表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第13局 なんだか秋の団体戦(2日目・2013年11月10日日曜)
94/295

87手目 霞んでいく少女

挿絵(By みてみん)


 ぐッ……打って来たか……。

 放置可能? 6一馬、8九飛成、7一馬……すぐに寄りはないっぽい……。6一馬じゃなくて、6一飛と打つ手もありそう。あるいは7二飛とか……以下、8九飛成、7一飛成……うッ、相手の囲いが、意外と堅いかも。そこから4三馬と切っても、すぐには寄らないわ。こっちは陣地の下がスカスカだから、3九角ぐらいから寄っちゃいそう……。

 ってことは、受けないといけないのか。5九桂ね。

 私は10秒ほど残して、桂馬を打つ。時間切れに気をつけないと。

 だけど、ここで5六銀が、厳しいか……3四桂は5七銀成、同金に5九飛成があるから、いっそのこと同金と取って、同歩、6八銀と、飛車を弾く?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 以下、8九飛成、6九歩と打って(3四桂は5七金とされて、同銀、同歩成、同金、5九龍で崩壊)、相手の攻めを遅くするとか。

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリッ!

 

挿絵(By みてみん)


 4五歩? これは……あッ……。

 私は色を失う。げ、激痛……4五歩は激痛……。同歩、同桂が、金銀両当たり。でも、取らずに6一馬とすれば……3五角ッ!? しまったッ! 逃げ道ができてるッ!

 5三歩成、同角、同馬、同金として、敢えて角馬交換に出る? 7五角と打って、自陣に利かせつつ、5三角成を狙う。サーヤは4三金寄で、私は3四桂か7一飛……。

 ピッ。あうちッ! 5三歩成ッ!

 私が歩を成ると、サーヤは59秒まで考えて、同角。

 くぅ、チェスクロテクニックの差が、もろ出ちゃってるじゃないッ! 同馬ッ!

 同金、7五角、4三金寄。私は少し迷ったあと、7一に飛車を下ろした。6一は、4六歩と取り込まれたときに、2七銀、同玉、7二角の王手飛車取りがありそう。

「うッ……3四桂が……」

 そう、次に3四桂が、お返しの激痛よ。放置なら、2二桂成、同玉(サーヤはこの取り方しかできないわ)、3四銀と露骨に打つか、あるいは3四歩、同金、4三銀で終わり。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 やっぱり、穴熊ほどは堅くなかったわね、この陣形。

 あとは、サーヤに攻防の妙手があるかどうかだけど……。

 4一歩とも4二歩ともできないから、ガード不能になってない?

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリッ!


挿絵(By みてみん)


 4六歩? 攻めてきた? 速度計算では、こっちが速いように思うけど……。例えば3四桂、4五桂、2二桂成、同玉、3四銀。これが次に、3一角成、同金、2三銀打、1三玉、3一龍を狙ってるから、受けないといけないわけで……。

 まさか、罠があるの? でも、王手飛車は、7一飛で回避してるし……。

 私は考え込んだ。まずい。疑心暗鬼になっている。私の勝ちのはず……。

 ピッ。3四桂ッ!

 私が桂馬を打ち込むと、サーヤはノータイムで4五桂と跳ねてくる。

 もしかしてこれが、受けの手になってるとか? 桂馬がいなくなった効果で……いや、むしろ寄り易くなってるでしょ。3四銀、同金、同歩のとき、今度はもろに3三金と打ち込む筋があるわよ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 だから、これは……間違え頼みの桂跳ねのはず……。

 ということは、私が間違えさえしなければ……勝ちッ! 2二桂成ッ!

 サーヤは59秒考えて同玉。私は3四に銀を打ち込んで、54秒でチェスクロを押した。4二金引と逃げたら、4五銀で桂馬を抜いて安全勝ち。飛車の横利きが封鎖されてるから、紛れる筋は多くない。気をつけないといけないのは、角打ちで駒を抜かれることだけね。

 サーヤは苦しそうに59秒まで考えて、3七桂成とした。

 

挿絵(By みてみん)


 そっちか……まあ、5七桂成は、間に合いそうにないわよね。同玉しかないけど、先を読んでおきましょう。同玉、5四角、4五歩……いや、5四角は詰めろじゃないから、4三銀成として、先に詰めろを掛ければいいわよね。同角、3四桂と追い打ちを掛けて、同角、同歩のとき、私の王様は安泰。サーヤの持ち駒は、桂馬2枚、銀3枚で、偏り過ぎだから、金を渡さなければ勝ちで、渡す機会もない、と。7九の飛車が、予想以上に働いてないわ。一方、3四歩は、3一角成、同金、同玉、3二銀、同玉、3三金、4一玉、4二金打までの詰めろ。

 私は成桂を慎重に払い、駒台へと移す。次に受けの手がなければ、3一角成、同金、2三銀打、1三玉、3一龍の詰めろ。ほぼ必至。

 ……ん、4七歩成、同玉、4二歩があるか。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 そっか、4五桂〜3七桂成は、4七歩成を王手にするためなんだ。

 見落としてたけど、致命傷にはなってないわね。4三銀成として……。

 ピッ、ピッ、ピーッ! パシリッ!

 

挿絵(By みてみん)


 ふえ? 歩の叩き? 同玉で王手飛車が……かからないか。

 危ない、危ない。6一飛車と打たなくて、ほんとに良かったわ。同玉……4四桂? 4五玉(3七玉は3六銀、2八玉、2七銀打、2九玉に3七歩が詰めろ)、3六角、5五玉、5四金、4六玉……げッ! 7六飛成があるッ!

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 ひ、紐付きとは言え、まさかの王手角取り……この筋は、考えてなかった……。

 と、というか、3六角じゃなくて、2七角よ……以下、5五玉、5四金、4六玉のとき、3六角成で詰んじゃう。4四桂に4五玉とせず、最初から4六玉は、7六飛成、6六歩、2八角、3七桂、同角成、同玉、3六銀、4六玉と逃げたとき、7六龍が詰めろ。同飛成とできなくて負けだわ。

 取れない……この歩は取れないわ……王様を逃げないと……。

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリッ!


挿絵(By みてみん)


 私は、3七角の王手が掛からない方へと逃げた。代えて3八玉は、3七銀で……あ、でもそこで2七玉があったか。時間がない上にパニクってて、よく分かんなかったわ。

 でも、こっちの方が安全なはずよ。以下、4九角、3八桂(3六玉は4四桂から、さっきと同じことになっちゃう)、3七銀、4三銀成。これで上部が開拓できて、3八角成とされても、3六玉以下、脱出できるんじゃないかしら。封鎖しようと4三同金なら、3一飛成から一気に詰み。

 よし、3六歩が意表だったけど、これで何とか……。

 私が読みを確認する中、4九角が打たれた。私は軽く頷いて、3八桂。

 サーヤは、また1分の考慮時間を使い始める。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ん? サーヤの目の色が変わった?

 私の陣を睨んでるけど……私の王様は詰まない……必至も……。

「そっかぁ……」

 サーヤは盤から顔を上げて、不敵な笑みを浮かべる。

「お互いに、これが見えてなかったみたいね」

「はい?」

 サーヤは角に人差し指を添え、ずるずると5八の金を弾いた。

 

挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あッ……これが詰めろッ……3七金、1八玉、2七銀、1七玉、2八銀打まで……。金があれば、詰みになってる……。

 動揺で、頭の中が真っ白になる。つ、詰めろの解除は? ……持ち駒に歩しかない。解除不能……2五歩と伸ばしても、3七歩成、同玉、3六銀からの並べ詰み……。

 ピッ。こ、駒を補充しないと受けられないッ! 3一角成ッ!

 私は敵陣に飛び込んで、銀を補充した。同金に2八銀と……受けになってないッ!? 3七銀が詰めろで、サーヤの王様には詰めろが掛かってないわ……4三銀成としても、2八銀成から、こっちが詰まされちゃう……。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 い、いや、まだ諦めるのは早いわ。3七銀に5八金がある。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これで詰めろが解除されて……る? 2八銀成、3六玉……。

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

「くッ!」

 パシリッ!

 私は本当にギリギリのところで、チェスクロを押した。2八銀だ。

 サーヤはノータイムで3七銀。私は5八金と、馬を消す。

 続きを考えないと……2八銀成に同玉は詰むから(3七金、1七玉、3九角、1八玉、2八角成まで)、3六玉。そこで2七角、4六玉、5六金……詰んで……る。

香子(きょうこ)ちゃん……決着はついたみたいね……」

 サーヤは10秒残して、2八銀成とした。

 

挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 本当に簡単な詰みだ。

 2八銀成、3六玉、2七角、4六玉、5六金、3七玉、3八角成、3六玉、2七馬まで。

 ってことは、3六歩で寄って……た……。

 完全な……速度計算間違い……あるいは……寄せ間違い……。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! プッ

「……香子ちゃん……時間……切れたわよ?」

「あ……はい……負け……ました」

「……ありがとうございました」

 あたりは、しんとしていた。

 いつの間にかギャラリーが集まり、彼らも一様に、押し黙っていた。

 向かい側には、姫野(ひめの)さん、甘田(かんだ)さん、横溝(よこみぞ)さん、それに知らない女の子が3人(多分、木下(きのした)さん、戸辺(とべ)さん、杉本(すぎもと)さん)と、いつの間にか会場に来ていた猿渡(さわたり)さん。

 猿渡さん、面接からわざわざ来てたんだ……そっか……。

 私は、思考がぐちゃぐちゃになる。猿渡さんのことなんか、本当はどうでもいいのに、そんなことしか考えられなかった。

 私は後ろを振り返る。歩美(あゆみ)先輩を筆頭に、冴島(さえじま)先輩、数江(かずえ)先輩、八千代(やちよ)先輩、志保(しほ)部長、それと……松平(まつだいら)もいる。

「あの……チームの……勝敗は……?」

 私が震える声で尋ねると、みんな顔を見合わせ、それから数江先輩が唇を動かす。

「ダメだった……かな」

「香子ちゃん、負けるときでも、指さずに時間切れはマナー違反よ」

駒込(こまごめ)ッ! てめえはちょっと黙ってろッ!」

「まあ、こういうこともありますので……気になさらずに……」

「お疲れさまです。結果は……2—3でした」

 八千代先輩の台詞で、私は盤面に向き直る。

 そっか……負けたんだ……。

「う……うぅ……」

「きょ、香子ちゃん……?」

鞘谷(さやたに)さん……わたくしたちは、先に控えテーブルへ戻りましょう」

 霞んだ視界の向こうに、姫野さんたちの姿は消えた。

 どうしよう……涙が止まらない……。

場所:2013年度秋季団体戦最終戦

先手:裏見 香子

後手:鞘谷 涼子

戦型:先手藤井システムvs後手ミレニアム


▲7六歩 △8四歩 ▲6六歩 △3四歩 ▲6八飛 △6二銀

▲7八銀 △4二玉 ▲3八銀 △3二玉 ▲1六歩 △1四歩

▲4八玉 △5四歩 ▲6七銀 △5二金右 ▲5八金左 △8五歩

▲7七角 △4四角 ▲3九玉 △3三桂 ▲4六歩 △5三角

▲2八玉 △4四歩 ▲5六歩 △2一玉 ▲6五歩 △5一銀

▲8八飛 △4三金 ▲4七金 △4二銀右 ▲3六歩 △3二金

▲3七桂 △2二銀 ▲2六歩 △9四歩 ▲9六歩 △3一銀右

▲6六銀 △7四歩 ▲5五歩 △同 歩 ▲同 銀 △5四歩

▲6六銀 △2四歩 ▲5七銀 △8六歩 ▲同 歩 △7五歩

▲同 歩 △同 角 ▲6八角 △7二飛 ▲5二歩 △4二角

▲5六銀 △5二飛 ▲7七角 △7二飛 ▲5八飛 △7五角

▲7六歩 △9三角 ▲5二歩 △同 飛 ▲6四歩 △同 歩

▲9五歩 △7三桂 ▲9四歩 △7一角 ▲9三歩成 △6五桂

▲6六角 △3五歩 ▲同 歩 △7八歩 ▲同 飛 △5五歩

▲同 銀 △5七桂成 ▲同 金 △3六歩 ▲5三歩 △同 飛

▲5四歩 △5二飛 ▲4七金 △3七歩成 ▲同 銀 △5六歩

▲5八飛 △6五歩 ▲7五角 △6三桂 ▲5三角成 △5五桂

▲5六金 △4七桂成 ▲5二馬 △5八成桂 ▲同 金 △5五歩

▲5七金引 △7九飛 ▲5九桂 △4五歩 ▲5三歩成 △同 角

▲同 馬 △同 金 ▲7五角 △4三金寄 ▲7一飛 △4六歩

▲3四桂 △4五桂 ▲2二桂成 △同 玉 ▲3四銀 △3七桂成

▲同 玉 △3六歩 ▲2七玉 △4九角 ▲3八桂 △5八角成

▲3一角成 △同 金 ▲2八銀 △3七銀 ▲5八金 △2八銀成


まで138手で鞘谷の勝ち

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=454038494&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ