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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第12局 なんだか秋の団体戦(1日目・2013年11月3日日曜)
83/295

76手目 筋を違える少女

「ハァ……」

 何で私だけ負けかな……情けない……。

裏見(うらみ)、そう落ち込むな。相手が悪かったんだからよ」

 と冴島(さえじま)先輩。

 そうは言われてもですね……チームが4—1で勝ったのはいいとして、ああいう強豪がゴロゴロいると思うと、気が滅入っちゃうわ。私、春夏はそこそこ勝ってたけど、もしかしてヌル面子だったとか?

「次は、升風(ますかぜ)なんですよね?」

 私が尋ねると、冴島先輩は渋い顔をした。

「ああ、そうだな……」

 緊張してる? ……無理もないか。升風は、春の優勝校。つじーんと千駄(せんだ)会長だけでも、相当な戦力のはず。蔵持くらもちくんだって、志保(しほ)部長や数江(かずえ)先輩クラスなら、そうそう負けないだろうし……。

「他の学校は、どうなってます?」

「見に行くか?」

 何を? 私がぽかんとしていると、冴島先輩は席を立った。

「対戦表だよ、対戦表。正面のホワイトボードにあるはずだ」

 あ、そういうことか。

 私も席を立ち、先輩の後を追った。

 ……微妙に人集りができてるわね。確かに成績が載ってそう。

 どれどれ……。

 

挿絵(By みてみん)


 うッ……パッと見だと、把握しにくいわね。

「えーと、これは……」

「横の列を見るんだ。縦は関係ねえ」

 なるほど、左から右に見ていけばいいのね。

 うちは2連勝で、他は……。

「あれ? 藤女(ふじじょ)負けてる?」

「だな。2回戦で駒北(こまきた)にやられたか……」

 うそーん、姫野(ひめの)さんたちがいても勝てないんだ……。

 戦力が偏ってるわけでもないのに……何で……。

「オーダーでうまくやられちゃったんだよね……」

「うわッ!」

 私が振り返ると、そこにいたのは……。

「ヨッシー」

香子(きょうこ)ちゃん、どう……? 勝ってる……?」

「い、1勝1敗……ヨッシーは?」

「私も1勝1敗……」

 そっか……一緒なんだ……の割には、やけに雰囲気が暗そうですが……。

「オーダーで負けたって、どういうこと?」

幸田(こうだ)先輩が、姫野さんとの当たりをうまく避けたんだよね……」

 避けた?

「ははぁん、幸田の考えそうなことだな。あいつはオーダーがうめえから……」

「おっと、心外だな」

 んん? 誰ですか、今の声は?

 私はあたりをキョロキョロする。

 すると、前髪を櫛で整えているキザな男の姿が映った。

 っていうか、本人じゃんッ!

「あわわ……幸田先輩……」

 ヨッシー、焦ってる、焦ってる。

「スネ夫、何の用だ?」

 ほ、本人にその渾名言っちゃうんだ……。

 冴島先輩だから許されるのか、それともこれが通称なのか……。

 幸田さんも怒った気配がない。不敵な笑みで先を続ける。

「『避けた』っていうのは、人聞きが悪いよ、お嬢さん。『たまたま当たらなかった』だけのことさ」

「はんッ! 嘘吐いてんじゃねぇぞッ! 勝てねえから、ずらしたんだろッ!」

 い、言い過ぎです……なんでそんなケンカ腰なんですか……。

 だけど幸田さんは、臆することなく、肩をすくめてみせた。

「証拠はあるのかい?」

「状況証拠が黒だって言ってんだよ」

「状況証拠ね……だったら……」

 幸田さんは前髪をかきあげ、腕組みをする。

「冴島くんが男であることの状況証拠を挙げてみようか。ひとつ、男装している。ひとつ、一人称がオレ。ひとつ、胸がない。どうだい、状況証拠で白黒つけられるなら、きみは男性であぶべッ!」

 決まったーッ! 右ストレートッ!

 って、何やってるんですかッ!

「そこ、何してるッ!」

 ほらッ! 運営が飛んできたじゃないのッ!

 暴力ダメ! 絶対ッ!

「てめぇ、いい加減にしねぇと、その面、二度と拝めないようにすっぞッ!」

「止めなさいッ! 失格にするぞッ!」

 失格という言葉を聞いて、冴島先輩もさすがに拳を下ろした。

 や、やばい……これは冗談抜きでやばい……。

 幸田さんがキレて……ない?

「ふぅ……あいかわらず暴力的だね。まあ、慣れたけど」

 慣れとるんかいッ! どういうことよッ!?

「次は手加減しねえからな」

 さ、冴島先輩は冴島先輩で、殴り慣れてるみたいだし……意味不明。

「幸田くん、冴島くん、暴れるなら、外でやってくれよ」

 おっと、会長のご登場。

 ふたりとも、気まずそうになったわね。

 これは収束模様かしら。

 ただ、外でやられても困ると思うんだけど。

「くそが、だからKKって言われるんだよ」

 周囲に聞こえない程度の声で、冴島先輩は悪態を吐いた。

 KK? ……KYの間違いじゃないですかね。

「KYってことですか?」

 私がやんわり訂正したところで、冴島先輩は手の平に拳を打ち付けた。

「ちげえよ、駒桜(こまざくら)市の迷惑ふたり組み、略してKKコンビだ」

 K……幸田……あ、イニシャルってこと?

 コンビってことは、もうひとりいるわけだけど……やっぱり……。

「いよッ! 何か面白そうなことになってるね」

 出ました。甘田(かんだ)さん。

「うっせえ、おまえはすっこんでろ」

「おお、怖い、怖い」

 イシシと笑いながら、甘田さんは両手の平を振ってみせた。

「駒桜、2連勝じゃん」

 そうそう、そうなんですよ。実は升風と並んで、トップグループなのよね。

 これは予想外なんじゃないかしら?

「下位2校と当たってんだから、当たり前だろ。このふたつに負けたらビリだぞ」

 ととと、また酷い言い方を……。

「升風を倒したら、一気に優勝候補だよ」

「倒せたら、な」

 いやいや、ここで弱気になってどうするんですか。倒しましょう。うん。

「藤女は、次どことだ?」

「うちは清心(せいしん)

 田中くんのところか……藤女が勝ちそうね。

 駒北は天堂だし、あの様子だと、ほぼ鉄板で駒北。

 うちが升風に負けると、2—1グループが3校乱立か……きつい……。

「しっかし、駒北くらい、軽くのしとけよ。ヤクザは何やってんだ?」

(ひめ)ちゃんは、ちゃんと勝ってるよん」

「何だ? おまえが負けたのか?」

「いやあ、サーヤちゃんがね、スネ夫に当たっちゃってさ」

 そこまで言って甘田さんは、アハハと笑った。

 結果はお察しくださいってことか……。サーヤに勝ったとなると……スネ夫くん、侮れないわね。そもそも、松平まつだいら情報だと、スネ夫くんと菅原(すがわら)先輩が同じくらいらしいし、どう考えても強敵だわ。言動と棋力が比例してないのも、甘田さんと一緒。

「私も負けてるんだけどね……」

 とヨッシー。うーん、それで暗いわけ。

 もうひとつの黒星は、猿渡(さわたり)さんかな。

「駒北は、戦力が揃ってるんですか?」

 私の質問に、冴島先輩は難しそうな顔をする。

「んー……そういうわけじゃねえんだが……」

「第3局を始めますので、席についてください」

「っと、こんな時間か。……オーダーはどうなったんだ?」

 訊かれても困ります。そもそも、オーダーに関与させてもらってないし。

 ホワイトボードの前から、どんどん人がいなくなっていく。

 私たちも、対戦テーブルへと急いだ。

 ……あ、部長が座ってる。オーダー交換は済んじゃったのかな?

「部長、オーダーは……」

「あ、今からです」

 そっか。じゃあ、一歩引いときましょ。

 ちらりと視線を向けると、そこには……あれ? 蔵持くん?

 何でくららんが……会長はどこに……。

「すみません、会長は忙しいので、僕が代行します」

 あ、そういうこと。

「よろしくお願いします。……こちらからでいいですか?」

「どうぞ」

「では……駒桜市立、1番席、副将、駒込です」

 おおっとッ! いきなりずらしてるじゃないッ!

 蔵持くんも、ちょっとびっくりしてるわよ。

「升風、1番席、副将、蔵持(くらもち)です」

 わお……くららん、ご愁傷様。

「2番席、三将、傍目(はため)です」

 八千代(やちよ)先輩きたッ! まあ、6人しかいないから、当然よね。

「2番席、四将、千駄です」

 うッ……ここは捨て試合か……完全な当て馬ね……。

「3番席、四将、裏見(うらみ)です」

「3番席、六将、久世(くぜ)です」

 ふえ? ……久世さんと?

「4番席、五将、冴島です」

「4番席、七将、(つじ)です」

「チッ……つじーんかよ……」

 舌打ちしない。

「5番席、六将、木原(きはら)です」

「5番席、八将、深野(ふかの)です」

 最後は……よく分かんない組み合わせね。深野って人は知らないし……。

 私はしばらく、オーダーを眺めた後、冴島先輩の肩をつついた。

「ん? 何だ?」

「どんな感じですか?」

「……1—4か2—3コースだな」

 いきなり降参モードですか……。

 応援部の割に、えらくあっさりしてるのよね、この人。

 それとも、応援部だから、経験豊富で先を悲観しちゃうタイプ?

「まあ、悪くはねえ。千駄に傍目をぶつけられたのは、こっちの作戦勝ちだ。これで大川vs蔵持、千駄vs駒込なんてなった日にゃ、0—5まであるからな」

 ……なるほど、オーダーでは作戦勝ちしてるんだ。

「とにかく、オレとおまえが勝って3—2だ。どっちか負けた時点でアウトだぞ」

 あうあう……そういうプレッシャーかけないでください……。

「ま、2連勝でペースを掴んでるのは確かだ。気楽にいこうぜ」

「は、はい……」

 私と冴島先輩は、そこで別れ……ん?

 ちょっと待ったッ!

「先輩」

「何だ?」

「久世さんの棋風は?」

 そう、これを確認しとかないとね。

 冴島先輩もうっかりと言った感じで、眉間に皺を寄せた。

「アドバイスを忘れてたな……久世さんは、正統派居飛車党だ」

 居飛車党……ってことは、選択権は私にあるわけか……。

「得意戦法は?」

「これと言ったのはないが、満遍なくできるタイプだな。矢倉、腰掛け銀、横歩……対振りが弱いってわけでもねえし……まあ、裏見とはそこまで合い口悪くないはずだぞ」

 そっか……これは心強いアドバイスだわ……。

 どっちにせよ、堂々と勝負した方が良さそうね。

「ありがとうございます」

「よしッ! 一発入れて、会場を刮目させるか」

 そうそう、その意気ですよ、先輩。

 私は鼻息荒く、3番席へと向かう。

 そこには……。

「よ、裏見ちゃん、おひさしぶりッ!」

 出た。この巨体。仏の久世さん。

「失礼します」

「どうぞどうぞ」

 何がおかしいのか、久世さんはワハハと笑った。

 うーん……気圧されそう。体重で椅子が軋んでるような……。

「よし、今日は気合い入れていくぞ」

 いや、それ1回戦の台詞です。なぜに3回戦で気合いを入れるかな……。

 お手柔らかに。

「裏見ちゃん、勝ってるかい?」

「……そこそこに」

「そうかそうか、けっこうけっこう」

「はぁ……」

 この飄々っぷり。

「それでは、振り駒をお願いします」

 会場が、しんと静まり返る。

 さすがに久世さんも黙ったわね。そこはKYじゃないわけだ。

 今回の振り駒は、歩美(あゆみ)先輩。

 慣れた手付きで、振り駒をする。

「……駒桜、偶数先」

「升風、奇数先」

 うわッ……また後手番……3連続よ、これで。

「よーし、俺が先手だな。裏見ちゃん、右利き?」

「……はい」

 久世さんはその大柄な手で、チェスクロを私の右側に置いた。

 それから両手をぱんぱんと叩き、ふぅと息を吐く。

 駒が飛びそう。

 3回戦でみんな疲れてるっぽいけど、緊張感は失われていない。

 誰もが対局開始の合図を待つ。

「……それでは、対局を始めてください」

「よろしくお願いします」

 私はチェスクロのボタンを力強く押す。

 2コ上だからって容赦しないわよ、どーんと来なさい。

 久世さんはその太い指で駒を摘み、7六歩と軽快に打ち下ろした。

 気合い入ってるぅ。私も気合いを入れて3四歩ッ!

「よし、3四歩だね」

 見りゃ分かるでしょッ!

 私が突っ込みを入れる中、3手目が指された。


挿絵(By みてみん)


 ふあッ!? 角交換? ……先手番一手損角換わり?

 それって、正統派なの? ……とりあえず同銀。

「今日はこいつで仕舞いだな」

 久世さんはそう言って、角を……え、何で角を持つの?

 

挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ど・こ・が・正・統・派・な・の・よッ!

 冴島先輩の嘘吐きッ! 筋違い角じゃないッ!

 私は、隣に座る冴島先輩を睨んだ。私の視線に気付いたのか、先輩もちらりとこちらの盤面を見る。その途端、「えッ?」みたいな顔をして、気まずそうに視線を戻した。

 後で問い詰めますからねッ!

「こらこら、女の子がそんな怖い顔しちゃいかんぞ」

 久世さんの高笑い。ぐぅ……そのお腹に鉄拳を叩き込みたい……。

 と、とにかく、筋違い角には負けられないわ。滅多にされないけど、印象が強いから序盤は何とかなるはず。6二銀。

 3四角、3二金、6六歩、6四歩、8八銀、6三銀、7七銀、3三銀、7八角。


挿絵(By みてみん)


 深く引きましたか。次はほぼ間違いなく、6八飛ね。

 私は5四銀と進出させ、飛車回り備える。案の定、6八飛が指された。

 4四歩、3八金、4五歩。どんどんプレッシャーをかけるわよ。筋違い角は、どちらかと言うと守りの戦法。こっちが気後れする理由はないわ。何で筋違い角を採用したのか分からないけど、裏見様を見くびらないでちょうだい。

「ふむ……序盤はしっかりしてるな……」

 そう言って久世さんは、一層真面目な顔付きになる。

 やっぱり、微妙に舐められてたかしら? その油断、後悔させてやるわッ!

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