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ソウセキ2017  作者: 多田野 水鏡
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雪の花とヤマアラシ

気づけば七月も半ば。あれ、早くない?

 翌々日、オレは歩いてバスで高校に向かった。プレイヤーで音楽を聴きながら登校したかったというのもあるし、今日は朝から雨が降っていた。自転車ならそんなに時間はかからないが、歩きだとそうはいかない。それで、バスを使う事にしたのだ。

 学校の近くに着いたので一旦降り、後は歩いて通う。下駄箱で靴を履き替え、長い階段を歩く。ようやくオレの教室がある階に着き、教室に入る。

 そこで、一斉にオレに視線が集まる。空樹の奴も、左頬を赤くしてオレに視線を向ける。いや、睨んでいる。どういう事だろう。空樹がオレを睨むのは分かる。昨日喧嘩をしたのだし、あまり綺麗とは言えない手で勝ったのだ。それに、オレは一発殴られただけだがオレはそれ以上にやり返したのだから、睨む気持ちも理解できる。

 しかし、他のクラスの連中までこうして視線を向けてくるのはどういう事だろうか。もしかすると空樹の奴、オレに殴られたことをクラス中に言いふらしたのだろうか。

 クラスメイトたちはオレから視線を外して、友達と喋るなり携帯を構うなり再びそれぞれの好きに動き始めた。こんな空気では、誰かと話し辛い。誰とも話すことなく、自分の席に座る。


 休み時間になっても、誰もオレに話しかけてくる者はいなかった。柚菜や美音は、話したくないというより話しかけにくくて戸惑っている、という風だった。

 昼休みになった。柚菜と美音は、包みを持って席を立つ。オレの所に来るかと思ったら、オレの席を通り過ぎていった。今日は、いや、事によると今日からは一人で弁当を食べる事になるのだろうか。そう思っていると、二人は入り口で足を止める。何事だろうと思っていると、オレに手招きをした。他に気付かれないように、小さく。

 オレのことだろうか、とも思ったが、念のため後ろを見る。後ろの連中は柚菜たちに視線を向けていないので、やはりオレの事だと思った。


「桜、今日の新聞見た?」 

 廊下に出てすぐ、柚菜がオレに尋ねてきた。当然、オレはそんな物は読まない。

「学校のよ」

 美音がフォローを入れるが、そっちの新聞もオレは読んでいない。それがオレと何か関係があるのか、と二人に尋ねる。すると二人が直接自分で見た方が見た方が早い、と言うので二人に連れられて新聞が貼られている掲示板に向かう。

 そこには、オレが空樹と喧嘩をして勝った事が書かれていた。それだけならまだ良い。なんと、オレが鶴竹琴子を虐めてそれを咎めた空樹と喧嘩になった、とも書かれていた。

 完全なでっちあげだ。いや、完全でもない。空樹との喧嘩は本当だが、それはアイツの誤解が原因だ。これを書いたのは、やはりと言うべきかあのエセ新聞屋、赤石果種だった。

「あれぇ、こんな所で何してるんですぅ?」

 声が聞こえたので振り向くと、赤石が立っていた。相変わらず、人をイラつかせる笑顔だ。

「美味しいネタ、ご馳走様ですぅ」

 オレに顔を近づける。アンタねぇ、とオレより先に柚菜が赤石に詰め寄る。

「しかし、あなたが弱い者いじめまでする最低野郎(さぁいていやろう)だなんて、思いませんでしたよぅ」

 オレが赤石に近づこうとすると、美音がオレの腕を掴む。

「ダメよ、桜。怒ってもアイツの思うつぼよ」

 美音のいう事も分かる。しかし、コイツはどうしても殴ってやらなければ気が済まない。オレも、桜と入れ替わる前には嫌な奴と出会い、またそんな奴と喧嘩をしたことも一度や二度ではない。しかし、ここまで腐った奴はいなかった。

「押さえて、桜。相手にしたらダメ」

 美音ばかりではない。柚菜もオレを押さえ始める。二人を振り払って、赤石を殴るのはそう難しくないだろう。しかし、濡れ衣で傷つけられたオレだからこそ、何も悪くない二人を傷つけたくない。

 頭を振る。ゆっくり息を吐く。どうにか落ち着いた。落ち着いたところで、柚菜が口を開く。

「そうだ、新聞屋さん。アンタ、こんな写真撮ってる間に空樹さんを助ける事も出来たんじゃあないの?」

 赤石はいよいよ嘲るように返す。

「それは私の仕事ではないので。私はただ、真実を伝えるだけ」

 結構なことを仰るが、生憎コイツが伝えた真実は真実とは言えない。しかし、オレにはそれを伝える手段がない。オレがいくら違うと言っても、こっちには何の証拠もないのだ。自分の罪から逃れようとしているだけにしか周囲には映らないだろう。それに、鶴竹の事は嘘でも空樹との事は本当なのだ。明らかに、分が悪い。何か言い返したい。

 そうだ。ふと、『御前さん』の顔が頭に浮かんだ。

「新聞屋さんよぉ」

 オレは、赤石の肩に手を置く。

「事件の当事者として一つ、情報をくれてやる。テメェも新聞屋自称してるんなら、『御前さん』の事は知ってるよなぁ? 『御前さん』に今回の事を取材してみな、きっと特ダネをお恵み下さるだろうぜ?」

 それだけ言うと、赤石は顔をしかめた。やはり、『御前さん』は苦手なのだろうか。どうだ、少しは効いたか。

 その時、呼び出しのチャイムが鳴った。呼び出されたのは、オレと空樹、それから赤石だ。何の事で呼ばれたかは、大体見当がつく。


 オレと赤石は、生徒指導室に呼び出された。それから少しして、空樹が入ってきた。オレの顔を見るや、案の定睨んできた。

 オレ達がそこで聞かれたのは、やはり昨日の喧嘩の事だ。

「私は数日前に鶴竹から立木と二年生に絡まれたという話を聞きました。腕の傷を見せて話したので、間違いありません。

 鶴竹とは友達と言う程の仲ではありませんが、全く知らない顔でもない。それに立木には体育で色々教えてもらったことも有り私も友達になりたいと思っていました。そんな立木が数人がかりでそんな事をしたと知ってつい頭に血が上り、あんな風に喧嘩をしかけました」

 何度かオレを睨みながら、空樹は生徒指導に話す。空樹がオレにそんな事を思っていたというのは驚いたが、もっと驚いたのは鶴竹の腕の傷だ。まだ制服は夏服ではないので、長袖だ。だから見えなかったのかも、と思ったが、それならオレとの喧嘩で使えば楽に勝てたはずだ。連中は、そんな物を持っている素振りは一切見せなかった。それに、腕に傷をつけられたなら、制服も切られているはずだ。しかし、鶴竹の制服は切られてはいなかった。

「私はたまたま二人の喧嘩を目撃しました。それで被害者の鶴竹さんにも話を聞き、真実だと思ったのであの新聞を書いたのです。

 最近このような事件が少ないとは言えないので、この新聞がこういう事件の減少に貢献してくれればと考えたので、また、立木さんの素行を改めさせるためにも、あえてこのように人目に晒しました」

 二人揃って、随分好き勝手を吐く。二人に対して言いたい事はあるが、まずは生徒指導だ。オレは、生徒指導にありのままを話した。空樹との喧嘩は元々空樹の誤解であること、オレは本当は鶴竹を助けたのだという事を。

 しかし、生徒指導は明らかにオレのいう事を信用している様には見えない。空樹や赤石に対しては、交互に顔を向けて、時には頷いて反応を示している。それに対し、オレには顔すら向けず、当然反応もしない。いかにも『聞いてやってる』といった風だ。

 これが教師の態度だろうか。いくらオレが以前コイツに呼び出されて指導を喰らっているからと言って、こんなものの聞き方が有るものか。オレだって人間で、お前だって教師だろうが火で焼いて喰っちまえば豚と大差ないのだ。プライベートならいざ知らず、先生の仮面をつけている時に尻の青いガキの見本となる生き物が、そんな姿勢でよく教師が務まる。

「一通り話を聞いたが、それぞれ言いたい事は?」

 やはり、二人に対して言っているようだ。オレの方を見ていない。駄目だ。もうこれまでだ。退学だろうが知った事か。ここにいる連中全員に言いたい事を言い切って、あわよくば殴ってもやろう。そう思って、口を開く。

「あります」

 オレを遮るように言葉を吐いたのは、空樹だった。面白い。何を言われようが覚悟の上だ。なんなら、前の喧嘩の続きをしたって良い。今度は正々堂々と勝ってやる。オレの気が済むまで痛めつけてやる。

 さぁ、話せ。話し終わったら、その顔に新しい痣を作ってやる。

「赤石はそう言いましたが、コイツはそんな綺麗な事は考えていません。聞いたところでは立木の寄り道なども記事にしているようですが、本当に学校や立木の事を考えているならそんな安全圏から弓を放つような真似はせず、その場で力づくでも止めていた筈です。それをこんな風に吊るし上げて喜んで、おまけに綺麗な言葉まで用意している、そんな人間が公平にものを言えるとは思えません。

 今回の事は事実でしょうが、恐らくコイツは鶴竹に話など聞いていません。全くの部外者です。赤石の新聞は情報源としては無視して、赤石にはこの件とは手を切らせてください。

 赤石、これはお前に直接言ってやる。いくら相手がコイツでも、アタシはお前のやり方が良いとは思わない。こんな真似は、今すぐやめろ」

 誰も声を出せない。空樹は一度言葉を切り、再び口を開いた。

「それに先生にもあります。確かに立木の行いは褒められたものではありませんが、先生のものの聞き方はどうかと思います。さっき意見を求めた時も、明らかに立木には話していない風でした。

 表立ってそんな聞き方をすれば、生徒だって人間です。不快に思うに決まっている。立木のいう事が信じられなくても、せめてちゃんと聞くだけは聞いてやって下さい」

 生徒指導は、極まりが悪そうな顔をする。オレはと言うと、ただ茫然としているだけだった。コイツがオレの思ったことを代弁してくれたのはありがたいが、なぜいきなりそんな事を言い出したのか。

 それから少し空白の時間が流れる。その時間の中で、考える。結局、オレの濡れ衣は晴れていない。むしろ、オレが鶴竹を傷つけたと確定しつつある。さっきはあんな事を思ったが、せっかくもう一度高校生をやれるのだ。やはり、そんな機会を棒に振るいたくはない。しかし、何を言えば良いか。オレの味方は柚菜と美音だけだが、二人がよくオレとつるんでいるので、『立木を庇っているのだろう』と思われるかもしれない。それに、二人を巻き込みたくない。

 そうだ、新聞屋にも言ってやった事を、コイツにも言ってやる。生徒指導が口を開く。今度は言いそびれない。生徒指導が言葉を吐く前に、オレが話す。

「先生、二年生の橘先輩がそこにいました。生徒会の副会長ともあろう人なら、公平に物を言ってくれるはずです。一度橘さんにも話を聞いて下さいませんか?」

 こんな奴に敬語と言う奴を使ってやるのは癪だが、今のオレは生徒でこちらさんは教師だ。話を聞いて濡れ衣を晴らしてもらうためにも、ここは頭を下げてやる。

 生徒会という名前の効果か、生徒指導はようやくオレの話にしっかり耳を傾けた。どうだ、効いたか。ただ、空樹がオレを見たのが気になった。睨んだのなら分かるが、あれは睨んでいない。見ただけだ。とりあえず『御前さん』に話を聞くという事になり、一旦保留という事になった。

 オレたちは、生徒指導室を後にする。空樹の奴は、オレと一緒にいたくないのか早歩きで一人先に教室へ向かう。どうせなら赤石にも同じ様にさっさと言って欲しいのだが、コイツはそうはしない。

 

 それから授業中や昼休みにも、空樹はオレを視認するなり睨んでくる。小娘一人を恐れるつもりはないし、睨まれて怯える体を見せては後ろめたい事があると思われるだけだ。その度に、オレも睨み返してやる。

 今日の放課後はオレたちが体育館で練習できる日なので、練習に向かう。練習をするにしても、オレと空樹がいるせいか空気の悪い事悪い事。

 初めのパス練習も、いつも空樹とオレが組んでいたのでどうするかと思った。あんな風に喧嘩をして、一緒に呼び出された身なのだ。一緒に組める訳がない。

「桜、一緒にパスしよう」

「う、空樹さん。一緒に、やらない?」

 柚菜がオレに、美音が空樹に声をかける。柚菜はともかく、美音は声をかけにくそうだった。空樹は断ることなく美音と組んだ。

 それから気分が悪いまま練習が続く。原因は、もちろんオレと空樹だ。さっさと終わらせてほしい。


暑くなってきました。私の様に冷たいモノの食べ過ぎ飲みすぎでお腹を壊さないよう気を付けてください。

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