乙女の角と桃色水晶
霜月透子事務局長、鈴木りん副館長が運営される「ひだまり童話館」の「にょきにょきな話」参加作品です。
麗文社は基本的には本屋だが、変わった物、珍品も揃えてあり、近所の子供たちの憧れの的だ。
仕事帰りの大人が、自分にはとても手の届かない高価な品を買うのを、指をくわえる思いで眺める。
光実も昨日まではその一人だった。
何せまだ小学三年生。
しかし今日は違う。
お小遣いを頑張ってコツコツ貯めて、ようやく、麗文社の硝子戸を押し開けたのだ。
気持ち的には「たのもう!」と叫ぶお侍さんに近かった。
しかしそこで光実はお侍さんになれなかった。
同じクラスの、川本侑弥が、丁度レジから回れ右して光実を見たところだったからだ。
「たのもう!」気分はシュッ、と引っ込んだ。
餓鬼大将気質だが、根は優しい侑弥と目が合うと、光実の心臓はどっくん、と大きく鳴った。侑弥に聞こえはしなかっただろうかと心配になったくらいだ。
「よう、柳瀬。ここで買い物?奮発だなー」
「川本だって。何、買ったのよ」
光実は精一杯、冷静に返した。積りだ。
侑弥は屈託なくにっと笑う。
その笑顔にまた、どっくん…。
「水晶。買っちった。育てるんだ!」
侑弥は何も気づかないようで得意そうに言う。
「え?そんなこと、出来るの?」
「ああ、育成キットがあんだよ。珍しいだろ?この店ならではだよな~」
話しながら、他の客の邪魔にならないように端のほうに移動しつつ、侑弥は袋に入った箱を取り出して見せてくれた。
確かに、そこには藍色の水晶の写真つきで、「水晶育成キット」と書かれてある。
「そんなのあるんだ…ふうん」
何気ない顔で答えながら、光実は、自分も侑弥と同じ物が欲しい、と思った。
それも出来れば色違いの、もっと女の子らしい色の水晶が良い。
水晶のペアルック、なんて考えたら神秘的でロマンチックで、ものすごくときめく。
「侑弥、遅いわよ」
突然、そこに割り込んだ声があった。
大人びた女子の声。
黒いロングストレートをさらりと揺らしながら、軽く侑弥を睨みつけている。
赤いリボンを結んだセーラー服を着ているということは、自分たちより年上だ。高校生とまでは見えないから、中学生だろう。
格子状の木枠がついた古風でシックな店の窓を背景に、絵のような立ち姿だ。
だが、侑弥を睨む瞳には、媚びが含まれているように光実には見えた。
「あー今、出るとこだったんだって。クラスメートに会ってさ」
ただの「クラスメート」、という単語が光実の胸を針みたいに刺す。
「…お姉さん?」
「いや。近所の幼馴染。つーか腐れ縁?これ買うのにも、ちょいとばかし援助してもらったんだよなー。だから頭が上がんねえの、俺」
「やな言い方する子ね。利子つけて返してもらうわよ?」
「おおっと、ただいまのは冗談であります!」
びし、と侑弥が敬礼して軍隊口調で畏まる。
ふざけているのだ。
そのくらい、気心が知れた仲なんだ、と光実は拗ねて尖りそうな唇を必死で抑えた。
「じゃーまたな、柳瀬」
「うん。バイバイ」
素っ気ない挨拶を光実と交わしたあと、侑弥は女子中学生と店を出て行った。
水晶の育成キットが置いてある棚を見つけると、光実は桃色の水晶の写真が載った箱を選んだ。
胸の中、まるで角張った水晶のように、にょきにょきと育つものがある。
もやもやもするし、きりきりもする。
自分でもおっかないような感覚。
それは侑弥への恋心と。
ほのずっぱくて少し苦い、セーラー服の美少女への嫉妬。
そして対抗心だ。
光実は頬を紅潮させて、きゅ、と唇を噛み締めた。
(いいもの。きっと綺麗に育ててみせるわ。絶対。キラキラして、川本の水晶と並べてお似合いに育て上げてみせるんだから!…あたしだって。あたしだってきっと綺麗になってみせるもの…)
いつの間にか光実の中で、侑弥の藍色の水晶と自分の桃色の水晶が、侑弥自身と自分自身であるように置き換えられている。
恋と嫉妬と意地とプライド。
渦巻く感情の詰め合わせ。
光実の桃色の水晶は、それらを吸収して輝きを放つことになりそうだ。
実はこの「麗文社」、京都のとある書店をモデルにしています。
水晶を育成させる商品も、実際に販売されています。