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ソウセキ2017  作者: 多田野 水鏡
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魔女にはなれそうにない

 ひとのものをとったらどろぼう!

 部活見学を終え、二年草と別れる。さて帰るか、と下駄箱で靴を履き替えているが、一つ問題が。このまままっすぐ帰ってもどうせやることはない。また仁奈の奴と嫌な空気を作るだけだろう。

 そうだ、寄り道でもして時間を潰そう。ついでに本の一冊でも買っていけば家でも暇が潰せる。また巣鴨にお世話になろう。

 漫画を買おうか小説を買おうか。本屋を物色しながら、考える。桜の部屋の本棚には、ろくに本がなかった。ゲームがないだけならまだ我慢できたが、本の一冊もないとなると、暇をつぶす手段がなくなる。

 財布には三千円ほど入っていた筈だ。文庫本やコミックなら二冊ほど買えるだろう。何なら、文庫の小説と漫画と一冊ずつ買うのも良い。元々図書館でも本屋でも、一冊だけ買うなり借りるなりというのは何となく勿体ないと感じるのだ。

 勝手に財布の中身を使って申し訳ないが、これは無駄遣いではない。ちゃんと意味が有るのだ。それに、桜が死んでしまったのなら金を貯めておいたって意味はない。オレが桜として生きるのだから、ありがたく使わせてもらう。

 一冊の本を手に取る。それは、オレが贔屓にしている小説家の短編集だ。これはまだ読んだことが無い本だ。出版年を見ると、確かについ最近出版されたものと分かる。よし、一冊目はこれにしよう。さて、次はどうするか。漫画を買うか、もう一冊小説にするか。

 漫画にしよう。そう思って漫画のコーナーに足を運ぶ。とは言っても、別に何が読みたい、というのはない。まぁ、どうせ時間はあるのだ。ゆっくり見よう。

その時、一人の少女が目に入る。オレの学校のとは違うセーラー服のソイツは、やたらと辺りを見回していた。オレは、その挙動に何か嫌な物を感じる。ソイツが後ろを向いた時、ゆっくり近づく。少女は、一冊の本を手に取り、再び辺りを見回している。まさか。そう思ってまたゆっくり近づく。

 少女は、そっと鞄に本を入れようとする。その手を掴む。

「やめとけ、別に格好良くねぇぞ」

 少女にだけ聞こえるように、小さい声で言う。オレも学生時代、コンビニでバイトをしていた。だから、万引きされる側の気持ちというのが少しは分かっているつもりだ。最近の中高生なら、漫画本一冊買う金くらい持っているだろう。となると、コイツはゲーム感覚でやっているのかもしれない。やる側はスリルや何やを味わえるから良いが、やられる側からしたらたまったものではない。

 少女はオレの手を振り解き、本を置いて逃げていく。アイツ、去り際に舌打ちして行った。去り際に見た顔は、嫌な顔だった。単純に不細工という事もあるが、いかにもそういう事が平気でできそうな、性根の悪さがにじみ出ている顔だった。

 オレは、そのまま漫画を買う気にはなれなかった。アイツが盗み損ねた本を片付け、小説だけ持ってレジに向かい会計を済ませた。


 翌日も授業は大体オリエンテーションばかりで、その次の日にやっと本格的に授業が始まった。始まったのは良いが、よりによって一時限目が数学とは嫌になる。オレは坊主が憎ければ袈裟どころか仏教自体が憎くなる性質なので、数学の教師の顔も憎たらしく見える。確か名前は助曳(たすひく)(かける)とかいったか。ジャガイモに顔のパーツをくっつけたような顔だ。

 その次の科目は現代文で、担当の教師は谷岡だった。現代文は嫌いではない。本読みが好きなのに現代文が好きではない理由はただ一つ、勉強だからである。

「立木さん、ちょっと」

 授業が終わってから、谷岡に呼ばれる。

「学校はどう? 授業も本格的に始まったけど、やっていけそう?」

 こんな事を聞いてきた。本当は別に記憶喪失でも何でもないのだが、心配してくれるのは谷岡の性根が綺麗だからだろう。その心はありがたく思わなければならない。

「大丈夫です、ありがとうございます」

 その心を邪険にしてはいけない。オレは無愛想にならぬ様、しかし変に他人行儀になりすぎぬ様いい具合に返答した。谷岡は若いので、こういう母親が聞いてきそうなことを口にしても母親というより姉の様に思えてくる。

 オレの返事を聞き、谷岡は安心したようだ。オレとしてももう少し谷岡と話したくはある。しかし、次は体育なのであまりのんびりはしていられない。

 谷岡に別れを告げ、教室に戻る。


 この学校には、更衣室はある事はある。しかし、大抵生徒連中は制服の上に半そでの体操服を着ているので、元男のオレが変に気を揉む必要もない。なら別に分けなくても、と思うが、授業前だけならともかく授業後は汗をかいたら着替えたかろう。そうなると、やはり男女で分かれた方が良い。

 そうなるとやはりオレは入らない方が良いのではないか。桜の時と同じ様に、気恥ずかしくなって入れなくなるかもしれない。

 仕方がない。なるべく他の生徒を見ないようにしてさっさと着替えて出ていこう。よし、頑張ろう。頑張ろう、なんて言葉は久しぶりに使ったかもしれない。


 今日は、バレーボールだった。いつの間にか支柱やネットは張られている。オレは中学時代実はバレーボール部に所属していた。部活には良い思い出がないが、体育の様な遊び感覚のスポーツは別に嫌いではない。むしろ好きだ。

 最初に体育館を何周か走り、その後準備体操をしてから挨拶をする。走ると言っても、体育館の丁度中央には緑色のネットが張られて男女で分けられている。

 挨拶が終わると、ジャージ姿のいかにも体育教師といった男が口を開く。何でも、バレーボール経験者に用があるようだ。二人ほど手を挙げる。二人して背が高く、いかにもバレーボール経験者といった風だ。その二人に前に出るように指示して、パスをさせる。二人を使って、オレたちにレシーブやトスなどのやり方を教えているのだ。

「よぅし、じゃあ二人組を作れー」

 ジャージ男が再び口を開くと、生徒たちは各々動き出す。見ると、空樹に声をかける者はいない。こうして見ると、空樹がいかに避けられているかが分かる気がする。二年草は隣にいた細い女に声をかけているので、オレもそう人の事は言えない。

 まだ組んでいない者はちらほら見られるが、その中で唯一オレが声をかけられるのは空樹だけなので、近寄って空樹に声をかける。空樹はオレが声をかけてくれたので、安心した様に首を縦に振る。

 組ができたのが大分後だったので、狭いところしかスペースが取れなかった。仕方がない、昔取った杵柄。オレが上手い事リードするか。そう思い、カゴからボールを掴む。しかし、果たして桜の身体で上手い事スポーツが出来るだろうか。

 ボールを軽く頭の上に放り、両手で軽く上に押し出す。上手く空樹の所にまで届いてくれた。空樹も同じように押し出す。一応オレの方には届いているが、トスで返すには少し低い。そこで、両手を組み腕を伸ばす。膝を曲げ、腕に当てる。これも問題なく空樹に届いてくれた。しかし、空樹も同じようにレシーブでボールを返そうとするが、アイツの球は変な方向に飛んでいく。

「すまない……」

 ボールを取りに行き、戻ってくると空樹はオレの方に近づいてくる。それで、申し訳なさそうに頭をかいた。これ位の事で、そんなにしぼまれてもこっちが萎縮してしまう。

「空樹さん、レシーブは腕は動かさないの。こうやって、膝で返すんだよ」

 そこで、パスを中断して空樹に指導してやる。前に転びそうになったところを助けてくれた礼だ。近づいて見本を見せる。空樹は何度か頷き、実際に動いてみせる。どうやら呼吸は呑み込めたようだ。元の位置に戻る。行くよ、と声をかけ、ボールを放る。

「こうか?」

 ぽうん、とボールを腕ではじく。今度はしっかりオレの方に届いた。

「そうそう。よっと」

 この球は、トスで返す。空樹がオレに球を返そうとすると、ジャージがパス練習を中止するように指示を出す。挨拶の時と同じように並ぶ。

 これから試合を行うらしい。列でチームを決めるのだそうだ。二列で一チームという様に分けられた。オレと空樹は同じチームだった。四チームの内、オレと空樹がいるチームは次に試合をすることになった。

 体育館の端に寄り、試合を観戦する。動けている奴は良く動くが、動けていない奴はいかにチームの足を引っ張っているかというのが良く分かる。よく見ると、隣で何かやっている男子が何人かこちら側を見ている。

 周囲を見てみると、相変わらず空樹の周りには人が寄り付かない。オレには二年草など何人か話しかけてくるのだが。このまま行けばアイツ、オレの様な、事によるとオレ以上に悲惨な高校生活を送るのではないだろうか。他人事ながら可哀想に思える。

 しばらくして、オレたちのチームの番になった。本来バレーボールというスポーツは、コートに六人立たせて行うスポーツである。しかし、人数の都合で前に三人、後ろに二人という形になった。オレは後列の右に配置された。この位置は、初めにサーブを打つという役割が与えられる。上手く打てるか、柄にもなく緊張してきた。

 桜になってからの初サーブは、上手くいった。自慢ではないが、万年補欠の中学時代でもサーブだけはどういう訳か人並みに打つことが出来たのだ。オレが打ったボールは、ネットのギリギリのところで相手のコートに落ちる。これは、上手くいったと言いにくいだろうが、敵のコートに届いたという意味では合格点だろう。

 相手はボールを返すことが出来ず、落としてしまう。これで、オレたちのチームが先制点だ。そして、もう一度オレのサーブで試合が始まる。次のサーブもちゃんとコートに届いたが、こちらは簡単に相手に受けられてしまう。

 相手のチームのセッターがボールを高く上げる。背の高い奴が、高く跳びあがる。アイツは確か、さっき手本を見せていたので、バレーボール経験者なのだろう。アイツの顔は真剣だ。こんな所で、素人相手に本気を出さなくても良さそうなものだ。

 良い音を立てて、スパイクを決める。叩かれたボールは、空樹の方に向かって突っ込んでくる。空樹はどうにかレシーブのようなもので受ける事は出来たが、ボールは上ではなく後ろに飛んでいく。オレは走り出し、腕を振りボールを上に挙げる。これで、味方の誰かがボールを相手チームに送ってくれるだろう。

 オレは走る勢いを止めきれず、壁にぶつかりそうになる。両手で壁を押して、どうにか直撃を免れる。またぶつかって、今度は壁と入れ替わるなんて事になったら冗談ではない。しかし手が痛い。急いでコートに戻ると、再び相手がスパイクを打ち込んできた。今度はオレのチームの前衛がしっかりブロックしてくれた。

 その後、変に活躍も失敗もなくは終わった。結果は、相手チームの勝ちだった。負けて嬉しくはないが、よく桜の身体は動いてくれることが分かったのは収穫だ。流石に力は入れ替わる前の方が強かろうが、前より体が軽いからか、良く動ける。

 授業の終わりの挨拶の後、空樹が駆けつけてくる。

「立木さん。その、さっきはあ、ありがとう……」

 さっきと言うと、レシーブを教えてやった事だろうか。アイツも剣道をやっているのだから、運動神経が悪い訳ではないのだろう。こういう球技には不慣れなのだろうか。

「良いよ、あれくらい」

 オレが返すと、空樹は小さく微笑んで見せた。 それっきりで話は終わったが、また少し空樹との距離が縮まった気がする。

 久しぶりにスポーツでもやりたいなぁ

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