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第22話-天地

 結婚を申し込んだものの、ほとんど変わったことはなかった。

 我々は籍を入れなかったし、結婚式も挙げなかったからだ。

 事実婚を選択した理由は、手続きが面倒というだけで、何かしらの事情や信念があったわけではない。

 だから、変化といえば、薬指に指輪が嵌ることになるのと、それを買いに二人で出かけることが決定したぐらいだ。

 流石に結婚指輪を選ぶのは二人でしたい、とマリさんが稀な我儘を言ってくれたので、彼女が3連休の時に少し遠出して購入することになった。

 その際、僕は化粧まで使って変装した。一重瞼が二重になり、白い肌を少し黒くしたり髪を後ろに流したりと別人と言っていいほど本格的だった。そうすることで、指輪を目できっちり見て、話しあって決めることができた。

 指輪は後日受け取るものだと思っていたが、小一時間で完成するとのことだったので、街を練り歩いてから、結婚指輪を受け取りに行くことにした。

 その前に、家族には報告しなかったしする予定もないが、進矢には報告したかった。

 プロポーズを申し込んでから、定期的にかかってくる彼からの通話が中々来なかったので、こちらから何度か掛けたが一度も繋がらない。

 今もコールしてみたが繋がらなかったので、事後報告に諦めた。

 僕らは時間になったので宝石店に行った。挙式をする予定がないので、もらったその場ですぐ指輪を嵌めた。

 その後は、小洒落たホテルで早めのディナーを食べ、久しぶりの外食を満喫した。


「帰ろうか、マリさん」


 まだ時間はあったが、結婚指輪を受け取ってから、どうもマリさんが暗いようなので、そう提案してみることにした。


「桂君、もう一つ我儘いいかしら?」


「僕にできることなら何でも」


「旅行に行きましょう」


 マリさんは笑顔を作るものの、何か不安に思っている様子だった。それは濃密なもので、簡単に解決できる問題ではないことを示していた。


「構わないよ」 

 

 不安が何であれ、構わない。僕は待とう。

 マリさんのオーダーは大雑把で、バンガローに泊りたい、人が少ない所がいい、というもので具体的な場所の指定はなかった。

 旅行代理店で、今日行けて、これらの条件が叶えられる場所と交通手段を仲介してもらい、無事その日の受付が終わる前にバンガローについた。

 バンガローといっても、お風呂もあり、家財道具が一式揃っているので、ホテルと大差がない。

 山に来たから、何かしたいことでもあるのかと思いきや、マリさんは着いてから一日中バンガローの中で過ごした。

 夜だからということもあるだろう。

 だが、中での様子が普通ではなかった。彼女は何か考え事をしているようで、他愛ない会話さえできないほど集中していた。

 僕は彼女が答えを出すのを待っていたが、結局、翌朝のチェックアウトの時間まで解決しなかった。

 入浴や睡眠ではいい案が出なかったらしい。

 

「マリさん、帰り支度終わったから帰ろう」


「いや」


「何を言っているんですか。明後日から仕事でしょう?」


「何もかも捨ててここで生活しましょう」


 色を見るまでもなく、おかしい。責任の塊みたいな人の言う台詞ではなかった。


「どうしたの?」


「ごめんなさい」


 謝ってマリさんは顔を手で覆い泣き始めた。

 僕には何に対して言っているのか検討もつかないので、彼女が泣き止むまであやすしかなかった。

 涙は次々と零れる状態のままだが、途切れ途切れに喋れるくらいに回復したマリさんは口を開いた。


「進矢君が死んだの」


 僕はその言葉の意味がわからなかった。完璧超人である進矢が、病気の僕より先に死ぬだって?

 冗談はよしてくださいよ、と言うつもりが顎すら動かない。

 マリさんの嗚咽から漏れた色が如実に事実だと語っていた。


「彼は一週間前からテロリストに拘束され人質になって、国との交渉材料にされたの。それが世間にわかったのが昨日の昼。そして今日、交渉が決裂して殺されたことが報じられたの」


 足元に衝撃が走る。マリさんにしがみつかれていた。

 僕はいつの間にか土間まで移動していた。無意識のうちに扉へと駆け出していたようである。

 まだ混乱している僕に向かって、マリさんは叫んだ。

 

「君が時間を巻き戻したら、私はこれまでを忘れてしまうわ。今ここにいる私が消えてしまう」


 マリさんは僕の足元から見上げるように涙や鼻水やらで汚れた顔を向けて言った。

 彼女の言葉で、繰り返しをしなければ進矢が死んだままなのだと理解した。そう、今駆けつけたところでどうにもならない。


「だったら、今の私を幸せにしてからにしてよ。どうせ戻るのだからいいじゃない。次の私は別人だし、その別人すら、君が選んでくれるとは限らないでしょ?」


 マリさんは卑怯だ。どこまでも僕への思いやりに満ちた色を魅せられたら何も言えなくなる。

 色が、彼女の一連の行動は、消えてしまう記憶を惜しんでの自己保身などではないと証明していた。

 全て僕のためなのだ。

 混乱した頭では真意はわからない。

 だが、仮にこの場で色を感じることが出来なかったとしても、彼女の優しさを疑わなかっただろう。僕らの関係はそんなに柔じゃない。

 しかし、マリさんは僕が黙っているので怒っているのだと勘違いしたのか、慌てて言葉を継いだ。


「別に私を捨てたっていいから、私に黙って、繰り返さないと約束して。これだけはしないで。別にアマネさんの所に行ったっていいし、私を物のように扱ってくれてもいい、他の全てを捨てても何も言わないから、何を命令されても喜んで従うから、これだけは誓って。お願いよ」


「わかった」


 僕はそう答えるしかなかった。マリさんを取るのか、進矢を取るのかを選ぶなど、優柔不断な人間には不可能だった。

 選ぶならどちらも叶えられる方向だ。マリさんの懇願を受け止め遂行し、それが終わったら時を戻せばいい。

 もう一度言葉にして、約束をし、僕は外に出してもらえた。



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