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ソウセキ2017  作者: 多田野 水鏡
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玉虫の逸遊

もう六月も半ばです。月日が経つのがすごく早く感じるこの頃。

 オレは今、薄暗い道を歩いている。いや、その表現は正しくないのかもしれない。歩いているのなら足が動く感覚があるはずだが、それがないのだ。代わりに、両足をまとめて握られているような感覚だ。

 ただ薄暗いばかりではない。明かりがあることはあるが、それが火の玉の様に見える。時々、悲鳴のようなものが聞こえる。オマケに、生温い風が吹いている。

 まるで、お化け屋敷か何かのようだ。あまり居心地はよろしくない。今に幽霊でも出てきそうだ。さっさと出ていきたい。

 出ていきたいと言っても、足が動かない。動かないのに進んでいるというのはどういう事だろうか。足を見ると、本当に誰かに握られていた。というより、足が足の形をしていなかった。腰から下が尻尾の様になっており、風船の様に持ち運ばれているのだ。

 オレを運んでいるのはどんな奴だ。そう思って見ると、どこかで見たような格好の男だ。年頃は、三十代後半といった所か。コイツの顔は知らないが、格好には見覚えがある。どこで見たのか。ここはどこで、コイツは誰なのか。

 そうだ。コイツの恰好。これは……。


 目が覚めた。夢だった。ふぅ、と溜め息が出る。念のため、布団をはねのけ足を見てみる。良かった、桜の足だ。

 携帯電話を見ると、オレがいつも起きる時間より少し早い。昨日鶴竹のような奴と会ったから、こんな気味の悪い夢を見たのだろうか。アイツに文句を言ったって仕方がないのは分かっているが、アイツに何か嫌なことをされたような気分になった。

 オレとした事が、今日は日曜日だ。日曜日とはゆっくり休んで一週間の疲れをとるためにあるというのに、そんな日に早起きをするというのは一億円の小切手で尻を拭く位勿体ない事だ。しかし、起きてしまったものは仕方がない。二度寝なんてしたら、オレの『お楽しみ』を見逃してしまう。仕方がないので、携帯でもいじることにする。

 こう言うときに明日の予習なり復習なりをしようという気にならない辺り、オレという人間の程度が知れるという奴か。そのままいじっていたらいつの間にか良い時間になったので、オレはベッドから下りる。


 さっきは『ゆっくり休む日』なんて言っていたが、オレは今池袋にいる。柚菜たちがオレを遊びに誘ってくれたのだ。

「池袋を案内してあげる、楽しい所だよぉ」

 柚菜はそう言っているが、オレは既に大学時代ここを楽しんでいる。池袋の全てを知っている、なんて大きな口は叩けないが、少なくともオレが楽しいと思える店や施設は把握済みだ。だから正直に言ってしまえば、そんなのは余計なお世話だ。しかし、柚菜たちも親切で言っているのだしそんな冷たい事を言う気にはなれない。

 オレは池袋のみならず東京で遊ぶときは、どちらかと言えば一人でそこに行く事の方が多かった。断っておくが、遊びに誘うアテがなかったのではない。

 初めこそ今一つ気が乗らなかったが、やはり心を許せる者とこうして遊びに行くというのは楽しい。それは、老若男女変わらないのだ。

 カラオケに行った。確か柚菜と他の数人とは前にも行った筈だ。女子高生というのはよくこんなにカラオケに行けるものだ。オレは前と殆ど同じような歌しか歌わなかった。他にろくに歌というものを知らないのだから仕方がない。特に文句を言われなかったのは、これはこれで有りと認めてくれたのか、それとも気を遣って文句を言わないでくれているのか。

 その後洒落た店でお茶をすることになった。装飾といいメニューといい、いかにも年頃の女が喜びそうにできている。こういう店は、独り身の男には入りづらい。連れの女子は可愛い店だと喜んでいるが、オレにとっては気恥ずかしいばかりだ。

 とりあえず、オレにも分かりそうな奴を、と思ってメニューに目を通す。妥当なところで、普通のパフェを頼む事にした。普通と言っても、そこらのファミリーレストランで食べられる奴よりよっぽど甘そうだった。柚菜は『冒険しないの?』なんて聞いてきたが、余計なお世話だ。これでも結構な冒険だ。少し喋っていると、オレの注文したものが来た。

 ただ『甘そう』という言葉しか出なかった。こんなものを食べたら、胸やけどころか歯が溶けてしまうのではないだろうか。オレは甘いものは好きだが、甘すぎるものはあまり好きではないのだ。しかし、自分で注文したものを残すわけにはいかない。

 意を決して、一口。なんだ、美味しいじゃあないか。胸やけもしない。歯も溶けない。安心して、スイーツに舌鼓を打つ事にした。柚菜が何か話しかけてくる。うるさい。オレは、食べる時は食べる方に集中したいのだ。黙ってろ、と言いたいところだが、せっかく招待してくれたのだ。そんな事は言えない。

「美味しい? って聞こうとしたの。美味しそうに食べてたから」

 うん、美味しいよ、と返してやる。柚菜とその他も納得したらしく、再びおしゃべりとスイーツを楽しみ始めた。

 食べながらふと思ったが、桜の身体になった事でこういう物が美味しく食べられるようになったのかもしれない。なるほど、女子高生も悪くないかもしれない。

 スイーツの後は、ゲームセンターに向かった。オレは大抵ゲームセンターでは音楽に合わせてボタンを押すなどのアクションを取る所謂『音ゲー』をよくやっていた。ただ、そういうのは殆ど一人でやるものであり、今日は一人で来ているのではない。

 格闘ゲームというものを、ゲームセンターで初めて友達とやった。携帯ゲームでなら対戦もやった事はあるが、ゲームセンターのこれは慣れていないと動かしにくい。

 オレはゲームというものを結構やって来た。だから、ゲームは好きだと堂々と言える。しかし、好きでも得意とは限らない。自分より年下の少女に、あっさりと負けた。次はオレが勝つ、と大人げない決心をした。

 それから、プリクラだ。入れ替わる前は、そんな物を撮った事はない。また、興味もなかった。だから正直に言うと、プリクラの階に行くのは気が乗らなかった。しかし、ここで断れないのがオレの弱い所だ。

 プリクラを撮れるのはこの建物の六階で、そこには男性だけでは来れないようになっていた。そんな空間に、オレは今いる。そんな事、少し前のオレに言ってもとても信じてはくれまい。

 さっき行ったスイーツ店よりも、何というか女子らしい空間だった。目が痛くなりそうだ。そんなオレの心など知らない女子連中は、楽しそうにどの台で撮るか話し合っている。女子のための空間なのだ。オレの居て良い所ではないのかもしれない。この階にいる時だけで良いので、誰か他の女子高生と入れ替わってやり過ごしてもらえないだろうか。

 それから女子連中に台を決めてもらい、やっと写真を撮ることが出来た。他の奴らは落書きをするそうだが、オレは断った。人の写真に落書きをするのは、社会の教科書で十分にやった。その後写真が現像され、地獄とまではいかないが、中々に苦しい時間が終わった。

 なんともオレらしくはない遊び方だった。しかし、女子高生らしい休日の過ごし方ではあった。ただ、一つ思った事がある。オレは楽しかった。だが、桜も楽しいのではないだろうか。

 桜もオレと入れ替わることがなければ、『女子高生 立木桜』として楽しい三年間を過ごしていたのではないだろうか。こんな風に、友達と遊べたのではないか。オレのせいで入れ替わった訳ではないとはいえ、桜の楽しみを奪ってしまったのではないだろうか。

「桜?」

 何かが(オレ)の身体を揺さぶる。柚菜だった。

「いや、ちょっと疲れちゃって」

 友達と遊ぶって、疲れるけど楽しいね。そう付け加える。いや、付け加えたのではない。口から勝手に言葉が出ただけだ。

 オレとしてはこんな風に友達と遊ぶのが久しぶりだったのでそう言っただけなのだが、生憎今のオレは記憶喪失設定があるのを忘れていた。柚菜たちはそれを深い意味で捉えてしまったようだ。何か、気まずい雰囲気になってしまった。

 しかし、気まずい雰囲気になったという事は、裏を返せばコイツ等はそれだけオレを気遣ってくれているという事だろうか。それは、悪い気分にならない。

 そうだ、入れ替わったのはオレのせいではないのに悩んだって仕方がない。悪いと思うならせめて桜として生き続け、終わるはずだった人生を謳歌しよう。桜として今を楽しむこと。それが桜にとっての供養になるはずだ。そう思うことにした。

 それから池袋駅で別れる事になった。オレは近くの駐輪場に自転車を止めていた。駅に向かう途中でも、女子高生というのはよく喋る。よくこんなに口が動くものだ。

 東口で柚菜たちと別れる。少し寂しい気はする。しかし、いつの間にか朝の嫌な気分は晴れていた。柚菜たちには感謝しなければならない。

夏に書きたいネタがあるので、それまでになんとかして折り返しまで行きたいです。

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