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ソウセキ2017  作者: 多田野 水鏡
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蟹とラッキョウの関係

今回は短め。

 美音の忘れ物を取りに行った帰り道、柚菜と美音から『橘御前』の事を聞いていた。話を聞く内に、柚菜と美音、空樹や鶴竹に例の『御前』などは皆同じ中学の出だと分かった。この高校は進学校ではあるが、別に日本に名だたる名門という訳ではないようだ。単純に家が近いから、という連中が集まっているらしい。

 元の桜は、確か文武両道の完璧美少女だったと母親が言っていた。そんな桜が、なぜこんなごく普通の高校などに入学したのだろうか。もっと良い所へ行けたはずだが。尤も、オレとしてはごく普通の学校であってくれたのはありがたい限りだが。

 そう言えば、御前はさっきの上級生たちに『またお前たちか』とか言っていた。リーダーらしき奴も、御前の事を知っているかのような口振りだった。という事は、アイツ等は中学でも同じような事をしていたのだろうか。どこにでもあんな連中はいるものだ。そこは田舎も都会も違いはないらしい。

 幸いこの喧嘩の事が桜の親に知られることはなかった。オレは、安心して眠りについた。


 翌朝、鶴竹とすれ違った。鶴竹もオレを認知していたようで、オレと目が合った。顔見知りに何も言わないのもどうかと思うので、とりあえず挨拶をする。

「……おはよう、立木桜、さん」

 オレを見て、ニヤ、と口元を吊り上げる。正直に言うと、昨日の連中が鶴竹に絡んだのが分かった気がする。別に期待していたわけではないのだが、危ない所を助けたのだから礼の一つくらいはあっても良いはずだ。当の鶴竹は、更に小さく笑いながら歩いていった。

 それから普通に一日が過ぎた。別に上級生が仕返しに来る、とかそんな事はなかった。オレよりもむしろ美音や柚菜の方が心配していた。オレも心配はしていたが、それは昨日の喧嘩の事で谷岡なり生徒指導なりがうるさいのではないか、という心配だ。

 それは杞憂に終わり、オレは柚菜や美音と共に一日を過ごした。


 放課後、オレは図書館にいた。今日はオレ達のクラスは体育館を使えないので、練習は休みだ。やる事がないならさっさと帰って家で勉強するというのが、良き学生の姿という奴だろう。しかし、オレは良き学生ではない。

 読んでいる本も、当然勉強の本ではない。流石に高校生ともなると、図書館で静かにする事くらいは出来るらしい。

 しばらくすると、本を読み終えた。次の本を取りに行こうと席を立つと、扉が開く音がした。入ってきたのは、空樹だ。空樹は、首を動かしている。誰か探しているのだろうか。その内、オレと目が合った。空樹は、オレに近づいてくる。何だ、オレを探していたのか。

「話がある」

 元々空樹は口数が少なく、愛想がない。だから機嫌が悪いのでは、と誤解する者もいるだろう。しかし、今の空樹は機嫌が悪い『様に見える』のではなく、明らかに機嫌が悪い。あれは、オレを見ているのではない。オレを睨んでいるのだ。

 嫌な予感がした。しかし、昨日の喧嘩に桜の身体で勝った事で『娘っ子なんぞに怯えてなるものか』と変なプライドが芽生えたのか、大人しくついていく。歩いている間も、一切口を開かない。ついていきたくない。何とも重い空気だ。


 着いた先は、体育館の裏だ。こんないかにもな所に呼び出して、恐喝でもするつもりだろうか。空樹がそんな事をするような奴には見えないが。

「こんな所に呼んで、どうしたの?」

 オレが尋ねると、鋭い目で睨んでくる。

「いやな、随分恥知らずな事をしたと聞いたんでな」

 それだけ言うと、いきなりオレのむなぐらを掴んでくる。まさか、今更前の学校新聞だかのことを引っ張り出してきたのだろうか。新聞屋を殴った事はアイツの物言いがあんまりだったからであり、部外者に『恥知らず』と言われる筋合いはない。それに、寄り道ぐらいでこんな風に体育館裏でむなぐらを掴まれる謂れもない。

「待て待て。自分ひとりで話を進めないで、何の事か話してくれても良いんじゃあないか?」

 思わず素の口調で話してしまうが、それに関しては特に空樹も気にしていないようだ。

「……良いだろう。昨日、鶴竹に絡んで何度か暴力を振るったそうだな?」

 一瞬、何を言ったのか理解できなかった。確かに、オレは昨日暴力を振るった。しかし、それは鶴竹に絡んでいた上級生に対してであり、鶴竹を殴った覚えはない。どこで話がねじれたのだろうか。

「オイ、何勘違いしてるんだ? オレが殴ったのは……」

 上級生で、それは鶴竹を庇ってのことだ。そう言おうとしたオレの顔に、何かがぶつかった。

「とぼけるな! あんな連中とつるんで弱い者いじめ、挙句に白を切るなんて、見損なったぞ!」

人に濡れ衣を着せておいて、何が見損なっただ。オマケに物も言わせないでいきなり殴りつけるなど、見損なったはこちらのセリフだ。

 オレは何が嫌いだと言って、こんな風に理不尽に責められることほど嫌なことはない。こういう手を使うのはオレとしても気分がよろしくはないが、どうするか見ていろ。

 オレは、空樹の後ろに目を向ける。

「あ、谷岡先生! ち、違うんです!」

 そして、大きな声を出す。空いている両手を振って見せる。すると、空樹も後ろを見る。今だ。思い切り、空樹の腹を右足で蹴る。蹴られた空樹は、昨日鶴竹に絡んでいた不良たちの様に盛大に尻もちをついた。

 倒れた所でむなぐらを掴み返し、顔を何度か殴る。オレは、中身がごく普通の社会人だ。女子高生をこんな風に遠慮もなく殴るのは、大人げない行為なのだろう。しかし、男でも女でも気に入らない奴は気に入らない、殴るべき奴は殴る。オレは、性別で差別などしないのだ。

「ひ、卑怯だぞ……」

 なるほど、確かに卑怯だ。

「テメェで喧嘩吹っ掛けといて、ラッキョウがどうなんてぬかすなぃ」

 しかし、喧嘩は勝つか負けるかだ。卑怯でも、オレは負けてはいけない奴との喧嘩では何でもする。

「誰に吹き込まれたか知らねぇが、ホントの事が知りてぇなら『御前さん』にでも聞いて来いや」

 それだけ言って、オレは帰る事にした。オレとしては、顔を殴られた分と濡れ衣を着せられた分を殴り返したのだからもう用はない。下校の放送が鳴ったので、丁度良い。

サブタイトルの意味が分からない? 気にするな!

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