練習開始
もう少しサブタイトルはどうにかならないものだろうか……。
五月に入り、球技大会の練習が始まった。昼休みや放課後は練習に費やされる。と言っても場所なんて限られており、練習をしたいのはオレたちのクラスだけではないのだ。だから、正確には費やされる『時がある』と言った方が正しいか。
オレはスポーツ自体は嫌いではないが、こんな風に勝つために一生懸命練習する、といった事は正直に言って嫌いだ。しかし、それは今までの話。桜と入れ替わってから、家にいたって面白くない。面白くないどころか空気が悪くて居づらい。だから、今日の様に放課後に練習のために無理やり集合させられるのは、今回に限って言えばむしろありがたい。
ただ、いつも放課後は体育館はバレーボール部とバスケットボール部が練習のために使っている。緑のネットで体育館を二つに分け、その片方を球技大会の練習に、もう片方をバスケットボール部が使っている。バレーボール部はどうしたのだろうか。いつもならオレたちが今いるスペースはソイツ等が使っているはずだ。
オレが中学生の頃は、近所の小学校の体育館を放課後使わせてもらい、そこで練習していた。大方、ここの顧問もそんな風に体育館を借りるアテがあるのだろう。
練習の内容は、ざっとこんな具合だ。バレーボールというスポーツは、一度に六人までコートに入れる。オレのクラスの人数は、男子女子それぞれ十八人ずつで合計三十六人だ。二つチームを作り、六人がコートに入り三人はベンチ。一つ点を取るごとにポジションが一つずつずれていく。
本当ならそのホーメーションにはベンチの一人を合わせるので、合計七人で一チームという事になる。しかし、それでは全員を参加させられないという事で、ベンチの三人もずれていくことになる。これで、全員が参加できるようになる。
やらせる側はそれで満足だろうが、嫌々やらされる側からしたら堪ったものではないだろう。何しろ、自分たちの実力では足を引っ張ってしまうことくらい、そう言う連中は知っているはずだ。やりたくもないのに無理やり参加させられ、結局は足を引っ張るのだ。それが何を招くか、教師になれるだけの頭があるのにそれを考えられないとは思えないが、お勉強はできても、という事だろうか。
それはそれとして、オレが振り分けられたチームはオレと空樹、それと現役バレーボール部の生徒が一人、その他といった所だ。
早速、練習が始まる。練習と言ってもチームに分かれて練習試合をするだけだったので、中学時代にバレーボール部に入っていたオレには難しくなかった。むしろ楽しいとすら感じる。オレの様な怠け者には、本物の部活の様に本格的な練習ではないことがありがたい。またあの苦行をやらされるのは、勘弁してほしい。
ただ、そういう人間ばかりではないようだ。楽しみたいのではなく、勝ちたいというタイプ。そして、そんな奴にとって面倒な運動が苦手でこういったチームプレイで盛大に足を引っ張るタイプ。
現にオレの隣、後列右の女子はサーブを入れられず、また上手い事パスも出来ていない。風船とジャガイモのハーフのような太ったその生徒を、前列左の現役バレー部が不快そうな顔で見ている。現役が前者で、ハーフが後者だろう。
ヘマをする度に、ジャガイモが謝る。そして、現役が不快そうな顔をする。現役も、そんなに睨んでやることもないものだ。誰にでも得意不得意はあるのだ。これがバレーボールでお前にとっては得意分野だから良いものの、そうでなければお前もジャガイモの様な思いをするかもしれないのだ。
谷岡もジャージ姿で練習を見に来てはいるが、正直に言って何の役にも立っていない。ただオレたちの練習を見て応援しているだけだ。一体アイツは何をしに来たのだろうか。まぁ、相手に怪我をさせるようなプレイをするよう脅さないだけマシか。
相手チームがサーブを打つ。ボールは、オレの方へ飛んできた。オレは、難なくレシーブでボールを上げる。本当ならセッターにボールをやりたいところだが、バレーボール経験者が現役だけの素人チームではそれも難しかろう。
その後ボールが互いのコートを行き来し、その内相手がスパイクを打ち込んだ。ボールはジャガイモに向かって飛んでいき、ジャガイモは短い腕でレシーブの構えを取る。しかし、ボールを受けきれなかった。相手の得点だ。
「ご、ごめん……」
ジャガイモは申し訳なさそうな顔で謝る。現役が不快そうな顔をする。このくだりは、これで何回目だろうか。こう同じ失敗をされて嫌になるのも分かるが、素人に本気の一発を打ち込む相手も相手だ。
それにしても現役の奴、まさか谷岡に代わって反則プレイでも強要するつもりではないだろうか。そんなことでもしかねない程にジャガイモを睨んでいるが、そんな真似をして記者会見で言い訳とも呼べぬ戯言を並べる、なんて事は勘弁してもらいたい。
こちらの空気は悪くなる一方だ。オレのせいで空気が悪くなるなら仕方がないが、オレに何の非もないのに嫌な空気の中にいるというのは本当に嫌な物だ。そう思いながら頬を掻いていると、コートの端にいる柚菜と目が合う。柚菜はこちらを見て苦笑いを浮かべる。オレも苦笑いで返す。
それから練習が終わり、空樹と更衣室へ歩いていた。やぁ、疲れたねぇ、なんて月並みな会話をしながら歩いていると、
「空樹、雪華、さん……」
空樹を呼ぶ声が。振り返ると、いかにも暗そうな少女が。鶴竹琴子だ。隣には以前のように何の特徴もない女子生徒が立っている。ただ、鶴竹は体操服なのに対してもう一人の方は制服姿だ。
「鶴竹か」
空樹の声の調子は、オレと話しているときと変わらない。他の人間よりほんの少しだけ明るいように思う。空樹にとってオレはこの少し気味が悪い奴と同レベルという事か、それともコイツは空樹の知り合いなのか。目の敵にされているという噂があるはずだが、噂は噂という事か。
「その人と、仲が良いのね……」
オレを指さす。相変わらず、薄気味が悪い喋り方だ。
「仲が良い、という程ではないが……。まぁ、色々と付き合いはあるかな」
空樹は淡々と返す。前半分を聞いて、些か落ち込んだ。しかし、言われてみればその通りか。携帯の番号も交換していないのだし。
「へぇ、そう……」
それだけ言って、鶴竹はオレを見る。いや、あれは睨んだのだろうか。行きましょう、と隣の女子に言うと、ゆっくり歩いていった。と思いきや、一度立ち止まってこちらを見る。ニヤ、と陰気な笑みを浮かべ、笑いながら歩いていった。
「ねぇ、空樹さん。あの人と知り合いなの?」
オレは尋ねる。
「あぁ、同じ中学だったんだ」
そう言えば、と空樹が口を開く。空樹の奴、よくあんな気持ち悪いのと知り合いでいられたものだ。
「アイツ、さっき誰に向かって話しかけたんだ? 行きましょう、って」
首を傾げる。誰にだなんて、隣にいた奴に決まっているだろう。コイツこそ、何を言っているのだろうか。空樹の顔を見る。
「どうした?」
空樹が変な顔でオレを見る。何でもない、と返す。影の薄そうな奴ではあるが、まさかオレや鶴竹以外に見えていないなんて事はないだろう。それとも、そういういじめか何かだろうか。
こんな投稿ペースで、果たして完結させられるのか。