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ソウセキ2017  作者: 多田野 水鏡
25/34

一銭五厘

 展開が早い気がする。

 相変わらず赤石は訂正の新聞を書かず、生徒指導も箝口令を敷いているので、依然としてオレの高校での評判は暴力女のままだ。

 しかし、空樹が睨むのをやめた事、ジャガイモなどが挨拶をしてくれるようになったことで幾らかは楽になった。オレに向けられる視線は心地良くはないが、真実を知っている者がいてくれるだけで少しはすくわれる。

 今日が、最後の練習だ。体操着に着替えてさぁ、行こう、と言う時に、現役が誰かと話しているのを見た。話している相手は、うちのクラスのもう一人の現役バレーボール部だ。何を話しているかまでは聞こえないが、現役の顔から察するに綺麗な話ではなさそうだ。

 

 練習試合が始まる。最初はオレのチームのサーブからだ。現役がサーブを打つ。ボールは相手のコートに飛んでいく。相手は上手く受け、ボールを上に飛ばす。さっき現役と話していた相手チームのバレー部が高く跳びあがり、思い切り腕を振る。勢いを付けたボールは、ジャガイモに飛んでいく。当然、ジャガイモは取れない。

 土曜の様に嫌味を言うかと思ったら、現役は何も言わなかった。ため息をつく事さえしなかった。おかしいと思って、現役を見る。土曜のオレの言葉で心を入れ替えたとは考えなかった。人間、そんな簡単に心が変わったりはしない。

 現役と目が合う。アイツは、オレを見てニヤ、と口元を歪めた。あの笑みは、どういう意味だろうか。ホイッスルが鳴るので、相手に顔を向ける。

 それから何度かボールのやり取りが続く。オレたちのチームも点は取るが、申し訳程度といった所だ。そして、やはり相手に点をやっているのはジャガイモだ。というより、敵はみんなジャガイモばかりを狙っている。

 ローテーションでオレがコートの外にいる時に、またしてもジャガイモが相手に点をやった。その時、現役と相手のバレー部員がオレを見て一瞬だけ笑った。

 そういう事か。オレは、ようやく気付いた。アイツ、さっき相手のバレー部にジャガイモばかりを狙う様に言ったのだ。オレにジャガイモの味方をやめさせるために。ジャガイモの使えなさ、如何に足を引っ張っているかを見せる事で、オレにも同じ様にジャガイモに対してイラつくように仕向けているのだ。

 もしかしたら、チームの中には他にもジャガイモに味方をする者がいるかもしれない。ソイツ等もジャガイモにイラつかせれば、味方ではなくなる。

 なんて奴だろう。オレにジャガイモを庇うのをやめさせるために猫が寄ってたかって一匹の鼠をいたぶるような真似をするなんて、スポーツマンどころか人間の風上にも置けない。しかし、残念なことに証拠がない。気付いたところで、流石にそれを言及するのは躊躇われる。では、ジャガイモがこのままいたぶられるのを黙って見ているのか。オレには何もできないのか。

 いや、出来る事はある。アイツ等の考えを明るみに出すことは出来ない。しかし、ジャガイモをアイツ等から守ることは出来る。

 ようやく点を取り、オレがコートに復帰する。オレのチームがサーブを打ち、相手はそれを受ける。そして、相手のバレー部がスパイクを打ち込む。標的は、当然ジャガイモだろう。ここまでは、さっきの繰り返しだ。このままでは、ジャガイモが受け損ねて相手の得点だ。

 そうはさせない。オレはジャガイモの前に素早く動く。案の定、ボールはこちらに飛んできた。オレはそのボールを上げる。味方がネットの付近にボールを上げ、アタックの体勢を整える。現役より、オレの方がネットに近い。

 高く跳びあがり、右腕を振りかぶる。もう一人のバレー部は、ブロックのためにネットに近づく。オレがボールを打つと同時に跳び上がり、ボールをはじくつもりだろう。

 オレは、右手を振り下ろさなかった。代わりに、左手でボールを軽く叩く。叩くというより、押し込むといった方が正しいか。ボールはネットギリギリの所で落ちる。相手は受けられずに、コートの中に落としてしまう。こちらの得点だ。

 意趣返しとして、ネット際に立っているバレー部に口元を吊り上げて見せる。それから、現役にも笑みを見せる。どうだ、お前たちの考えは分かっている。そんな手に乗るか。

 そんな調子で、オレはジャガイモを庇い続ける。庇い続けた所で、問題が。オレがコートの外にいる時は、ジャガイモを庇えない。どうする。

 再び、ジャガイモに向かってスパイクが打ち込まれる。ジャガイモには当然受けられない。庇うものがいない事を知っているジャガイモは、出来ないのを承知で手を前に出す。

 その時、誰かがジャガイモの前に躍り出る。あれは、空樹だった。空樹は、どうにか受けてボールを上げる。それを別のチームメイトがネット際に上げる。今度は現役の方が近かった。現役は動かない。思わぬ伏兵に驚いたらしい。

「オイ、どうした!」

 オレは、声を上げる。それでようやく現役が動き、相手のコートにボールを送る。これで、こちらの得点だ。

 まさか、空樹がオレに手を貸すとは。いや、ジャガイモが不憫で助けたのか。おかしい話ではない。空樹はオレを疑っていた頃鶴竹がオレに虐められたと思って喧嘩を吹っ掛けたり横柄な態度の生徒指導に食って掛かったな奴だ。正義感と言うのか、現役のような奴を許せない心があるのだろう。

 そんな事を考えていると、空樹がオレの方を見た。そして、強く頷く。オレが外にいる間は、自分に任せろという事だろうか。

 分かった。空樹を信じよう。アイツはオレほどバレーが上手くはないが、運動神経は悪くない。それに、オレはアイツにバレーを教えたことがある。何より、アイツの心を無駄には出来ない。任せるぞ、そんな意味を込めて空樹に頷き返す。

 それから、オレと空樹でジャガイモを守り続けた。ところが、ここでアクシデントが。空樹がジャガイモを庇った時、ボールは上ではなく後ろに飛んでいった。バレーボールというものは、床にボールを落としてはいけない。だから、下手でも上にボールを上げさえすればどうにかなるスポーツだ。

 まだ、ボールは落ちていない。オレは、飛んでいったボールに向かって走り出す。ボールが床に落ちる直前、オレは右手を伸ばす。伸ばした右手で、ボールを思い切り叩く。オレの身体は壁に叩きつけられる。

 ホイッスルが鳴る。オレは、コートに顔を向ける。ボールは、相手側のネットの端で何度か小さなバウンドをついている。こちら側のネット際に、空樹が立っていた。その場を見ていなかったが、空樹が点を取ってくれたらしい。身体が痛いが、何の事は無い。しっかり動いてくれる。

「フォロー助かったよ、立木」

 オレの肩を叩き、空樹が笑顔を見せる。年相応の明るさを持ちながらも、強い芯を併せ持つ、一点の穢れもない眩しい笑顔だ。

「なぁに、点を取ったのはお前さ」

 オレも、笑顔で返す。

 それから二人でジャガイモを守りながら、点を取っていく。現役も諦めたのか、やっと現役バレー部相応に動いてくれるようになった。そして、最後の練習である今日の練習試合ではオレたちが勝利を収めた。

 

 練習が終わった。明日が本番という事で、今日は少しだけ早く練習が終わる。オレは着替え終わると、空樹に駆け寄る。

「空樹」

 空樹が振り返る。

「ありがとう、助けてくれて」

 空樹は、『御前さん』と同じでオレより年下だ。しかし、それでも頭を下げる価値は十分にある。東京と言う所は人が多い。だからか、年を取っただけのアホを何人も見てきた。空樹や『御前さん』は、そんな連中よりよっぽど頭を下げるべき人間だとオレは思う。

「いや、頭を下げるべきはアタシだ。アンタみたいな人間をアイツ等と同類と思って悪かった。改めて謝らせてくれ」

 今度は、空樹が頭を下げた。

「なぁに、済んだ事さ。それに、私も殴ったからおあいこだよ」

 もう一度謝る。すると自分が先に殴ったのだ、とまた空樹が頭を下げた。少しの間、沈黙が生まれる。それを破り、オレたちは同時に噴き出した。

「そうだ、なぁ、立木」

 噴き出した時と打って変わって、静かな口調で空樹が話し始める。

「その、あ、アタシの事は、……ゆ、雪華って、呼んでくれるか……?」

 頬を赤くしてオレに頼んだのは、名前で呼んでくれ、という事だった。確か、『友達になりたいと思っていた』と空樹は言っていた。誤解が解けて、オレの人物像がアイツの中で出来上がったのだろう。だから、友達になってくれと改めて頼んだのだ。オレはそう解釈した。

「分かった」

 断る理由がない。空樹がオレがどういう奴か理解した様に、オレも雪華がどういう人間か何となく分かった気がする。何より、こんなストレートな物言いは久しぶりに聞いた。オレが桜と入れ替わる前の人生で、こんな風に堂々と『友達になってくれ』と言ってきた奴はどれだけいたか。何かの縁で一緒に動くことになった奴と、気が付いたら一緒に遊ぶような仲になっていた、という形ばかりだ。

 もしかすると、雪華は本当の意味での友達に、桜と入れ替わってからの初めての友達になってくれるかもしれない。だからこそ。

「だからさ、雪華も私の事名前で呼んで?」

 雪華は桜に友達になれと言ったのではない。オレに言ったのだ。しかし今のオレは桜で、オレはもう桜として生きていくしかないのだ。だから、雪華(友達)には(今のオレ)の名前を呼んで欲しい。

「さ、桜……」

 消えそうな声で、オレの名前を呼んだ。

「雪華」

 相手の名前で、返事をする。そして、オレたちは一緒に帰った。

 これで桜と雪華は本格的に和解出来ました。さぁて、ここから百合らしい物語を書いていくぞぉ(そこまでの技術はない)!

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