バケハゲの和解
この時期になるといつ投稿できるか分かりません。駆け足で行きます。
谷岡の仲介により、どうにか現役との喧嘩は免れた。しかし、これでまたクラスの空気を悪くしてしまった。そして、また二人に助けられた。縁を切ろうとしたのに、近づくばかりだ。むしろ嬉しくはある。しかし、二人に近づかれては、オレのせいで傷つける事になるかもしれないのだ。
オレを逆恨みしたあの上級生たちや赤石、ないとは思うが生徒指導にオレの友達と言うことで仕返しでもされるかも分からない。上級生たちは鶴竹を集団で虐めていたのだ。あんな連中なら、柚菜や美音を虐めて憂さ晴らしをしてもおかしくない。
赤石は喧嘩は強くなくても、一国のマスコミなのだ。人間二人を精神的に叩きのめして学校生活を地獄に変えてやるくらい簡単だろう。
あそこでジャガイモを庇ったことも、事によると『ジャガイモを庇う名目で現役に喧嘩を吹っ掛けたのだ』と悪い方へ解釈されるかもしれない。有り得ない話ではない。特に、赤石辺りはそんな事を言いふらしかねない。
しかし、何かが変わっては来ている。月曜日の朝、オレはいつものように靴を履き替えようとする。当然オレに挨拶をする者などいない。そのはずだが、
「おはよう、立木さん」
今日は違った。振り向くと、ジャガイモが立っていた。いきなりの事だったので流石に驚いたが、どうにか挨拶を返す。どうやら、オレが現役にものを言った事を庇ったと思ったようだ。
また、ジャガイモのみならず運動が苦手そうな連中、朝の特撮話に花を咲かせたオタクらしい男子やいかにも人の陰に隠れていきていそうな女子連中が二、三人教室までの道中で挨拶をしてきた。いずれも恐る恐ると言った風に挨拶をした。どうやら、オレが現役に食って掛かってジャガイモを庇った事で少しは悪い奴と言う認識が薄れてくれたのだろうか。或いは、現役のような奴から自分たち運動音痴を庇ってくれる希望とでも思ったのか。そういう意図でジャガイモを庇った訳ではないので見当違いも良い所だが、これがきっかけでオレの風評が回復してくれるなら悪い気はしない。
ただ、良い事ばかりではない。現役の奴は、オレを見るや挑発するような目で睨んできた。虐めっ子風情が自分に文句を付けたのが許せない、といった所だろうか。
昼休み、オレは一人屋上にいた。当然柚菜や美音とは一緒にいない。朝挨拶をしてくれた連中も、さすがに昼飯に誘う程はオレを信頼しきれていないらしい。
ここに来るまでも、多くの視線を浴びた。冷たい視線、怯える視線。オレを歓迎するものは一つもない。当然だ。今はまだ、オレは上級生とつるんで一人の生徒を傷つけた暴力女なんだ。さっさと濡れ衣だと公表してくれれば良いのにそうしないのは、空樹に非難された事の逆恨みと日頃の行いが悪いからこうなるのだ、という『説教』のつもりだろうか。赤石にあんなことを言ったが、やはり辛いものは辛い。
赤石はまだ訂正の新聞を書いていない。金曜日にオレの背中を蹴っ飛ばした事を考えると、まだ『書けていない』のではなく、まだ『書く気はない』のだろう。それに、書いたとしてもそれを見る人間がどれだけいる事か。土曜日にあんなことを考えたが、甘かったようだ。
ただ、担任だからか谷岡だけは優しい声をかけてくれた。そして、オレを疑った事を謝ってくれた。しかし、一応上級生相手に暴力を振るったのは事実なので、そこだけはやはり怒られた。怒られたというよりは、注意を受けたといった方が正しいか。
一人きりの昼休みという奴のつまらない事と言ったらない。いつもは柚菜や美音と喋りながら昼飯を食べているはずなのに。あの二人は真相を知っているのだ。別に自分から離れなくても良かったのでは。そんな考えが顔を覗かせる。ダメだ。甘えるな。
確か、桜として生きて自分の居場所を作り、それを守ってやる。元のオレに戻れないと悟った時、そんな風に結構な決意をしたはずだ。それが何だ。今やどこにもオレの居場所なんてない。学校にも家にも。家では不良娘、学校では暴力女。
「桜、お前の人生滅茶苦茶にしちまった。ごめんな」
一人、既に死んだのだろう桜に謝る。オレと入れ替わる前の本物の桜は、文武両道の美少女でみんなの人気者だったと母親は言っていた。入れ替わりが起きなければ、高校でも人気者だったはずなのに。
どんなに悲しくても、オレは動物だ。しっかり胃が飯を食えと騒ぐ。胃袋に忠実な自分を嘲笑いながら、弁当の包みを解く。いつも通りの弁当だ。そのはずなのに、いつもほど美味しく感じられない。その理由は、分かる気がする。だから悲しい。
すぐに食べ終えた。食べ応えと言うか、満足感が得られなかった。腹は膨れたが、それだけだ。これなら、土の塊でもかじっていた方がよほどマシかもしれない。
「しっかりしろ」
頬を叩く。腹が減っていたから、弱い考えが浮かぶのだ。昼飯は食べた。もう弱気の虫とは別れろ。虫を追い出すつもりで、頭を振る。
「立木」
その時、誰かがオレの名前を呼ぶ。『御前さん』だった。
「放課後、時間はあるか?」
今日はオレたちのクラスは体育館を使えないので、時間はある。どうせ帰ったってやることはない。時間があることを伝えると、オレに被服室に来るよう伝えた。それだけ言うと、『御前さん』は帰っていった。
携帯を見ると、そろそろ五時限目の授業が始まる。教室に戻ろう。あの嫌な空気に満たされた教室に。
放課後、言われた通り被服室に行く。そこにいたのは『御前さん』と谷岡、それから空樹だ。空樹の奴、オレが入って来たのを見るや睨んできた。いや、今までより目つきが鋭くなかったので、睨んだといえるかは微妙なところだ。しかし、すぐに顔を谷岡達に向け直す。あれが、谷岡を恐れて慌てて睨むのをやめたようにはオレには見えなかった。
「空樹、今からあの時の喧嘩の真実を話す」
オレが椅子に腰を下ろすと同時に、『御前さん』は口を開いた。あの時は本当はオレは鶴竹を庇って上級生と喧嘩をした事、上級生たちもそれを認めた事、空樹は今までオレを誤解していた事。話を聞きながら、何度もオレを見る。今度は、明らかに睨んではいなかった。
「本当は志道先生には訂正の新聞を出すまで黙っているよう言われたんだけど……」
今度は谷岡が口を開いた。志道先生とは誰だったか。頭をひねったが、すぐに例の生徒指導の名前だと思い出した。
「でも、いつまでも誤解で立木さんが空樹さんに睨まれているのを見ているのが可哀想で、空樹さんには先に本当の事を教える事にしたの」
こんな事がばれたら、生徒指導に睨まれるだろう。自分の命令を無視したことになるのだ。しかし、それでもオレのために本当の事を話す事を選んだのだ。
厳格で知られる生徒会の『御前さん』と若いとはいえ教師の言葉の効果か、空樹はオレの無実をようやく信じたらしい。
「……すまなかった」
空樹はオレに頭を下げる。分かってもらえれば、それで良い。オレも殴ったので、お互い様だ。とりあえず、空樹とは和解することが出来た。少しは学校に居やすくなれば良いが。
ただ、話の途中空樹は『御前さん』を嫌そうな目で見ていた。生徒指導にも堂々と意見をいう奴だ。美音みたいに怖がっているという事はないだろう。何か、過去に因縁でもあるのだろうか。
もう八月と言うのに、この話の中ではまだ五月の半ば……。




