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獲物は彼ら

『爪跡』をイリと共に追う内に、彼らはそのカヨートが手負いであることを確信せずにはいられなくなった。イリにしか見えないそれだけでなく、はっきりと見ることのできる赤い雫が草に点々と付いているのが見えた。


「結構な深手のようだが……大丈夫なのか?」


 その流れる血の量からヒューにはかなり悪い状況であることを思わせた。


「わかりません……ですがカヨートの生命力ならばまだ生きているはずです」


 少し不安げながらもイリはそう断じた。ヒューも勿論それを信じる。彼らの強かさは彼も知る通りだ。かつて彼を処刑場から助けた際には数十人の兵に囲まれたために全身に手傷を追ったイリだったが、その傷も数日で癒えてしまったものだった。


「近いですね」


 イリが跪きながらそう言う。


「匂うのか?」


「いえ、鼻は先ほどから妙な匂いのせいで利きません……血が新しいのです」


 草や地面に零れ落ちたものが今までの者より新鮮で赤みを帯びているようだ。この近くに潜んでいるのだと彼らは確信する。


 血の道を追いかけながら辺りを探索すると彼らはすぐに木の生い茂る中に小さな洞窟を見つけることができた。続く血痕もそこに潜んでいることをはっきりと示している。


「お二人は後ろから続いて下さい」


 洞窟に入る際にイリが先頭を行きながらそう言った。手負いのカヨートの気が立っていることを考慮してのことだ。その怪我が人によってつけられたものならば、問答無用に襲い掛かって来ることもあり得るだろう。


「気をつけろよ」


 それでもイリは見た目からすれば完全な人とそう変わりない。カヨートとはっきり断ずることができるのは僅かに主張する赤い瞳だけだ。


「大丈夫です」


 そう言ってにこりと笑った。イリは自分の力に自身があったために襲い掛かられようが手負いならば力づくで抑え込むことができると思っていた。


 そう深い洞窟でもないらしい。太陽の光はすぐに届かなくなり目の前が何とか見える程の暗さとなったが、刺激することを避けるために彼らは灯を点けようとは思わなかった。そしてイリはその奥に一つの気配を感じ取り、それが息を潜めてこちらを伺っていることがわかった。


「もし、同胞の方でしょうか? どうぞ警戒なさらず、灯を点けてもよろしいでしょうか?」


 落ち着き払ったイリの声に相手の警戒は少しは解けたのだろうか、イリとセレにもその息遣いを聞き取ることができた。そしてしばらくの沈黙の後、野太い声が彼らの耳に届いた。


「……構わない」


 そう言うとヒューは荷物から松明を取り出してそれに火を灯す。暗闇の中にはっきりとお互いの姿が映る。手負いのカヨートは茶黒い体毛を全身に生やした、一目でカヨートとわかるそれだった。彼はイリの赤い瞳を認めたようで安心して胸をなで下ろしたようだ。


「何故来た……?」


 だが彼は歓迎するような雰囲気でも無いようだ。その言葉の端からは厳しい音色を感じた。


「『爪痕』がありましたので同胞かと思い、随分血を流されていたようですので……」


「お前あれが何かも知らんのか? どこの生まれだ……?」


「エンディアの森からでございます、あれは何か意味がおありで?」


 彼は頭を抱えた。カヨートにも地方ごとにコミュニティがある。あの『爪痕』はこの地方のカヨートたちの作り出したサインであったようだ。


「そうか……随分遠くから……ならば知らんのも無理はないか……あれは『ここは危険だ』と示すためのものだ……まだ遅くない、早くこの辺りから逃げるんだ……」


 あちこちに傷を作った男が一際深いと思われる腕のそれを押さえながらそう言い放った。


「何があったんだ?」


 そこに危機を感じ取ったヒューが不安の色を押さえきれずに質問する。


「人か……同胞と仲良くやってくれているようだがお前も危険だ……赤目狩りの連中が来た……」


 その名前を聞いて彼らはようやく事態を把握した。戦争終結後にカヨートに懸けられた賞金を目的として国内の彼らを追いかけまわす者たちが少なからずいた。だが人の力をはるかに上回る彼らを仕留めるどころか、それを見つけたとしても近付くこともできずに逃げられるのが関の山だった。そんな中で狩りを続ける者は異様に卓越した技術を持つ者たちであり、主にはその性質は狂人の類であった。


「俺は戦争が終わってからもこの先の村で匿ってもらっていたんだが、やはりこの世界は信用ならない……誰かが金目当てで密告したらしい……今日も狩りのために森に出たら既に囲まれていた……何とか逃げ延びたが奴らは諦めちゃいないだろう……」


 三人ははっきりと動揺していた。思えば強靭なカヨートが傷を負うということ自体が危険を示す信号だったのだ。


「ここも既に危険です……」


 セレが口を重く開いた。


「赤目狩りの方々は非常に周到に狩りを行うと聞いたことがあります。あの血があれば追跡は容易なはず、それでもここに乗り込まないのは準備をしているからでしょう。罠を張り、刃を研ぎ、毒を塗り込む……そう言った人種だと、師に聞いたことがあります」


「奴らにとっちゃ獲物が増えただけのことだろうな……」


「あんたらも人の身と言え危険であることには変わりない……相手はあのガタン一味だ……」


 赤目狩りの中でもその悪名を響かせる名前だった。ガタンという男を頭目としてシャゴ―、ザグの二人で構成される三人組であったが、彼らがその名を知られているのは終戦前からカヨートを捕まえていたからだ。そして奴隷として売りさばくことで生計を立てていたが、懸賞金という分かりやすい形で収入を得ることができるようになってからは率先して国内外を問わず、彼らを国に引き渡していた。主に死体という形で。


「奴らは完全に狂ってやがる……邪魔となったら迷うことなく人だって殺すだろう……」


「何とか逃げ出すことはできないのか?」


 ヒューに戦うという選択肢はなかった。相手は殺すということにかけて専門家と言って差し支えない。そんな三人相手ではたとえイリであっても無事ではいられないだろうと思っていた。


「難しいでしょう……鼻が利かないのです……」


「あいつらが撒く薬品のせいだろう……カヨートの嗅覚を潰すためだ」


 カヨートを狩るための手段に長けた彼らはその厄介さを知っている。嗅覚によりこちらを探知し逃げるというのならそれを潰すだけのことだ。


「やるしか、ないのか……」


「そのようです……」


 ヒューは剣を握りしめた。武門の家系としてその訓練も受けて来た彼だったが、実践で振るうことは未だになかった。


「あなたにも協力して頂きます」


 イリはカヨートの男に向かって言った。そして跪き、その体に触れた。


「ああ、勿論だ……」


 イリの手から光が溢れ、男の傷を癒していく。元来の傷の治りの早さも相まって、イリのおまじないはヒューらを癒すよりもずっと早くその傷が治っていく。


「俺はチャク、借りは必ず返す」


 すっかり良くなった体を持ち上げてチャクが三人に向かって礼をした。


「何としてもここを切り抜けよう」


 作戦も何もない、ただがむしゃらに逃げることしかできない彼らはただ無事を信じることしかできない。小さく震えるセレをイリが優しく抱きしめる。

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