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ソウセキ2017  作者: 多田野 水鏡
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これが世間の目ですから

疲れた……。

 新聞屋が逃げてから、オレたちも教室に戻った。その日はそれ以降何も変わったことはなかった。オレは別に気にしていなかったが、二年草たちが気を遣ってくれたのかオレにやたらと話しかけてきた。

 それが翌日、オレが登校したときに二人が変な顔で走ってきた。

「桜、大変だよ!」

 朝っぱらからそんなに騒がないで欲しい。そう思いながら、ゆっくり靴を履き替える。上履きを履き終えると、二年草がやたらオレの腕を引っ張ってくる。

 連れてこられた先は、掲示板だった。そこには学校新聞が貼られている。

「ほら、これ!」

 見ると、そこには桜の顔があった。正確には、桜の写真が貼られていたのだ。オレが昨日新聞屋を殴った時、写真を撮っていた。それを使ったのだろう。

 少し読んでみると、『ある新入生にインタビューへの協力を依頼したところ、偶々機嫌が悪かったその新入生は新聞部員をいきなり殴りつけた』のだそうだ。この新入生がオレの事なら、昨日あった出来事とあまりに違いすぎる。

「酷い……」

 オレ達と一緒にいたもう一人の女子生徒が、口を押えて呟く。こんな新聞をその『新入生』とやらをよく知らない誰かが読めば、ソイツが誰にでも暴力を振る狂暴な奴だと思うに決まっている。

 

 教室に入ると、やはりクラスの連中はオレを恐れるような眼で見ていた。一応殴った事は事実だが、別にやましい事はしていないのだ。良い気分ではなかったが、別に気にすることはない。ないはずなのだが、どういう訳か少し胸の中が痛い。

 ただ、空樹だけはそんな視線を向けず本を読んでいた。新聞を読んでいないのだろうか。友達とは言えないが、多少付き合いはある仲だ。空樹のおかげで、少し気が軽くなる。

 なんだ。一発殴ったくらいで、人を猛獣か何かの様に怖がることもないものだ。別に今後の人生に関わるような大けがをさせた訳でもないのだ。

 やがてチャイムが鳴り、ホームルームが始まった。それが終わると、谷岡がオレについてくるように言ってきた。大体何が起きるか想像がつく。谷岡についていき、職員室にやって来た。

「立木さん、なんであんな事したの?」

 そらきた。オレは、昨日あった事をありのまま打ち明けた。確かにオレはあの新聞屋を殴ったが、それはアイツの無神経が過ぎる物言いと人の不幸を喜んでいるかのような性根に腹が立ったからだ、二年草たちに聞けば分かるはずだ。

 全部打ち明けたら、谷岡は二年草たちにも話を聞く、と言ってくれた。この教師は、幾らかは話が分かるようだ。

「ただ」

 谷岡が口を開く。

「殴った事は本当なんでしょう? それはいけない事よ」

 さっきよりいくらか柔らかい口調で、諭すように言う。そんな事を言ったって仕方がない。どうせアイツみたいな奴は、口でいくら言ったところで応えやしないのだ。まして、オレは弁が立つわけではないのだから。

 とりあえず、二年草たちに話を聞いてから、という事になった。ただ、殴った事には間違いないので親には報告するらしい。放免されたので、職員室を出る。

「ちょっとは反省しましたかぁ?」

 声をかけられる。その主は、例の新聞屋だった。頬には、大げさに絆創膏が貼られていた。

「……新聞屋ぁ」

 新聞屋を睨んでやる。

「怖いですねぇ、美人が台無しですよ?」

 嫌な笑みを浮かべ、挑発するように近づいてくる。殴りたければ殴れ。また記事にしてやるし、ここは職員室のすぐそば。声を出せば、教師連中が飛んでくるぞ。そう顔が喋っている。

 屑とは、コイツみたいな奴の事を言うのだろうか。注意されたばかりでは、いくらオレでも流石に殴るのを躊躇ってしまう。自分が安全圏にいると知れば、どんなことでも言えるしやれる。そしてその事に一切心を痛めない。むしろ楽しんでさえいる。

「アンタ、また桜を怒らせてるの! このエセ新聞屋!」

 丁度良い所で、助け舟を出してくれた。二年草たちだ。

「エセ新聞屋なんてひどいですねぇ。私には赤石果種(あかしかたね)って名前があるんですから。人の事はちゃんと名前で呼ばないといけないんですよぉ?」

 どこまでも人を馬鹿にする奴だ。それに、と続ける。

「私は嘘は一切書いていませんよぉ? 立木さんが私を殴ったのは事実ですし、殴った時に機嫌が悪かったのも事実。読んだ人が、勝手に立木さんを怖い人だと勘違いした、それだけですよぅ」

 まるで自分には一切非がないかのような物言いだ。

「桜、こんな奴相手にしちゃ駄目よ!」

 二年草が新聞屋を睨みながら言う。言われっぱなしというのは癪に障るが、二年草がオレの腕を掴みながら言うので、渋々引き下がる。


 家に帰ると、早速母親がオレに突っかかってきた。

「桜! 何てことしたの!」

 あの程度が『何てこと』なら、オレなんか桜と入れ替わる前に五回は地獄に落ちている。それとも、そこは男と女の違いという奴だろうか。もっと女の子らしくしろ、暴力はいけないこと、といった具合にお決まりの説教文句を聞き流していた。

「以前の桜は、そんな事しなかった」

 なんて泣かれたのには、流石に参った。それはそうだ。オレは『前の桜』ではないのだから。面倒ではあったが、どうにか説教は終わった。

 これだけなら我慢できる。仁奈の奴、オレが説教されているのを嬉しそうに眺めていやがった。何がおかしい。見せ物じゃあないんだ。部屋に籠っていろ。

 それから、一気に学校が窮屈になった。

 二年草たちのおかげで、クラス内では誤解が解けた。尤も、殴った事は事実なので『誰にでも暴力をふるう女』から少しマシになっただけだが。それでも大分過ごしやすくなった。二年草たちには、脚を向けて寝られない。

 何が窮屈なのか。ある日の事だ。

 オレはいつもの様に寄り道を楽しんでいた。その日は本屋に立ち寄った。いつもは買わないのだが、『仮免ドライバー』の特に好きなシリーズの特集だった上それの主人公のポスターが付録についていたので、ついとある特撮雑誌を購入した。

 家に帰って、早速ポスターを本棚の横に貼る。隣の本棚が白いので、ポスターの中で構えるヒーローの黒いスーツが尚更目立つ。元々殺風景だった桜の部屋に、少しは華が出来た。雑誌の内容にも文句はなく、我ながら良い買い物をした。これでようやく気分が晴れた。

 その翌日学校に行ってみると、そのことが新聞に載っていたのだ。ご丁寧に、その時の写真まで貼ってあるという徹底ぶりだ。

 その事で、放課後生徒指導とかいうのに呼び出され、説教された。わざわざ説教の内容など覚えてはいないが、教師という人間はよくも長々とつまらない話が出来る。

 

 まだある。別の日、巣鴨市が開かれていた。その日はさっさと学校を出て、巣鴨に向かった。ベビーカステラや焼き鳥など、食べ歩きを楽しんだ。今日はりんご飴にも手を出した。女子高生と入れ替わったからか、甘党に拍車がかかった気がする。作っている人は変わっていないはずなのに、何というか前に食べた時より美味しく感じる。

 翌日、やはりと言うべきか学校新聞にはオレの買い食いの事が書かれている。オマケに、わざわざこの記事を書いたのはオレの行為が学校の品位を落とすので、学校の品位を守るため、オレのために書いたなどと結構な事を仰る始末だ。

 正しいと思ってやるのなら、もっと堂々とやるが良い。製作者として下の空白に新聞部、と書いてはあるがアイツは自分の名前を出してはいない。それに、こんなものをありがたがる方もどうかしている。正義感を振りかざす奴が、こんな陰口まがいの事をやるものか。

 本当にオレのために行動を起こしたというのなら、オレが寄り道なり買い食いなりした瞬間、或いはする直前にオレの前に躍り出て、力づくでオレを止めるのが普通ではないのか。

 何が学校の為だ。単純にオレに殴られた腹いせだろうに。大体、寄り道や買い食いくらいで落ちる品位など、初めからあってないようなものだろう。それに、品位なんて難しい言葉を口にするくらいなら、考えてみるが良い。キレイな言葉を名目にしてのストーカーの真似事など、それこそ新聞部の品位を落とす行為ではないのか。

 もちろん、寄り道や買い食いをやめるつもりは全くない。現に、オレは生徒指導に呼び出されたその日、早速寄り道をした。

 雨が降ったら蛙が鳴くように、学生という生き物は寄り道をするものだ。思想や哲学などない、ただ本能のままに通学路を逸れ、フラフラするのが寄り道だ。

 迷惑をかけるのはいけないが、寄り道が一体誰に迷惑をかけるのか。寄り道のせいでアフリカの子供が死んだとでも言うのか。

 ただ、新聞屋がオレを見て良い笑顔を浮かべていたのは流石に不快だ。オマケにオレが生徒指導に呼び出された事を母親が聞いていたようで、その事で母親からも怒られた。

 桜が不良になった、なんて言う始末。そう言う事は、オレがタバコを吸うなり万引きをするなりしてから言って欲しい。尤もオレは入れ替わる前からタバコなんて吸った事はないし、万引きなんて以ての外だ。

 次から次へと面倒な事ばかりが起きる。高校生という生き物も、楽ではない。

私は寄り道も買い食いも大好きです。私からそれらを取ったら、一体何が残るんでしょうか?

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