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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第13局 なんだか秋の団体戦(2日目・2013年11月10日日曜)
93/295

86手目 捻り合う少女

 ……ここで5二歩、同飛、6四歩は、どうかしら?

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 6三の地点には何も利いてないから、当然に同歩。そこで9五歩と端攻めを敢行すれば、同歩、同香、8二角、9一香成、同角、9八飛、9三歩、9五飛。これが6筋、5筋を全面防御してて、以下、7三角、7五飛に5五歩と突けないわ。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 うん、これがいいんじゃないかしら。手筋っぽいし、5二歩。

 サーヤは30秒ほど考えて同飛。私は間髪入れずに、6四歩と突いた。サーヤもほぼノータイムで同歩。読んでいたのか、それとも取るしかないから、読んでたフリをしたのか。

 ……9五歩。私は端の歩を突いた。

「端か……」

 そうそう、端ですよ。

 この発言だと、そこまで深くは読んでないっぽいわね。

 サーヤの考慮時間に合わせて、私は同歩以下を読む。

 3分後、サーヤは端歩を取らずに、7三桂と跳ねてきた。


挿絵(By みてみん)


 ふむ……取りませんでしたか……。

 行きがかり、9四歩と取り込むしかないけど……9四歩、7一角、9三歩成、6五桂までは、進みそうね。これが角当たりだから、6六角と逃げて……玉頭戦になりそう? 例えば3五歩、同歩、5五歩、同銀……続かないかな。

 もうちょっと、中盤の捻り合いになりそうかしら。

 じゃあ、9四歩として、様子を見ていきましょう。9四歩。

 私が歩を取り込むと、7一角、9三歩成、6五桂、6六角まで、ぱたぱたと進んだ。私が角を逃げたところで、サーヤは再び長考に入る。残り時間は、私が11分、サーヤが……15分か。逆転しちゃったわね。端の攻防でごちゃごちゃ考え過ぎたかも。反省。

 6五に桂馬がいるから、5五歩の合わせが効かないのよね。同歩、同銀、5七歩。これで完全に止まっちゃってるわ。7一に角がいるから、4四銀とも出れないし…点。

 むしろ、サーヤの手に乗って、次に7五角とでもしてみる?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 単純だけど、これが厳しいかも。次にあからさまな6六歩があるし、かと言って、これを防ぐには、すぐさま攻撃を開始するしかないわ。そこでサーヤに手がなければ、桂馬を取り切って勝ち。

 うん、この路線でいきましょう。7五角以下を掘り下げまして……。

 

 パシリ

 

 あうち、指しましたか。どれどれ……。

 

挿絵(By みてみん)


 うッ……攻めて来た……。

 3五歩、同歩……攻めは細いはずよ。同歩。

 私が歩を取ると、サーヤは持ち駒の歩に手を伸ばす。

 いきなり3六歩? そう思った矢先、その歩は別のところに打たれた。

 

挿絵(By みてみん)


 ん? この歩は……私の5二歩と、似たような手だけど……。おそらく、同飛で5筋を薄くさせて、5五歩、同銀、5六歩の、垂れ歩作戦かしら? そのとき5六金は、3六歩と打たれてダメって言うシナリオだと思う。

 でもでも、5六歩を同金とせずに、5八歩で受かってないかしら? 以下、後手はすることがなくなって、7五角か、あるいは9二ととかを容認せざるをえないような……。

 うーん、サーヤとしては、それでも指せるってことなんでしょうね。だったら、敵のよく分からない囲いは、そこそこ堅いと思った方がいいかも。

 まあ、取らないと7九歩成で、サーヤの方が速くなっちゃうし、同飛。

 私は歩を払って、チェスクロを押す。さっきの局面を見る限り、サーヤは玉頭戦に勝負を賭けて、私はそれをかいくぐりながら飛車を捌く展開になりそうだ。玉頭戦になれば、後手玉の深さが活きてしまう。薄そうなサイドから攻めたい。

 サーヤは、さらに2分ほど念入りに読んで、5五歩と突いてきた。これは私の読み通り。即座に同銀として、5六歩を待つ。

「ミレニアムの堅さを信じるしかないわね……」

 ん? なんか言った?

 私がぽかんとしている中、サーヤは桂馬を摘み、それを5七に成り込んだ。

 

挿絵(By みてみん)


 なッ! け、桂馬捨てッ!?

 同角は5五飛だから、同金……あ、そっかッ! そこで3六歩ッ!

 ……でも、見落としってほどじゃないはず。桂馬を捨ててるんだから、3六歩の代償は十分取れてるわ。びびらせないでよね、もう。

 とりあえず、3六歩は放置して(というか放置せざるをえなくて)、飛車の利きを止めるために5三歩、同飛、5四歩、5二飛。そこで一旦、4七金と戻り、3七歩成を催促。後手も当然に歩を成って、同銀。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 ここまでは、だいたい合ってるはず。

 問題は、次よ。……サーヤの手が分からないわ。この囲い、どこから攻めるのがセオリーなの? 第一感はサイドなんだけど、私の飛車はまだ成り込めそうにない。じゃあ、どこからいく? 4筋? 3筋? 2筋? それとも、実は穴熊と一緒で、端攻めに弱いとか?

 ……なんか、最後の最後まで、情報不足に苦しめられてるわね。んー、これじゃ、サーヤの対策にハマっちゃってる感じがする。終盤に時間を残して、そのへんをじっくり考えられるようにしておきましょう。残り時間は、私が9分、サーヤが7分。さっきの長考で、また逆転してるから。

 同金、3六歩、5三歩、同飛、5四歩、5二飛、4七金、3七歩成、同銀。

 お互いに時間を気にしているのか、局面は、アッと言う間に進んだ。

 サーヤはそこで1分考えて、5六歩。

 

挿絵(By みてみん)


 なるほど、5八歩が打てなくなったから、5六歩が利く、と。

 ただ、このシーンだと、同金でもいい……ことはないか。美濃の金がそこに離れて、勝てるイメージが湧かないのよね。何かと目標にされそうだし。むしろ、5八飛と寄って、歩を取り切っちゃう方がいいと思う。以下、6五歩、7五角……はダメか。6三桂で、両取りを喰らっちゃう。4八角と引いて、5七桂と重く封鎖。3八金、5四金、同銀、同飛は……私の方が悪いかな。角と飛車が、ほとんど死に体だわ。

 でも、そのタイミングに合わせて、3四歩があるか。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これは、どうなの?

 ちょっと、勝ちにく過ぎるような……4九銀の割り打ちもあるし……。

 私は、長考に沈む。ここで悪いってことは、ないと願いたいけど……。

 ん? 待ってよ、さっきの局面、7五角はありじゃない? 6三桂、5三角成、同金、同歩成、同角、5四銀、8六角、5三歩。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 飛車を避けたら、6三銀成と補充して、6七角、3四桂と突っ込んで行けば、飛車角交換になっても、金銀の差で圧倒できる気がする。4三の金さえ剥がしちゃえば、3四の地点が無防備だから、そこを集中攻撃しましょう。

 オッケー、5八飛ッ!

 私は堂々と飛車を回り、サーヤに攻めを催促した。

 6五歩に7五角と出た瞬間、サーヤの表情が変わる。

「ん、それは……」

 サーヤは30秒ほど考えて、6三桂。私は5三角成とする。

「あッ……そっか……」

 どうだッ! これが香子(きょうこ)ちゃん流よッ!

 私が胸を張る中、サーヤは動揺を隠しきれずに、長考に入った。

 これは焦ってますね。盤に覆い被さってるし。

 だけど、油断は禁物。私も合わせて読む。とりあえず、同金、同歩成、同角あるいは同飛なわけだけど、同飛は5四歩、5二飛で、さらに一手稼げるわ。3四桂以下、大攻勢に出て勝てそう。だから同角、5四歩、8六角と、手に乗って指してくるはず。そこで……あ、8八飛があるじゃない。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 こうすれば楽に勝て……ない?

 8五歩の粘りがあるか……8七歩じゃ思うつぼだし……。

「うらっしゃあッ!」

 ッ!?

 会場にいた人々が、一斉にこちらを振り向く。

 わ、私じゃないわよッ!

駒桜(こまざくら)市立(いちりつ)の選手、対局中は静かにしてください」

「す、すまねぇ……つい……」

 え? え? 冴島先輩の身に何が?

 私は自分の対局も忘れて、4番席を覗き込む。

 ……もう勝ってるッ! ぼこぼこにしてるじゃないですかッ!

 こ、これは、マジで県大会が見えてきたかも……くぅ……緊張……。

 私は、サーヤをちら見する。さっきより顔色が悪いわね。

 甘田(かんだ)さんが負けて、動揺気味か。

 ……と、こんなこと考えてる場合じゃないわ。集中、集中。

「うぅ……分からない……」

 呻き声を漏らすサーヤ。

 やっぱり、6三桂が軽率だったと思う。

 両取りだからって、いきなり飛びついたのが……。

「閃いたッ!」

 ッ!?

 私の驚きを他所に、サーヤは6三の桂馬に指を伸ばす。

「こうよッ!」


挿絵(By みてみん)


 は? 飛車取りと角取りを放置? そんなことしたら……。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あッ……ああッ……ああああッ!?

 こ、こんな手がッ! しまったッ! 完全に見落としてたッ!

 ご、5二馬も7一馬も、4七桂成で終わってるッ!


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 2枚換え……違うわ……最低でも3枚換えよ……。5二馬、4七桂成、5六飛、3七成桂は3枚換え。かと言って、飛車を逃げなきゃ5八成桂だし……。

 背筋が冷たくなる中、私は踏ん張って応手を読む。

 5二馬、4七桂成、5三歩成は、飛車の方を取らずに3七成桂、同玉、5三角。以下、同馬、同金は、駒割りが飛桂と金銀銀の交換。これは……勝ちにくいと思う。後手は金銀7枚持ってる上に、5六に拠点が残っちゃってるわ。5六飛なんてしたら、6七角が飛車金両取りになって、ほぼ終了。私の陣形は、飛車の打ち込みに耐えられない……。

 落ち着け、裏見香子。要するに、4七桂成とされるから、いけないのよ。4八か5六に金を逃げましょう。4八金引、5七銀打の追撃は面倒だから、5六金、6七銀、5二馬、5八銀不成、同金として、駒の損得なし。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 サーヤは5五の桂馬の処置に困るはず。

 私は逆に、6一馬あるいは3四桂の明確な狙いがあるわ。

 オッケー、焦っちゃダメ。5六金ッ!

「ぐッ……」

 サーヤは私の金上がりを見て、軽く呻いた。

 6七銀としてくるか、あるいは……。私はサーヤの応手を待つ。

 候補手が多過ぎて、サーヤの残り時間では、読み切れそうにない。もちろん、状況は私も同じだ。単に4七桂成もあるし、あるいは5三角、同歩成、同飛と、手を戻すのもありかもしれない。以下、5五金に6七角の切り返し。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これも、相当嫌な筋だ。5四歩、5八角成は、速度で先手が勝てない。

 あぁ……好転はしてないみたいね……潰れてもないけど……。

 ピッ。サーヤの持ち時間がなくなった。ここから彼女は、1分将棋。

「6七銀は、攻め駒が足りない……こっちよ」

 4七桂成……くぅ、成って来ましたか。

 5九飛と逃げるのは、3七成桂、同玉、5三角で、はっきり駒損。だから5二馬で、ほぼ決まり。問題は、5八成桂、同金に、サーヤが何をするかだ。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 単純に考えると、飛車を下ろしたくなるわよね。7九飛とか。

 こっちは5四に歩がいるから、5九桂とかじゃないと、受けられない。以下、8九飛成、3四桂(5三歩成は同角で、働いてない角が動き出しちゃう)……ここで、2三銀ってするの? この囲い、攻め方も分からないけど、受け方も分からないわ……まずい……。

 ピッ。あうち、私も1分将棋。とりあえず、考えをまとめると、5二馬、3七成桂、同玉までは確定で、サーヤが飛車を打ってきたら、一回5九桂と受けたあと、もう一枚の桂馬で3四を狙う。2三銀なら6一馬で角を殺しに行く手を見ましょう。

 よし。整理完了よ。5二馬。

 私は飛車を取り、とりあえず大駒を手に入れた。

 サーヤは59秒まで考えて、5八成桂、同金。

 さあ、ここよ。いったい何を……。

 息を呑んで待つ私に、その答えが示される。

 

挿絵(By みてみん)


 うわぁ……いかにも手筋って感じの手が飛んできたわ……。終盤に入ったし、サーヤもそろそろ本領発揮ね。中盤のリードを挽回されたのは痛い。

 でも、諦めないわよ。

 5三歩成、5六歩の攻め合いは勝てないから、同金か5七金引の二択。同金はさらに6六歩と伸ばして、陣形を乱してきそうね。6一馬、6七歩成、同金は……勝てないか……無視して7一馬、5八とは、もう寄っちゃってる感じだし……。

 守りの金を上がるのは悪手ね。5七金として、5六銀の露骨な攻めには、取らずに6一馬か3四桂。5七銀成、同金、7九飛に7一馬として、馬を頼りに入玉……できない? できないかも。

 え? だけど、このふたつくらいしか、手がないような……。

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

「くッ!」

 パシリ。私は5七金と引いた。

 チェスクロを確認する。……セーフ。時間切れしてないわ。

 これで時間切れ負けはアホだから、注意しましょう。

「引いたわね……」

 何か文句ありますか? かかってきなさいッ!

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