逃げない、逃げられない
投稿遅れてすいません。
土曜日、いつもなら学校は休みで部活の無いオレが学校に来る用事はない。ないのだが、今日は球技大会の練習で午後から学校に来ないといけない。経験者ということも有りバレーボールが嫌いとは言っていないが、何も休日を潰してまで学校でバレーボールをやりたいとは思わない。
ましてやオレはクラスの、いや、学校の悪い意味での有名人なのだ。学校に居場所がない奴が、好き好んで学校に来るものか。しかし、それもこの休日を乗り越えれば少しはマシになるだろう。オレの脅しならともかく、生徒指導の先生というのに言われた以上赤石も訂正をしない訳にはいかないだろう。
そう思ってきたは良いが、まぁ空気の悪い事。唯一事情を知っている柚菜と美音は、昨日のオレの態度のおかげか声をかけてこなかった。ただ、声をかけたそうにこっちを見てくることはあった。
空気を悪くしているのは、オレ一人ではないようだ。空樹の奴は、オレを何度か睨んでくる。空樹はまだ真実を知らないのだ。生徒指導なり谷岡なりが教えてやりでもすれば、さっさと誤解が解けるというものなのだが。
オレも睨み返してしまう。それで他の連中はまたオレたちが喧嘩でもするのでは、とヒヤヒヤしているのだ。人を三度の飯より喧嘩が好きな奴のように思って欲しくない。
オレと空樹が睨みあい、柚菜と美音はオレが心配だが声をかけ辛いようだ。その他大勢はオレと空樹を怖がっている。こんな空気でバレーボールなんかやったところで面白いはずもなく、練習が始まった日の活気が嘘のようだ。
そういう空気だと、身体が動かしにくくなる。意外にオレは繊細なのだろうか。それで経験者として考えられないヘマを何度かやらかす。同じチームの経験者も何か言いたそうだが、相手がオレだからか言うに言えないのだろうか。オレを睨んでくる。睨むとまではいかなくとも、何か言いたげだ。元でも経験者なのに情けない。
休憩時間でも、オレと空樹の周りには誰もいない。喋り声もろくに聞こえない。さっさと帰りたいが、ここで帰ると逃げるようでそれはそれで気に入らない。オレは社会人なのだ。小娘から逃げたと思われては恥だ。
そんなオレの様子を愉快そうに眺めているのが、赤石だ。アイツは制服姿でカメラを持っている。ただ、今回はオレをと言うより各クラスの練習風景を撮っているのだろう。その中で一人で居辛そうにしているオレを見つけて笑っているのだ。
休憩時間はもう少しあるので、トイレに向かう。初めはあんなに入るのが申し訳なかった女子トイレに、今では普通には入れてしまっている。これは成長と受け取って良いのだろうか。そう考えながらトイレのドアに手を伸ばす。
「いやぁ、どうですかぁ? 練習、楽しんでますかぁ?」
赤石だ。この女、オレがあんな空気で楽しめるはずがないと分かっていて聞いているのだ。顔がそう言っている。それでオレが怒って殴りでもすればまた記事にでもするのだろう。コイツのやり口が分かってきたからか、苛立ちはしても殴ってやろうとは思わなくなった。
「いや、居辛くて仕方がねぇや。誰かさんがさっさと濡れ衣を晴らしてくれねぇせいかもな」
オレの反撃が予想外だったのか、一瞬変な顔をした。しかし、すぐに腹立たしい笑みに戻り、
「だったら来なければ良かったじゃあないですか」
なんて言ってくる。どうせあなたの居場所なんて、ここにはないんだから、とまで付け加えてきた。
否定する気はない。元々、オレに居場所なんてないのだ。生まれてから人並みの家庭で人並みの二十数年を生きてきた。サークルや部活に手を出しはしたが、果たしてそこもオレの居場所と言えたのだろうか。どこにいても、オレは何となく誰かと繋がれているような気になれなかった。なるほど他の群れの連中よりは近くにいたのだろう。しかし、近くにはいてもどうしてか壁があるような気がしていた。
そして結果として桜から奪ってしまったこの『居場所』さえ、なくなる寸前なのだ。
「そうだな。お前の言う通り、来なければ辛くなかったかもな」
しかし、だからと言って逃げる事だけは絶対にしない。オレは、今度こそ居場所を得る為に生きる事を決めたのだ。逃げた所で、何も変わらない。逃げたら桜に会わせる顔がなくなる。それに今まで辛くても逃げなかったかつてのオレはどうなる。
道を辛いと嘆きもする。痛ければ涙も流す。だが、居場所を得るためなら、脚だけは止めない。逃げる事だけはしない。それが、第二の生を得たオレの決意だ。だから、オレはこんな人の悲しみでのどを潤すような奴から逃げたくないのだ。
「でもな、それで逃げる位だったら、オレはもっと早くに人間なんて生き物やめてるよ。へこませたつもりだろうが残念だったな。
テメェがどれだけオレをボロクソにこき下ろそうが、オレは逃げねぇからそう思え!」
それだけ言ってやると、赤石は驚いた顔をしていた。丁度休憩時間が終わったようなので、オレは赤石を置いて体育館に向かう。
コートに入ると、あれほど辛かったのが嘘のようだった。身体がちゃんと動いてくれる。そうか。オレは、赤石に向けて言ったのではない。オレは自分に向けて喋っていたのか。そうだ、オレは逃げない。
そう決意を固めたは良いが、果たしてオレはどうすれば良いのか。オレが学校で居場所を得るには、やはり濡れ衣を晴らすより他はない。あんな事は言ったが、それには赤石の新聞が頼りになる。
二人のためと思って離れたのは、或いは間違いだったのだろうか。鶴竹を虐めていたあの連中の仲間になるなんて、冗談ではない。
どうしたものか、と考えている。チーム一つの人数が多いので、ローテーション式になっている。今はオレはベンチだ。
人には向き不向きがある。学校行事というのは運動が得意なら大半のものは楽しめる。ではそうではない者はどうなるか。楽しめないのだ。それだけならまだ良い。クラスの足を引っ張り、それが原因で虐めに遭うことだってあるのだ。そんな馬鹿な、と笑える奴は、虐めを知らない。
現に、オレたちのチームのコート内では現役バレー部の女子がジャガイモと風船のハーフのような奴を睨んでいる。
見た目通り、ジャガイモと風船のハーフのような奴は運動が苦手なようだ。練習とはいえ勝ちたいのだろう、もう一つのチームの連中はソイツをよく狙う。いずれもジャガイモは取れないので、その度に点を取られる。そして現役がジャガイモを睨みため息をつく。
ただでさえオレと空樹のせいで空気が悪いのに、オレのチームは更に空気が悪くなっている。大体現役部員のスパイクを、いかにも運動とは無縁そうなアイツが受けられる訳がない。それでも、流石に動きが遅すぎる。まぁ、あんな短い手足では日常生活ですらまともに動けそうにないが。
「あぁ、また点取られたか」
現役が、ため息をつく。顔は相手を見ているが、『また』と強調しているあたり明らかにジャガイモに向けて言っている。その自覚はあるのか、ジャガイモは申し訳なさそうな顔をしている。
オレは連帯責任という言葉が嫌いだ。自分自身には非がないのに他の奴のせいで嫌な目に遭うなんて冗談ではない。先生方はこれをありがたがっているようだが、オレにはそれがのありがたみが分からない。しかし、それと同じ位にあんな陰湿で嫌味ったらしい態度が嫌いだ。
確かに失点のほとんどはアイツのせいだ。オレは別に勝ち負けには興味がないので構わないが、現役の様な連中にはうざったい事この上ないのだろう。一時期とはいえバレー部だったオレにも、現役の気持ちは理解できないことはない。しかし、ジャガイモだって何も好きで足を引っ張っているわけではないのだ。それに、人に欠点があってもそれが人を傷つけて良い理由にはならない。人にはできる事と出来ないことがあるのだ。高校生の癖に、アイツはそんな事にも気が付かないのか。
結局、その練習試合ではオレたちのチームは負けてしまった。自慢するわけではないが、オレや現役は経験者だけありチームの得点に大きく貢献できた。空樹は経験者ではないがオレの教えが効いたのか結構良く動けていた。しかしジャガイモ。オレまでアイツを責める側に回るつもりはないが、確かにアイツの成長のなさには呆れる。美音も運動はあまり得意ではないが、ジャガイモと比べればよく動いていた。
練習の時間が終わり、荷物をまとめて更衣室へ向かう。その途中、
「地屋賀、やる気あんの?」
現役は怒りも露わにジャガイモに詰め寄る。自分の非は認めているようで、ジャガイモは縮こまっている。あんな首が見えない身体で縮こまっては球体になってしまわないかと思ったが、その心配は杞憂だった。
「ご、ごめん……」
濁ったような声で、やっとそれだけ絞り出す。しっかり筋肉が付いた長い手足を持つ現役は、やはりバレー部と言うべきか背が高い。対するジャガイモは手足が太く短い。肉はついているが、あれは何の役にも立たない贅肉だ。もし二人が相撲をしても、あっさりジャガイモは負けるのではないだろうか。尤も、土俵から追い出されなければの話だが。
それにしても、何も人の居る場所でそんな風に詰め寄る事もないものだ。オレや空樹とやっと離れられたと思った他の連中は、また空気が悪くなったと落ち込んでいるだろう。何人かの顔には、『ここからいなくなりたい』『他所でやってよ』と書いてある。気の強くない美音なんか柚菜の後ろに隠れてしまっている。
「本番でもあんな調子だと、絶対負けるよねぇ。チームの足引っ張ってるって、分かってる?」
長身と短髪で男にも見えるが、決してブスではない。むしろ中々整った顔だ。所謂ボーイッシュと言う奴だろうか。今は怒っているので、尚更男らしく見える。対するジャガイモは、体型の割に胆は細いようだ。
「あぁあ、もうじき球技大会本番だってのに、これじゃあ負け確定かな」
誰かが足引っ張るから、と付け加えてジャガイモを睨む。ジャガイモは泣きそうだ 。元々グチャグチャな顔を更に歪めて、見ていられない。
「そう責めてやるなよ」
つい、漏らしてしまった。
「そうやって虐めるから、コイツも嫌になるんじゃあねぇか」
しかし、誰かが言わなければいけない。濡れ衣とはいえ、オレのせいでクラスの空気は険悪なのだ。せめて、これ以上空気を悪くしてはいけない。なんて格好良い理由なんかない。ただ、現役の物言いが癪に障った。それだけだ。
「何?」
オレも同じように睨んでくる。確かにコイツは桜よりも背が高い。事によると、喧嘩をしても勝てないかもしれない。しかし、怖がるつもりはなかった。
「そんな奴かばうつもり? アンタ、負けたいの?」
或いはコイツも根っからの悪人ではないのかもしれない。少なくとも、柚菜からコイツは悪い奴という話は聞かなかった。自分の得意分野で勝ちたいという焦りと足を引っ張られて思うように輝けない悔しさ。それと子供特有の毒が混じって今のコイツはあるのかもしれない。しかし、いや、だからこそ、あんな物言いは聞いていられない。
「馬鹿野郎、別に勝たなきゃ死ぬって訳じゃあねぇんだ。それを何だ、あんな風にネチネチ責めやがって。
それに、人にモノを嫌わせるってのがどれほど重い罪か分かってんのか?」
オレは、快楽に忠実な人間だと自分でも思う。買い食い寄り道がやめられないのがその証拠だ。流石に入れ替わってから宿題をそのせいで疎かにしたことはないが、この性質のせいで後悔したことは恥ずかしながら何度かある。
しかし、そういう性分だからこそ守ってきたものがある。オレは、表立って人が好きだといったものを蔑んだりはしない。よほど非人道的だと思うものは別だが、自分がそういう事をされたら嫌だから人にもしてこなかった。だから、人にモノを嫌わせるような現役の物言いが許せなかった。あんな風に人の多い場所であからさまに罵られれば、球技が嫌いになってもおかしくはない。
「結構なことを言うね、上級生とつるんで人を傷つけるような奴が」
痛い所をつく。ここで濡れ衣と言うのは簡単だ。と言うより、実際濡れ衣なのだ。しかし、ここでそう言っても現役はおろか今庇ったジャガイモでさえ信じてくれないだろう。メディアの力は恐ろしい。嘘でも本当になる。
「言っとくけど、私はアンタみたいなの別に怖がらないよ?」
余裕の笑みを浮かべて顔を近づける。
「それは良かった。濡れ衣で怖がられても困るんでねぇ」
売り言葉に買い言葉、信じてもらえぬと分かってもつい言い返す。このまま喧嘩でも始まるか、と言う所で、
「何してるの、二人とも!」
谷岡の声がオレたちを引き離した。見ると、谷岡は美音と柚菜に手を引かれている。何だ、縁を切ったつもりでいたが、結局二人に助けられた。
夏回書きたいのに、無理そう‥‥‥




