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ソウセキ2017  作者: 多田野 水鏡
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犀の盾

えらく更新に時間がかかるこの頃。

 柚菜たちと池袋で遊んだ翌日、下駄箱で靴を履き替えていると、

「おはよう、桜」

 誰かが声をかけてきた。昨日オレを遊びに誘った女子軍団の一人だ。

「おはよう、蘇芳さん」

 挨拶を返すと、

「他人行儀だなぁ、美音(みね)で良いよ」

 名前で呼べ、という事か。それなら、と名前を呼んでもう一度挨拶をする。

「ハイ、おはよう」

 笑顔で頷く美音。初めは異性を名前で呼ぶことに抵抗があったのだが、今では何の抵抗もなく呼べるようになっている。これは、成長であると願いたい。

 そのまま『昨日は楽しかったねぇ』などと言いながら、二人で教室に向かう。その途中で再び後ろから声をかけられる。声の主は、柚菜だった。

「柚菜、昨日は誘ってくれてありがとう」

 良いよ、私も楽しかったし。そう言って、教室に向かうよう促した。この柚菜という少女、こんな風に集団の指揮を執るというのか、皆を引っ張っていく素質があるのかもしれない。確か、昨日行き先を提案していたのも柚菜だったはずだ。

 昨日は高校生らしく遊んだ。しかし、高校生は学生で学生の本文は悲しい事に勉強だ。それでは今日は高校生らしく勉強をしよう。と意気込んだは良いが、勉強なんてやる気にならないのが普通だ。それが苦手な科目なら尚のこと。

 しかし、こんな事は大人になったらやりたくても出来ないのだ。これも一つの思い出になるだろう。学生の内には思い出も作りやすく、やはり学生の方が楽しいというものだ。もう一度学生が出来るのは過程はともかくありがたい事と割り切り、空元気を出して黒板の問題を解くのに専念する。しかし、やはり解けないものは解けない。


 放課後、オレは柚菜と美音との三人で廊下を歩いていた。色々あって、理科室に向かっているのだ。

「ごめんね、忘れ物取りに行くのに付き合わせて」

 申し訳なさそうに美音が謝る。柚菜もこちら側の校舎に用があったので、気にしないよう慰めている。オレは別に用はないが、少しでも遅く家に帰りたかったので付き合った。それに、昨日誘ってもらった事も有り、放っておけなかった。

 この学校は、生徒たちの教室と図書館がある第一校舎と音楽室や理科室といった授業用の教室がある第二校舎の二つに分かれており、その二つの校舎を一階から三階までは渡り廊下で繋がっている。しかし、オレ達一年坊主の教室がある四階だけはそれがない。だから、上級生の教室がある三階か二階から行くか、面倒だが一階までわざわざ下りて渡り廊下を通るかのどちらかになる。因みに理科室は三階なので、一階まで下りるのは面倒以外の何物でもない。

 オレは中身が社会人なので、別に上級生など怖くない。しかし、二人はそうはいかないようだ。やはり上級生というのは下級生にとっては少しでも怖く感じてしまうようだ。それで美音が柚菜に一緒に来てくれる様頼んだのだ。オレはたまたま近くにいたので、一緒に行くと申し出た。

 階段を下り、いよいよ二年生のいる三階を通る。その時、声が聞こえた。

「お前、ウザいんだよ!」

 女の声だ。オレ達が前に顔を向けると、四人の少女が壁を使って一人を囲っている。その内一人だけは、三人より少しだけ前に出ている。リーダーと、取り巻き三人といった所か。中心の一人だけオレ達と同じ色のスリッパという事は、上級生が一年坊主を囲っているのだろうか。さっきの台詞から察するに、仲良しという訳ではなさそうだ。

 一年の顔が見えた。それは、鶴竹だった。薄気味悪いだの色々悪口を言われているが、鶴竹の顔を見るに殆ど応えていないようだ。それが上級生連中を尚更イラつかせているらしい。そんなイラついているだろう上級生連中の顔を見ると、いかにも弱い者いじめが好きそうな、ビゴーの風刺画にでも出てきそうな『悪いアジア人』といった顔の連中ばかりだ。

 柚菜や美音を見ると、『早く行こう』と顔が言っている。気持ちは分かる。相手は上級生。鶴竹を助けでもすれば、ソイツ等に目を付けられるだろう。あんな連中が相手なら、目を付けられたら何をされるか分かったものではない。始まって少し経ったこの学生生活、出来るなら変な連中に絡まれる事なく楽しく暮らしたいと思うのが普通だ。そして、オレもそう思う。

 一瞬、囲んでいる上級生に数人の男子生徒の姿が重なる。その男子生徒の姿には、見覚えがある。そして、鶴竹にも別の男子が重なった。やはり、見覚えがある。いや、鶴竹と重なった男子は見覚えがあるなんてものではない。オレはアイツをよく知っている。一瞬、アイツがこっちを見た気がした。その眼が、『助けて』と言っている。鶴竹はこちらを見ていないかもしれない。しかし、アイツが助けを求めるならオレはそれを拒めない。

 オレのやることは決まった。鶴竹とは別に友達ではない。数回話しただけだ。わざわざ助ける理由もない。しかし、そんな理屈なんかどうでも良い。鶴竹が大事、というより、あの悪いアジア人みたいな連中が気に入らない。このままアイツ等の好きにさせたら、オレは一生自分を許せない気がした。

「オイ、やめろ」

 格好の良い文句を考える必要なんかない。鶴竹を庇う様に、囲いの中に割り込む。当然上級生たちは、不満そうな顔をする。

「はぁ? 何、お前」

 上級生の一人が何か言っている。不満そうな顔が、少し嬉しそうな顔に変わる。弱い者いじめを邪魔された苛立ちより、獲物がもう一匹増えたという喜びが籠っている。そして、オレへの侮りの気持ちも入っていたのかもしれない。

 弱い者いじめの邪魔をする奴がどんな奴かと思ったらごく普通の少女だったのだ。桜は美少女ではあるが、強そうには見えない。侮る気持ちも分かる。

 確かに相手は数人で、オレは一人。数ではこちらが不利なのはオレでも分かる。まして、オレの身体は少女のものだ。しかし、体育の授業で桜の身体はよく動いてくれると分かった。別に相撲取りやプロレスラーと喧嘩をするわけではないのだから、圧勝とまではいかなくても負ける事はないのではないか。上級生を見ると、悪そうではあるが変に筋肉質という訳でもない。やたらに強そうにも見えない。それに、今更『やっぱり何でもないです』なんて言っても逃げられないだろうし逃げるつもりもない。

「関係ない奴はあっち行けよ!」

 上級生の一人が、オレを突き飛ばす。こういう奴は、どうしてお決まりしか言えないのだろうか。『関係ない奴は』の類の台詞を言わない奴を、オレは見た事がない。こんな事を考えている場合ではないはずだが、おれもまたコイツ等を侮っているのかもしれない。所詮は子供だ、と。オレも今はその子供なのだが。

「お前も殴られたい?」

 前に出ていた一人がオレに向かって拳を振りかぶる。こういう連中は変な知恵は働くようで、顔は殴らない。証拠が残らないよう、見えない部分を殴るのだ。しかし、オレもわざわざ殴られてやるつもりはない。ソイツが殴ろうとした腹を、こっちが先に殴ってやる。

 その時、別の一人が鶴竹を殴ろうとした。思わず、身体が鶴竹の方に向かう。鶴竹を突き飛ばしたので、案の定というべきかオレが殴られた。後で考えたが、オレが庇う事を見越してわざと鶴竹を殴ろうとしたのではないだろうか。流石に考えすぎか。

 殴られたのだ、当然痛い。しかし、これで思い切りやり返すだけの大義名分が出来た。もう連中の様に見えない部分を殴るようなまどろっこしい真似は必要ない。勢いで壁にぶつかりそうになるが、その壁を手で押し、勢いをつけて今オレを殴った奴を殴り返す。殴られた奴は尻もちをつく。オレは、すぐに四人が視界に入る位置に動く。これで、後ろから不意に攻撃されることはないだろう。

 二人同時に襲い掛かってくる。片方の生徒の顔は鼻が大きく、よく見るとサイの様に見える。もう一人は牛だ。たとえがサイと牛なのだ、当然二人とも美人なはずがない。

 牛がオレに突っ込んでくる。振りかぶった右腕を見るに、オレを殴るつもりなのだろう。牛みたいな奴だけあり、力では桜より強そうだ。固く握られた拳が、オレに迫ってくる。オレは、サイの腕を掴みこちらに引っ張る。それで、サイがオレの盾になってくれた。そこにいてはサイの下敷きになってしまうので、素早く移動し牛の背中を思いっきり蹴ってやる。殴られて倒れたサイを、背中を蹴られた牛が押しつぶす形になる。

 やはりコイツ等、弱い者いじめが専門のようだ。一瞬姿が重なった男子連中と比べれば、何のことはない。桜の身体でも十分勝てる相手だ。

 四人のリーダーらしき奴が、オレにゆっくり近づいてくる。オレも、リーダーから目を離さない。音がなくなる。四人共を視界に入れつつ、リーダーの腕、脚から目を離さない。

 リーダーがオレに向かって走ってくる。殴るのか、蹴るのか。それとも武器でも取り出すのか。何をしてくるか分からない。オレに近づいた時、右手を強く握り振りかぶる。オレを殴るらしい。その右手がオレに当たる前に、カウンターの要領でリーダーの腹に思い切り蹴りを入れてやる。

 腹を蹴られたリーダーは後ろに吹っ飛び、盛大に床にぶつかった。リーダーと入れ替わりに、ようやく三人が起き上がる。三人がかりで来られたら、流石に厳しいかもしれない。さて、どうするか。

「何をしている!」

 その時、鋭い声がオレと三人を縛る。四人とオレとで、一緒に声の方向に顔を向ける。そこには、眼鏡の女子生徒が仁王立ちしていた。いかにも風紀委員でもやっていそうな厳しそうな美人だ。

「またお前たちか……」

 眼鏡は、溜め息をつきながら四人を睨む。冷たい声だが、無理に出しているようにも聞こえる。腹を押さえながらのろのろ起き上がったリーダーは、舌打ちを一つ。

「ウザいんだよ、『御前(ごぜん)さん』」

 負けじと眼鏡を睨み返し、ゆっくり歩いていく。三人もそれについていく。眼鏡が四人を制止するが、足を止めない。

「全く……」

 再び溜め息をつき、オレに顔を向ける。

「それで? 何をしていた?」

 オレに尋ねる。オレは、連中が鶴竹に絡んでいたのでオレがそれに割って入ったとありのままを話した。

「間違いないか?」

 今度は、鶴竹に話しかける。先程に比べると、優しい声だ。柚菜と美音は離れた所から、不安そうにオレたちを見ている。鶴竹はオレを一度見て、

「……えぇ」

 それだけ言った。そうか、と眼鏡も納得したらしい。

「分かった。帰って良い」

 鶴竹は、ゆっくりこちらに歩いてくる。階段はオレの後ろの方にあるのだ。オレとすれ違いざま、立ち止まる。

「……男の人が来たかと思ったわ」

 眼鏡も駆け寄ってきた柚菜たちも、変な顔をしていた。オレは驚いた。柚菜たちは喧嘩をしたオレが男みたい、という意味で言ったのだと考えたのかもしれない。実際、鶴竹もそのつもりで言ったのだろう。しかし、オレの中身は本当は男なのだ。それを言い当てられたような気がした。

「立木桜」

 柚菜たちの所に行こうとしたら、名前を呼ばれる。足を止める。

「今回はアイツ等が悪いからこれ以上は言わないが、あまり暴力沙汰を起こさぬように」

 それだけ言って、去っていった。『起こさぬように』なんて、随分現代人らしからぬ口調で話す。眼鏡が去っていくと、柚菜たちが走ってくる。

「柚菜、あれ誰?」

 オレが尋ねると、美音が代わりに答える。

「あれは、橘瑞姫(たちばなみずき)さん。この学校の生徒会副会長よ」

 美音曰く、中学時代から生徒会を務め、その厳格さで『橘御前』と恐れられたらしい。また、文武両道の完璧超人だ、と柚菜が付け足した。リーダーが言った『御前さん』とはそういう意味だったのか。

 それにしても、あの橘とかいう奴の声。どこかで聞いたことがあるような気がする。アイツとは学校ではもちろん入れ替わる前にも会った覚えがないのに、どういう事だろう。


喧嘩パートをもっと格好良く書きたい。

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