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第11話-移行-5/7

 僕の仮説は正しかった。前の回で目を瞑り、次に起きた時には老いた身体から、20代のものへ変わっていた。

 刺された時と比べれば楽な移行だった。

 世界の時間を巻き戻したのだ。アマネさんが死ぬ前に。

 幸運なことに、戻った日付は3月26日の朝だった。アマネさんが入院する前の日、つまり進矢と口論になることも、この回ではなくなった。

 戻ってまず僕がしたのは、データ作りだった。乙種の治療薬と祖谷の不正投薬の証拠をまとめ、その日の内に進矢へデータを送った。

 僕が送ったと発覚する心配はなかった。未来の技術を使えば、匿名性は保障されたようなものである。数十年後、真相が明らかになるかもしれないが。

 進矢とは一緒に研究していたからどう説明すれば理解できるかよくわかっていた。幸い、彼は優秀なので、一から十まで記す必要もなかったから時間の短縮になった。そして、親友ならば、この件を無事解決できると確信していた。

 実際、僕が予想していたよりスムーズに事件は解決された。

 データを送った翌日には不正投薬が発覚し、祖谷は病院からすぐ追放された。警察の方が遅いくらいで、祖谷は和多田病院を去った次の日に捕まった。

 乙種の治療薬も祖谷が逮捕されてから数日で世間に公表されたが、進矢は律儀に匿名の協力があった事も知らせた。世紀の大発見を独り占めしようとしないなんて、本当に律儀な奴だ。

 進矢の迅速な行動により、たった数日でアマネさんは救われたのだ。


5/7


 不思議なことに、彼女はまだ僕の病室にいて同居している。この件は祖谷が押し進めたものだったが、病院側も既に受理していたし、僕にも良い影響があるらしく、彼女が断らなければ続くことになった。

 そして、新たに乙種の治療薬の経過を見るという名目も加えられた。

 両方ともアマネさんは断らなかった。金銭の問題があるようだった。

 前とは過程が違ったが、何はともあれ同居することになったのだ。

 だからといって前のような進展はない。彼女は前の回と同じく、何をすればいいのかわからない、という様子であたふたしていた。

 アマネさんの所作が不自然だったのは乙種のせいだった。だが、今も前もそこまで変わらない。

 なぜなら、乙種に蝕まれた精神はすぐ回復しないからだ。失った心を育んでいかなければ色は戻らない。

 でも、もう治った。なら、待てばいい。

 待ち望んでいた日常だった。僕らは他愛のない話をし、寝て、また起きて、を繰り返した。前回のように質問攻めにされることはなかったものの、僕らの会話に固さはなくなっていた。

 まだ、アマネさんの言葉から色を感じ取れることはなかったが、時間の問題だろう。

 本当に満ち足りた日々だった。


 アマネさんの件とは別に僕の病にも変化があった。未来では、甲種の治し方こそわからなかったが、付き合い方は学んだのだ。

 この病は、人間に予め振られたパラメーターを改竄するようなものである、と僕は考えていた。つまり、人間に備わっていない能力を得る代わりに、何かを代償にしているということだ。そして、そのパラメーターは意識的に操作が可能で、ある程度ゆとりがある。なので、必要な時だけその機能にパラメーターを振れば次元の違う動きも可能となるということだ。銃弾を避ける身体能力を一時的に得た時のように。

 そのこととは関係なく、僕の病は着実に薄れていった。そのことをアマネさんを救うという役目を終えたからと、都合のいいように僕は考えていた。病と一緒で僕が医者になる必要もない。この病をどうこうしようとは思っていなかった。

 病が薄れていくというのは実感だけではない。具体的な症状の一つに、夜になると勝手に寝ることが少しずつ緩和されたというのがあった。23時が23時10分に、という風に。僕自身甲種を調べたりしなかったし、こんなことは前回も含め初めてで混乱していたので、そのことを誰にも教えなかった。

 だから、秘密の日課ができてしまった。

 行う時間は24時前後。隣にいる女性が寝静まったのを確認してから行う。包帯をずらし、たった10分だけ僕は布団に入りながらアマネさんの寝顔を見る。安らかで痛みを感じていない穏やかな顔を。

 触れたりはしない。見るだけだ。

 客観的に見れば、変態と罵られても可笑しくない行動であったが、止めようとは思わなかった。僕だけのささやかな報酬だ。

 その日は自分で目を離すことができなくてずっと見ていた。誤差という範囲では収まらないほど長い。もう、2時だ。

 しかし、そんなことはどうでもよかった。焦ることもなく、アマネさんを見ることに専念する。そうしていると、また眠りにつくだろう。

 徐々に意識が茫漠と広がってきた。

 眠りに落ちる前の浮いているような心地を壊したのは、アマネさんの端末のコール音だった。3回鳴った。

 合図のように短い。間違い電話だったのだろうか、などと思いつつ僕はとっさに目を閉じ、悟られないよう腕で顔を隠した。

 イタズラが見つかった時のように心臓が高鳴る。気付かれてしまう、と思うと一層強くなっていく。が、その気分は悪くなく、むしろ気付かれてもいいかもしれない、と考えていた。

 そんな僕の心配を余所に、アマネさんはスリッパを履いて地面を擦るように歩き外に出た。目が覚めることは誰にだって普通はある。僕には病のせいで滅多にないだけだ。そのことはわかっている。

 けれど、頭の内で悪い疑念が浮かび上がった。それは膨らむこともなく、一瞬だけ現れたから、どういうものかはわからなかった。ぼんやりと悪い予感がするようなものであった。

 そんな漠然としたものとは別に、僕の心は何かを訴えるように痛んだ。

 命令だ。すぐに寝ろ、確かめろ、逃げろ、歩け。相反する指令が頭の中を行き交い、混乱して動けなかった。そうしているうちに、一度引いた眠気が僕の意識をさらった。


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