88手目 拍手する少女
「2013年度、秋季団体戦、女子の部優勝、藤花女学園」
パチパチパチ。
私は手を叩きながら、ぼんやりと猿渡さんの受賞シーンを眺めていた。姫野さんじゃないんだ……最後の団体戦だから、譲ったのかしら……。
男子の部は結局、升風高校が全勝優勝。
終わってみれば、落ち着くところに落ち着いた大会。そんな印象。
「おい、裏見、大丈夫か?」
「あ……はい、何とか……すみませんでした」
私が謝ると、冴島先輩は何も言わなかった。
自分でも、負けたことについて謝っているのか、泣いて感想戦もしなかったことについて謝っているのか、分からない。放置で時間切れ負けも、サーヤには失礼だったかな。反省。
「では、全勝者の表彰に移ります」
ぜんしょうしゃ? ……何かしら?
「冴島先輩、ぜんしょうしゃって何ですか?」
「ん? ……ああ、全部の試合に出て、全部勝ってる奴だよ」
ふぅん、全勝者ってことか。今回だと5—0が必要なわけで……凄いかも……。
千駄会長に代わり、甘田さんが司会を引き受ける。
「はいはい、全勝者を発表するよん」
あいかわらず陽気な甘田さんの台詞に、冴島先輩は舌打ちをした。
「投了したときは、死にそうな顔してたくせによ」
まあまあ……そう言わずに……。
「秋の全勝者は、駒桜市立高校、2年生、駒込歩美さん、駒桜北高校、2年生、幸田進くん、藤花女学園、2年生、姫野咲耶さん、天堂高校、2年生、菅原道真くん、升風高校、2年生、千駄光成くん、同校1年生、辻竜馬くん。以上、6名だよ」
名前を読み上げた甘田さんは、会場に向けて一言。
「今回は多いね」
甘田さんの台詞に合わせて、会場内がざわつく。
「ほんとだよ。四天王の互助会じゃないか」
「ま、強豪に当たらないのも、実力のうちってことよ」
「上に固まってたから、絶対にカードができると思ったけどな……」
……そっか。この6人は、お互いに当たってないわけよね。当たってたら、どっちが一方が負けで、全勝が不可能になっちゃう。
うーん、四天王候補同士は、だーれも対戦してないってことか。
ちょっと、ズルくない?
「秋は、2年生が牽制し合いましたね」
っと、辻くんの登場です。
「つじーん、全勝、おめでと」
私が賛辞を述べると、つじーんはちょっとだけ嬉しそうな顔をする。
くぅ! 私なんか、2勝3敗よッ! このシスコンめッ!
「ま、今回は姫野さんたちが上に固まりましたし、4〜5番席は楽でしたよ。横溝さんだって、3勝してますしね」
……そう言えば、数江先輩も、5番席で1勝してるのよね。
逆に、2番席で出た八千代先輩は、全敗だし……そんなもんか。
私が納得していると、後ろに2人の少女が現れた。
「悪かったなぁ、つじーん。4番席がヌルくてよぉ」
「それって……私みたいなのが、3勝もしちゃいけないってこと……?」
「え……あ……そのですね……そういう意味では……」
はい、口は災いの元。つじーん、御愁傷様。
冴島先輩とヨッシーに絡まれた辻くんを他所に、表彰は続く。
「全勝者には、千円分の図書カードがプレゼントされます。駒込さんからどうぞ」
名前を呼ばれた人たちが、ぞろぞろと前に出る。
会長、歩美先輩、姫野さん、菅原さん、スネ夫くん、つじーん……。
な、何気に凄い面子かも……つじーんが場違いなくらい凄い……。
「駒込さん、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
駒込さんは、無表情に一礼する。
「じゃ、恒例のコメントをよろしくぅ」
なんか、お笑い番組の司会みたいになってるんですが……。
歩美先輩はみんなに向き直ると、両腕を組んで一言。
「あの面子だと、全勝して当然かな、と思います」
また、反感を買うようなことを……。
後ろの方から、軽い舌打ちが聞こえた。対戦相手でしょうね。
「幸田くん、おめでとうございます」
「ありがとう。……今回は、新人王との試合が、一番白熱したかな」
幸田さんはそう言って、前髪をかきあげ、私にウィンクした。
ム・カ・つ・くッ! 敗者を名指し禁止ッ!
「姫野さん、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
うーん、姫野さんは、仕草がほんとに奇麗。
ただ、女子にしては背が高過ぎて、受け取り方が変な感じになってるけど。
「コメントをどうぞ」
「そうですわね……個人的な勝ち負けも大切ですが、チーム全体に貢献できたことが、一番の喜びかと思います。これもチームメイトの方々のおかげですので、この場を借りて、御礼申し上げますわ」
か、完璧……決して奢らない、その謙虚さ……。
歩美先輩に、ぜひ爪の垢を。
「菅原くん、おめでとうございます」
「おぅ、サンキュ」
菅原先輩は、片手でカードを受け取ると、他の全勝者へと向き直った。
「全勝できたのはいいんだがよ……おまえら、何で俺を避けるんだ? うちは5人しかいないんだから、3番席は俺で確定だろ。分かっててズラしやがったな?」
わお……いきなり啖呵を切ってる……。
菅原先輩は、「俺より強い奴に会いに行く」タイプですか。
まあ、天堂はチーム全敗してるし、ちょっと退屈よね。
「たまたまだよ、たまたま」
スネ夫くんはカードをひらひらさせながら、そう嘯いた。
「なぁにが『たまたま』だ、このキザ野郎」
「はいはい、喧嘩はあとでね」
あとでもダメです。
仲裁に入られた菅原先輩は、ニット帽をズラしながら、軽く床を小突いた。
「まあ、いい。来年度は捨神の野郎が来るし、今回と同じようなら、痛い目見せてやるぜ。覚悟しろよなぁ」
菅原先輩の台詞に、場内がざわつく。
「おいおい……天堂は来年、捨神入りかよ……」
「って言うかあいつ、高校に受かるのか?」
「天堂は名前書きゃ受かるって噂だし、ありえるんじゃね?」
すてがみ? ……誰? 有名な人っぽいけど……。
雑談は続く。
「そういや、葛城はどこなんだ?」
「葛城は升風らしいぞ」
「まじかぁ、ふたばちゃーん、うちに来てくれよぉ。愛してるぜ」
「洒落になってないから止めろ……」
……そっか、そろそろ、1年生の新戦力を考える時期なんだ。
まだ2学期だけど、今年度はオフシーズンに突入。3年生は本格的に受験勉強で、私たちも期末考査……なんか気が滅入ってきた。勉強しないと。
「はいはい、静粛に。まだ表彰中だよ。……千駄くん、おめでとうございます」
「ありがとう。……僕の言いたいことは、姫野さんがだいたい言ってくれた感じです。初日は厳しい戦いが続いたのですが、それにもかかわらず優勝できたのは、チームメイトのおかげだと思ってますね。あらためて感謝します」
会長は、挨拶し慣れてるわねぇ。さすが。
「最後に、辻くん、おめでとうございます」
「ありがとうございます。……えー、1年生では、僕だけが全勝ということで、上級生の層の厚さを、再認識させられたわけですが……来年度は、僕たちの世代が主力ですので、他の同学年のみなさんと一緒に、頑張っていきたいと思います。これからも、よろしくお願い致します」
っと、これは……同級生に発破をかけつつ、上級生に対する挑戦状ですか。
つじーんったら、涼しい顔して、意外と熱血タイプね。
表彰も終わり、幸田さん、菅原さん、辻くんは、人混みに戻った。
「おーい、俺も4—0なんだから、なんかくれぇ」
情けない声を上げたのは、のほほんとした目の細い男子だった。
……誰? 駒北の制服着てるけど。
「藤井、何で初戦だけ出なかったんだ?」
と森さん。森さんは、最終戦も出たのかしら?
「こんなに当たりがヌルいとは思わなくて、控えに回りました……とほほ」
あらら、残念。
ま、仮に初戦に出てたら、そこで負けてたかもしれないわけで、たらればよね。
「それじゃ、来年度の新役員を紹介するよん」
おっと、もう役員交代ですか。
「千駄会長、続きはよろ」
甘田さんは後ろに引っ込んで、千駄会長に司会を譲った。
会長はコホンと咳払いして、それから爽やかに先を続ける。
「さて、今年度の役員および幹事のみなさん、お疲れさまでした。春の個人戦から、秋の団体戦まで、無事終えることができたのも、みなさんの協力の賜物かと思います。一般の会員にも、お礼を言いたいと思います。至らなかった点も多いかと思いますが、そのあたりは平にご容赦願います。……では、新役員候補を紹介します。まず、僕が会長の後継として推薦するのは、升風の1年生、蔵持冬馬くんです」
会長に名指しされたくららんは、照れくさそうに前に出た。
「えー、蔵持と言います。千駄会長から、まさかの推薦ということで……本当は、将棋の強い辻くんとかの方がいいと思うんですが……とりあえず、精一杯頑張ろうと思います。よろしくお願いします」
んー、何か、頼りない印象……。
というか、挨拶で別の人の名前を挙げちゃダメでしょ、常識的に考えて。
「次に、副会長の推薦ですが……姫野さん、どうぞ」
あ、姫野さんが副会長なんだ……初めて知ったかも。
男女混合戦会議のとき、来てなかったわよね?
もしかして、ただの名誉職とか?
姫野さんは、おしとやかに佇み、その薄い唇を動かす。
「わたくしからも、役員および一般会員のみなさまに、御礼申し上げます。夏はわたくしが多忙のため、会議など欠席が続いてしまい、ご迷惑をお掛けしたことも、お詫び致します。それでは、わたくしの後継者ですが……藤花女学園の、鞘谷涼子さんを推薦させていただきます。鞘谷さん、前へどうぞ」
「はいッ!」
元気よく挨拶したサーヤは、軽快な足取りで前に出た。
「鞘谷涼子と言います。姫野副会長から、推薦をいただきました。蔵持会長を陰ながらに支えて行きたいと思いますので、よろしくお願い致します」
あのさぁ……サーヤが支えるのは、連盟であって、くららん個人ではないわけで……公私混同が、いきなり炸裂してますね……。
「ふむ……鞘谷さんを推すか、横溝さんを推すかで、迷ったのですが……」
ととと、びっくりした。猿渡さんじゃないですか。
面接は、大丈夫だったんですかね?
「猿渡さんは、大学から直接いらしたんですか?」
「あ、やはりその情報、漏れていましたか。……その通りです」
そっか……ほんとに真面目ね……。
私が感心する中、姫野さんが先を続ける。
「では、次に会計および会計監査を……会計監査は、皆様ご存知の通り、前会長が就任する慣例になっておりますので、千駄さんが候補となります。会計の方は……わたくしが申し上げてよろしいと? 分かりました。会計は、清心の田中広典さんが、現会計の三宅さんより、推薦を受けております。田中さん、どうぞ」
あ、田中くん何だ。これは意外かも。
田中くんは少し緊張した面持ちで前に出ると、深々と直角に一礼した。
「三宅先輩から推薦を受けました、田中と言います。所信表明として、公正な会計に務めたいと思いますので、よろしくお願いします」
田中くんは、もう一度頭を下げて、それから鞘谷さんの横に並ぶ。
「では、この候補者の顔ぶれでよろしいか、拍手をお願い致します」
会場内が、拍手に包まれる。
出ました。拍手投票。よく考えたら、メチャクチャ適当なシステムね。
「……ありがとうございます。賛成多数により、可決されました」
姫野さんは一礼して、運営の隅っこへと引いた。
再び、千駄会長が前に出る。
「役員の正式な交代は、12月9日、月曜日。例年通り、県大会最終日の翌日とします。新役員の初仕事も、例年と同じく、4市対抗オールスター戦のメンバー発表およびその監督です。詳細は、連盟ホームページにて。以上。解散」
もう一度拍手が起こり、場はお開きとなった。
私は手を叩きながら、ぼんやりと天井を見上げる。
天窓から見える青空につられて、私の胸にぽっかりと穴が空いてしまったような、そんな気分になる、日曜の午後だった。
【2013年度秋季団体戦 総合結果発表】
《作者あとがき》
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。秋の団体戦も終わり、いよいよ新年度への準備です。執筆予定としては、まずクリスマス編、新年編、バレンタインデー編と続き、そこから新入生編への繋がりを構想中です。1年生の新キャラも、どんどん出て来ますので、楽しみにしていただければ、幸いです。
なお、前回は誤ってまえがきに棋譜を貼ってしまい、大変申し訳ございませんでした。実は最近体調が悪く、集中力切れが多いので、更新ペースを落としたいと思います。具体的には2〜3日に1回ペースになると思いますので、ご了承ください。
これからも、よろしくお願い致します^^