第5話 ドリームキャッスルの地下にあるもの
わたしはサトシの腕をつかむ。
「早く警察を呼んだ方がいいわ」
「大丈夫さ、やつはまいたよ。もうここには来ないよ」
「どうして?」
「キャッスルに入るとき後ろを見たけど、やつの姿はなかったよ。やつは尻尾が邪魔して足が遅いし、多分、おれたちをを見失ったんだろう」
ドリームキャッスルは裏野ドリームランドのランドマークとされるアトラクションだ。
ドイツのノイシュバンシュタイン城を模倣した建造物で、五階建てでさらに地階がある。
二階から四階はホテルで、チャペルやホールがあり、結婚式や披露宴もできる。最上階の五階はシネマコンプレックスと展望レストラン街。
一階がメインのアトラクション会場で、決まった時間帯にコンパニオン付きのRPGツアーがあり、地階は常設展示会場になっていた。中世ヨーロッパの騎士の甲冑などが飾ってある。
わたしたちは地階にいた。
「だったら、わたしが警察に電話するわ」
わたしがポケットからスマートフォンを出すのをサトシは制す。
「やめとけよ。レプティリアンに追われてるから助けてくれなんて言っても、警察はいたずら電話だと思って相手にしないよ」
「だって、命を狙われてるのよ」
「じゃあ、おれが電話するよ」
サトシはバミューダショーツのベルトにぶら下げた黒いホスルターからスマートフォンを取り出す。
タッチパネルを叩いているとき、突然、スマートフォンが弾き飛ばされる。
赤い絨毯の床にスマートファンが転がる。タッチパネルのガラスは砕け、真ん中に矢が貫通している。
わたしは反射的に後ろを振り返る。やはり......いた。
ガラスケースの騎士の甲冑に隠れて、ホッケーマスクの男がこちらにボーガンを向けている。
「嫌よ、来ないで」
わたしは叫ぶ。
サトシはわたしの手を引き、走り出す。
わたしのすぐ側にある赤い壁に掛かった肖像画に矢が刺さる。中世ヨーロッパの貴婦人を描いた油絵だ。
「STAFF ONLY」と書かれたドアを開け、サトシはわたしを引っ張っていく。
ドアの向こうには下りの螺旋階段が続いている。
螺旋階段を下りると薄暗い広い空間が続いていた。
天井の複数ある蛍光灯のいくつかが、点滅を繰り返している。老朽化したからか、それとも接続が悪いからか。
コンクリートの床は全体に赤く染まっていた。四方の壁は複数の穴が開き、地下通路になっている。
床のところどころに斧や巨大な包丁のような刃物が落ちている。刃先は例外なく赤く汚れている。
天井の中央付近には滑車が埋め込まれ、鉄の鎖がぶら下がっている。何か重いものを吊るすのだろうか。
「ここが多分、ネットで噂の拷問室だ」
サトシがつぶやく。
「ドリームキャッスルには地下室に秘密の拷問室があるらしいんだ。ここでバイトしてた青年のブログに、ここの写真もアップしてあった」
「どういうこと?拷問室ってなに?」
「わからない。ただ、おれの推理だけど、おそらくジェットコースターの搭乗口付近で子供たちを誘拐して、ここまで運んだんじゃないかなあ。
ここで子供たちを屠殺して死体を解体したんだ。その肉を『ウラノバーガー』の材料にしてたに違いない。
裏野ドリームランドの各アトラクションは、それぞれ地下通路があって、互いにつながってるんだ。そして地下通路のハブになっているのが、このホールなんだよ。
いわば裏野ドリームランドを裏で操るレプティリアンたちの本部がここなのかもしれない」
壁際に二つのポリバケツが転がっている。二つともほぼ満杯で中身の一部が床に転げ落ちている。
一番手前のポリバケツは子供たちの衣服や所持品が捨ててあるようだ。
その奥のポリバケツは......血まみれの肉塊だった。切断された子供たちの四肢、内臓、骨......。
ポリバケツの奥に子供の首を見つけたとき、わたしは思わず悲鳴を上げた。
「キャー」という叫びが、ホール内をいつまでもこだまする。
サトシがわたしの口を手でふさぐ。
「静かに。やつに気づかれるぞ」
「ごめん」
わたしはポケットからスマートフォンを出す。警察に通報するためだ。
だが110番にタッチした後、スマートフォンから聞こえてきたのは、電波が届きませんというメッセージだ。地下だからこの場所からではスマートフォンは使えないのだろうか。
ふと顔を上げると、正面の壁の穴から、ホッケーマスクの男が現れる。
「逃げて」
わたしが叫びと同時に、矢が飛んでくる。ニアミスではずれたが、耳もとに矢の「シュッ」という音が残る。
サトシは咄嗟に床から斧を拾い、ハンマー投げのように相手に投げつける。
斧は回転しながら宙を舞い、ホッケーマスクの男の胴体に命中する。
飛び散る鮮血。腹に斧が突き刺さった状態で、ホッケーマスクの男は床にゆっくり倒れる。
「サトシ......殺したの?」
「......」
ホッケーマスクの男はしばらく四肢を痙攣させていたが、やがて立ち上がり、腹から斧を引き抜いて床に捨てる。出血は止まっているようだ。
「やっぱり、あいつ......化け物だ......人間じゃねえ」
呆然となったサトシの手を引いて、わたしは化け物がいる方向の反対側に走る。
ホッケーマスクの男はすぐにわたしたちを追いかけようとせず、床に落ちたはずのボーガンを探しているようだった。薄暗いので化け物の彼にもよく見えないのだろうか。
わたしとサトシは壁の穴の一つからホールを抜け出し、地下通路を走っていった。