第1話 メリーゴーランドが動いている
JR裏野駅に降りたのは六年ぶりだろうか。
北口のロータリーを直進し、人気のない薄暗い路地を通り抜けると、目指す廃墟はすぐ見つかった。
昔の記憶が堰を切ったように脳裏に押し寄せてくる。わたしは様々な感慨とともに、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
「ここか」
奥村サトシが言う。
「ここが裏野ドリームランドの跡地ってわけか」
わたしは何も答えない。いや、答えられなかった。
錆びついた鉄柵に囲まれ、雑草が伸び放題。アトラクションらしき建造物が、遠くにいくつか見える。
短大時代、この近くの女子学生会館に下宿していたのだ。
懐かしい思い出や楽しい思い出に加え、嫌な思い出や恥ずかしい思い出が同時に思い浮かび、どうにも言葉が出なかった。
裏野ドリームランド――一九八七年、総合保養地域整備法、いわゆるリゾート法が制定されると、それに後押しされる形で、翌八八年にオープンしたテーマパーク。
日本はバブル経済真っただ中で、運営管理企業を地方自治体が地域経済振興のため全面支援し、潤沢な資金を集めて建設された。
総工費二〇〇億円。敷地面積三七万平方メートル。オープン当時は鳴り物入りで、連日、テレビCMが放送された。
その後、バブル崩壊で経営は苦しくなるが、外資系ファンドの買収を経て組織を再編し、リニューアルオープンしたのがオープンから十周年を迎えた一九九八年。するとこれが功を奏し、二十一世紀に入ってからも、平成不況で他の類似のアミューズメント施設が次々と淘汰される中、裏野ドリームランドだけはかろうじて存続し続けた。
それでもやはり不況には勝てなかったのだろう。廃園のニュースを知ったのがもう二年前になる。
「なんだか気味悪いなあ。コトミもそう思わないか」
軽くウエーブのかかった茶髪が風になびく。サトシの広い額が露わになる。
無地の白いTシャツにヒップホップ風デザインのバミューダショーツ。靴下をはかず裸足で青いスニーカーを履いているのが少しワイルドだ。
セミロングのソバージュのわたしは、ピンクの半袖のブラウスにベージュのキュロットスカート。少し白っぽいストッキングに合わせ、靴は白いローヒールのパンプス。
最近買ったファッション雑誌のモデルの服装から、一番低予算で真似できるものを選んだ。ただしモデルはわたしのように銀縁の眼鏡はかけてない。
サトシは半年前、某SNSのオフ会で知り合った。いわゆる出会い系サイトではなく、家族連れやリタイアした老人たちも多かったが、私やサトシのように独身の若い男女も何人かいた。
最初の出会いから一月後、二回目のオフ会のとき、サトシがわたしをデートに誘った。それ以降、二人ともオフ会には参加しなくなったが、ウイークエンドのたびに二人だけの逢瀬を重ねた。
私は都内の携帯電話販売店に勤める派遣社員。一方、サトシはニート兼フリーのブロガーだった。
自分のブログやネット動画に広告を載せて稼いでいるとのことだった。だが親からもっと着実に収益を出す仕事をしろと言われ、最近、近所のコンビニでアルバイトも始めたようだ。
サトシとはフィーリングが合うのか、わたしにしては、かなり長い間、関係が続いたボーイフレンドだと思う。初めてけんかしたのは先週だった。
繁華街を歩いているときサトシがふと肩を組んできた。
わたしが「一回寝ただけで彼氏面しないで」とサトシの手を払いのけると、
サトシは顔を真っ赤にして、「コトミ、そんなこと普通の女の子だったら言わないよ。風俗嬢じゃあるまいし」
「なんですって」
「だってそうだろう。下品じゃないか」
それからしばらく口論が続いたが、わたしの方が折れて仲直りした。
「あれ見ろよ。動いているみたいだぜ」
サトシが指さす方向を見る。雑草に囲まれたメリーゴーランドが見える。確かにゆっくりと回転しているようだ。
「ここ廃園のはずだろう。メリーゴーランドが動いているなんて変だよ。コトミもそう思わないか」
「......」
「ちょっと調べてみないか」
サトシは鉄柵をまたいで中に入る。
「よしなよサトシ。勝手に入ったら、まずいんじゃない」
「だったら、わざわざここまで来た意味がないだろう」
サトシは廃墟オタクで、全国の廃墟巡りを趣味にしているという話だった。
これまで二人のデートスポットにサトシが廃墟を選んだことはなかったが、わたしの方が裏野ドリームランドに連れていってほしいと頼んだのだ。
理由はいつもサトシが廃墟の話を熱心にするので、一度廃墟というものを見てみたいと思っていたことと、短大時代、このへんに住んでいたので、どうせなら馴染みのある場所の廃墟がいいと思ったからだ。
短大時代、裏野ドリームランドは同級生と二、三回ぐらいしか来たことがなく、あまり思い入れがあるアミューズメント施設ではない。
サトシは錆で弱くなった鉄柵の一部を蹴とばしたり引っ張ったりして強引に隙間を作った。
「これならコトミも入れるだろう」
わたしは少し躊躇したが、体を横にしてかろうじて隙間から廃園の中に入った。入るときキュロットスカートに泥がついたのが腹立たしかった。
私が神経質にスカートの泥を手で払ってるとサトシが、
「廃墟に来るときは、おめかしなんかするもんじゃないよ。汚れてもいい服を着て来なきゃ」
「これ汚れてもいいスカートよ」
「嘘つけ」
わたしはサトシについて、メリーゴーランドの方へ歩いて行った。
メリーゴーランドは回転を続けていた。