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ソウセキ2017  作者: 多田野 水鏡
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自由と無法は違います

久しぶりの投稿です。四月って忙しい……。

 家に向かいながら、さっきの女の顔を思い出す。汚い男に連れていかれそうで、必死に抗っていた。連れていかれたくない、という必死さで、顔が歪んでいた。なりふり構っていられないというのは、あんな顔の事を言うのだろうか。

 オレは、別に自分の身を挺して誰でも助けるような聖人君子ではない。しかし、あんな光景を見るとどうしても何もしないで見過ごすという事が出来ない。もし適当な理由を付けて見過ごしたら、後で胸の中を嫌な物が占め、何もしなかったことが重くのしかかってくる。だからつい、何も考えないで突っ込んでしまう。

 後で考えれば警察でも呼べばよかったのだろうか。携帯電話も持っているのだから。他の連中はともかく、警察なら助けてくれただろう。しかし、そういう時に冷静に動くことが出来ないのがオレの弱い所だ。

 ただ、肝心の被害者や容疑者がどこにもいないというのに、果たして電話で呼んでも意味はあるのだろうか。『女を連れて行こうとしている男がいたが、突然消えてしまった』と言っても、証拠もないのに信じてもらえるかどうか。

 そんな訳で、警察には話さなかった。桜の家族にも、もちろん話さない。仁奈は論外だ。両親にしても、『頭を怪我した娘が幻覚でも見たのか』なんて思われたら、最悪また病院送りなんてことになりかねない。

 

 家に帰っても、気分が晴れなかった。オレは、極力いつも通りに振舞うよう努めた。しかし、そこはさすが親。娘の変化をきっちり察した。

「何かあったの?」

 と聞いてきた。元々オレは嘘があまり上手な方ではないので、それもあるのかもしれない。どうせ信じはしないだろう。人が消えたなどと言っても。オレも信じられないのだから。

 流石に一晩中眠れなかったという事はないが、今日は眠りにつくのに時間がかかった。今日のように、胸の中に嫌な物があると、苦しくて眠れなくなるのだ。ベッドの中で、胸の中が痛かった。

 しかし、流石に翌朝には痛みもなくなっていた。オレは、悩むときはやたらと悩むがその持続時間があまり長くないのだ。


 それからしばらくは何の変哲もない、普通の女子高生らしい日々を過ごした。朝起きて朝食を食べ、自転車にまたがり学校へ向かう。授業を聞いて休み時間には二年草などと話す。友達とはいかなくても、男子でも女子でも話せる人間は増えてきた。

 昼休みには弁当を食べる。話の内容はあまり変わらず、オレもいつまで経っても話に興味が湧かない。昼休みが終わると、また授業を聞く。ホームルームを終え、掃除を済ませたらやっとで帰れる。帰るにしても、早く帰っても家で仁奈と二人きりになるだけなのでゆっくり帰る。寄り道を終えて家に帰り、夕食を食べて風呂に入る。嫌々宿題を片付け、携帯を構うなり本を読むなりで時間を潰して眠くなったら眠る。変哲はないが特に大きな問題もない、穏やかな日々だ。

 学校に特に不満はないが、家で仁奈がオレを目の敵にしているのには流石に良い気がしない。親がいれば睨みつけてくるだけで何もしてこないが、二人きりだとそうはいかない。

 こんな事があった。オレが下でテレビを見ていると、二階からどん、どん、と大きな音がする。階段を下りる時も、わざと大きな音を立てて下りてくる。テレビに集中できない。しかし、ここでテレビを見るのをやめたら、負けた気がするのでオレもつい意地を張る。あの女、もし日曜日の朝にも同じことをしてきたらしまいには血を見せてやる。

 こんなものは、一例に過ぎない。まぁ、あまりひどい事はされていないので、今のところは変に怒ることはしない。以前殴ったことも有り、あれ以上のことは出来ないのだろう。しかし、不快なのは変わりない。

 親に対しては、特に不満はない。尤も、オレの親でもないのだ。虐待を受けているわけではないのだから、不満なんて持つものではない。ただ、母親が『記憶は戻ったか』とうるさいのは流石に堪える。無責任なことは言えないので、嘘もつけない。父親は何というか頼りない。女だらけの家で、肩身が狭いのは分かるが、もう少し父親らしくちゃんとしてほしいものだ。

 確か前にオレが仁奈を殴った時も、父親ではなく母親がオレたちを叱っていた。よくあんな頼りない男が結婚できたものだ。

 何にせよ、仁奈が鬱陶しい事を除けば特に現状に不満はないのだ。できるなら、このまま平和に桜としての人生を過ごしたいものだ。

 だが、人生というのはそう思い通りに行ってくれないようにできている。

 

 ある日の昼休み、二年草ともう一人の女子生徒と学校をブラブラしていた。女子生徒が職員室にプリントを運んでいたので、オレと二年草がそれを手伝ったのだ。

「あ、そういえば……」

 壁の掲示板を見ながら、二年草が口を開く。確か、その掲示板には学校新聞が貼られると谷岡に教えてもらったが、その新聞は今は貼られていない。

「あぁ、確か学校新聞だっけ? ってのがあるんだよね?」

 もう一人の女子が尋ねる。ないじゃん、と少し不満げに漏らす。

「すいませぇん!」

 後ろから声をかけられる。中々元気な声だ。振り返ると、一人の女子生徒が立っていた。その生徒は黒髪のショートカットで、活発そうな顔立ちで中々可愛い。

「私、その新聞を作る者なんです。よろしければ協力してくれませんかぁ?」

 見た目通りの元気な口調で話した内容は、予想外なものだった。手伝えというと、まさかオレたちにネタ集めなり印刷なりを手伝わせる気だろうか。

「取材に応じて欲しいんですよ、立木さん」

 なんだ、取材か。なんて安心してまた驚いた。オレに一体何を聞きたいというのか。

「あなた、記憶喪失なんですよねぇ?」

 唐突に聞かれて、流石に戸惑う。コイツに話した覚えはないのに、どこでそれを知ったのだろうか。或いは、新聞部の情報網という奴で掴んだのか。いずれにせよ、知りもしない奴に自分の領域に入られるのは気分が良くない。

「記憶喪失って、どんな気分なんですかぁ?」

いきなりのこの言葉に、自分でも顔が引きつったのが分かる。

「オイ、何でそんな事聞くんだよ?」

 二年草たちも何か言おうと口を開いていたが、オレが話す方が早かった。

「だってネタが本当にないんですよぅ」

 ふぅ、とため息をつく。

「ただの入学式ネタなんてありきたりですしねぇ。そこへ行くと記憶喪失美少女なんて中々面白いじゃあないですか?」

 一切悪びれる様子も見せず、ヘラヘラと喋り続ける。

 これが『オレ』に対する言葉なら別に構わない。どうせ記憶喪失など嘘っぱちであり、こんな子供の言葉なんかに一々腹を立てるつもりもない。しかし、コイツは『桜』に対してこんな事を言うのだ。

 仮に本当に記憶喪失だとしても、別にその事に同情してほしいとは思わない。ただ、こんな物言いを許すつもりはない。記憶がない、何も分からないという事は辛く、また怖い事でもあるはずだ。それを『面白い』なんて理由でネタにされてやる気にはならない。

 オレが勝手に思っているだけだが、桜はオレにとて最早身内、下手すればそれ以上の存在だ。そんな桜にこんな無神経な物言いをされて、黙っていられなかった。

「アンタねぇ、聞いて良い事と悪い事ってものがあるでしょ!」 

「あなた達、『報道の自由』って言葉、知らないんですかぁ?」

 二年草ともう一人の女子が、新聞屋に怒鳴る。当の新聞屋はどこ吹く風だ。それどころか、二人を嘲笑ってすらいる。オレのためにこんな風に怒鳴ってくれる二人にまで、こんな物言いをするのだ。

「で、どうなんですか?」

 なんて聞いてくる始末だ。もう我慢できなかった。

「うるせぇな!」

 新聞屋の胸ぐらを掴む。

「そんなに記憶喪失に興味があるなら、テメェで体験してみるか!」

 思い切り殴ってやった。床に尻もちをつく。もう一回殴ってやろうと腕を振りかぶるが、二年草たちがオレの腕を掴む。

「いくら何でも、暴力はまずいよ!」

 構わないで殴ろうとしたが、パシャ、と良い音と共に一瞬の眩しい光に目がくらんだ。

「放せよ」

 手を叩かれる。もう片方の手には、カメラが握られていた。さっきの光と音は、このカメラが発したものらしい。さっきの猫なで声はどこへやら、営業スマイルという奴だろうか。右の頬が赤くなっているその顔は、露骨に不快そうだ。

 その不機嫌そうな顔のまま、ゆっくり立ち上がりスカートの埃を払う。何か言いたそうに、オレを睨んでいる。しかし、何も言わずに歩いていく。

「ちょっと!」

 二年草が何か言おうと口を開くが、新聞屋は振り向くことなく歩いて行った。

花粉症に苦しむ日々。そして相変わらず良いサブタイトルが思い浮かばない。あぁ……。

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