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第23話-通夜


 事件の詳しい話を聞くと、進矢は自ら人質になったらしい。

 彼が偶然いた建物にテロリストが現れ、中にいた人々が人質になっていた。彼は医師としての魔法のような力があったから、上手いこと逃げおおせたはずだが、自分と引き換えに全員を解放するという条件で、身を捧げたのだ。

 なので、アマネさんは無事だった。それも彼女を送り届けたのが祖谷だというのだから驚きだ。

 彼も偶然、その建物にいて、進矢に頼まれて彼女を守ったらしい。

 だから、アマネさんも、祖谷も通夜にいた。

 さめざめと泣くアマネさんと静かな祖谷だったが、色はアマネさんの方が薄く、祖谷の方が悔やんでいた。

 色で感情の重さを比較できるものではないが、祖谷が悲しんでいることは事実だ。

 力を認めていたからこそ、進矢のことを羨み妬んだのだろう。憧れの感情が人を傷つけることもあれば、こうやって誰かを思いやることもできるのだ。

 通夜自体は小規模なものだった。

 進矢が人質になって死んでしまったのはニュースで大々的に知らされたし、進矢は元々テレビにも出ていた人気者だったから、彼の通夜には大勢の人が詰め寄せると予想できたので、身内で行うことになったのだ。

 国の不手際で将来を約束された人材を失ったことに対する責任として、国のお偉いさん方も参加を表明したが、進矢のお父さんが全て却下した。和多田病院の院長である彼にはそれぼどの権力があり、怒りがあった。

 そんなところに僕は呼ばれたので、参加することができたのだ。

 目を瞑ったまま、進矢を失った人々の痛みを感じた。僕の葬式があったとしても、こんなに悲しんでくれる人はほとんどいないだろう。

 

「進矢の人徳だな」


 僕は麻痺していたのだろう。それか戻せると考えていたからかもしれない。

 進矢の死をそこまで悲しめなかった。

 いや、それも間違いだ。身体に異常が出ないよう、過去の繰り返しで、堪える術を学んだだけだ。


 通夜が終わって、彼の両親に家で晩御飯も誘われた。最初は辞退したのだが、進矢の遺書があるから来て欲しいと言われたので断れなかった。

 晩御飯を食べた後、進矢の部屋でそれを受け取り、その場で少し一人にしてもらった。部屋の中にいると二人で過ごした時間を否応なしに思いだす。まだ僕が自分の無力さを思い知っておらず、親友に遠慮を感じていなかった頃の話から、今に至るまで。

 それらの思い出はもう、僕の中にしかない。それを一緒に作った友はもういないのだ。

 頭が少しでも回るうちに、と人生二度目となる自分以外の遺書を読もうと封筒を開けると、端末にデータ受信の知らせが入った。

 それは手に持つ封筒からだった。進矢は遺書という形で遺言を残していたが、僕の目に配慮して、音声形式も用意していたらしい。包帯を取らず、そのデータを受信した。


「もし、思っていることを親友に伝えられなかったら、と考えてしまって柄でもないけど、遺書を書いてる。桂ちゃんは、今も昔も俺の目標。星のような存在。これは誇張でもお世辞でもない。それが俺の親友に対する評価なんだ。和多田進矢の半生はずっと桂に向かって走ることで成り立ってきた。そうやって思われるのは、鬱陶しかったかもしれないけど、本当に憧れているんだから許して欲しい。一人の男が生涯ずっと惚れ込んでしまうぐらい素晴らしいものを持っている。これだけは確かなんだ。だから、何もしていないし、できないなんて思い上がりは止めてくれ。俺はそう感じ、考えたんだ。もし、それがなくても、昔、誰も助けてくれなかった俺を掬い上げてくれたのは桂なんだ。誰かのために何かをできる君が好きなんだ」


 そこで一度、音声が途切れた。データの記録を見ると、2本あり、今再生したのが7年前。もう一つが3年前のものだった。

 それを再生させるのを待った。

 進矢は僕が彼に抱いていた劣等感を知りながらも、僕を尊敬してくれていた。その真実は胸を穿った。


「俺だけが捻くれてしまったんだな。進矢」


 独りで友に語りかけ、彼と出会った頃を思いだした。

 昔の僕は嘘を正当化させることが得意だった。それを以て正義を振りかざしていた。その姿に進矢は憧れたらしい。

 だが、そんなことは長く続かなかった。気づいてしまったんだ。正義でい続けるには悪と敵対しなければならないと。

 僕は弱く汚い人間だった。それで上手に人生を運んでしまった。傷つかず、傷つけてばかりだったから、痛みで成長できなかった。だから、成長もせず、痛みに怯えた。

 そんな人間が取った選択は、誰もを喜ばせ敵を作らないというものだった。

 誰からも好かれたいわけでなく、誰からも嫌われたくなかったのだ。

 幸い、人のために何かをするのは嫌いではなかった。

 が、それも終わってしまう。自身が楽しもうとせず、淡々とこなすようになった。

 それはモルモットになった時である。己が義務だと自分に言い聞かせた。価値なしの烙印を恐れるあまり、自分の感情を捻じ曲げた。

 僕が甲種になった時、母さんが言った言葉で、僕の人生を全て否定された気がした。どうしても、その考えが消えない。

 だからこそ、そうならないために切り売りを始めた。傷つけらる痛みを知っているからこそ、昔より誰かを傷つけるのを怯えて。

 誰かに僕が生きていて欲しいと思ってもらいたい、と願いながらモルモットとして生きた。


「でも、そんなこと頼まなくたってお前が思ってくれてたんだな。進矢」


 進矢に感謝することでようやく落ち着いた。次の音声を再生する。


「どうしても言っておきたいことがあるんだ。前に一度相談したけど、アマネが突然泣くって話。その原因はフラッシュバックと思っていたが、それだけではなかった。彼女は乙種を治したことで感覚は戻っても思考はそのままだったんだ。アマネは全ての悪事が自分のせいで起きたと考える。滅茶苦茶な話だけど、彼女は本気でそう思い込んでいるんだ。笑えるようになったけど、それより多く悲しんでしまう。それを減らす方法は不幸を失くすことだ。だけど、彼女の周りから不幸な事を失くすなんてことは不可能だろ? だからこそ、俺は根気よく隣で支える。でも、もし俺がいなくなったらどうなるんだろうかって考えてしまうんだよ。アマネが誰の頼りもなく、生きていくのは難しい」


 長い沈黙があった。進矢の呼吸から強い戸惑いを感じた。あの進矢がだ。


「時々、いいや、いつも桂ちゃんならもっと上手くできたんじゃないかって思うんだ。けど、そうやって頼ることが負担になってるってマリさんに言われるまで気付かなかった。だから俺は桂ちゃんに弱音を吐かないようにしたんだ。だけど、同時に気づいた。俺が本当に頼れるのは桂ちゃんだけなんだって。君以上の優しい人を知らない。君以上に信頼できる奴がいない。君以上の友がいない」


 僕の目からとめどなく涙が溢れた。嗚呼、と納得してしまった。

 僕は沢山の人から愛されているのだと。



「だから、桂ちゃん、俺が死んでしまったら気が向いた時でいいから、アマネの話し相手になってやってくれないか? 強制じゃないけど、知ってるんだぜ? 困っている人を放っておけるような人間じゃないって。そして、桂ちゃんには誰かを救える優しさがあるんだって。俺を助けてくれた時のように。そして、その行為の力を知っているんだ。桂ちゃんの言葉には人を動かす力がある。力不足を恐れ、遺書を書いてるわけだけど、死ぬつもりはないよ。まあ、この手紙が読まれることがないよう、祈っているんだけど」


あと2話で完結!

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