魔王を一発殴ってくるだけの簡単なお仕事です
『ジャン・スミス、そなたに勇者の力を与えよう』
「ちょ、まっ!!? あぶねぇ!!」
熱された炉にくべた炭がパキリという音と共に崩れた時だった。
神々しい光と共に、世界の創造主たる女神様が俺の前に降臨した。
あまりに驚いたため、鉄を鍛えるために振り降ろした金槌が、降臨した女神様のご尊顔すれすれを通り過ぎたのは、決して俺のせいではない。
「も、申し訳ございません!!!女神様!」
慌てて膝をつき謝罪したものの、女神様はそんなことはお構いなしに話を進めている。金槌が顔面すれすれを通過したのにもかかわらず、驚いた顔すら見せないのは、自分の目の前に居る女神様は写し身であり本体ではないのだろうと自分の精神安定のためそう思うことにした。
『そなたに勇者の力を与えよう』
いや、女神様。その話は先ほど聞きました。茫然として聞き流そうとしましたが大事なことだから二回言いましたか!?
「そんなことをおっしゃられましても、私はただの鍛冶屋です。誰かとお間違えじゃないですか?」
ただの鍛冶職人の俺にそんな役目を振るんじゃないと叫びたくなったが、そこは一応我慢した。むしろ、勇者になってくれそうな騎士やら冒険者やら傭兵なんか、女神様がご光臨あそばして、その辺で声をかければ掃いて捨てるほどいるでしょう!
『北の地に世界の歪みの根源である魔王が生まれた。妾の勇者よ、魔王を倒し世界の歪みを正せ』
「ちょ!?」
人の話を聞かない女神様は、一方的に言いたいことを言うと光と共に姿を消してしまった。あっけに取られて、女神に誰か詳しい事情を説明してもらいたいものだが、俺はただの鍛冶屋であり、勇者ではないと心の底から叫ぼうとした瞬間、工房の扉をものすごい勢いで叩かれた。
「ジャン・スミス! そこに居るのは分かっている! 大人しく出てこい!!!」
居留守を使って、しらばっくれようかとも考えたのだが、女神様が降臨した際に金槌は手からすっぽ抜け、工房の土壁にめり込んでいる。俺が使っている金槌はドワーフが使う大きな金槌のため、さぞかし大きな音が響いたことだろう。
つまり、俺が工房に居ることは扉を叩いている人物に筒抜けになっているということだ。
何か犯罪になるような事をした覚えもなく、どうしてこうも威圧的なセリフで扉を叩くのだと、一言文句をいってやろうと思ったのだが、どこかの東国の神様ではないが天の岩戸のごとく扉を開けた瞬間、考えていた言葉が胃の中に引っ込んだ。
「貴様がジャン・スミスだな?」
扉の向こう側に居たのは、俺が見上げるほど背の高い白銀の鎧を纏った聖騎士だった。
臙脂の裏打ちのある外套を羽織っており、こりゃ変なことに巻き込まれたなぁと現実逃避をしようと思ったのだが、大分威圧的な態度で背が低い俺を見下しているように見えて心底ムカついた。
「そうですけど、聖騎士様が大勢でどんなご用件ですか?」
「大神官様が貴様を呼んでおる。はぁ、何故このような子供を連れて来いとおっしゃったのか……」
「……背が低くて悪かったな」
扉の前の聖騎士が動いた際にちらりと見えたのだが、その背後には神殿所有の馬車がおかれ、その周りには部下と思しき騎士たちが十名程並んでいた。
これは、確実に先ほどの女神様の神託関連の揉め事に違いないと思った。それに、目の前のでかくてムカつく聖騎士が外套を羽織っている時点で、大神殿所属の役持ちである可能性が高く、身長を馬鹿にされて腹は立ったが、そんな人物に喧嘩を売れるほど俺はすごい人物ではなかった。ここは年上の貫録で聞き流してやろうと思い、素直に聖騎士についていくことにした。
--------------------------------
不遜な態度の聖騎士に連れてこられたのは、王都の大神殿の最奥と言っても過言ではない場所だった。いくら王都在住とはいえ、王侯貴族ではない一般人が入って良い場所ではないだろうと言うのは、貴族とは無縁の俺でも理解できていた。俺を連行してきた騎士たちがゾロゾロと着いてきていたのだが、このきらきらしい廊下を歩くことの方が恐ろしくそんなことに気をかける余裕すらなかった。
大神官の執務室と思われる部屋に通され、その部屋の中で俺を待っていたのは頭髪の薄い初老のおっさんだった。神官服を着ていなければエロジジイ(偏見)にしか見えなかった。
神官は清貧を信条にしているんじゃなかったっけと首を傾げつつ、市民からのお布施で作られた磨き抜かれた大理石の白亜の神殿の主は、さぞかし良いものを食べているのか、腹の出っ張りが目立った。
「よくぞお越しくださいました! 当代の勇者様! 私は首都の北部大神殿の大神官を務めさせていただいております、マーレイと申します」
「は、はぁ……」
やっぱり女神様の信託関係でしたー!!
俺に握手を求めてくる神官服を着た初老のおっさん。
心の中で、面倒事はごめんだ泣きたいなどと考えつつも、場違いなところに連れてこられた緊張感からか、俺はぬっとりと汗ばんだ手をシャツで拭き握手した。
おずおず手を出すと、ガシッと思いきり握り返された。
見かけによらず力が強かった。
おっさんに握手を求められるために俺の手はあるんじゃないやい! できるなら、かわいい女の子のやぁらかい手が握りたかった!!
その執務室にも創造主たる女神様の像が飾られており、女神様の人違いの影響がこんなところにまで及んでいるとは思ってもみず、この場を放り出して逃げ出したかった。
そんな俺の心を知ってか、その場に女神様が再び降臨あそばされました。
『よく来た、妾の勇者よ』
白い布をまといながら、光と共に現れた女神様は、俺の工房兼自宅に現れた時よりも神々しさが増していた。やはり、神殿という場所は力が増すものらしく、女神様の微笑みが3割増しに見えた。
「これは、これは女神様!! 我らに、勇者を授けてくださいまして誠にありがたき……」
俺は勇者じゃなくて、ただの鍛冶職人だと言うのに、目の前のきらきらしい神官服を着た初老のおっさんは俺の話を聞こうとせず、ぺらぺらと話を始めた。
俺の事を置いてきぼりにされている感が半端ないのだが、神官のおっさんが女神様に話している話の内容を右から左に流しつつ、目の前に女神様が現れてあまつさえ微笑んでくれたとあれば、興奮するのは無理もないよなと俺はそんなことを考えていた。
「いやぁ、ジャック・スマイス様と言えば冒険者の中でもご高名な方ですからな! 女神様もこのような武勇のある方に勇者の任をお与えになるとは、流石でございます」
引き続き右から左にスルーしていたところで、無視できない内容が引っ掛かった。
俺の名前はジャン・スミスであってジャック・スマイスではない。
「……あの、人違いじゃないんですか?」
「は?」
「お、私の名前はジャン・スミスであって、ジャック・スマイスじゃないです。それに、職業は鍛冶職人で、冒険者じゃないです」
ジャック・スマイスなる人物は、俺の記憶が正しければ新進気鋭、凄腕と評判のハーフエルフの冒険者である。若手ながら最速で冒険者ギルドの最高ランクに上り詰めたらしいが、ハーフエルフの時点で本当に若手なのかと問いたいところである。
名前が若干似ているのは認めるが、武器を作る手前、少しは剣を扱えたりもするが、基本は冒険者が使う武器などを作る側であるし、俺は冒険者ギルドには登録すらしたことはない。誰の目から見ても、明らかに人違いであることは明白だった。
道理で俺を連行しにきた聖騎士が首を傾げるわけだと、思わず納得してしまった。
「いや、しかし! 女神様はおっしゃられたのだ。エルフの血を引く者で武器の扱いに長けた者。なおかつ現在王都に居る者に勇者の力を与えたとな」
「いや、その条件なら俺……、じゃねぇ。私にも当たっていますよ? 私の母親はエルフなんでハーフですし、鍛冶職人ですから武器も作りますし、王都に工房を構えていますから用事がない限り王都に居ます」
神官に説明したとおりエルフの母親が居る俺は、一応ハーフエルフに該当するのだが、父親がドワーフと人間のハーフでドワーフとのクォーターという微妙な血統でもある。
精霊に好かれ、魔道の道を究めるエルフの血の方が濃いのだが、俺は父方の祖父がこの国で特に有名な鍛冶職人だった影響もあり、鍛冶職人の道を選んだ。火の精霊と地の精霊に好かれていたため、鍛冶職人は天職であったと自負していた。
「め、女神様! こっ、これはどういうことですか!!」
まさかの女神様の人違いに慌てた神官が、でっぷりとした腹を揺らしながら女神様に詰め寄った。いきなり初老のおっさんに詰め寄られた女神様は顔をしかめつつも慌てるでないと神官を落ち着かせ、何やら考え込む様子を見せた。
『ジャン・スミス。妾の人違いですまぬことをした』
「では、私は解任ですか?」
お、まさかの勇者解任か!?
一縷の望みをかけて女神様に聞いてみた。
『いや、一度授けた勇者の力をなくすことは出来ぬ。むしろ、そこなる神官マーレイと同様、妾と波長の合う者は少ないのでな、妾はそなたを手放すのはいやじゃ』
一縷の望みが砕かれました。それよりも、女神様が俺を手放すのが嫌だと言ってくれたので、少しうれしい。
ってか、神官のおっさんはそんな大それた人物だったんだ。エロジジイっぽく見える(偏見)って思っててゴメンと、心の中で謝っておいた。
「女神様、如何なさいますか」
不安そうな表情を隠しもせず、神官のおっさんはオロオロしている。そんなに慌てられると、大神官の威厳とかそういったの全然感じられないのだけど、大丈夫だろうか。
『そなた鍛冶職人だそうだが、武器は使えるのか?』
「工房で作れる武器なら、一応は……。ハンマーとかだったら剣より得意だと思う。弓は無理だけど」
神官のおっさんを少々憐れんだ目で見ていた俺に、女神様が武器は使えるのかと聞いてきた。
一応、武器なら一通り使える。ドワーフの血が流れているせいか力だけは強いしね。
むしろ、工房ではドワーフ専用の大槌を振るっているので、それだけは自身がある。
武器の知識や扱いは父方のドワーフの爺さんから教えてもらった。作るものの扱いを知らなければ、良いものは作れないと豪語する爺さんは、その扱い方もじっくりこってりスパルタで教えてくれたため、一応普通に武器を扱うことはできた。
ただし、俺の場合、エルフが使う長弓は身長と腕の長さが足りない関係で使えない。むしろ、弓に関しては鍛冶職人にはあまり関係ないと言わんばかりに、爺さんはまるきり無視の方向だったせいもある。
『なるほどのぅ。全く戦えぬ訳ではないのは助かった。その辺りは妾の加護で何とかしよう。そなた何か希望はあるか?』
「え、いきなりそんなこと言われても困る。勇者の力っていうのは魔王を倒すだけの力なんでしょ? 俺としてはさっさと役目を終えて普通の生活に戻りたいんだけど……」
神官のおっさんが何か言いたそうに詰め寄ってきたが、女神様がそれを制した。
やべ、いきなり話を振られたから敬語とかもろもろ忘れた。口から出てしまった言葉を戻す手段はないため、やけくそとばかりに俺は普段の口調で話すことにした。
『そなたの言うとおり、勇者の力は魔王を倒すだけのもの。そなたは珍しいのぅ、役目を早く終わらせて普通の暮らしに戻りたいとな? 勇者の力を得た者は、魔王を倒しても力を失いたくないと申すものなのだが』
「むしろ、魔王倒してからそういう話をしてください。ぶっちゃけ魔王を倒せたら勇者の力はいらないです。それから、魔王を倒しに行く加護だったら、下町の喧嘩みたく魔王を一発殴って終わるようなのがいいです!」
大きすぎる力はいらない。正直そう思った。
俺の希望が今までになかった希望だったようで、女神様は面白そうに俺の話を聞いていた。
ただでさえ、手に職を持っていても商売をするにはハンデにしかならない容姿なのだ。このまま勇者とかいう他の人がとっつきにくい称号が増えても困ってしまう。
勇者という役目は降りられそうにないのだ、それだったらさっさと役目を終えてしまうに限ると思った。
『ふむ、一撃で魔王を倒すとな?』
「過去にそんな強い加護を頂いた勇者様の話は聞いたことがございませんが、可能なのですか?」
『魔王は世界の歪み。それを正すためとはいえ、妾もそれほど強大な加護を与えたことはない。本来、勇者の力は加護のあるものの経験に合わせて成長していく力。初めから巨大な力を与え、経験を積ますのは無理じゃ。巨大な力を与えればその者が第二の魔王に成りかねぬからな』
「やはり無理ですか」
『いや、方法はなくもない。力を持つ時間がなければ良いのじゃ、つまり経験を積ます期間をなくせばいい』
え、なにそれ、それってどんなデスマーチ?!
レベル1で魔王に挑めってことですか!?
一応、冒険者としてレベル20(一般的な冒険者のレベル)くらいの実力はあるけれど!?
「め、女神様?! それでは、勇者様があまりにも不憫すぎます!」
『マーレイよ。勘違いするでない。制約をつければ力を授けることはできよう』
「あぁ、なるほど。ですが、女神様。経験を積まないことが制限になりえますか?」
『ジャン・スミス。魔王を超える力を与える! 一ケ月以内に魔王に一撃を入れてこい! さすれば、魔王をサクッと倒せる上に、そなたの希望通り勇者の力も消えよう』
ちょっと待って、女神様!!
それってどんな無理難題!?
慌てる俺と神官のおっさんを尻目に、女神様は大変いいことを思いついたと言わんばかりに満足気な顔だった。
『はははは、ジャン・スミスよ。そなたの希望通りではないか! 一ケ月を過ぎれば、勇者の力に押しつぶされて儚くなるゆえ、注意するのだぞ?』
「え!? め、女神様ちょっと待って――――――――!!!!!」
期待していると誇らしげに微笑んだ女神様は、光と共に俺と神官のおっさんの前から消えてしまった。
こうして、俺は勇者としての力を手に入れ、死にたくないので魔王を目指して駆けることになったのだった。
読んでくださりありがとうございました。
年末に突然降ってきた話なので、かるい気分で書きました。
感想や評価を頂けましたら、飛び上がって喜びます。
気軽にどうぞ。