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鋼の詩  作者: 銀将
1/2

ep0:いつかどこかの戦場で

2023年、日本は――





「九州管区ヘッドコントロールより連絡。5thユニット、空域到着まで残り120秒です」


薄暗い車内に浮かぶぼんやりと浮かぶモニター。そこを流れる情報に目を通しつつ副官の報告に返答する。

「列車砲台への支援要請はどうなっていますか?」


「受理されました。肥薩第3ラインを運行中の球磨1号がこちらに急行中とのこと」

打てば響くように返ってくる答えにわずかばかり息をつく。

要請した支援は受理された。もう間もなく反撃の糸口が生まれることだろう。


「ようやくこれで一息、ってとこですかね、司令?」


指揮通信車両特有の異常にこもった空気と熱。

汗でぬるつく眼鏡の位置をなおしつつ、この車内でもなぜか涼しげな副官をたしなめる。

「そうも言ってられません。援軍が来るならばそれ相応にやらねばないこともある。それになにより……」

完全密閉装甲を貫いて響いてくる爆音と、甲高い何かの飛翔音―

その音が、なによりも雄弁に戦いが終わっていないことを告げている。

「指揮官に休む暇など、ある訳ないでしょう」


休息を求める脳にムチをくれ、カフェイン錠剤で無理やり覚醒をうながす。

矢継ぎ早に切り替わるモニターの情報をすべて頭に叩き込み、

最適解を拾い上げんと戦域マップを睨めつける。


神出鬼没な敵の増援に脅えながら、綱渡りのような勝利を拾う日々。

減り続ける物資に頭を抱え、やっとの思いでやり繰りをする日々。


これが、私の日常。

ここが、私の戦場。


「さて、行きましょうか。――反撃です」


2023年、私たちは―――







曇りない深い青は、高高度特有の空の色。

薄く輝く星の光は思ったよりも近くて、遠く流れる雲の海ははるか下方。

高度25000メートル。ワタシが世界で一番好きな場所。


『こちらソードヘッド。5th、聞こえるか?』


ひたっていた雰囲気をぶち壊すような空中管制室からの通信。

いつもなら苛立つだけのその声だけど、定時連絡の時間を外したその声にワタシは何がしかの予感を覚える。


「こちら5th。感度良好」

『熊本東部戦域で交戦中の部隊から航空支援要請が出た。5thは爆撃隊に先行し当該空域の制空権を奪取せよ』


あぁ、やっぱり。

間近に控えた帰投時間を前に、ささくれていた心が少し上向く。

まだ、もう少しだけ飛んでいられる。

そのことが何よりも嬉しい。


『座標データは表示されているな?地上の戦況は芳しくない。急行してくれ』


地上はあまり好きじゃない。

固い地面も、重苦しい重力も、機械につながれた不自由な自分の体も、どうしても好きになれない。


「了解。第五戦術ユニット【斑鳩】、定期巡回を中断しこれより指定空域の制空権を奪取する。Please control」

『幸運を祈る。You have control』


だからワタシは空が好きなのだ。

ここでなら、ワタシは身軽でいられる。嫌なものから解放されて自由でいられる。

ここでなら、ワタシは"いきて"いられる。


「Yes, I have control.――」

心が、はやる。

ちっぽけなプライドと、持てる技術のすべてを賭けて臨む対峙の場を思いつつ大きく旋回。スロットルを全開に。


「空域到達まで、概算250秒」



2023年、ワタシはどうやら――







爆音、爆音、爆音。あと、悲鳴と絶叫。

さっきから響いてくるのはそんな音ばかり。


「あぁ、なんでこうなっちゃうかな」

そもそも、そもそもだ。

一体全体なぜ自分はこんな場所にいて、こんなことをしているのか。

色々とアレだった15歳までの自分とはサヨナラして、今度こそ青春を謳歌しようと思っていたのに……


【[警文]後方より高熱源体急速接近:対象 3:迎撃推奨】

「おっと」


気を抜いたことを咎めるように出力されるアラートメッセージ。

後方を確認すれば、近接武器を振り回しつつ近づく敵性目標が3体。


振り返りざまに左右の手に構えたアサルトライフルとショットガンを発砲。

2体の敵が一瞬でずたぼろになり崩れ落ちるのを確認。残った1体へ向けて一歩踏み込み、カウンター気味にショットガンの銃剣を突き立てゼロ距離で発砲。


「目標沈黙。うん、やっぱりちゃんと動けちゃうんだよね…」

愚痴を吐こうが考え事をしようが、体は教えられたとおりに敵を殺すための動きを取っていた。

ちょっとした高校デビューと、華々しくはなくとも充実したスクールライフを夢見た少年は今、最前線にて歩行戦車を乗り回し、砲弾をばら撒き銃剣を振り回す……


「立派な兵士になっちゃいました、か。こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」

まぁこんな戦場(とこ)で愚痴っていても仕方がない。

気持ちを入れ替えつつレーダーマップを確認するに、付近の敵はだいたい掃討できたらしい。

幾分心許なくなってきた残弾を確認していると僚機からの通信が入る。


『イズミーン、聞こえるー?杭打ち丸のカートリッジきれちゃってさ、ちょっち後退したいんだけどよろしい?』


どうやら弾切れは僕だけじゃないらしい。

うん、集中力もそろそろ切れてきたしここらが退き時というやつだろう。


「了解。僕の方で司令に断りいれるから、御園さんはシュウに連絡お願いね」

小隊司令への通信をつなぎながら再度レーダーを見ると、そこには敵を駆逐しながら着実に前線を押し上げる友軍の姿が映っている。

陸自の戦車中隊が持ち直してくれたらしい。

どうやら今回の戦闘は、こちらの勝利で終われそうだ。


「和泉機よりシキツウ応答願います――」




2003年、世界は大きな転換点を迎えた。

世界各地に被害をもたらした同時多発直下型地震と、それに端を発する多くの混乱や事変。

たったの10年で世界の様相は大きく変わり、

そして現在、2025年――


世界は、日本は、そして僕らは今、

戦争をしている。

設定の変更に伴いいくつかの用語、年代を修正しました。

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