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第3話 アクアツアーに半魚人が泳いでいる

 真夏の日差しが鞭のように全身を照り付ける。

 息が上がっていた。全力疾走したのは久しぶりだ。

 ホッケーマスクの男とサトシは、はるか先を走っている。その先にアクアツアーが見える。

 アクアツアー――開閉式屋根を持つ全天候型屋内プールの周囲を複数の野外プールが取り囲む。屋内プールは五十メートルの人工ビーチを持ち、波を起こせる造波プールだ。

 だが廃園後、プールは清掃されず、どぶ川のように濁っている。

 野外プールの手前まで来ると、ホッケーマスクの男は立ち止まり、こちらを向き直る。

 サトシが追いつく。 

 二人は向き合い、無言のままにらみ合いが続く。

 やがてわたしが肩で息をしながら、サトシの隣に立つ。

「サトシ......あいつ、誰なの」

「......」

 ホッケーマスクの男はいきなり体の向きを変え、背中を見せる。

 オレンジのつなぎ服の尻の部分が破れ、ワニのような鱗のある一メートル近い灰色の尻尾がニョキと飛び出す。

 思わずわたしは「キャッ」と短い悲鳴を上げる。

 次の瞬間、ホッケーマスクの男は尻尾をくねらせてプールに飛び込む。

 水しぶきが顔にかかる。

 わたしはプールの側に走り寄る。

 ホッケーマスクの男は水中に潜ると、尻尾を船の櫓のようにたくみに動かして、魚のような速さで遠くへ泳いでいく。しかもエラ呼吸しているのか一度も息継ぎをしない。

「どういうこと。あいつ、化け物だったの?」

「おれにもわからないさ」

 サトシはわたしよりは落ち着いていた。

「あれは多分、レプティリアンだと思う」

「えっ?」

「アクアツアーは廃園になる前から、半魚人みたいなのがプールに泳いでいるという評判だった。保存してないけど、ネットで半魚人の写真も見たことある。廃園後も半魚人の目撃情報は少なくない。おそらく半魚人の正体はレプティリアンだったんだろうな」


 レプティリアン――その言葉を知ったのは、サトシと付き合うようになってからだった。

 サトシはデイビット・アイクという陰謀論系ジャーナリストを尊敬しており、自身もブログで似たような陰謀論を書いて固定読者を獲得していた。サトシ曰く、自分は日本のデイビット・アイクとのこと。

 デイビット・アイクによれば、レプティリアンという爬虫類の姿をした異星人が極秘裏に地球を支配しているという。

 彼らは人間を超える高度な知性を持っており、世界中の政界、財界、大手マスコミ、宗教団体のトップは彼らに服従し、癒着している。大手マスコミを間接支配しているから、彼らの存在が一般大衆に知られることはない。

 また彼らは人肉を食らい、人間の姿に自在に化けることができる。だがときおり、目の瞳が爬虫類のように細くなることがあり、これが人間に化けたレプティリアンの見分け方だった。

 レプティリアンにまつわる一連の陰謀論は、真偽はともかく、下手なSF小説やゲームよりは、面白い世界観だとわたしは思っている。


「それよりコトミ、喉乾いてないか?」

 気がつくと汗でブラウスがシースルー気味だ。

「あそこに自販機がある。歩こうか」

 サトシは勝手に自販機のある観覧車の方に歩いて行く。

 観覧車は裏野ドリームランドの中央にあり、アクアツアーからかなり距離があった。

「もう歩くの嫌よ」

 そう言いながらも、わたしはサトシに仕方なく小走りについて行くしかなかった。


 自動販売機の側にベンチがあり、そこへ行くまでにまた汗をかいた。

 ベンチに腰掛け、息を整えているとサトシがペットボトルのアイスティーを持ってきてくれた。サトシはコーラを飲んだ。

「ここの運営会社がどうして子供をさらっているか、なんとなく推理できるよ」

 サトシが言う。

「裏野フーズって、社長が前から人間に成りすましたレプティリアンだって噂がある。ネットじゃ、有名な話だ。

 だとしたら『ウラノバーガー』は実は、人間の子供の肉で作ったハンバーガーかもしれない。

『ウラノバーガー』の肉がビーフ、ポーク、チキン、ラムのいずれとも違う食感と言われてたのは、こういうわけだったんだ。

 レプティリアンは人肉料理を好むって話は知ってると思うけど、彼らの中にもグルメがいるみたいで、同じ人間でも大人より子供の肉の方がおいしいらしい。まあ、羊のラム肉とマトン肉の違いみたいなもんだ。

 遊園地には子供が大勢来る。そこで子供を誘拐し、屠殺(とさつ)し、その肉で『ウラノバーガー』を作る。

 こんな感じじゃないかなあ。廃園前は園内の入口付近に『ウラノバーガー』店もあったし......」

「おそろしい話だわ。ただちょっと信じられない」

「どうして?」

「ジェットコースターの搭乗口付近で子供たちを誘拐するのはできるとしても、彼らをどこで屠殺(とさつ)するの? そんな場所、園内にないでしょ」

「これだけ広いんだ。どこかにあるさ」

 わたしとサトシはしばらくその件で議論した。

 だがそのうちに観覧車から奇妙な音が聞こえるとサトシが言い出した。

 わたしは「気のせいよ」と主張したが、サトシはそれを無視してベンチから立ち上がり、観覧車の方へ歩く。わたしは後を追う。

 停止した観覧車に近づくと、一番下のゴンドラから、「出してくれ」という声が小さいが確かに聞こえる。

 サトシはゴンドラのドアを叩き、力いっぱいこじ開ける。

 ドアが開くと黄色い液体が地面に流れ、黒い物体が転げ落ちる。

 わたしは悲鳴を上げる。

 黒い物体は全裸の白髪の老人だった。

 老人は手足をロープで縛られ、口にハンカチでさるぐつわをかまされていた。

 ただし、さるぐつわは半分顔からずれ、老人の言葉が口からかろうじて聞こえる。

 まだ生きているようだ。


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