規格外れの少年
プロローグ
「ぁいてっ」
本棚の上段に手を伸ばし、目当ての楽譜を引っ張り出したら、他のものまで顔面に降ってきた。
目の下を押さえていると、後ろから声がかかった。
「大丈夫?」
小さな手が落ちた本を差し出している。
「ああ、和巳。サンキュ」
本を受け取ると、間からペラリと一枚の紙が落ちた。
「あれ? これ、拓巳くん?」
拾い上げた和巳が、ちょっと色褪せたその紙を俺に見せた。
「あ……」
「俊くんと、祐さんと……これは?」
目に映ったのは、一枚の写真だった。
雅俊と祐司、そして俺の――。
久しぶりに目にしたその姿に、心が一気に過去へと遡っていった――。
――そいつは、ある日突然、俺の目の前に現れた。
それは比喩とか例えとかでなく、ホントにそうだったのだ。
「あっ、悪いなっ、大丈夫か?」
それがそいつの第一声だ。なんと二階の窓から、その下の通路を通り抜けようとしていた俺の上に、文字どおり降ってきやがったのだ。
ドシンッ、という鈍い音がしたあと、何が起こったかもわからず、下敷きにされた衝撃に目を回していたところに、手を差しのべながら言われたのが先のセリフだった。
「…………」
首を巡らしながら、モンクのひとつも言うかと考えていたら、そいつはさらにこう言いやがった。
「ゴメン、キレイなねーさん。オレ、じゃない、わたしは先を急いでるんだ。このワビはいつか果たすからなっ!」
そして、サッと身を翻すと駆け去っていっちまった。
なんじゃそりゃーっ!
それが正直な感想だ。
まさかそんな出会いをした相手が、自分の人生を大きく変えることになるとは思いもよらなかった……。
「ぎゃははーっ! そーんなコトがあったんだっ!」
次の週の同じ時間、同じ場所に運ばれている車の中で、雅俊に話した俺は後悔した。もとはと言えば、キサマのせいなのに。
俺の名は高橋拓巳。世間で言うところの高校生の部類だ。といっても通学はしてない。
隣でバカ笑いしているヤツは小倉雅俊。通称マース、俺たちのロックバンド〈T-ショック〉のリーダーだ。
華奢で小柄、フワフワした肩までの癖っ毛と、華やかな美少年ヅラをしているので、ファンの間では〈ロック界の天使〉だの〈キーボードの妖精〉だの言われている。が、年は俺よりひとつ上、計算高くしたたかで、俺に言わせれば人使いの荒いサタン以外の何者でもない。
こいつがわけありでファッションモデルをやってた俺に、バンドのボーカルまでやらせるので、最近は忙しくてしょうがない。でも、もう一人のメンバー、五歳年上の寡黙なギタリスト、ユージこと井ノ上祐司に、「おまえの歌はいい」とか時々ボソッと言われると、ま、いいか、なんて思う俺もいけないのかもしれない。確かに、モデルの仕事より面白いのは事実だ。
中学時代から三人でバンドを組んで今年で三年目、横浜のライブハウスを拠点に活動していたところを、評判を聞きつけたプロダクションにスカウトされ、二月にメジャーデビューした。デビューで出したCDが大当たりして、ここ二ヶ月ほどはてんてこまいだった。
五月の半ばに入って少し身辺が落ち着いたところで、雅俊が体調を崩した。かかりつけの総合病院で検査を受ける、ということで付き合わされ、そこであの事件に遭遇するハメになったのだ。それなのにコイツは……!
「いや、スゴいねそいつ。初対面でおまえのその〈衝撃の美貌〉を至近距離から目の当たりにして、出てきたセリフが『きれいなねーさん』で『先を急ぐから』って行っちゃったって? タダ者じゃないぜーっ」
突っ込むトコ、そこかよ。
〈衝撃の美貌〉とは、俺の顔を指して言うらしい。何が衝撃なのか見当もつかないが、世間一般から外れた顔だということはイヤというほど味わってきたので、今さら否定してもしょうがない。
モデルになる前までは、この顔のせいでトラブルに巻き込まれてばかりいたので、迷惑でヤなツラだと思っていた。が、俺の運命を変えたヘアスタイリスト、祐司の従兄にあたる芳弘の「その顔を武器にするんだ」という言葉と、
「おまえの美貌には、俺たちの活動を支える魔力がある。十分役に立ってるゾ」
という、雅俊の誉めてるのかけなしてるのかよくわからない考え方のお陰で、前よりは気に障らなくなってきた。鏡を見るたびにムカつかなくて済むようになったのは、正直ありがたい。
そういったもろもろのことがあるので、今日も一人で病院に行くのが苦手な雅俊に付き合っている。だから、
「あんま、笑うな」
の一言だけで済ませてやることにした。
入り口の自動ドアを通り抜けると、病院特有の消毒臭が嗅覚を刺激した。
俺も雅俊も同じような目に遭わされて、何度も病院送りにされた過去を持つので、今でもこの臭いは苦手だ。普段は自立心のカタマリのような雅俊が、弟と位置づける俺に付き添いを頼むのも、お互いそれがわかっているからだ。もっとも、二人だけだと年が若すぎるので、何かあるといつも、最後は八歳年上の芳弘のご厄介になるんだが。
(もっと早くに連絡をよこしなさいっ!)
もう何度、同じこと言わせたかなぁ……。
「じゃあ、受付は済んでいるから、直接三番窓口のほうへ行って、診察室は四番でね」
マネージャーの佐藤が俺たちに告げた。
佐藤茂信は壮年真っ只中の大柄な男で、俺たちのバンドが所属するGAプロダクツのスタッフだ。今の二代目社長に代替わりする前からの社員らしく、発言力も強くてなかなかのやり手らしい。
「僕が担当するからには、君たちのヒットは約束させてもらうよ。だからしっかり仕事に励んでくれよ」
デビュー前の俺たちにそんなセリフをぬかし、雅俊の心の中でブラックリストに入れられていた。が、今のところそのとおりになっているのでモンクは言えない。
「了解っス、佐藤サン。じゃ、またあとで」
俺たちは佐藤に背を向けると、足早にそこを離れた。ああいう大柄な中年男に至近距離で立たれるのが、俺たちは苦手なのだ。
「それで雅俊。おまえ、体調はどうなんだ。仕事はできるのか?」
今日は、このあと夕方から夜にかけて音楽番組の収録がある。
「今日は結果を聞くだけだ。よくても悪くても仕事に差し支えはない」
「悪かったら休んだほうがいいんじゃないのか? この前だってだるかったんだろ?」
「大丈夫だ。おれの薬がまたひとつ増えるだけだ」
雅俊は受け流すように答えると三番窓口に向かい、予約の診察室を確認した。
「悪いな。行ってくる」
「お互い様だ」
普段は洒落た服を着こなして自信満々でいる小悪魔のようなヤツが、表情を曇らせながら診察室のドアに手をかけるのを見ると、さすがに憎まれ口を叩く気にもなれない。
他に座る人のいない壁際の長椅子に腰を下ろすと、受付の奥から女性スタッフのものらしい押さえた口調の会話が耳に届いた。
「ねえ、知ってる? 四番の……」
「見た見た! あの一緒に来た人! ほら、この前テレビに出てた……」
「スッゴい顔ね。綺麗……」
スッゴい顔、か。
メジャーデビューしたんだから、人気が出て売れるのは-ありがたいことだ。俺たちの目標でもある。だから注目を浴びるのは仕方がないし、受け入れるのがスジだと頭ではわかっている。だがこういう場面に行き当たると、どうしようもなく心が荒れる。
それ以上、漏れてくる会話を聞く気になれず、俺は長椅子から立ち上がると、横手にあるガラスドアを開けて外の通路に出た。
通路の先に見えるのは病院の中庭、先週と変わらない、春の花が咲き乱れる花畑だった。今日は周辺には誰もおらず、何かが降ってくる気配もない。
俺は通路を抜け、屋根のついたベンチに腰かけた。目の前には淡いブルーのやや小振りの花が、膝くらいの高さで群がって咲いていた。ふわふわした淡い青の連なりを見つめているうちに、診察室の雅俊へと思考が戻った。
雅俊は成長ホルモンが安定せず、性別も未形成で不安定という、いわゆるISと呼ばれる性別だ。
どちらかといえば外見的形質は男寄りだし、本人も、
「まぁ、どっちかっつーと行動範囲が広いから、男のほうが便利かナー」
というふざけた理由で男の性を選んでいるようだが、絶えず数種類の薬やホルモン剤を飲まねばならず、常にその副作用がある。目眩、だるさ、頭痛……。今回の不調も疲れと薬に関係があるようで、種類を変えるか決めるらしい。
「ある程度背が伸びたら薬なんてやめちまうさ。おれは別に、性別なんてはっきりしてなくたっていい」
そう言って笑っているが、まだ成長期の只中にある雅俊では、あと一年は必要だろう。
俺もこの外見でロクな目に遭ってこなかったが、雅俊はそれ以上だ。それなのにデビューのとき、あいつはそれを打ち破るように自分の体のことを公表した。
「おれ、自力じゃ成長できないし、性別もビミョーなんで薬使ってまーす」
こんな発表で世間に通用するのか? と思っていたら、意外とあっさり受け入れられた。どうやら昨今の芸能人には、それを売りにしたり武器にしたりする方々が増え、お陰でその手の話題がもはや珍しくもナンともないらしい。
そんなことをつらつらと考えていたら、背中をポンッと叩かれた。
「なんだ、雅俊。終わったのか?」
早かったな、と言おうとして振り向くと、そこには――。
「やっぱり! あの時のねーさんだろ。ごめんな、ケガはなかったか?」
先週、俺の上に降ってきた、あの小僧がそこにいた!
カッターシャツにジーンズといった、俺と似たり寄ったりの服装をしたそいつは、雅俊とちょうど同じくらいの背格好で、髪はやや長めのショートといったところ。少し癖があるのか、顔や首回りで毛先がくるくる踊って跳ねていた。小作りな顔はそこそこ整っているが、年齢が判断しにくい容貌だ。十三、四歳に見えるが、もう少し上かもしれない。どことなく態度が物慣れていて中学生に見えないのだ。
俺はひと通り観察し終えると口を開いた。
「謝れ」
そいつはちょっと怯んだようだった。声の低さで自分の無礼に気がついたのかもしれない。
「今ならまだ、それで許してやる」
ところが。
「そんなに怒んないでくれよ、ねーさん。キレイな顔が台無しになるよ? やっぱりケガさせちゃったのか?」
わかってねぇ! さっぱり!
「まて小僧。俺が言ってんのはそこじゃない」
眉をひそめると、そいつは驚いたように目を見開いた。ようやくわかったかと思いきや……。
「口の悪いねーちゃんだなー。オ…わたしもヒドイけど、あんたも相当だなっ」
方向がズレている。俺はつい、声を荒らげてしまった。
「どこ見てんだコラッ。キサマの目は節穴かっ!」
「おい拓巳、なに騒いでんだよ。声が大きいぞ」
ふいに横合いから雅俊の声がした。
「場所をわきまえろよ。人目があるぜ」
雅俊が指さす通路の奥には行き交う人影がちらほら見えた。幸い、こっちを見ている者はいないようだ。
すると、目の前の小僧が雅俊に向かって声を上げた。
「あれっ、雅俊!」
「ゲッ、若砂!」
雅俊が小僧を見て驚いている。
「知り合いか?」
探るように雅俊に聞くと、そいつが今日のトドメを刺した。
「ああ、そうかっ。ねーさんここの患者さんか。そういや、オレと同じで胸、ないもんなっ!」
頭のどこかで、堪忍袋のヒモがブヂッと切れる音が聞こえ、雅俊が「やめろっ」と手を伸ばしたときには、すでに俺の拳はそいつに振り上げられていた――。
「だから、謝ってんじゃんか~」
小僧が濡れたハンカチで頭にできたタンコブを冷やしながらぼやいた。
病院のロビーの片隅でマネージャーの迎えを待ちながら、俺たち三人はこそこそと言い合いを続けていた。
「悪気はなかったんだよ~」
「…………」
無言で仏頂面の俺に雅俊が取りなした。
「まあまあ拓巳。それはホントにゴカイなだけで、若砂に悪意とかはないから。ちょっとおっちょこちょいだけど」
「ちょっと?」
俺は長椅子の真ん中に座る雅俊に向き直った。
「あれは『ちょっと』とは言わねーだろ。俺の流儀じゃケンカ売ってんのと同じだ。俺のどこに女の要素がっ!」
顔か! クソ。
「ま、そういきり立つなよ。おまえは髪もサラサラで長いし、八頭身だから、座ってたら背の高さなんてわからないさ。若砂は自分の仲間かも、って思って嬉しくなっちゃったんだよ。な?」
雅俊が椅子の反対側に目を向けると、背を丸めているそいつは、すまなそうにこっちを窺いながら頷いた。くりくりした夜色の目が、上目使いのせいでいっそう幼げになる。俺はバツが悪くなってため息を落とした。ここは、そういう患者も診る病院なのだから、初対面で間違うのは仕方ない。
――戸部若砂、高三。雅俊と同じISで、このたび女を選択することになったばかり……。
高校三年の、女――っっ?
それを聞いたとき、俺は全身の力を振り絞ってその衝撃に耐えた。こいつの前で俺に対するゴカイを非難したばかりだったので、同じことをするわけにはいかなかったのだ。
それにしても、この小僧ヅラした細っこい子どもが俺より年上の女?
……世の中、間違ってる。
「で?」
俺はこいつのことを十三、四歳の小僧と思っていたことはおくびにも出さず、今の優位な立場をキープしたままエラソーな態度で聞いた。
「雅俊。おまえとそいつのカンケーは?」
雅俊は若砂と顔を見合わせると、少しためらう素振りを見せた。
「やっぱいい。別に詮索するつもりはない」
すぐに言い直すと、若砂が口を開いた。
「オ……わたしと雅俊の母親同士が遠い親戚で、二人の元主治医がわたしの祖父の従弟だ。まぁ、親を通して紹介状が行き交った結果、似たような症例の子どもが同じ医者のもとに集まったんだな」
俺が雅俊を見ると、彼はすぐに首を横に振った。
「今は特に接点はない」
「そうか」
若砂は俺たちのやり取りを見ていたが、何も言わずに説明を続けた。
「その、わたしから見たら大叔父だかなんだかの先生は定年退職した。こう言っては母に申し訳ないが、あまり人柄のいい先生じゃなかった」
「おい、若砂」
「遠慮することはないさ雅俊。小さい頃、おまえもヤな思いしたろ?」
「そうなのか?」
俺が聞くと、雅俊はためらいがちに答えた。
「まあ……ちょっと、研究者肌だったな」
「マッドサイエンティストって言うんだよ、ああいうのはっ」
若砂が憤慨して言った。
「オレ、じゃない、わたしたちは病院通いの幼馴染みで、待合室でよく遊んでたんだ。あのマッドオヤジはわたしたちに新薬を試しちゃデータを取る以外、何もしないから、なんかヤで」
注射から逃げるために、二人でよく脱走したりしたんだよナー、と若砂は明るく笑った。俺はつい雅俊に聞いてしまった。
「まさか雅俊、おまえ主導権握られてたとか……?」
「ま、まぁな。小さかったからな」
「いくつの時の話だよ」
「……九歳くらい、かな?」
たいして小さくねーじゃんか。
俺は少し感心した。この、一見愛想が良さそうに見えて、実はかなりガードの固い雅俊が、どうもペースを牛耳られているようだ。それに俺の顔を間近に見ているにもかかわらず、そこへのリアクションがない。極めて珍しい。
「で? 今はちゃんとした先生なのか?」
雅俊の肩越しに質問を投げると、若砂は嬉しそうに答えた。
「渡辺先生はいい先生だよ。オ……わたしのことを親身になって見てくれている。雅俊はどうだ?」
「ああ、悪くない」
雅俊が頷く。それを横目に見ながら、俺はさっきから気になっていることをついでに聞いてみた。
「別に、嫌なら答えなくていいけど、なんでおまえはさっきから、〈オレ〉を〈わたし〉に言い直してるんだ? 今まではオレで通してたのか?」
途端、若砂の肩が縮こまった。雅俊も続けた。
「それ、おれもさっきから気になってた。別に今さらおれの前で変えなくても」
「もし、俺に気を使ってんだったら、気にしないで普通に喋れよ。疲れるだろ?」
すると若砂は少し目を見張り、やがて感心したようにふわっと笑った。
「あんたは、意外と気配りの人なんだな」
そしてホッとしたように肩の力を抜くと、今度は淀みない口調で言った。
「ありがとうな。つい半年ほど前までは、男でいる気満々だったもんだから……だいぶ慣れたつもりだったんだけど、あんたを前にするとなんでかうまくできないや」
俺のせいかよ。
一瞬、縦ジワが寄りそうになったが、明らかに話しやすそうな様子に気を取り直した。
「雅俊が一緒だからかな? やっぱ、楽だよな……けど、直していかないとな」
その横顔があんまり切なそうに見えたので、つい聞いてしまった。
「気が進まないのか?」
若砂は驚いた顔で俺を見た。雅俊もこっちを横目で見る。
「そんな風に見えたか?」
「あ、いや……なんとなく」
やはり今の質問は突っ込みすぎただろうか。
「悪かった」
「いや、そうでなく」
若砂は顔の前で手を左右に振った。
「オレがそう見えたなら、そのとおりなんだと思う。オレは自分が女なんだ、っていう実感がまるでない」
「……女を選ぶ、ってことは、体が変化したんだな?」
同じISである雅俊の質問に、若砂は神妙な表情で答えた。
「うん。てっきり男になるのかと思ってたのに、身長が止まったらホルモンが変わりだして、細胞検査でも卵子が機能していることがわかって……」
若砂は少し苦い顔になった。
「けど、家族ははっきりしたのが嬉しいようで、母も姉も、よかったわね、って」
「………」
「特に母さんが喜んじまって。だからオレも、ああ、これは家族には嬉しいことなんだな、って。確かに、他の患者さんの話を聞いちゃったりすると、はっきり決められるオレってゼイタク? とか思わされる。けど……」
若砂の表情が少しだけ陰った。
「なんだか家族に喜ばれたら、今までのオレじゃ困るんだ、って言われた気にもなったんだ」
「………」
少し、わかる気がした。今のこいつと、女として生きていくこいつでは、感覚にかなりのギャップがあるはずだ。それは、本人には別物に感じられるのではないだろうか。
「でも、二人と話してたら、今のオレもいいぞって言ってもらった気がしたよ。だから、ありがとな」
若砂はヒョイッと長椅子から立ち上がった。
「オレ、そろそろ行くよ。もうすぐ姉さんが帰省してくるんだ。おっかない人だから色々用意しておかないと」
「おまえ、来週も来るのか?」
雅俊の問いに、歩き出そうとしていた若砂は振り返って笑った。
「うん、多分な。雅俊は?」
「一応、来る予定」
雅俊が答えると、若砂は夜色の目をこっちに向けた。
「じゃあ、あんたも一緒か拓巳。拓巳でいいんだよな?」
いきなり名前を呼ばれて面食らう。
「あ、ああ」
「勘違いして悪かったな、拓巳。次に会ったら、オレのことは小僧じゃなくて、若砂って呼んでくれな」
若砂は振り返りもせずに自動ドアの向こうへと駆け去っていった。俺は言葉もなく、その姿が消えるのをながめていた。