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ソウセキ2017  作者: 多田野 水鏡
15/34

嵐の前の

前の投稿から大分時間が経ってしまった……。

 オレが学校新聞を賑わせて数日、ようやく新聞屋はオレを記事にすることをやめた。オレが買い食いや寄り道をやめないから、これでは仕返しにならないと思ったのか、或いは単純に飽きたのか。

 ただ、記事にされてたのも悪い事ばかりではない。良い事もあった。だからといって、オレを見世物にしたことを許すつもりはないが。

 その日は、ちょうど月曜の朝だった。

「た、立木さん……。昨日の『仮免ドライバー』、み、見た?」

 話しかけてきたのは、三人の男子生徒だった。右の一人は小太り、左の一人は殴ればポッキリ折れそうな細身、真ん中に立っていたのは小柄。いずれも眼鏡と手入れのされていない髪の、いかにも世間一般で迫害されそうな『オタク』らしい連中だ。

 当然オレは昨日『仮免ドライバー』を見た。だが、わざわざ名前も知らない奴にそれを教えてやる理由はない。しかし、女とは縁がなかった男の先輩なのだ。オレに話しかけるには、相当の勇気が必要だったことは十分理解できる。そんなコイツ等の決断と勇気を足蹴にすることは出来ない。

「うん、見たよ」

 オタク三人組は、安心した様に顔を見合わせる。正直に言うと、オレも趣味について語り合える人間が学校内に欲しいと思っていた所だ。だからオレとしても、このまま話に花を咲かせたい。しかし、

「靴、履き替えて良いかな?」

 更に話を続けようとした三人を遮り、教室に行くよう促した。玄関は靴を履き替える場所であり、話をする場所ではない。そのまま教室に向かうまで、『仮免ドライバー』の話題で盛り上がった。盛り上がったというほどのことはないが、おかげで男子と話すきっかけも出来た。これで学校も少しは過ごしやすくなった。

 仲良くなったのは、男子連中ばかりではない。

 いつもの様に、オレは二年草たち女子連中と昼飯を食べていた。その時、二年草の名前を呼んだ。

「柚菜で良いよ」

 そう言ってくれた。呼んでみて、とオレを促す二年草。正直に言うと、少し気恥しい。自慢ではないが、小学生時代以来身内以外の女子を名前で呼んだことが無い。そこまで距離が縮まった事がないのだ。だから、恋人はおろか友達と呼べる女子はいなかった。

 しかし、ここでその申し出を断るという事は、二年草の心にケチをつけることになる。二年草は当然、オレが女子高生と入れ替わった男だという事は知らない。オレが本物の女子高生だと思っている。だからこそ優しく接してやっているのだろう。ならオレも女子高生になりきり、相手の望むように呼ぶのがその心に対する返礼というものだろう。

「……柚菜」

 柚菜は、満足げに返事をする。桜ほどではないが、この少女も中々可愛い。柚菜の笑顔を見て、ふとそう思う。あくまでも桜の方が可愛いと言い張るのは、身内びいきという奴か。

 今まではいわば同情で仲良くしてやっていたのだろう柚菜と、何というか本当に友達になったような気分だ。

 そんなある日、昼休みに弁当を食べながらこんな話をしていた。

「ねぇ、この学校って行事とかはないの?」

 他の連中は、事前に調べていたかもしれないが、オレはまさか女子高生と入れ替わるなんて夢にも思わなかったので、この学校の行事なんて知っているはずもない。と言っても、どうせ高校の行事なんて大した差はないだろうが。

「確か、五月に球技大会があった気がする」

 そう答えたのは、オレの向かいに座っていた女子生徒だ。球技大会か。それは、オレの通っていた高校にもあったので分かる。五月という時期も、オレの高校と同じだ。それから話を聞いていくと、開催は五月の半ば、女子は体育館でバレーボールを行うらしい。五月の半ばと言うと、今が四月の終わりなのでもう半月後という事になる。

「前の体育でも活躍してたし、桜ならそこでも活躍できるんじゃあないの?」

 柚菜がからかうような笑顔を向ける。

「そんな事ないよ」

 ゆっくり手を振って否定する。オレは楽しみたいとは思っているが、活躍したいとは思わない。そんな事は、現役バレーボール部の連中に任せておけば良い。言われなくても、連中は勝手に目立ってくれるだろう。


 その日の放課後、オレは昼飯を一緒に食べた女子連中とカラオケに行った。女子高生同士ならなんて事はないだろうが、ただの冴えない男(オレ)が行くというのは中々の快挙と言えるのではないだろうか。

 ただ、オレは流行りの歌という奴は知らない。だから、選曲には本当に苦労した。何しろ、自分が歌えて相手も知っている曲なんて数えるほどしかない。

 話は逸れるが、桜と入れ替わる前のオレはある歌手グループのファンだった。歌手と言っても世間では全くの無名で、CDも通信販売かそういう物しか取り扱っていない特殊な店でしか売っていない、所謂同人グループだ。高校までは片田舎に住んでいたため、もし高校時代より前からファンだったらCDを買うのに一苦労だったろう。

 もう一つ言うと、ファンを自称する癖にライブに行ったことはない。いや、ライブがあったかどうかすら知らない。おまけに顔すら知らないという始末。曲が好き、それだけだ。それに、人の多い所はあまり好きではない。

 結局、気を遣ってそのグループの曲は歌えなかった。オレに歌える有名どころや、『仮免ドライバー』のオープニングや挿入歌をその合間に挟むことでその場を凌いだ。本当に凌げたかは分からないが。 

 カラオケ店を出て、女子連中とファミリーレストランで夕食を食べる。母親には、夕飯はいらないと電話で伝えてある。それにしても、ファミリーレストランなんて久しぶりだ。店を出て、携帯番号を交換して女子連中と別れる。何というか、非常に女子高生らしい一日を過ごしたように思う。

 こんな具合に女子と遊び、徐々に柚菜に頼ることなく女子連中と交流できるようになった。オレから女子に挨拶をするなんて、数か月前のオレが聞いたら何て言うだろうか。


 それから、空樹だ。

 相変わらず、オレ以外のクラスの人間と喋っているのを見たことが無い。また、話しかける奴を見たこともない。体育でも、やはり空樹の奴はオレしか組む相手がいなかった。ただ、オレが教えたからか大分パスが続くようになった。元々運動神経自体は良いのだろう。

「アンタが教えてくれたから、かな……」

 オレがそれを言うと、照れたような顔で空樹が小さく笑う。安心した。オレ以外の人間にもこんな顔が出来れば、空樹も孤立する事なんかないのに。その日の帰りは、空樹と一緒に帰った。二言、三言話しては会話が切れ、また二、三話しては切れ、その繰り返し。こんな事を言っては何だが、まだ楽しいとは言えない。

「……じゃあ」

 空樹と別れる直前、小さな声でそう言った。小さかったが、確かに言った。

「あぁ、また明日」

 また明日、と言ったところで、残念ながら空樹とはそこまで親しくない。しかし、クラスで孤立している少女が勇気を出してやっとで絞り出した言葉を、無視してはいけない。オレは、なるべく笑顔で返した。

 少しは、この少女との距離が縮まったのだろうか。やはり、友達というものは少ないより多い方が良いに決まっている。そうか。オレは、あの少女、空樹雪華と友達になりたいのだ。たったそれだけの事だった。

 そんな空樹と、まさかあんな事を引き起こすとは思わなかった。

もう一つの方も早く続き書きたい……。

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