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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第13局 なんだか秋の団体戦(2日目・2013年11月10日日曜)
92/295

85手目 知識不足な少女

 最前列のテーブル席。

 いよいよ最終戦だ。

 気合いを入れるメンバーの前に現れたのは、姫野(ひめの)さんだった。

猿渡(さわたり)部長がいらっしゃらないので、代わりに失礼致します」

 姫野さんの挨拶に、私以外の部員は目を見合わせる。

 結局、会館裏で聞いた話は、伝えてないのよね。

 アンフェアだし、伝えたところで、オーダーに影響はないから。

「それでは、オーダーを交換してください」

 運営の指示と同時に、姫野さんは志保(しほ)部長に先を譲った。

 年上ということもあるのか、部長もすぐにオーダーを読み上げる。

「駒桜、1番席、副将、駒込(こまごめ)です」

「藤花、1番席、副将、木下(きのした)です」

 1番席が決まった途端、歩美(あゆみ)先輩は少し残念そうな顔をした。

 部長と冴島(さえじま)先輩は、めちゃくちゃホッとしてますね……。

「2番席、三将、傍目(はため)です」

「2番席、三将、姫野(ひめの)です」

 ここは捨て試合……上ふたりは、○●で確定か……。

「3番席、四将、裏見(うらみ)です」

「3番席、五将、鞘谷(さやたに)です」

「4番席、五将、冴島です」

「4番席、七将、甘田(かんだ)です」

「5番席、六将、木原(きはら)です」

「5番席、八将、横溝(よこみぞ)です」

 オーダー交換が終わり、お互いにボールペンで記入を済ませる。

「ばっちしだな」

 と冴島先輩。やる気十分ね。

 対して甘田さんは、少し顔色が悪そう。

 んー、上がり性だったのは、意外。普段のおふざけは、案外に豆腐メンタルを誤摩化すためなんじゃ……あるいは、相手を見下せば見下すほど強いタイプとか?

「駒込、裏見、オレで3勝。これで県大会進出だ」

「えー、私も忘れちゃダメだよ」

「木原が勝ちゃ、もっと楽になるから、頑張れよ」

「頑張るよ」

 ほんと、冗談抜きで頑張って欲しいけど……相手がヨッシーなのよね。

 ヨッシーは藤女(ふじじょ)レギュラーでは一番弱いから、万が一のことも……いえ、そういう期待は捨てておきましょう。私と歩美先輩、冴島先輩が勝って3—2。これしかないわ。歩美先輩勝ちは鉄板だから、要するに私と冴島先輩……。

「先輩、頑張りましょう」

「おぅ、任せときな」

 私たちはそれぞれの席につく。

 サーヤは先に来ていた。

「よろしく」

「……」

 くぅ! また無視ですかいッ!

 いい加減に、私が蔵持(くらもち)くん狙ってるとかいう妄信止めるッ!

 ……それとも、最終戦で緊張してるとか?

 対策が何なのか、知りようがないのよね。

 ぶっつけ本番ッ! いっちょ、やったろうじゃないのッ!

「では、振り駒をお願いします」

 指示を受けた歩美先輩は、譲りもせずに歩を集めて、それを放った。

「駒桜、奇数先」

「藤花、偶数先」

 よっしゃッ! 今日は連続で先手ッ!

 穴熊戦だと一手が重要だから、これは大きいかも。

 正直、サーヤの対策って、穴熊のことだと思うんだけど、違うかしら?

 ……会場が静まり返る。心地よい緊張感。

 男子の方は、若干ダレてるかな。升風(ますかぜ)優勝で、ほぼ決まりだし。

「……時間になりましたので、対局を開始してください」

「よろしくお願いしますッ!」

 私の元気な挨拶と同時に、サーヤはチェスクロを押した。

 さすがに、対局開始の挨拶はしたわね。じゃ、7六歩。

 8四歩、6六歩(相居飛車に誘導してるけど無視)、3四歩、6八飛。


挿絵(By みてみん)


 なんだかんだで勝率のいい四間飛車を採用します。

 8四歩からの角換わり誘導が秘策なら、この段階で不発よ。

 6二銀、7八銀、4二玉、3八銀、3二玉、1六歩。4回戦とほぼ同じね。

 私がそんなことを考えていると、1四歩が突かれた。端を受けましたか。4八玉。スネ夫くんと同じ手には引っかからないから、覚悟しなさい。

 5四歩、6七銀、5二金右、5八金左、8五歩、7七角……4四角ッ!?

 

挿絵(By みてみん)


 ??? 何これ?

 5五角の間違い……なわけないわよね。そもそも、この段階で5五角と出たって、意味がないし。高美濃を強要できるわけでもないのに。

 ……あんまり考えないことにしましょ。時間を使わせる作戦かもしれない。

 3九玉。私がチェスクロを押した途端、とんでもない手が飛んできた。

 

挿絵(By みてみん)


 ……はぁ? これが対策なの? どういうこと?

 こんな形、見たことがないわ。読んだ本にも載ってなかったような……。

 奇襲戦法? 舐められたもんね。かかってきなさいッ!

 とりあえず角の頭を苛めるわよ。4六歩ッ!

 香子(きょうこ)ちゃん迫真の歩突きに、サーヤは5三角。そうそう、5五角、4七金の強要は、以下3六歩〜3七桂から、桂馬を苛められるもんね。2八玉と入りまして……4四歩ですか。5筋も3筋も、頭の丸い駒ばかり。圧迫しましょう。5六歩ッ!

「香子ちゃんって、おじいちゃんに将棋を教えてもらったんでしょ?」

 ……は? 何でいきなり話し掛けてきますかね、この子は。

「そうだけど、それがどうかしたの?」

「じゃあ、こういうのを教えてもらったことある?」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「うふふ、知らないみたいね」

 サーヤちゃんの挑発もスルーするほど、私は動揺していた。

 何これ……意味が分からない……。そもそも、2一に王様を囲われるなんて、人生で初めてかも……いや、間違いなく初めてなわけで……。

 サーヤのオリジナル? その可能性もあるけど……。

 と、とりあえず、6五歩と角道を開けて、プレッシャーを掛けましょう。6五歩、5一銀(この使い方も初見)、8八飛、4三金、4七金、4二銀右、3六歩、3二金。

 

挿絵(By みてみん)


 えぇ……後手の狙いが見えないわ……。ここから米長玉ってわけじゃないでしょうし、桂馬を跳ねちゃってるから、穴熊への組み替えは不可能。ただ、穴熊にしないなら、そこまで堅くならないはずだし、何とか……3七桂。

 私の桂跳ねを見て、サーヤは2二銀と上がる。そこに銀?

 2六歩、9四歩、9六歩、3一銀右……。

 

挿絵(By みてみん)


 あぁッ! こ、こういう囲いなんだッ!

 もう組み替えられないはずだから、これが完成形。狙いはおそらく、桂跳ねで藤井システムを牽制してから、持久戦模様に持っていくことね。

 狙いが分かれば、怖くないわ。そんなに堅くなさそうだし。6六銀ッ!

 サーヤは手筋の7四歩。私は5五歩、同歩、同銀、5四歩、6六銀として、一歩を確保。サーヤは2四歩と、王様の懐を広げた。いやはや、局面が飽和してきたわね。難しい。8筋は完全な見合いになってるから……5七銀〜5六銀と立て直しますか。ただ、5七銀の瞬間に、8六歩、同歩、7五歩の仕掛けが見えてるのよね。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 同歩、同角で、6六銀とぶつける手には、7六歩から技を掛けるか、あるいは単に5三角と戻って、手得+一歩入手よね。7六歩は7五銀、7七歩成、同桂……どっちも手が難しいかな。6七角から7六角成とされたら、急に忙しくなっちゃう。ただ、この角は、8五角、同角成、同歩と消せるし、そのときに歩が前に出てるから、先手がいいかも。

 問題は、後者。6六銀、5三角、7六歩。これは、私が一手も指さないうちに、後手だけ7筋の歩を切ったのと一緒。要するに、凄い手得ね。そこからもう一度5七銀〜5六銀が、間に合うかどうか……んー、厳しいか。

 むしろ、香子ちゃん好みは、7五角に6八角と引いて、次に7八飛を狙う手。後手は当然に7二飛だけど、そこで7八飛と寄らずに(寄ると5七角成、7二飛成、6八馬で、こっちが敗勢)、5二歩とか、どう?

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 同飛なら、そこで7八飛。後手が7二飛と戻ったら、6六銀が必殺。同角に7二飛成で、私の大優勢。だから、5二歩には同飛とせずに……4二角かしら? 5三角は5一歩成があるから、深く引くしかないわよね。このとき、7筋には成り込む隙がないのがポイント。5六銀と立って、8七歩には9八飛と寄って安泰。以下、8二飛、7八飛、8六飛(歩切れだから7三歩と受けられない)、7一飛成。

 

挿絵(By みてみん)


(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 これは先手優勢ね。次に5一歩成があるもの。

 オッケー、この進行なら、5二歩を採用しましょ。

 私は5七銀と引き、8六歩を誘う。サーヤも長考に入った。

 ……ん、何か視線を感じるわね。

 私が振り返ると……まーた、松平(まつだいら)がいるし。

 松平は呆れる私に、親指でガッツポーズを作ってみせる。あのさ、そういうサイン出すと不正だと思われるから、止めなさい。あと、荷物番は? 私は不安になって、控えテーブルを覗き込む。……ちょッ! 部長に荷物番させてるしッ! ……まあ、部長も何か書き物してて忙しそうだし、いいのかしら。

 私は盤面に向き直り、将棋に集中する。

「これで悪くないと思うけど……」

 サーヤは3分ほど考えて、8六歩と突いた。

 さてさて、サーヤがどこまで読んだか、お手並み拝見。同歩、7五歩、同歩。

 以下、同角、6八角(サーヤ、一瞬手が止まる)、7二飛に、5二歩と打つ。

 その瞬間、彼女の顔色が変わった。

「そ、そんな手が……」

 あらら、3分間が無駄になっちゃったわね。

 おそらく、6六銀とぶつける変化を読んだんでしょうけど、そうは問屋が卸しません。私はサーヤが読み直しているのに合わせて、さらに先を読む。

 4二角、5六銀のあとは、多分5二飛。この歩を払わないと、後手不利だと思う。そこで私が何を指すかなんだけど……一番いいのは、そのまま5八飛と回る手なのよね。問題は、今だと6八の角が邪魔で、反則になっちゃうこと。だから、先に7七角を入れて、7二飛、5八飛。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 狙いは単純で、次に5五歩、同歩、同銀の侵攻。こうなったら、後手はもう止められないから、何か手を打ってくるはず。5八飛のあとに……7五角とか? 放置して5五歩だと、同歩、同銀、5四歩、同銀に5七歩。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これでダメ……でもない? 4三銀成、5八歩成、3二成銀、同銀(見たことない囲いだから、どれで取るのか分かんないわ)、5八金。駒割りは……飛車金交換か。やっぱりダメだわ。却下。5四同銀のところで4四銀も、似たような展開ね。

 7五角には、きちんと対処しましょう。例えば……。

 

 パシリ

 

 あうち、このタイミングで指しますか。予想通りの4二角。

 5六銀、5二飛(8七歩はスルーしたわね)、7七角。

 再びサーヤの手が止まる。うーん、読み抜けのようですね。合宿と個人戦のときにも感じたんだけど……サーヤは、中盤の捻り合いに弱いと思う。終盤はそこそこだけど、大局観がおかしいというか……何というか……。

 あ、別に嫌みで言ってるわけじゃないわよ。

 さて続きを読みまして……7五角には十中八九気付くから、きちんと7六歩。4二角と戻るのは、今度こそ5五歩で潰れ。だから角は……9三?

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 すぐさま9五歩と仕掛けたくなるわよね。

 同歩、同香、8二角、9一香成、同角、9八飛。この進行は、先手勝ち……でもないか。9三歩と打たれて、9五飛としても、効果が薄い気がする。5二飛、8五飛、8二香、8三香(9二歩?)、同香、同飛成、5五歩。意外と反撃が厳しいわね。

 私が9三角の対応に四苦八苦する中、7五角が指された。残り時間は、私が24分、サーヤが19分。サーヤは、読み抜けが響いてるわね。とりあえず、9三角とするかどうか、対応を訊きますか。指されなきゃ、考える必要もないわけだし。7六歩。

 私が歩を置くと、さすがにサーヤもノータイムで角を逃げた。9三だ。オッケー、そこに逃げるわけね。9五歩以下を読み直しましょう。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 んー、思わしくないわね。5五歩からの反撃が厳しいわ。例えば、9五歩、同歩、同香、8二角、9一香成、同角、9八飛、9三歩、9五飛、5二飛、9二歩。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 以下、8二角は8五飛だから、7三角、7五飛、5五歩、6七銀(同銀は同角で銀損)、5六歩。ちょっとありえない展開かな。相手の陣形が、どれだけ堅いのか、いまいちピンとこないのよね。高美濃より弱いなら、7三飛成と飛車角交換して何とかなるのかもしれないけど……。

 うむむ……まさに知識不足。歩美先輩の言う通りだわ、悔しいけど。

 9五歩で戦果が上がらないなら、飛車は5筋に固定。ひとつだけ気掛かりなのは、このままだと7六飛と走られちゃうことね。7六飛〜7二飛を繰り返されると、こっちは完全に歩切れ。逆に7六歩と打たれて、バランスが崩壊しちゃう。

 何かいい手、ないかしら?

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