第7章 ジェットコースターの噂の真相
気がつくと強烈な頭痛に襲われる。
自分は今、なぜここでこうしているのか。そもそもここはどこなのか。
奥村サトシの脳裏に様々な疑問が駆け巡る。
周囲は暗かった。自分は全裸で手足をロープで縛られ、口にさるぐつわをかまされている。
首まで冷たい液体に漬けられている。
ガラス窓から外を見ると、向こうにジェットコースターが見える。その向こうに満月が光っている。もう夜だ。
サトシはようやく状況を理解し始めた。
自分はミラーハウスを出たところで、ホッケーマスクの男にボーガンの矢で撃たれ、気を失った。
そして今、観覧車のゴンドラに全裸で縛られて監禁されている。白髪の老人と同じ格好だ。
レプティリアンどもは、成人の人間の肉を食らうときは、一晩、アルコール漬けにしてアク抜きをするという。
おれはこんな格好で一晩漬けられ、その後、あいつらに食用のために殺されるのか。そう思うと怒りがこみ上げてくる。
するとゴンドラが動き出す。観覧車が稼働しているのだ。
一体、誰が観覧車を動かしているのか。サトシは無人のはずのメリーゴーランドが動いていたことを思い出す。
やがてサトシを載せたゴンドラは観覧車の最上部まで来て停止する。
何が始まるんだろう。
サトシはふと中国の猿脳料理の話を思い出す。
中国清朝には宮廷料理のフルコース、満漢全席に猿の脳みそを食材にした料理がある。
現在の中国では法的に禁止されているが、ネットの都市伝説では闇で食べさせる料理店もあるという。
ただ猿の脳みそを食べるのでなく、料理人は猿を恐怖のどん底に追い込んでから殺して料理する。そうすると脳内に恐怖の神経伝達物質が分泌され、より脳みそがおいしくなるという。
レプティリアンも同じことを考えているのではないか。
すぐに人間を殺さず、できるだけ恐怖を味合わせてからじっくり殺す。その方が、ある種の神経伝達物質の分泌が促進され、人肉がうまくなる。
だから今、おれは観覧車の最上部に吊り上げられたのか。
そもそもドリームキャッスルの地下で子供たちを殺す理由も同じだろう。安楽死なら、誘拐した直後にすぐ殺せばいい。わざわざ誘拐してから地下ホールに連れていき、刃物で四肢を切断するのは、子供たちをおいしく食べるために、極限まで彼らに恐怖を味合わせるためではないか。
どこまでもおそろしいやつらだ。
ガラス窓越しにジェトコースターが動き始めたのが見える。
ジェットコースターの線路は観覧車を取り囲むように作られていた。普通は一周すると停止するが、なぜかジェットコースターは何回も同じコースを回り続けた。
スピードも一周するごとに速くなっているようだ。
サトシはふとジェットコースターの最前席に人が乗っているのに気づく。
コトミだ。
顔はよく見えなかったが、サトシは直観的にコトミに違いないと思った。
コトミは一糸まとわぬ全裸だった。
しかも席に腰かけているのでなく、直立した状態だった。
あの女は厳密にはコトミではない。コトミに成りすましたレプティリアンだ。
おそらく彼女の瞳を見れば、爬虫類のような三日月形をしているだろう。
彼女がミラーハウスで自分に語った謎の言葉がふと脳裏に反芻される。
<ジェットコースターの噂の真相は、子供の誘拐の件ではなかったのよ......>
これは何を意味しているのか。
もしかしたらジェットコースターにはもっと隠すべき重要な秘密があるのではないか。
だとしたら、それは一体何なのか。
ジェットコースターはさらに加速していく。通常、これだけ速いスピードでは走らないはずだ。
スピードが極限に達すると、最前席のコトミが空に大きく跳躍する。
全裸のコトミの体が、サトシが乗っているゴンドラと同じ高さまで浮き上がる。
次の瞬間、重力の法則でコトミの全身が地面に落ちるはずだった。
だが、そうではなかった。
コトミの背中から巨大な金色の翼が生え、大きく力強く羽ばたく。コトミの体はさらに上空に浮く。
変化はこれで終わりではなかった。
コトミの全身の白い肌がガラス細工が割れたように飛び散り、中から金色の鱗を持った巨大な龍が現れた。
龍は翼を何回か激しく動かし、さらに上空に上っていく。
「カウー」という鳴き声がサトシの耳にはっきり聞き取れた。それはサトシがこれまで聞いたことのあるいかなる生物の咆哮とも異なっていた。
龍は裏野ドリームランドの上空を数回、旋回した後、満月に向かって飛んでいく。
それはどこか神々しい姿だった。
太古の昔から人類があがめてきた神。
人々は動物の生贄を差し出し、神の怒りを鎮めてきた。ときには人間を人身御供にしてでも、神の御心に従ってきた。
世界各地の龍伝説、蛇神信仰。宇宙から飛来したアヌンナキ。
それは人類を超えた存在だった。彼らの前では、人類は食材でしかない。
龍の飛行を眺めるうちに、サトシは恍惚となった。
涙が頬を伝っているのに気づく。自分がなぜ泣いているのかわからなかった。
ただ目の前を飛行する”神”に名状しがたい畏敬の念を覚えているのは確かだった。食される生贄として、”神”に自らの命と肉体を献上することに、厳粛にして敬虔な喜悦があった。
龍はもう一度「カウー」と鳴き、サトシの視界から消えていった。