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ソウセキ2017  作者: 多田野 水鏡
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そのキノコには毒があるのか?

 前回の投稿から大分日が経ってしまいました。三月は忙しいです。加えて私は花粉症なので、この季節はとても辛いです。

 体育が終わり、オレたちは更衣室で着替えていた。オレもよく動いたので、流石に汗をかいた。しかし、決して嫌な汗ではない。やはり適度に身体を動かすのは楽しい。

 おまけに、一つの不安が解消されたことも清々しさに拍車をかけていた。母親からも文武両道だったと言われるだけあり、桜の身体は良く動いてくれた。流石にスポーツ部員には及ばないかもしれないが、非力すぎて困る、という事もないだろう。

 オレには姉がいた。姉は中学時代吹奏楽部であり、よく体力づくりとして所謂筋トレという奴をよくやらされていたようだ。桜も中学時代は吹奏楽部だと言っていた。だからよく動いてくれる身体なのだろうか。 尤も、桜と姉では見た目に天と地ほどの差がある。うちの姉など、『立てば山猿 座ればゴリラ 歩く姿はジャワ原人』といったところだ。言っておくと、別にオレは姉を憎んでいるわけではない。身内だからこそ、ここまで言えるのだ。

 どうにか他の生徒の着替えを見ないように、細心の注意を払ってさっさと着替える。全く、どうして着替え一つでここまで神経をすり減らさなければならないのか。

「わぁ、立木さん、胸大きいねぇ」

 横で着替えていた女子生徒が何か言ってくる。そう言われて悪い気がしないのは、オレが桜として生きていく覚悟が出来てきたことの証だろうか。こういう時の模範解答というのが分からないので、えぇ、そうかなぁ、などと当たり障りの無さそうな答えであしらう。何しろこちらは、入れ替わる前から見た目を褒められた事などない身である。


 着替えを終えて、教室に戻る。この後の授業は何だったかな。そんな事を考えながら歩いていると、

「ちょっと……」

 誰かに呼び止められる。振り返ると、二人組の少女だった。

「……あなた、空樹雪華と仲が良いみたいね?」

 そうオレに尋ねてきたのは、前髪が両眼を隠すほどに長くいかにも暗そうな少女だった。猫背が暗さを増しているように見える。もう一人はこれと言って特徴のない、地味な少女だ。

「……あんな危険な人と仲良くしてたら、あなたも怪我するわよ?」

 それだけ言って、二人は歩いていく。どうも気になる言い方をする女だ。つい二人をじっと見ていた。その内、一人の男子生徒が二人とすれ違う。暗そうな方が、歩きながら地味な方に話しかけている。その二人に近づいた時、男子生徒が露骨に嫌そうな顔をした。

 確かに不気味なのは分かるが、あんな露骨に嫌がるのは流石にかわいそうというものだ。ただ、二人はてんで気にしていなさそうだ。あの二人、陰険の癖にタフなのか、よほど人目に無関心なのか。

 あれ。今地味な方と男子生徒の肩がぶつかったような気がしたが、二人とも一切よろけなかった。どうした事だろう。それとも、単純にオレの見間違いだろうか。まぁ、どちらも怪我がないのなら何でも良い。そう思って教室に向かって再び歩き出す。

 あんな陰口の様な行為は、オレは好きではない。大方陰険そうだから、そういう事が好きなのだろう。しかし、アイツが言ったことも気になる。もしかすると、アイツは中学時代に何かとんでもない事をやらかしたのかもしれない。だとすれば、空樹がクラスで孤立している理由も分かるかもしれない。

 別に空樹が昔何をやらかしていようが知った事ではない。それをダシに空樹を脅すつもりもない。単純に知りたいだけだ。

 しかし、本人に聞いて果たして教えてくれるか。空樹を疑うつもりはないが、自分の不都合な過去をわざわざそれを知らない奴に教えるとは思えない。二年草あたりに聞いてみれば、分かるだろうか。

 そう思って、昼休みに空樹が出て行ったのを見計らって二年草に聞いてみた。

「ねぇ、空樹さんって昔何かしたの?」

 オレの質問を聞き、二年草は少し言いにくそうな顔をした。

「空樹さんはねぇ……。私も噂で聞いただけだからよく分かんないけど……」

 弁当箱の横に置かれたお茶のペットボトルを手に取り、茶を流し込む。それを飲み込み、二年草は続ける。

「何か、上級生と喧嘩したんだって。それも一人で何人かを相手にしたらしいよ」

 しかも、空樹さんの方から喧嘩を吹っ掛けたんだって。横の女子生徒が付け足す。

 何だ。そんな事でコイツ等は空樹をあんなに怖がっていたのか。喧嘩くらい、オレだってやった。一度や二度ではない。まぁ、剣道やら柔道やらをやっている奴が喧嘩をした、と聞けば、怖くもなるか。

 噂を聞くだけなら確かに『腕っぷしが立ち、喧嘩っ早い奴』と思う奴がいてもおかしくはない。しかし、オレは巣鴨市や今日の体育で空樹と触れ合っている。アイツが誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けるような奴とは、オレには思えない。

 二年草たちから空樹の噂を聞いて、怖いとは思わなかった。軽蔑もしない。むしろそれくらいの事で腫れものを触るように扱われているのが可哀想に思えた。

 ただ、男と女では違うのかもしれない。それに、相手の怪我の規模にもよるのだろう。

「でも何で?」

 二年草が尋ねる。

「いきなり空樹さんの話なんかするからさ」

 別に嘘をつく必要もないだろう。さっき変な奴に『空樹にこれ以上近づくな』と言われた事を話した。

「あぁ、多分鶴竹さんだね」

 あの暗そうな女子生徒の名前は、鶴竹というらしい。二年草の話によると、中学時代から空樹を目の敵にしている事で有名らしい。ただ、別に空樹に何か干渉しているわけではないらしいので、目の敵というのはあくまで噂に過ぎないそうだ。また、二年草の隣の女子生徒の話では、オカルト系が好きらしい。

 当然オレがそんな事を知っていたわけがない。しかし、これで空樹の事がある程度分かった気がする。それにしても、空樹も大変だ。悪い噂で人が寄り付かないわ、そうかと思えば変な奴に目の敵にされるわで、よく平気で学校に来れるものだ。ここまで来ると、むしろ同情さえする。

 オレも中学時代、同じように部活というくくりの中で孤立していたが、露骨に誰かに目の敵にされた覚えはない。少なくとも、自分ではそう思っている。

 それから話題は変わり、相変わらず化粧品だアイドルだと興味のない話で盛り上がりだした。オレはと言うと、全自動相槌打ち機となり果てていた。

 ただ、もう一人の方は二年草にも分からなかったようだ。尤も、オレの説明下手のせいもあるかもしれない。何しろ本当に特徴らしいものがないのだ。写真でも撮れていれば簡単に聞けたかもしれないが、そんな事は当然していない。

 地味な方の話をしたら、二年草たちはやけに驚いていた。

「あの鶴竹琴子(ことこ)とつるむ人がいるなんてねぇ」

 なんていう始末だ。そんな訳で、結局地味な方の事は分からずじまいだった。


 結局、部活には入らなかった。正確には、皆と同じ時期に入らなかっただけである。入部自体は、別にいつでもできる。母親も谷岡も本当に良かったのか、と心配そうに聞いてきたが、構わない。部活自体に興味がないのではない。三年間入ろうと思えるほどに魅力的な部活がなかっただけだ。

 さて、そうは言っても放課後はやはり暇だ。まっすぐ帰るつもりはない。仕方がない。少し通学路をブラブラして帰ろう。そう思って歩いていると、布を羽織っている男が女の腕を引っ張っているのが見えた。女は明らかに嫌がっており、悲鳴を上げている。ここから少し距離があるが、それでも聞こえるほどだ。

 別にこの道は人通りがない訳ではない。東京らしく人で満ちている、とまではいかなくてもちらほら人が通っている。誰も助けてやろうとしない。見向きもしない。

 都会人は冷たいと聞くが、ここまで行くと冷たいというよりもはや人間かどうか疑うレベルだ。一人ずつ蹴っ飛ばしてやりたくなるが、そんな事をしている暇はない。

 男は女を引っ張りながら、角を曲がろうとする。女を助けなければ。オレは二人の元に走る。近づいてくると、だんだん二人がはっきり見えてくる。女の方は若く、化粧や服装などいかにも東京の女といった風貌だ。対する男の方は、ボロ布を羽織った冴えない男だ。歳の程は四十代といったところか、頭の黒の中にはちらほら白も交じっている。

 二人が角を完全に曲がってしまうと、突然女の悲鳴が聞こえなくなる。何か悪い事でも起こったのか。嫌な予感を胸に、オレの足が速まる。

 オレが角を曲がると、そこには誰もいなかった。近くに建物はあるが、いずれもコンビニやパン屋、軽食店など食品を扱う店ばかりで汚い身なりの男は入店拒否されて入れないだろう。

 他に人が隠れられそうな場所はない。二人はどこへ行ってしまったのか。店のガラス越しに覗いてみても、二人は見当たらなかった。女はともかく、男の方を見間違えるわけがない。変装するほどの時間もなかったはずだ。

 オレは、つい標識の柱を蹴ってしまう。足が痛い。

 いつか短編も書いてみたい。

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