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第6話 ミラーハウスを通ると別人になる

 地下通路は先ほどのホールより暗かった。天井に裸電球が一定の間隔で並び、照らしているだけなのだ。

 一本道だが、そのうちに行き止まりになる。正面に壁があり、等身大の鏡が埋め込まれている。

「こいつはまずいなあ」

 サトシが言う。

「やつに追いつかれちまう」

 わたしはふとあることを思いつく。

「待って、ここはわたしに任せて」

 わたしは鏡の右端を押してみる。何も起きない。次に左端を押してみる。

 鏡は回転扉だった。中央に軸があり、鏡が回転して人がかろうじて通過できる隙間を作る。

 わたしとサトシはその隙間を通って奥に入る。

 そこは奇妙な空間だった。

 螺旋階段を覆う円柱の壁と天井がすべて鏡なのだ。

「わたし、ここ知ってるわ。ミラーハウスよ。学生時代、友だちと裏野ドリームランドに遊びに来たことがあるんだけど、ここに入ったことがあるの。もっとも、こんな螺旋階段は知らないけど」

「まあ、とりあえず上ってみるか」

 螺旋階段を最後まで上ると、鏡ではないドアがあった。ドアを開いて中へ入ると、再びミラーハウスだった。周囲の壁と天井がすべて鏡なのだ。

 ドアを閉め、振り返ると「STAFF ONLY」の文字がドアに読める。

 ドリームキャッスルの「STAFF ONLY」のドアを開けると螺旋階段があり、地下に通じていた。ミラーハウスも同様に、地下に通じる螺旋階段が「STAFF ONLY」のドアを開けると現れる仕組みなのだろうか。


 ミラーハウスは迷路になっていた。

 ところどころ鏡が隠しドアになっていて、隠しドアを押すと、その向こうの隠し部屋に行ける仕組みだった。

 わたしとサトシは、試行錯誤しながらミラーハウスを進んで行った。

 周囲がすべて鏡だが、目印がわりにところどころ蝋人形や抽象的なオブジェが置かれている。蝋人形は魔女やゾンビ、トランプのジョーカー、ボンテージのSM女王といった風変わりなキャラクターが多い。

「このミラーハウスはねえ」

 わたしが言う。

「一度入って出てくると、別人みたいに性格が変わるって言われてるの」

「知らないなあ。ネットでそんな話あったけ?」

「ネットじゃないわ。わたしの短大では、そんな噂が流行ってたの。やさしい子が意地悪になったり、おしとやかな子がいきなりヤリマン女になったり......」

「嘘だよ。そんなの迷信だよ」

 わたしはまた隠しドアを見つけた。隠しドアの向こうの部屋はかなり広い空間だった。

 わたしとサトシは隠しドアの隙間をくぐり抜けた。

 天井にミラーボールが回っていた。

 ミラーボールは七色の光を放ち、わたしはふと抗いがたい睡魔に襲われる。七色の光は催眠光線なのか。

 わたしはふと鏡の端にホッケーマスクの男の姿を確認する。

「サトシ、あいつがいるわ」

「どこに?」

「あそこよ。あそこに鏡にうつってたわ」

「気のせいだよ。誰もいやしないよ」

 わたしは次第に意識が朦朧となってくる。


 気がつくとわたしはサトシにお姫様だっこされている。

「コトミ、目が覚めたかい?」

 わたしは覚醒した。すべてを思い出したのだ。

 サトシの話ではわたしはミラーボールの部屋で眠ってしまったそうだ。

 サトシはこのままわたしをお姫様だっこしたままでいたかったようだが、わたしは「自分で歩くよ」と言って降ろしてもらった。

「出口がわかったよ」

 サトシが指さす方向を見ると、天井と壁を鏡で囲まれた長い通路の先に屋外の光景が広がっている。明るい陽射しの中、マロニエの並木道が続いているのが見える。

 確かに出口だ。

「あなたの推理はほとんど正しいわ。だけど一つだけ間違ってる」

 わたしは遠くを見ながら、独り言のように言ってみる。

「どういう意味だい?」

「ジェットコースターの搭乗口付近で確かに誘拐された子供たちもいたわ。でもそれは少数派。

 子供はアクアツアーでもドリームキャッスルでも、裏野ドリームランド内のいたるところで誘拐されているの。

 でも誘拐事件の八割以上はここミラーハウスで起きたのよ。ミラーハウスに迷い込んだ子供たちがレプティリアンに誘拐されたの。そして地下通路を伝って、ドリームキャッスルの地下ホールに連れていかれ、そこで殺されたの。

 つまりジェットコースターの噂の真相は、子供の誘拐の件ではなかったのよ」

「......」

「レプティリアンが地球人そっくりに変身できることは知ってるでしょう。でもレプティリアンができることはそれだけじゃないわ。

 彼らは地球人を殺した後、殺した地球人に化けて、本人に成りすますことがあるの。そして長い間、本人の家族と一緒に暮らすのよ。彼らはレプティリアンの工作員みたいなものね。

 でも外見だけいかに似せても、家族には偽物だってバレちゃう。そこで殺した地球人の記憶を全部コピーして、レプティリアン工作員にインプラントするの。こうすればバレないわ」

「それは知ってる。ネットで読んだことがある」

「でもそれだけじゃないわ。レプティリアンの文明は地球人のそれをはるかに凌駕しているの。成りすます地球人の記憶をインプラントするだけじゃなくて、レプティリアン自身の記憶を一時的に消してしまう技術があるの。つまりレプティリアン自身も自分がレプティリアンじゃなくて、成りすました地球人自身だと本気で思い込んでしまうわけね。

 そして七色の特殊光線を当てるなど刺激を与えると、一時的に消した記憶がレプティリアンによみがえるのよ。

 成りすましのレプティリアンであることを地球人に絶対気づかれないようにするためには、こうしたやり方が有効なの。レプティリアンとしての意識があると、たとえ成りすます当人の記憶をインプラントしていても、ちょっとした仕草や言動で、勘が鋭い地球人に見破られてしまう危険性があるわけ。

 ここで言う勘が鋭い地球人というのは、たとえばあなたのようなレプティリアンのことをよく知っている専門家のことよ。普通の地球人はだませても、あなたをだますのは難しいわ」

「コトミ、君は何が言いたいんだ」

「先ほどミラーボールの光を浴びて、わたしの記憶がすべて戻ったのよ」

 わたしは銀縁の眼鏡を取ってブラウスの胸ポケットにしまい、サトシの腕をつかむ。

「鏡にうつったわたしの眼をよく見てくてる」

 わたしはサトシと一緒に正面の壁の鏡にうつったわたしの眼を見つめた。

 眼の中の瞳がたちまち円形から縦の三日月形に変わる。

 それは人間の眼ではなく、爬虫類の眼だった。

「やめろ」

 サトシはわたしを振りほどき、ミラーハウスの出口に向かって走る。

「待ちなさい」

 わたしはサトシを追う。



 サトシはミラーハウスを飛び出し、並木道を走る。

「サトシ、無駄よ。逃げられないわよ」

 わたしがそう言い終わらないうちにサトシは「ワォー」と叫び、右ひざを抱えて地面に転がる。

 右ひざに矢が刺さっている。

 ホッケーマスクの男がボーガンを持ったまま並木の影から姿を現す。

 わたしは小走りにホッケーマスクの男に近づき、隣に佇む。

 地面に転がったまま、顔を痙攣させながらサトシがわたしに罵詈雑言を浴びせる。

 ホッケーマスクの男は鱗のある尻尾をくねらせ、器用にホッケーマスクを取る。

 そこにはサトシそっくりの顔があった。

「サトシ、この男はわたしの部下よ。

 顔を見てびっくりしたでしょう。この男はあなたを殺した後、あなたに成りすまして地球でしばらく生活する予定なの。

 その矢には睡眠薬が塗ってあって、あなたはあと数秒で意識を失うわ。意識を失う前に事情を説明しておくわね。

 実はあなたの恋人、村瀬コトミは三日前に殺されて、わたしが彼女に成りすましたの。

 レプティリアン専門家のあなたにわたしが本物のコトミじゃないことを気づかれないのは、至難の業だったわ。

 あなたは知りすぎたのよ。レプティリアンの秘密を知ってはいけないレベルまで知ってしまった。だからわれわれは、あなたを消すことにしたの。

 この地球上の1パーセントの人間が、実は地球人じゃなく、われわれレプティリアンの成りすましなの。これはあなたも知らなかったでしょう」

 気がつくと、すでにサトシの意識はなかった。

 わたしはスマートフォンをポケットから取り出し、電話をかける。

「こちら8号、こちら8号。任務を完了しました。今晩、ジェットコースターで本部に帰還します」

 スマートフォンをポケットにしまうと、ブラウスの胸ポケットから銀縁の眼鏡を出してかける。

  

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