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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第12局 なんだか秋の団体戦(1日目・2013年11月3日日曜)
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80手目 策を弄する少女

 今日は月曜日。

 団体戦初日の興奮も醒めやらぬまま、部室では作戦会議が開かれていた。

「とりあえず、昨日はお疲れさま。2日目に向けて、頑張りましょう」

 と歩美(あゆみ)先輩。

 あまり熱意が感じられないのですが……まあ、このへんは性格かしら。

「練習を始める前に、まずは現状分析をしましょう」

 そう言って歩美先輩は、八千代(やちよ)先輩へと視線を向ける。

「じゃ、八千代ちゃん、よろしく」

 八千代先輩は真面目な顔で眼鏡を直すと、席を立った。

 そのまま、ホワイトボードへと歩み寄る。

「では、不肖、傍目(はため)から、現状を説明させていただきます。昨晩考えたところ、県大会進出に限って言えば、藤花(ふじはな)女学園が一歩リードしているという結論に至りました」

 え? 藤女(ふじじょ)が? 何で?

「藤女とうちは、2勝1敗で競ってるんじゃないですか?」

 私が質問すると、八千代先輩と目が合う。

 あぅ、気まずい。

「裏見さんの仰ることは正しいのですが……まずは成績表を見ましょう」

 八千代先輩はポケットから紙切れを取り出し、それをボードに貼った。


挿絵(By みてみん)


 えーと、見方は……左から右へ、だったかしら。

「この成績表にもとづいて、チーム勝数と個人勝ち星数を計算してみます」

 八千代先輩はペンを持ち、結果だけホワイトボードに書き込む。


     チーム勝数  個人勝ち星数

 藤女    2      11

 駒桜    2       9

 

 八千代先輩はキュッとペンを鳴らし、7という数字で書き込みを終えた。

 蓋を閉め、真剣にボードを見つめる。

「さて、以前説明した通り、順位の計算方法は、チームAとBについて、『チーム勝数がA>BならばAが上位、A=Bならば、個人勝ち星数を比較し、A>BならばAが上位、そこでもA=Bならば、初めてプレーオフ』というものです」

 うん、それは知ってるわ。

 でもだからって、藤女がリードしてる理由にならないと思うんだけど。

 チーム勝数が同じで、勝ち星差が2だもん。こんなの簡単に……。

「問題は、勝ち星差で2つけられていることです。この2を縮めるには、『駒桜市立が藤花女学園よりも、勝ち数で2以上の成績を上げる』ことが必要です」

 それも分かるわ。足し算だもの。小学生でもできるじゃない。

 私の怪訝そうな顔に気付いたのか、八千代先輩はこちらに向き直った。

「さて、残りの試合で、うちと藤花が2以上差をつけられそうなところがありますか?」

 2以上差をつけられそうなところ……えーと……要するに、藤女が1—4のときにうちが3—2で勝つとか、そういうことよね。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あれ? ほとんどない?

「お気づきのようですね。……そうなのです。可能性があるとすれば、藤花が升風(ますかぜ)に0—5で、うちが駒北(こまきた)に2—3以上、あるいは藤花が升風に1—4で、うちが3—2以上の成績を収めた場合です」

「うちが最終戦で、藤女に1—4で勝ってもいいんじゃないですか?」

「もちろんそうですが、それについてはあとで説明します。とりあえず、勝ち星差2を縮めるには、4回戦で、藤女が大敗という前提を立てねばなりません。しかし、姫野(ひめの)甘田(かんだ)鞘谷(さやたに)猿渡(さわたり)横溝(よこみぞ)の面子で、1—4あるいは0—5というのは、さすがに考えにくいです。もちろん、千駄(せんだ)会長が姫野さんに勝って、残りの組み合わせも升風有利、ならば分かりませんが、少し楽観的過ぎると思います」

 うーん……そんなもんかしら。結構、ありそうな気も……。

 ただ、具体的に反論できないわね。

 藤女0—5は、ちょっとなさそうだし。

「個人的見解ですが、4回戦で埋められる勝ち星差は、多くて1、つまり、藤花が升風に2—3負け、うちが駒北に3—2勝ちの場合です。この時点で、藤花の勝ち数が13、うちの勝ち数が12になりますので」

「最終戦前に1縮まれば、十分じゃない?」

 と数江(かずえ)先輩。

 私もそう思います。

「確かに、一見するとそう思えるのですが……しかしですね、最終戦は、うちと藤花の直接対決なのです。さきほどの進行が成立した場合、うちはチーム勝数3の勝ち星12、藤花はチーム勝数2の勝ち星13で、今度は条件が変わるのです」

「変わるって、何が?」

「この場合は、『藤花が勝てば、勝ち星数差で必ず上、藤花が負ければ、チーム勝数で駒桜が上』という状況になります。つまり、4回戦の成績と関係なく、『最終戦で勝った方が勝ち』なわけですね。そうなると、戦力差でうちが不利です」

 な、なんだか、複雑……頭が混乱してきたわ……。

 私が脳内で整理していると、冴島(さえじま)先輩が口を開いた。

「要するに、最終戦で勝ちゃいいんだろ?」

 うーん、さすがは冴島先輩、分かり易いです。

 ところが八千代先輩は、眼鏡を直しながら、首を左右に振った。

「うちは最終戦で勝っても、県大会に出られないパターンがあります」

 室内の空気が、微妙に緊張する。

「直接対決で下しても、出られねえだと?」

「そうです。残念ながら、4回戦で藤花が升風に勝ち、うちが駒北に負けた場合、最終戦で藤花に勝っても、チーム勝ち数は3—3で同じ。勝ち星勝負になりますが、4回戦で差が3以上に広がっていますので、ほとんど絶望的です。差が3なら、最終戦で4—1、差が4なら5—0を要求され、差が5なら5—0でようやくプレーオフ、6以上になった場合は、4回戦終了の時点で、藤花の県大会進出が決定します」

 そんな……4回戦で勝負が決まっちゃうなんて……。

 冴島先輩は眉間に皺を寄せて、椅子に寄りかかった。

「4回戦の時点で、うちの県大会進出が決まるパターンは?」

「それはありません。たとえうちが駒北に5—0、藤花が升風に0—5でも、最終戦に藤花が4—1で勝てばプレーオフ、5—0で勝てば、そのまま県大会進出です」

「ってことは、うちは完全に他力状態なのか?」

「いえ、それも違います。2連勝すればいいだけの話ですので」

 2連勝すればいいだけって……簡単に言ってくれるわね。

 でも、それが一番話が早いのか……チーム勝数4—2なわけだし。

 うぅ、こうなると初日の勝ち星差2って、めちゃくちゃ大きい……。

「やっぱオレが清心(せいしん)戦で負けたのが痛いな……すまん」

 ととと、そこは触れない約束で。

 確かに、勝ち星差がついたのは、清心戦なんだけど……冴島先輩が順当に勝っていれば、差は1だったわけだし……その後の展開も……。

「済んだことをごちゃごちゃ言っても始まらないわ。まずは、駒北に勝たないとね」

 そうね。歩美先輩は冷静だわ。私も冷静になりましょ。うん。

「一応確認だけど、うちが駒北に負けても、藤女が升風に負けたら、最終戦勝負なのね?」

 歩美先輩の質問に対して、八千代先輩は首を縦に振った。

「はい、その通りです。駒北に絶対勝たないといけないわけではありません」

 うーん、そういう後ろ向きな考え方は、あんまり好きじゃないかな。

 八千代先輩は、単純に分析してるだけなんでしょうけど。

 駒北に勝たないと即死、くらいの気合いでやらないと、勝てないと思う。

「オッケー、状況は整理できたわ。対駒北のオーダーを考えましょう」

 歩美先輩の台詞に合わせて、八千代先輩は別の紙切れを取り出した。

 な、なんという手際のよさ。尊敬します。

「これが、初日に入手した、駒北のオーダーの写しです」


挿絵(By みてみん)


「ふん……あいかわらず、うまくズラしやがるな」

「そうですね。藤花戦に関しては、かなりの策士です。1回戦に幸田(こうだ)さんが1番席で出て、そこから一気に3番席へと下がるわけですから。藤花はそれに引っかかり、大将の猿渡さんを外した姫野、補欠、鞘谷、甘田、横溝の並びにしてしまいました。姫野さんで藤井(ふじい)さんか幸田さんを取りに行ったのですが、ダメだったわけですね」

 むむむ、スネ夫くん、やりますね。うちも気をつけないと。

「天堂ではみっちーを避けてるしね。まあ、みっちーの方が実際強いし」

 と嬉しそうな数江先輩。

「この表を見る限り、頭とお尻を3年生で挟んでるのね。これは、とりあえず枠を埋めたって感じなのかしら?」

 歩美先輩の質問に、八千代先輩は「うーん」と唸る。

「何とも言えませんが、この3年生ふたりは、初日に来ていませんでした。(もり)さんは前主将ですから、来るかと思いましたが……さすがに受験勉強優先のようですね」

 えぇ……そこまで調べてるんだ……凄い。

 道理で、観る専なのにいろいろ任せられるわけだわ。

「そりゃ、3年生は追い込み時期だからな。来ねえだろ」

「ということは、スネ夫くんは、下がっても3番席までか……」

 歩美先輩は頬に指を当てて、長考し始めた。

 ん? 何か閃きましたか?

 私たちは、歩美先輩の策を待つ。

「……こうしましょう。4回戦は、香子(きょうこ)ちゃん4番席でいくわ」

 歩美先輩の提案に、みんながぎょっとなる。

「裏見4番席? ……ってことは、部長、駒込(こまごめ)、傍目、裏見、オレか?」

「そうなるわね」

「理由を訊かせろ」

 うんうん、理由付け大事。

 歩美先輩は少し間を置いて、それから話を始めた。

「私の記憶が正しければ、八将にいる津山(つやま)って1年生、新人戦で2回戦に進出してるわ。相手が誰だったかは忘れたけど、升風だった気がする。さらに団体戦で3連勝してるわけだから、このメンバーでは上位でしょうね」

「その通りです。津山くんは、駒北3番手と目されています」

 八千代先輩の合いの手に頷いて、歩美先輩は先を続ける。

「ってことは、ここを(まどか)ちゃんか香子ちゃんで潰さないと、うちに勝ち目がないわよね」

木原(きはら)を当て馬で当てときゃいいんじゃないか?」

「いえ、それは危ないわ。5番席に佐川(さがわ)が出て来たら、そこで1敗確定。さらに、部長か八千代ちゃんのところで1敗。香子ちゃんには大林(おおばやし)って当て馬が来て、スネ夫vs私、津山vs円ちゃんのガチンコ勝負でしょ。しかも、この勝負、私たちは両方勝たないといけないのよ。駒北は、どちらか一方を拾えば3—2だわ」

 ……なるほど、理解しました、多分。

「だが、部長と傍目を両方出しても、同じことじゃないか?」

「いいえ、違うわ。まず、佐川vs円ちゃんは、円ちゃんの勝ち。さらに、八千代ちゃんが大林に当たってくれれば、そこは拾えると思う。大林って1年生は、新人戦にすら出て来てないから、棋力は相当低いはずだもの」

 ふむむ……そこまで周辺情報を活用するんだ。

 八千代先輩が、いつもスパイみたいなことしてる理由、分かった気がする。

「ここで2勝できれば、津山vs香子ちゃんと私vsスネ夫で、どっちかが勝てば3—2。さっきと状況が逆になるわ」

「佐川が出てこなかったら?」

 冴島先輩、今日はやけに慎重ですね。

 いつもなら「ああ、うぜえ、適当でいいんだよ」とか言いそうなのに。

「そのときは、佐川の代わりに誰が出て来るかって話になるけど……候補は、鈴本(すずもと)下野(しもの)栗田(くりた)くらいね。この面子なら、どうにかなるわ。どれも当て馬っぽいし、当て馬対決だと、うちは定評があるのよ。部長も八千代ちゃんも、当て馬陣営の中では上位だから。要するに、駒北が最大戦力で来る限り、5番席は佐川のはず」

 そこまで説明して、歩美先輩は八千代先輩へと振り向いた。

「八千代ちゃん、念のために確認。津山が、升風戦で勝った相手は?」

「少々、お待ちください」

 八千代先輩はメモ帳を取り出すと、ページを捲り始めた。

 こうなると、もはやデータベースですね、はい。

「……五将の佐藤という1年生です」

「佐藤? ……久世(くぜ)さんでもつじーんでもないの? おかしくない? 初戦は相手のオーダーが分からないから、最強メンバーで組むはずだけど?」

「いえ、おかしくはありません。実はあの日、久世さんは午前中、いなかったのですよ。おそらくあの人も、受験で忙しいのだと思います。日曜日ですし、模試があったのかもしれません」

 そ、そうよね……よく考えたら、3年生の11月って、めちゃくちゃ忙しいはず。その中で団体戦に出場してるんだから、よっぽど将棋が好きなんでしょうね。

「で、その佐藤って子は?」

「升風の1年生ですが、目立った戦績は……ん」

 八千代先輩は、何かを思い出したように、ふと手を止めた。

 そして、別のページを調べ始めた。

「思い出しました。この佐藤くんは、新人戦でも津山くんに1回戦で負けています。春季団体戦でも1度しか出ていないので、レギュラー候補ではないようですね。そのときは勝っていますが、相手は天堂(てんどう)です。菅原(すがわら)くんではありません」

「ってことは、佐川の負けた相手が、つじーんなのね?」

「その通りです。津山くんが辻くんに勝ったわけではありません」

 八千代先輩の回答に、歩美先輩は深く頷いた。

「オッケー、佐川は同学年だから、棋力を把握できてるわ。くららんレベルだから、つじーんに負けるのは順当。佐川vs円ちゃんで1勝、津山vs香子ちゃんで1勝、残りの3戦で1勝なら、十分勝ち目があるわ」

 ……つまり、部長、歩美先輩、八千代先輩で、誰かが勝てばいいわけか。

 藤井って人が2番手なら、実質的には2—1スタートかな。望みはありそう。

「ま、私がスネ夫を凹って、それで終わりなんだけど」

 おお、歩美先輩が輝いて見えます。

 拝んでおきましょう。ナムナム。

「よっしゃ、作戦会議は終わりだな。さっさと練習すっぞッ!」

 冴島先輩の一言を合図に、私たちは将棋を指し始めた。

 この1週間は、将棋漬けかしらね。

 それでは、まずは冴島先輩を凹っちゃいましょうッ! 覚悟ッ!

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