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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第13局 なんだか秋の団体戦(2日目・2013年11月10日日曜)
88/295

81手目 裏をかかれる少女

 大会2日目。

 残り試合もわずかとなり、会場は緊迫の空気に……ってわけでもないのよね。そのへん、切り替えがうまいと言うか、何と言うか。4回戦の組み合わせは、升風(ますかぜ)vs藤女(ふじじょ)駒桜(こまざくら)vs駒北(こまきた)天堂(てんどう)vs清心(せいしん)なんだから、重要なフェイズだと思うんだけど。優勝の芽がない天堂と清心だって、最下位決定戦なわけだし。

 それにもかかわらず、会場では10秒将棋やおしゃべりに興じる人ばかり。

 緊張してる私だけ、場違いな感じだわ。

香子(きょうこ)ちゃん、緊張してる?」

 どこからともなく、歩美(あゆみ)先輩の声が聞こえてきた。

 振り返ると、腕組みをした先輩が、背後で仁王立ちしていた。

「え……まあ、ちょっとは……」

「……そう」

 先輩は、全然緊張してないんですね。

 個人戦の決勝で姫野(ひめの)さんと当たったときと、大違いだわ。

「ところで、オーダーはうまくいきそうなんですか?」

 私は気分を和らげるため、話題を逸らした。

「ま、オーダーなんて、当たるも八卦、当たらぬも八卦よ。スネ夫の考えまでは、さすがに読み取れないから。一応、証拠固めの最中」

 証拠固め?

 スネ夫先輩を、逮捕でもするんですかね?

 訝る私の視界に、八千代(やちよ)先輩が現れた。

 何か、こそこそしてるけど……いったい……。

 八千代先輩は、私たちのそばに来ると、小声で話し始めた。

「見て来ました」

「どうだった?」

(もり)さんは、やはり来ていません」

 ……あ、そういう……駒北(こまきた)の控えテーブルを偵察してたんだ。うーん、そこまでやりますか。確かに、2日目に来ないって保証は、なかったけど、それでも……。

「オッケー、こちらの予想通りになりそうね」

 歩美先輩はそう呟いてから、私に視線を戻す。

「ただ、気をつけて。オーダーがうまくいっても、即座に勝ちってわけじゃないから。あくまでも、当て馬対決は、こっちが有利ってだけの話よ。気分的には、レギュラー陣が全勝で望んだ方がいいと思う。レギュラー3人が勝てば、それで3勝なんだから」

 うん、その方がいいわよね。

 他が勝ってくれるだろうって読みは、ちょっと危険だわ。

 私が頷き返したのとほぼ同時に、前列から声が聞こえた。

「えー、それではオーダー交換の時間になりましたので、お願いします」

 散らばる部員たち。

 私たちも志保(しほ)部長を追って、3列目の長机に向かう。

 初日にオーダー表はチェックしてあるからか、人集りは少なかった。

「よろしくお願いします」

 部長は腰を下ろし、先に来ていたスネ夫……もとい幸田(こうだ)さんに挨拶する。

「こちらこそ、よろしく」

 あいかわらず、笑い方が嫌みったらしいわね。

 部長がオーダー表を広げ、スネ夫先輩もそれに続く。

「どちらが先に?」

「駒北からで結構ですよ」

 おっと、譲りましたか。まあ、特に意味はないと思うけど。

 このへんが、部長の人柄よね。

 スネ夫先輩は意味深に眉を上げ、それから口の端を釣り上げた。

「では……駒北、1番席、大将、森です」

「……」

 辺りが一瞬だけしんとなり、それから小さなざわめきが起こった。

 部長は困惑したような顔で、ごにょごにょと唇を動かす。

「森くんですか?」

「3年生の大川(おおかわ)さんなら、顔見知りだと思いますが?」

 いや……そういう意味じゃないでしょ……。

 こいつ、わざと……。

「こ、駒桜、1番席、大将、大川です」

「2番席、副将、鈴本(すずもと)です」

「に、2番席、駒込(こまごめ)です」

「副将ですね?」

「あ、そうです。……失礼しました」

 部長、取り乱しちゃダメですよ。

「3番席、三将、藤井(ふじい)です」

「3番席、三将、傍目(はため)です」

 え、え、え、え? これって……まさか……。

「4番席、四将、裏見(うらみ)です」

「4番席、四将……」

 その瞬間、スネ夫くんは、ちらりとこちらを見た。

幸田(こうだ)です」

 嘘……捕まっちゃった……。

「5番席、五将、冴島(さえじま)です」

「5番席、八将、津山(つやま)です」

 私は思わず列から飛び出して、駒北のオーダー表を覗き込んだ。


挿絵(By みてみん)


 なッ!? な、何よ、これッ! 予想と全然違うじゃないッ!

 周囲のざわめきは、収まるどころか、だんだん激しくなってきた。

 そして、冴島先輩の怒声が響く。

「おいッ! スネ夫ッ! 不在者を試合に出すのは、規約違反だぞッ!」

 冴島先輩の迫力に押されたのは、むしろギャラリーの方だった。

 野次馬が静かになった一方で、幸田さんは涼し気に肩をすくめてみせる。

「知ってるよ」

「だったら、この時点でうちの不戦勝だッ!」

(まどか)くん、規約はちゃんと読まないとダメだよ。『対局開始時点で、対局者が対局会場内にいなかった場合は、急病などの理由がない限り、相手方チームの不戦勝とする』だろう。オーダー交換時じゃないよ」

「じゃあ、森さんをここに連れて来てみろッ! 全然見かけねぇぞッ!」

「それはね……と、失礼」

 携帯の音。

 幸田さんはポケットに手を突っ込み、キザっぽく前髪をかきあげる。

「はい、幸田です……あ、森さんですか。ええ、オーダー交換が終了したところです。対局は間もなく始まりますので、急いでください。それでは……」

 ボタンを押し、通話が途切れる。

「な、何だ、今の電話は?」

「何って、森さんからの電話に決まってるだろ。会館前のバス停に着いたらしいよ」

「なッ!?」

 冴島先輩は、軽く青ざめた。

「そんなにうまくバスが着くわけないだろッ!」

「着いたものは、しょうがないだろう。だいたい、森さんは、受験で忙しいんだよ。今回の団体戦だって、『2日目だけなら行ってやる』と言われたくらいだからね」

 嘘よ……受験云々、2日目云々は本当かもしれないけど、わざわざ遅刻してくる理由がないもの。バスが到着したって言うのは口実で、もっと早くから、そのへんの喫茶店に潜伏してたに決まってるわ。でないと、こんな都合のいい話が……。

「スネ夫、騙したなッ!」

「騙した? ……そもそも、森さんがうちの控えテーブルにいないことを、何で知ってたんだい? スパイでもしたのかな?」

「そ、それは……」

 どもる冴島先輩。

 こ……これはまずいわ……突っ込みが的確過ぎる……だって、「うちに有利なオーダーを作るため、森さんがいないかどうか偵察してました」としか、言いようがないから……。

 だけど、怒りの収まらない冴島先輩は、拳を振り上げた。

 暴力ダメ! 絶対ッ!

「こんなのはムチャクチャだッ! 訴えるぞッ!」

「運営にかい? 出るとこ出ても、いいんだよ?」

「てめぇ!」

「こら、そこッ!」

 ああ、これは例の展開だわ……。

 全員が振り返ると、そこには千駄(せんだ)会長が立っていた。

 ちょ、ちょっと怒ってますね……。

「駒北と駒桜は、何を怒鳴り合ってるんだ? トラブルでもあったのか?」

「……」

 当事者が誰も返事をしないので、野次馬のひとりが、会長に耳打ちする。

「現時点でいない選手が出てる? ……幸田くん、それは本当かい?」

 幸田さんは、さっきよりもおとなしくなり、首を縦に振った。

「現時点では、だよ」

「対局には間に合うんだろうね? あと5分で開始だよ」

「それはもちろん……」

「幸田先輩、森さんがいらっしゃいました」

 そばかす顔の少年が、スネ夫くんにそう告げた。

 ギャラリーの視線は、自然と森さんを探し始める。

 も、森さんの顔知らない……。

 私が戸惑っていると、正面玄関から、眼鏡の痩せこけた人が入ってきた。

 な、何か、骸骨みたいなんですが……でも、こっちに近付いて……。

「いや、遅れてすまない」

 ようやく聞き取れそうな声で、その人はスネ夫くんに話し掛けた。

「森さん、お忙しいところ、ありがとうございます」

「全くだよ。俺を引っ張り出すからには、勝算があるんだろうね?」

 森さんは、やや厳し目の表情で、スネ夫くんを見下ろした。

 スネ夫くんは、笑みを浮かべ、前髪をかきあげる。

「僕次第……ですかね」

 その気取った返答に、森さんはにやりと笑う。

「ふん、あいかわらずだな。……せいぜい、事故らんでくれよ」

 森さんはそう言って、今度は志保部長に顔を向ける。

「大川さん、久しぶり」

「は、はい……お久しぶりです……」

「お互いに大変だね。受験生の身なのに狩り出されて」

「そ、そうですね……」

 あ、この人、志保部長が推薦入試って知らないんだ。

 まあ、推薦入試組も、そのへんは言い出しにくいわよね。

 森さんはオーダーを覗き込み、ぼそりと呟く。

「……ほぉ、大川さんと俺か。最近指してないし、お手柔らかに」

 森さんはそのまま鞄を下ろし、1番席についた。

 確か森さんは……前主将? 棋力は分からないけど、強豪のはず……。

「はめられましたね。1—2スタートです」

 後ろで、八千代先輩が、そう囁いた。

 や、やっぱり。八千代先輩の相手も、確か2連勝してるし、苦しいわ。

 要するに、1番席から3番席までは、●○●で、ほぼ確定……。

「それでは、間もなく対局を開始しますので、着席してください」

 運営の声。これは……もうどうしようもないわね。

 私は諦めて、4番席へと向かう。

「裏見さん」

 ん? 名前を呼ばれた?

 振り返ると、ぴったりと後ろに八千代先輩が立っていた。

 ……あ、そっか3番席だから、私の隣だわ。

「何ですか?」

「冴島さんにも言いましたが、頭に血を昇らせないでください。駒北がやっていることは、完全に合法です。相手方チームに、誰が不在かを告げる義務はありませんし、対局者がオーダー交換までに来ないといけないというルールもありません。そもそも、オーダーで有利に立とうとしたのは、うちも同じです。駒北だけ非難はできません」

 ……ですね。何と言う説得力。

「駒北の作戦は、裏見さんと冴島さんのどちらかで拾うというものでしょうが、本命は裏見さんの方だと思います。そのために、幸田さんが自分から当たりに来たのです」

 うぅ……それは暗に、勝てって言ってますよね……。

「観る専のアドバイスですが、少しでもお役に立てれば幸いです」

「いえ……どうもありがとうございます」

 私は礼を述べて、4番席に座る。

 幸田さんは、先に着席して、櫛で髪型をセットしていた。

 うぅ……八千代先輩が正しいのは分かるけど……むかつくッ!

「おや、どうかしたかい、お嬢さん?」

 何がお嬢さんよッ! このツンツン頭野郎ッ!

「……何でもありません」

「そう緊張しないでくれよ。いくら僕が、2年生四天王の一角だからってね」

 ……はあ? 何を言ってるんでしょうか、この人は。

 私が呆れていると、何と2番席から、歩美先輩が割り込んできた。

「ちょっと、あんたは四天王に入ってないでしょ?」

 幸田さんは、櫛を胸ポケットに片付けながら、返事をする。

「いやいや、入ってるよ。千駄、姫野、僕、みっちー」

「何言ってるの? 会長、姫ちゃん、私、みっちーでしょ」

 あの……これは……いったい……。

 中二病は、中学生で卒業しましょう、はい。

「歩美くん、きみも強情だね」

「強情なのは、そっち。私たち5人で優勝経験がないの、あんただけでしょ」

「でも、勝率は僕が3番だよ」

「そりゃ、会長と姫ちゃんから逃げ回れば、勝率は上がるわよね」

「逃げてるわけじゃないよ。当たる機会が……」

「駒北と駒桜の選手ッ! 私語は謹んでくださいッ!」

 はい、怒られました。

 ほんと、しょうもない……ここは、幼稚園か何かですかね?

 ふたりはしばらく黙ったあと、小声で会話を再開した。

「じゃあ、妥協案で、千駄、姫野、僕、君ね」

「……それならいいわ」

 いいんかいッ! 菅原(すがわら)先輩だけ除け者とか、ひどい。

 っていうか、集中力が乱れるでしょッ! 味方を妨害してどうするのよッ!

「では、振り駒をお願いします」

 振り駒は、森さんと部長が譲り合い、結局部長が振った。

「……駒桜、偶数先です」

「駒北、奇数先」

 また偶数先……4連続……。

 でもでも、今回は4番席だから、私が先手ね。

 くだらない会話も終わったみたいだし、集中、集中。

「……では、対局を開始してください」

「よろしくお願いします」

 スネ夫くんがチェスクロを押し、私は7六歩と突く。

 うん、駒に触れれば、雑念が消えていくわ。

 3四歩、6六歩、8四歩。

 対抗型ね。四間飛車にしましょう。6八飛ッ!

 

挿絵(By みてみん)


「四間か……」

 見りゃ分かるでしょ。いちいち言わなくてよろしい。

 6二銀に1六歩。端を打診するわよ。

 幸田さんは30秒ほど考えて、5二金右。やけに慎重ね。考えるところじゃ、なかったと思うけど……方針を考えてた?

 7八銀、4二玉、3八銀、5四歩、6七銀、3二玉。普通ね。杞憂だった?

 5八金左としまして……5三銀か。持久戦模様ね。この席が決勝点を稼ぎそうだし、穴熊の可能性がかなり高いわ。……4六歩。

 

挿絵(By みてみん)


「ふむ……やっぱりそう来たね……」

 幸田さんはそう言って、8五歩、7七角を入れた。

 何が「やっぱり」なのよ。この進行を狙ってたってこと?

 ただの対抗型じゃない。おじいちゃんと腐るほど指したわよ。

 私はちらりと視線を上げる。目が合った幸田さんは、にやりと笑った。

「オーダーのことはそろそろ忘れて、将棋で決着をつけようか」

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