもするか、カボチャの代わりに馬車に変えられるかのどちらかだ。
オレが受けて雪華がコート際に上げる。後は現役が打つだけなのだが、その現役はアタックの体勢を取っていない。
「オイ!」
オレが声を出すも、もう間に合わない。仕方がないので、別の奴がボールを打つ。しかし、これは簡単にブロックされてしまう。ブロックされたボールはこちらのコートに落ち、相手の先制点だ。現役の奴、何も今思い返す事もないものだ。言ったのはオレだが、もう少し考えてくれても良いだろうに。
先制点のホイッスルでようやくエンジンが入ったのか、現役も少しずつ調子を取り戻してきた。試合の調子は、一進一退といった所か。
その内、こちらがマッチポイントになった。点を取れば、オレたちの勝ちだ。本当は数セット行うのだが、時間の都合か一セットだけになっている。
オレたちのチームから放たれたサーブを受け、相手が跳び上がる。アタックの準備だ。それを受ける為に、オレはレシーブの体勢をとる。すぐ動けるように、つま先を浮かせておくことも忘れない。
オレに向かって、ボールは勢いよく飛んでくる。オレはレシーブで受けようとするが、足を滑らせて姿勢を崩してしまった。オレとしたことが、情けないミスだ。
どうにかボールを上げる事は出来たが、コートから出てしまった。これでは、オレもジャガイモや美音をとやかく言えない。そんな風に心の中で自嘲する。
その時、オレの横を何かが素早く通り過ぎた。現役だった。現役はボールに向かって走っていき、落下地点に滑り込んでボールに腕を叩きつける。叩きつけられたボールは、こちらのコートに向かって飛んでくる。
「立木ぃ、立て!」
現役が、オレの名前を呼ぶ。オレは、素早く立ち上がる。コート際に向かって走り、両足でコートの床を強く蹴る。右腕を振りかぶり、後衛の二人の選手の間に狙いを定める。右手を振り下ろし、渾身の力でボールを叩く。ただ叩くばかりではなく、相手のコートのラインから外に出してしまわないようボールの落下点は考えなければならない。
ボールは勢い良く飛んでいき、二人の選手の中間に落ちた。もしかすると、ボールというよりそれを打ったオレが怖かったのかもしれない。たぁん、とボールが床にぶつかる良い音が響く。
ホイッスルが鳴る。オレたちの勝利だ。柄にもなく、ついガッツポーズをとってしまう。それから再びチームで挨拶をして、オレたちはコートから出ていく。
「桜、やったな」
真っ先にオレに声をかけたのは、雪華だった。その後柚菜と美音がオレに近づいてくる。ジャガイモもやってきて、オレと雪華に礼を言う。まだオレたちの試合は続くのに、今終わったように礼を言われても困る。
礼と言えば、オレも言わなければならない相手がいる。さっきのフォローの礼を言うため現役に近づく。
「平江」
オレに名前を呼ばれた現役は、こちらに顔を向ける。オレを睨むような事はしない。ジャガイモの顔を見るや、神妙な顔になる。さっきの礼を言いたいのだが、そんな顔をされると言いにくい。
「平江さん?」
柚菜が心配そうな声で名前を呼ぶ。
「ごめん!」
現役は、いきなり頭を下げる。体育館にいた連中が皆こちらに顔を向ける。
「自分の好きな事だからって、勝ちたいからって、酷い事を言った。昨日も友達に頼んで地屋賀を追い詰めるような真似して、最低だった!」
現役の目には、涙が溜まっている。自分のやった事を反省しているようだ。
「立木に言われて、酷いことしてるって気付いた!
許してもらえないかもしれないけど、謝りたい! 本当にごめん!」
現役は、泣いていた。そこにいた全員が、何も言えなかった。当然、オレも。ジャガイモは、無言で現役に近づいていく。
「私も足引っ張ってたから。それに平江さん、反省して泣いてるもん。そんな人を責められないよ」
ジャガイモは現役の手を優しく握る。ジャガイモはどうやら、現役を許したらしい。平江はただ、ありがとう、と小さな声で何度も言うだけだった。
これは二人の問題だ。オレ達は口を出すべきではない。そう思って、オレたちは退散する。その時、平江がオレを呼び止める。
「ありがとう、立木。私の事、止めてくれて」
オレは、笑顔で返事をする。この平江という少女、少なくとも前に鶴竹に絡んでいた上級生連中のような根っからの悪人という訳ではないようだ。救えない悪人なら、反省なんて事は出来ないはずだ。
結果は二回戦敗退で終わった。相手は三年生、しかも悪い事に全員運動部員らしい。負けはしたが、良い思い出にはなった。オレも久しぶりの学校行事を楽しんだばかりではなく、柚菜や美音との和解という大きな物を得た。
全てのチームの試合が終わり、表彰と閉会の挨拶が行われる。その最中、『御前さん』と目が合う。『御前さん』はオレに気付くと、小さく微笑みウインクを飛ばす。何だ、そんな芸当があの固そうな女にできたのか。オレは、小さく頭を下げて返す。平江の謝罪を聞いていたのだろう。それで、オレが何かを解決したと知ったようだ。
ただ、『御前さん』の隣にいた少女が気になった。桜より背が低い、というより、高校生にしては背が少し低いように見える。ソイツは、『御前さん』に対して友好的とは言えない視線を向けている。あそこにいるという事は生徒会の人間だろう。
久しぶりにスポーツでもやりたい気分。




