二人のために
急ぎ足気味な気がするこの頃。
練習が終わり、家に帰る時間になった。いつもなら柚菜や美音と帰るが、オレは二人と一緒に帰らなかった。逃げるように、というより、オレは二人から逃げた。
二人とは、距離を置こうと考えた。二人を嫌いになった訳ではない。確かオレに初めに声をかけてきたのは柚菜だった。美音も柚菜に付き添うような形ではあるがオレと親しくしてくれているし、記憶喪失設定のオレを心配してくれている。
そんな良い奴らだからこそ、オレのせいで傷つくような目には合わせたくない。オレみたいな奴とつるんでいると知られれば、二人までオレみたいな奴と思われる。それに、濡れ衣が晴れてからの事を考えてみた。オレの知り合いと分かれば、逆恨みした連中が何かしてくるかもしれない。人一倍理不尽な仕打ちを嫌うと自負しているからこそ、オレのせいで二人に傷ついて欲しくないのだ。
家に帰るまでの道で、考える。さっきは『御前さん』の名前を出したが、果たしてそれで本当に濡れ衣は晴れるだろうか。まさか『御前さん』までオレの敵に回ることはないだろうか。もしそうなったら、オレは本当に打つ手がなくなる。
ただ、『御前さん』が嘘をついたところでメリットはないだろう。あの上級生たちの事は知っている様だったし、そんな奴らと一人で喧嘩をしたオレを怒らせたところで良い事は無いと分かる位の頭はあるはずだ。だから、この心配は杞憂と言って良いだろう。
それから空樹だ。どういう訳か、空樹がさっきまでより憎く感じなくなった。確かにオレを殴ったのは濡れ衣だが、オレの行為(という事になっている事)が許せないからあんな風にオレに喧嘩を吹っ掛けた訳だ。それに、さっきは生徒指導や赤石を非難した。当然オレを庇うつもりはないだろう。それどころか、空樹にとって今のオレは憎むべき敵と言っても良いかもしれない。
しかし、それは言い換えれば空樹雪華という少女は、友達でもない奴のためにあんなことが出来る女という事だ。そう考えると、空樹が少し嫌えなくなってくる。それに、『友達になりたいと思っていた』とアイツは言っていた。オレも、アイツと友達になりたいと思ったことがある。
ベッドに横になる。なりながら、さっきの続きを考える。
そう言えば、オレが『御前さん』の名前を出した時アイツはオレに妙な視線を向けた。オレに、という言い方は正しくないかもしれない。オレが出した名前に気を引かれたのだろう。
柚菜たちの話では、アイツは中学時代に上級生数人と喧嘩をして勝った事があるとの事だ。それに、鶴竹も『あんな危険な人』と言っていた。暴力を振るっている所を咎められたのかも、と一瞬考えた。しかし、やたら暴力を振るう奴があんな風に友達でもない奴のために堂々と意見を言ったりするだろうか。
「分かんねぇな……」
赤石が悪い奴と言うのは分かる。しかし、空樹雪華と言う少女は果たして何なのだろうか。悪い奴なのか良い奴なのか、敵なのか味方なのか。『御前さん』こと橘瑞姫も、信じて良いのか。鶴竹琴子の傷とは何の事なのか。
敵か味方か分からない奴。空樹の事を考えてそう呟くと、一人の少年の顔が浮かぶ。アイツも、そんな奴だった。敵のはずなのに一緒に戦ったり遊んだりと一緒に過ごした不思議な関係だった奴。結局オレは最後までアイツを友達とは思わなかったし、多分アイツもオレを友達とは思っていないに違いない。
懐かしい顔を思い出していると、携帯が鳴る。画面を見ると、柚菜だった。オレは、あえて携帯を取らなかった。これで、オレが二人から離れようとしていることを分かってくれるだろう。
「でも、それで良いのかねぇ」
あえて、他人事のように呟く。
翌日、オレは二年の教室に向かった。鶴竹に絡んでいた連中に、本当にアイツに傷をつけたかどうかを聞くためだ。そう思って二年の教室に来たのは良いが、アイツ等の名前やクラスが分からないので呼び出せない。
仕方がない。一つずつ教室を覗いてみるか。そう思って目の前の教室を覗こうとすると、
「立木」
声をかけられる。この声は、『御前さん』だ。
「新聞を見たよ。喧嘩の事、大変だったな」
オレを心配してくれているようだ。
「疑わないんですか?」
つい、聞いてしまう。『御前さん』が割って入った時はオレと四人が向かい合っている所で、あの時は鶴竹もオレが四人から自分を庇ったのだ、と証言してくれた。だから大丈夫だとは思うが、念のために聞いてみた。
「疑わないさ。あの場面を見ると、お前が四人とつるんで彼女を虐めている様には見えなかったしな。それに、鶴竹自身がそう言ったじゃあないか」
オレは、安心した。ようやく味方が出来た。そこで、昨日生徒指導に呼ばれた事、学校新聞の事を全て話した。
「ふぅん……」
深く息を吐き、顎に手をやる『御前さん』。その時、放送で名前が呼ばれる。呼ばれたのは、オレと赤石、それに『御前さん』と数人の名前だ。昨日の事だと、想像できる。空樹の名前がなかったのは、今日は休んでいるからだろう。
昨日と同じ様に、生徒指導室に呼ばれる。生徒指導ばかりではなく、谷岡もいた。呼ばれたのは、やはり昨日の事だ。生徒指導は、『御前さん』にその時の話を聞いた。『御前さん』はありのままを、オレが鶴竹を庇って上級生たちと喧嘩をしたという事を話してくれた。
すると連中は、変なことを言い出した。
「いいや、立木と一緒に鶴竹をいじめました!」
なんと、オレが共犯だと言い出した。初めはオレも驚いた。驚いたが、幸か不幸かオレはその手のやり口には免疫がある。大方コイツ等は、オレに負けた腹いせも兼ねて、死なばもろともと思ったのだろう。だが残念ながら、オレはお前たちより少しだけ長く生きている。そして、そういう経験もあるのだ。
「へぇ、そうなんですか。それなら先輩、私の携帯に電話してみてくださいよ。一緒に人を虐めるほどの仲なんだ。連絡先くらい知ってますよねぇ?」
オレが言ってやると、上級生たちは言葉に詰まる。赤石の新聞でオレの名前と顔は知っていても、コイツ等がそこまで知っている訳がない。何ならもう一つ、『オレの秘密を言ってみろ』とでも言えば、また言葉に詰まるはずだ。この『秘密』とは記憶喪失設定の事だが、別に秘密にしているわけではない。しかし、コイツ等には当然言っていないので、知らないはずだ。
赤石の新聞には立木桜が暴力女であること、寄り道買い食いの常習犯であることは書いてあってもオレが記憶喪失である事までは書いていない。赤石が自分に非が一切ないような書き方をするためにその事を新聞に書いていなかったのが幸いした。
「あれ、どうしたんです? もしかして一緒に人を虐めたはずの人間の顔と名前しか知らないんですかぁ?」
追い打ちをかける。それと『御前さん』の睨みが効いたのか、上級生たちはすぐに嘘を認めた。それで、ようやくオレの濡れ衣は晴れた。生徒指導は、赤石に新聞の訂正を命令した。赤石は渋々と言った風で首を縦に振った。コイツにとっては、オレを悪く言うネタがなくなってしまった事が悔しいだけで、自分が誤った記事を書いてしまった事への慚愧の念というのはないのだろう。ジャーナリストを名乗る資格の無い奴め。こんな奴は、ハゲワシに劣る。
「普段の行いが良ければ、昨日の内に信じてもらえたんだ。反省しろ」
生徒指導は、オレを疑ってかかった事を謝らなかった。むしろ、オレが悪いと咎めさえした。空樹がここにいればまた非難するのだろうが、オレはアイツのように上手い言葉が口から出てくれない。
「オレが李の木の下にでもいたってのか」
小さく呟く。何か言ったか、と生徒指導が聞くが、オレは何も言っていない、と返した。それから上級生たちは、鶴竹を虐めた真犯人であること、その時傷を負わせたことで生徒指導に色々質問された。因みにコイツ等は、昨日呼ばれた時は学校に来ていなかった。どうせどこかでサボっていたのだろう。東京は、刺激が多い。
ただ、コイツ等は傷の事だけはどうしても認めなかった。『知らない』の一点張りだ。今さら白を切ることもなかろう。見苦しい奴等だ。
「オイ、いい加減にしろい!」
オレは、思わず声を出す。突然の事に、上級生連中のみならず生徒指導も驚いたらしい。
それから、ようやくオレ達は生徒指導室を出ることが出来た。空樹には、月曜日に本当の事を教えるらしい。そう言われて、ようやく今日が金曜日であることを思い出した。上級生達は、オレを睨みつける。当然、怖くなどないオレは睨み返してやる。何か言いたげにオレを睨んでいたが、
「行こうぜ」
リーダーらしい奴が歩いて行ったので、他もついていく。『御前さん』も教室に向かおうとする。
「橘さん」
その背中を、呼び止める。振り返った『御前さん』に、オレは頭を下げる。彼女は生徒指導やオレよりも年下だが、おかげで濡れ衣が晴れたのだ。何ならここで土下座をしたって良い。
「では」
「あぁ」
オレの感謝の思いを感じ取ったのか、『御前さん』は良い笑顔で頷く。そして背中を向けて教室へ向かう。オレも教室へ戻ろうと足を動かす。その時、オレの背中にいきなり何かが当たった。いや、ぶつかった。オレは、思い切り床にぶつかった。
「ふざけんなよ、お前」
赤石だった。何がふざけるな、だ。そんな事はこっちが言いたい。そのままオレに視線を向けることなく、先に歩いて行った。
サブタイトル病が再発してしまった。




