会長な日々
「ふむ……」
9月7日、穏やかな土曜日の午後……。
週休2日制を採用していないこの学校は、いわゆる半ドンになっている。
私立升風高校。
将棋大会で、3期連続県大会に出場している、強豪校だ。
まあ、スポーツの方は、さっぱりなんだけどね。
そして、その升風高校棋道会を率いる僕こそ……。
「おい、千駄、なに溜め息吐いてるんだ?」
そう、僕の名前は、千駄光成。
棋道会会長、駒桜市高校将棋連盟会長、兼、生徒会長。
三足のわらじは、正直厳しい。そろそろ引退したいと思ってるんだ。
「次期役員の推薦についてなんですが……」
「ハハハッ! そんなもんは、適当に決めとけッ!」
この豪快に笑う、恰幅のいい男性は、久世先輩。
40代だと言われても、僕は信じるね。
「先輩こそ、何を?」
「半期の会計監査に決まっとる。三宅から、領収書が届いたところだ」
「……そう言えば、そういう時期ですね」
お互いの仕事に難渋しながら、僕はもう一度メモ帳を眺めた。
会長 ぼく → 蔵持or辻
副会長 姫野の推薦次第(多分、鞘谷or横溝)
会計 三宅の推薦は田中
会計監査 慣例に従い、前会長=ぼく
「副会長の選定は、姫野さんがよろしくやってくれるとして……問題は会長です」
久世さんは帳簿に書き込みを入れながら、
「つじーんじゃダメなのか?」
とたずねた。
「つじーんが嫌がってるんですよ」
「嫌がってる? 辻姉だって、元会長なんだ。だったら姉弟で……」
「だからこそ、ですよ。この魑魅魍魎をまとめていくのが、どれだけ大変か、彼女の口から聞かされてるんでしょう。まあ、こういうことはあんまり言いたくありませんが、高校将棋連盟って言うよりは、将棋幼稚園ですからね」
「ハハハッ! 違いない。俺たちは園長先生ってわけだ」
「笑い事じゃないんですよ、先輩……来年度は……その……」
「幼稚園の中の幼稚園世代だからな。正直、連盟崩壊の危機だと思っとる」
……そうなんだよね。来年度は、結構、危ない。
だからこそ、ちゃんとした役員組織にしたいわけだけど……なんせ、つじーんの世代が谷間の世代だから、棋力で選んでも、そこまで大差がない。駒桜市立の松平くんが会員になってくれてれば、うちの会長職利権なんて、明け渡してもいいんだ。
そもそも、こんな高校生団体に、利権なんてないんだし。
「僕の構想では……蔵持会長、鞘谷副会長、田中会計、会計監査が僕、という感じですか。各校の次期主将は、まだ分かりませんが、おそらくは、駒北が津山、天堂は菅原くんが続投、市立は、女子将棋部のままなら、裏見、男子将棋部復活の奇跡があれば、松平、藤花は、棋力から言って、鞘谷……いや、副会長と主将を分離して、横溝かもしれないです」
僕がそこまで言うと、久世先輩はボールペンの動きを止めた。
相撲取りのような肩を揺らし、大きく息を吐く。
「ふぅむ……微妙だな……」
そうなんだよね。
あんまり世代論争はしたくないんだけど……今年度の、僕、姫野、三宅、久世さんの面子と比べて、明らかに実力負けしている。新役員メンバーで、個人戦優勝経験があるのは、中学3年の秋に松平くんを破ったつじーんだけ。もちろん、会計監査の僕は別だ。だけど、監査なんて名誉職だから、僕に頼られても困る。来年度は、僕も受験なんだ。
……まあ、久世さんみたいに、3年生でも来る人は来るけど。
「役員の一席は、裏見でも良かったんじゃないか? 常識人だろ?」
あぁ、それは考えたんですよ、先輩。しかし……。
「裏見さんは、学生将棋歴が短過ぎます。完全に新参状態ですからね。風の噂では、鞘谷さんと微妙に仲が悪いらしいので、ちょっと……」
「女の事情は、どこも複雑だな。剣呑、剣呑」
久世さんはニヤニヤ笑いながら、再び数字と格闘し始めた。
あんまり、笑い事でもないんですけどね。その噂によると……。
「先輩、ホームページのアップデート、終わりました」
おっと、噂をすれば、なんとやらだね。
渦中の蔵持くんが来たよ。
「蔵持くん、辻くん、お疲れ」
「先輩たちも、お仕事で大変そうですね」
あとから入って来たのは、辻くんか。
このへんの、引っ込み思案なところが、会長に推しにくい理由なんだよね。
堂々と、人の前を行く人物でないと。
もう少し性格が社交的なら、辻会長、横溝副会長で完璧なのに……。
僕は手帖を閉じて、それをポケットに仕舞う。
さすがに、候補者の前では、考えられないからね。
「じゃあ、明日は個人戦だし、将棋を指そうか」
「あ、会長、鍛えてくれるんですね。よろしくお願いします」
蔵持くんはそう言うと、辻くんとじゃんけんし始めた。
おっと、僕を舐めてもらっちゃ困るよ。
「2面指しで来なよ」
僕の台詞に、後輩ふたりは顔を見合わせる。
やれやれ、半年も付き合って、まだ僕の実力を過小評価かい。
じゃ、2面指しで、ふたりともぶっ飛ばそうか。30秒将棋でね。