黒ガミ山地
これは俺が中学生くらいの時に体験した話なんだけど、聞いてくれるか?
ありがとう。じゃあ、とりあえず順を追って話していく。
俺は中学生の頃から父親の影響で少しばかり自転車競技をやってた…ってのはみんな知ってると思う。
その日、夜も深まってて、9時くらいだったんだけど、俺は父親と一緒にウッドデッキで自転車のタイヤを取り替える作業をしてた。
ちなみに、俺が中学の時住んでた家はかなり田舎の方で、家の裏は山になってた。勿論、フェンスで囲んであって、勝手に入ったりは出来ないんだけどな。
一軒家でウッドデッキまで付いてたんだから、そこそこ金持ちの家だったんだと思う。まあ、そんなことはいいんだ。本題へ移ろう。
父親は自転車にかなり詳しくて、その時も俺はホイールの変え方とかを教えてもらってたんだけど、ある時裏山の奥から獣の鳴き声が聞こえてきた。まあ、いつも聞こえるもんだし、「何だまたか」って感じでそん時は聞き流した。
で、父親は獣の鳴き声に気付いてなくて熱心にホイールの変え方を説明してたから、俺も集中しようと、そっちに意識を向けた。
それから三十分くらいかな。また、獣の鳴き声が聞こえたんだけど、今度はかなり近くなってて、しかも弱ってるみたいだった。上手く説明できないんだけど、犬がクゥンて鳴くだろ? あんな感じ。
その鳴き声が二分間くらいずっと聞こえるもんだから、遂には父親も裏山の方をチラリと見た。一言、「なんか動物が弱ってるみたいだな」とか言ってた。でもまあそこまで気にすることはないんだ。ウチは山に囲まれてんだから、そういうのはよくあるわけ。(イノシシがフェンスを破ってるのを見た時は流石に驚いたけど)
だからまた、さっきみたいに流そうと思ったんだけど、何故か獣の声が次第に近付いてきて、更には人の歩く足音みたいなのが聞こえるわけよ。草を掻きわけて歩いてくるような、がさがさってのがな。
俺と父親は何事かとフェンスの向こうに目をやった。いや、釘付けになってたってのが正しいかな。夜だから、向こう側は全くの暗黒なんだけど、そこから目が離せなかった。
眉間に皺を寄せつつ、「猟師か?」って父親が呟いた時に、それは暗い木々の隙間から現れた……。
それは、正に化物だった…。全身に藁を被っていて、全身真っ黒な体毛に覆われている、狼みたいな、猫みたいな、狸みたいな、狐みたいな、とにかく化物がいた。眼は真っ赤に光ってて、口元からは血が滴ってた。
驚いたのも束の間。その化物の背後から更に数十匹の同じ化物が現れた。一斉にゾロゾロと。
俺と父親は声も出なかったし、眼球も凍ったみたいに釘付けだった。変な汗が後から後から溢れてくるのに、何故か精神状態は安定してた。多分、人間って本当にヤバい時は焦らないんだと思う。
暫くすると、化物のわらわらとした動きが止まった。群れが全員揃ったみたいな感じだった。
そしたら、最初に現れた一匹が、背筋が凍るような、身の毛がよだつような悍ましく低い声でこう言った。
「ココジャナイ」
あまりの低さに、地面が揺れたのかと錯覚してしまうくらいだった。
言うと、化物達は一斉に俺達の前から姿を消した。その瞬間父親はその場に倒れ込み、俺は気を失った(と、後から聞いた)。さっきまで化物がいた場所には、首を食い千切られた狐が死んでた。
翌日。俺が住んでる地域で殺人事件が起きたって噂が流れた。殺されたのは斜向かいの家の高校生くらいの子供だった。
手足を切り裂かれたみたいに千切られて、首から上が奪われていたそうだ。警察の必死の捜索も虚しく、見付からなかったらしい。更に、少年は死ぬ間際、ノートにある言葉を残していたらしい。どうやら遺書ではないらしいが、こう書かれてあった。
「俺が黒ガミ様を怒らせてしまった。俺には必ず天罰が下る」と…。
犯人も見付からず、少年も死んでしまったために、黒ガミ様が何なのか、何故少年が天罰を受けなければいけないのかは分からないが、この前実家に帰ってみたところ、ウチの地域の名前が黒ガミ区と改名されていた。