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鋼の詩  作者: 銀将
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ep01:希望/絶望 [syde 和泉 優希]

もし、この世に運命というものがあるとするならば、僕の運命はきっとあの日あの時に動き出したのだ。


これはよくある恋物語。どこにでもいる男の子が、好きな女の子のために頑張るという、そこら中にありふれたお話。

それでもよければ聞いて欲しい。

惚れた腫れたが世界を救う戦場のボーイミーツガール。鉄と鋼で綴られた恋の詩を。






僕の名前は和泉 優希。今日から高校1年生なる女の子みたいな名前と顔が少しコンプレックスなごく普通の15歳男子である。

目の前には学校名が刻まれ大きな校門。さらにその奥では満開の桜の木が惜しげもなくその花びらを散らしていた。

よくあるオーソドックスな、新しい季節、年度の始まりにふさわしい光景。

目の前の校門に吸い込まれていく生徒のうちの何割かは、まだ制服を着こなしているとは言えないようなぎこちない感じで、

自分もまた周囲から同じように見えていると考えると少しおかしかった。


今日から始まる、新しい学校での、新しい生活。

さぁ気合を入れて清々しい気持ちで校門をくぐろうと思うのだが…心とは裏腹に僕の肉体はひたすらに不調を訴えていた。

「ん~、一晩立ったのにまだバキバキいってるよ……」


原因は関西某所の施設から九州への移動に使った高速バス。

値段につられて一番安いバスを選んだのが運の尽き。12時間もあの狭く固い座席の上で揺られたとなれば全身疲労も無理はないだろう。

おまけに苦手な車中泊のためか眠りが浅く、一晩たってなお睡眠不足なほどに眠気と疲れが溜まっていた。


「学校が終わったら僕、お布団と結婚するんだ」

我ながらアホらしいフラグを建てつつ人の流れに沿って昇降口へ向かう。

しかしそこであることに気づきはたと足を止める。


「あれ、そういば下駄箱ってどうしたら…」

今日は4月の17日。とっくの昔に入学式も始業式も終わっており、本来ならばオリエンテーションなども済んでいるはずなのだけど

諸事情ある"僕ら"は今日が初登校なのだ。

もしかしたら説明があったり資料をもらったりしていたのかもしれないが、引っ越し準備のばたばたと訓練からの解放感のせいで一切記憶にない。


「ねえ、ちょっと」


さてさてどうしたものかと周囲をきょろきょろ見回すが、もちろん自分の下駄箱が見つかるわけでも気軽にものを訊ける知り合いがいるわけでもない。


「ねえ、聞いてる?」


予鈴まであまり時間もないし、昇降口を通る人影も減ってきている。

とりあえず靴は手にもったまま職員室でも目指してにようかと思った瞬間――


「いいわ。これはもう喧嘩を売られているようなものよね」


突然僕の背中、それも心臓の真裏の位置に冷たいなにかがごづりと押しつけられた。


「動くな、手を挙げろ――」

背後から伝わる怒気と、背筋を震わせる冷たい声に戦慄する。

こんな朝っぱらの学校でいったい何が起きている。湧き上がる疑問と焦燥を押さえつけ、必死に冷静さを保つ。

といっても、この状況はすでに詰みに近い。狙うなら相手が油断した瞬間か、あるいは本気でこちらを殺そうと引き金を引く瞬間。

いつでも動けるよう、足に適度に力をいれ、ゆっくりと手を挙げる。


「…もし、要求があれば聞きます。それと白昼堂々の凶行はお勧めしないですよ?」


出来るだけ緊張を声にのせないよう絞り出す。


「要求?そうね、強いて言うなら二つかな」

だが相手からの返答は、こんなのは何でもないことだと言わんばかりの涼しい声で…

「一つ目は人の言うことをちゃんと聞きなさい。二つ目は人の親切を無下にしないこと」

いったいどんな無茶な要求を…って、え?


「理解できたらゆっくりとこっちを向いて?」


意味の分からない要求に混乱しつつ後ろを振り返る。


そして、そして僕は彼女に出会ったのだ。


大きな昇降口の扉と、そこから差し込む光をバックに佇む、セーラー服を身にまとう一人の少女。

後頭部のやや高い位置でまとめらた長い黒髪は春風のなかで艶やかに揺れ、アーモンド形の瞳が不敵に細められていた。

こちらに向かって突き出された右手には、右手には……


「折り畳み…傘?」


柄を伸ばした細長い状態の折り畳み傘が握られていた。

どうやら、僕が凶器だと思い込んでいたものはただの傘で、つまるところ僕は大変滑稽な姿をさらしていたということで……

これは、これは恥ずかしすぎる。穴をあったらというか掘ってでも埋まりたい気分だ。


「困ってそうだったから声かけてみたんだけど、全然反応ないからちょっと腹立っちゃってね」


どうやら彼女はきょろきょろと辺りを見回している、あからさまに慣れていない風な僕を見かね声をかけてくれたらしい。


「ごめん、知り合いもいないし僕に声をかける人なんかいないと思って」

「いいわ、言うほど怒ってる訳じゃないし。あなた防人の人でしょ?」


彼女の言う防人というのは、正式には学徒連合会所属本土防衛学徒兵士隊という長ったらしい……簡単にいうと国を守る学兵の通称である。

実際に僕はその防人なのだが。


「ついてるでしょう。それ」


何故わかったのか、という疑問が表情に表れていたのだろう。とんとん、と自分の左鎖骨のあたり指で叩く彼女。

そう言われて納得する。僕のブレザーのちょうど同じ位置。左襟には防人を表す徽章が付けられている。

配属が決まった防人に着用が義務付けられる四ツ盾に交差し絡み合う双槍を意匠化した徽章。

それを何と無く親指の腹でなぞりながら、傘をかばんにしまいつつ下駄箱に歩いていく彼女を見つつ気づく。あれ、そう言えば何も問題解決してないんじゃ。


「あ、あの~。それで僕らの下駄箱なんだけど……」


あんなことの後で気は重いけど意を決して声をかける。

しかし眉をひそめてこちらを見る現実(かのじょ)は非情である。


「あら、あれだけ人のこと無視しておい――」

「その節は本当に申し訳ありませんでしたぁ!」


間髪入れず、どころか食い気味に謝罪する僕にふ、と顔を緩める彼女。


「冗談よ、気ならさっきので晴れたし。靴脱いでついてきて。あなた達のはちょっと離れてるから」


案内するわと、そう言って笑った彼女の笑顔になぜか妙に惹きつけられた。

僕の青春は知らぬ間にどこかに行ってしまったと思っていたけど、ここでならば取り戻すことができるかもしれない。

爽やかな春風が吹きこむ昇降口で、僕は確かな予感を感じていた。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



……

………

酷い、ひどい地獄だ。最悪とはきっとこういうものを言うのだろう。


締め切られた薄暗い室内を満たすのはすすり泣きとかすかに響くうめき声。

また誰か息絶えたか自決でもしたのだろうか。むせ返るような鉄さびの匂いにアンモニア臭が混ざる。


引きちぎられた自身の腕を抱きしめ虚ろに笑うもの。地に伏し頭を抱えがたがたと震え続けるもの。

友人だったのか恋人だったのか…死んだ誰かの名前を呟き続けるもの。

無事なものなど、どこにもいない。

視線をめぐらせ奥を見ればろくに整備もされていない戦車や装備品などが目に映る。

壊れかけの兵器群と死にぞこないの僕らがいっしょくたにこの薄暗いハンガーに突っ込まれていることが、

まるでお前たちは要らないものなのだとでも言われているようで、妙に可笑しかった。


「よぉ、お前もまだ生きてたか……」


そんな僕に近づいてくるのは同い年の戦車兵で、僚機のパイロット。

ふらふらと近づいてきて僕のとなりに力尽きるように座り込む。


「や、なんとかね。それとさっきはナイスキルだったよ」

「サンキュ。……つってもまぁ、撃墜数にカウントできないのが残念だけどな」


そう言って頬を歪める彼につられて、僕もまた少し笑う。

正直こうしているだけで体が痛むのだけど、しゃべっている方が気がまぎれる分いくらかましだった。


「しょうがないよ。だってあれホラ、ゴブリンより弱いでしょ?」

「くはは、違いねえな」


どうやら僕の渾身の冗談をお気に召してもらえたらしい。痛そうに腹部を抑えながらも笑う彼にまた少しつられる。

痛みか、笑いによるものか、目尻に浮かぶ涙をぬぐいながら再度口を開く赤毛の戦友。


「なぁ、次に来るの、あのバケモノ共と憲兵どっちだと思う?」


「それはさすがに分からないけど……」

ハンガーの入り口付近に転がっている死体をなんとなく眺めながら考えるが、分かったことはどちらが来ても結果は変わらないであろうことだけ。

「踏みつぶされて死ぬか、銃殺されるかの違いくらいだよね」


と、そこで続いていた会話が途切れる。

ゆっくりと隣を見ると目をつぶって動かない彼。すわ、また一人逝ったかと思いきやかすかに胸は上下しており少し安堵する。疲労が祟ったのか、傷の痛みで気絶したのか。何にせよまだ生きていてくれるなら言うことはない。


彼からの返答が無いことを分かったうえで僕はつぶやく。

「ねぇ……君の名前、何ていうんだったっけ……」


僕らは互いの名前を呼ばない。名前を呼べば情が生まれてしまうから。

出撃の度に誰かが死んでく僕らにとって、それは少しつらすぎるから。


たしかにしたはずの自己紹介。その記憶がずいぶんと薄くなっているのは、人の精神が苦痛から逃げるための防衛反応なのだろうか。





ここは、世界で一番地獄に近い場所。

残っているのは街の残骸と見捨てられた子供たち。


僕らの終わりはすぐそこまで迫っていた。

誤字脱字のご指摘、アドバイスなどありましたぜひコメントをお願いいたします。

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