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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第12局 なんだか秋の団体戦(1日目・2013年11月3日日曜)
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73手目 応援する少女

 いやー、団体戦でも初勝利をあげて、気分は上々。

 私が勝ったし、後は歩美(あゆみ)先輩と冴島(さえじま)先輩に任せれば……と、よく考えたら、ふたりとも隣の席で対局してるのよね。少し離れてるけど、覗き込めば……。

 私は首を伸ばして、まず右隣の席を盗み見た。

 歩美先輩は……あれ? いない? ……あ、もう終わってるんだ。局面は……。


挿絵(By みてみん)


 圧勝ね。さすがは歩美先輩。

 ってことは、これで2勝。あと1勝で、チームの勝ちだから……。

 私は、左隣に向きを変えた。

 どれどれ、冴島先輩は


挿絵(By みてみん)


 ふえ?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 冴島先輩の王様が詰んでるように見えるのは、気のせいですかね?

 私は目を擦り、もう一度盤面を見つめる。

 ……先手が冴島先輩よね。3番席の私が後手だから……。

 私はちらりと視線を上げ、先輩の横顔を盗み見た。

 顔が真っ青になり、唇が震えている。

「逃げ間違えた……だと?」

 ……ちょッ! 何やってるんですかッ!

 私が焦る中、秒読みが続く。

 56秒、57秒、58秒、59秒……。

「負けました」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 やばくない? 残りは数江(かずえ)先輩と志保(しほ)部長で……。

香子(きょうこ)ちゃん、どうだった?」

 噂をすれば何とやら。背後で、数江先輩の声がする。

 私が振り返ると、ちょっとしょんぼりした先輩が、こちらを見ていた。

「か、勝ちましたけど……」

「そっか……」

「せ、先輩は?」

「……負けちゃった」

 数江先輩が負け……2—2ッ!?

 そんな……しかも残りが部長って……これ……。

「ははん、こいつは金星か?」

 清心(せいしん)三宅(みやけ)部長が、にやりと笑う。

 ま、まずい……初戦から黒星先行だなんて……。

 駒桜(こまざくら)陣営が押し黙っていると、清心の男子がやってきた。

 慌てたように、三宅さんに耳打ちする。

 ま、まさかの戦勝報告?

 ところが、にやけ顔で話を聞いていた三宅さんの顔色が、次第に変わっていく。

「……大将が負けそうだぁ?」

「か、かなりヤバいと思います……」

 三宅先輩は椅子を引いて、1番席に向かった。

 私たちも顔を見合わせ、すぐにそちらへと向かう。

 1番席には、既に人集りができていた。他校の生徒もいる。

「ちょ、ちょっとすみません」

 対戦校優先ッ!

 私が人混みをかき分けて最前列に出ると、そこには……。


挿絵(By みてみん)


 部長は後手番……って部長ーッ! 勝ちそうじゃないですかッ!

 そう言えば、振り駒の手付きが怪しかったし、相手は初心者かも。

 頑張れ、部長ッ!

 6六角と詰めろをかけて龍を抜いてもいいし、他にも色々……。

 私が興奮する中、指された手は……。

 

挿絵(By みてみん)


 5五角……これも……悪くはないけど……。

 2一龍、9九角成、6八金打……めっちゃ牽制し合ってる……。

「んー、このぐだぐだ感がたまんねえな」

 と松平(まつだいら)

 あんたは黙ってなさいッ! 大事なところなんだからッ!

 部長も相手も、既に1分将棋。

 ピッ、ピッ、ピーッ!

「あわわ」

 秒読みに追われた部長は、6六香と打った。

 じ、時間切れ負けだけはナシでお願いします……心臓に悪い……。

 相手は30秒ほどで、6七桂と打つ。チェスクロを押す手がおぼつかない。やっぱり初心者で、時間切れに注意してるみたいね。

 ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ。

 8九飛車……これはいい手かも。6七香成に同金とできないわ。

 しかも、相手はもう打つ駒がないし……早逃げが効く状況でも……。

 と私が思った矢先、4八玉が指された。


挿絵(By みてみん)

 

 あう、入玉狙い?

 部長、入玉形が苦手だって言ってたし、まずいかも……頑張って……。

 6七香成、同金、6九飛成、5七金、7六馬(あうぅ、あんま意味ないかも)、6七香、4五桂、5八金引、5五馬……。

 

挿絵(By みてみん)

 

 あうあう、粘られてる……このままだと……ん? 5五馬?

 ……これ、いい手かも。次の手に気付けば……あるいは……。

 相手は指す手がないとみたのか、2九龍と自陣に引き上げた。

 悪手きたッ! 先輩ッ! 気付いてッ!

「あうぅ……」

 あうぅ、じゃないですッ! いつもの知的なキャラでお願いしますッ!

 桂ッ! 桂、桂、桂ッ!

 私の声が届いたのか、部長は桂馬を掴んだ。

 そうそう、それをあそこに打つッ! あ・そ・こッ!

 ピッ、ピッ、ピーッ! パシリッ!


挿絵(By みてみん)

 

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ……………… 

 きたーッ!

 同歩は3七銀、同銀、同桂成、3九玉、2八金以下、詰みッ!

 取らずに3九玉なら2八歩からガリガリ削れるわ。部長ナイスッ!

 相手(近村(ちかむら)くんだったかしら?)はあんまり考えず、同歩と取ってきた。

 部長はもう一度50秒まで考えて、3七銀と突っ込む。

 同銀、同桂成、3九玉、2八銀……。


挿絵(By みてみん)


「……あれ? 詰んでる?」

 うんうんと、ギャラリーの何人かが頷く。

 そ、そこは反応しちゃダメなんじゃ……微妙に助言……。

「……負けました」

 近村くんは、あっさりと投了した。

 後ろで応援していた三宅さんが、頭を抱える。

「もっとマシな当て馬を用意しとけば……」

 はい、御愁傷様。

 どうやら清心は、当て馬を歩美先輩じゃなくて、部長に当てちゃったみたいね。

「部長、ナイス」

 隣で観戦していた歩美先輩が、親指を立てる。

 部長は今まで気付かなかったかのように、あたりを見回した。

「あれ? 何でこんなにギャラリーが……」

「部長、疑ってすみませんでした」

 私は素直に謝った。

「えぇ、と……これはいったい……」

「わりぃ……オレが負けちまったから、こんなことに……」

 冴島先輩は、申し訳なさそうに頭を掻いた。

 その一言で、部長は全てを察したらしい。軽く青ざめる。

「もしかして……ここが決定戦になってました?」

 頷くギャラリー。

「はわわ……」

 ちょ、何で失神しかけてるんですかッ!

「そ、それを知ってたら、パニックで負けてたかもしれません……」

 何だか恥ずかしそうにする部長。初々しいですね、はい。

「ま、とりあえず勝ったし、良しとしましょう」

 歩美先輩はそう言って、場を収めた。

 感想戦は……なしみたいね。相手は多分、急募された将棋部員だろうし。

「いやー、腹減ったな。飯喰いに行こうぜ、飯」

 冴島先輩が背伸びをする。あんまり引きずらないタイプかな。

「負けた人はご飯抜きッ!」

 数江先輩が、ビシッと冴島先輩を指差す。

「あぁん? それならおまえも抜きだぞ?」

「……あ、そっか」

 ととと、数江先輩、大丈夫ですか……。

「2回戦までは時間があるし、ファミレスに行きましょ。作戦会議も兼ねて」

「私は勝敗を報告してきますので、荷物をお願いします」

 私たちは盤駒チェスクロを片付けて、控えテーブルに戻った。

 荷物の番をしていた八千代(やちよ)先輩が、顔を上げる。

「お疲れさまです……勝ったようですね」

「観てたんですか?」

「雰囲気で分かります」

 ……あ、やっぱ、そうなんだ。浮き浮きしてる感じ?

 八千代先輩は本を閉じると、松平に向き直る。

 こいつ、いっつもチョロチョロしてるわね。

「戦型チェックは、どうでしたか?」

 ……なるほど、荷物番があるから、松平に任せたんだ。

 いいアイデアね。

 ところが松平は、へへへと笑って、ノートを差し出した。

「どうしたのですか?」

「す、すみません……半分くらいしか取ってないです……」

 八千代先輩はあんぐりと口を開け、眼鏡がずり落ちる。

 そんな器用なリアクションしなくても……。

「何をしてたんですかッ!? 1時間以上ありましたよッ!」

「と、途中からうちの試合観てて……」

 松平は、誤摩化し笑いを浮かべた。

 こいつは、もう一回引っ叩いとかないとダメね。

 八千代先輩も、呆れたように溜め息を吐く。

「分かりました……2回戦からは、松平くんが荷物番でお願いします」

「マジですかッ!?」

「当たり前です。戦型チェックができないなら、それくらいしか仕事がありません」

「こ、今度はちゃんとやりますからッ!」

「ダメです。2回戦は私が戦型チェックで、松平くんが荷物番です」

「……」

 す、凄い……完全に押し切った……。やりますね、先輩。

 そうこうしているうちに、志保部長も帰ってくる。

 勝ったから、嬉しそう。こういうのは、やっぱり態度に出るわよね。

「それでは、食事に行きましょう」


  ○

   。

    .


 10分後、私たちは市民会館近くのファミレスに来ていた。

 新人戦の打ち上げて使った場所だ。あと、夏の名人戦でもかな。

 ちなみに、松平はつじーんたちと合流。マックへ行っちゃった。

 女子6人に男子1人は、さすがに恥ずかしかったかな。

「わーい、いっぱい食べよ」

「おいおい、あんまり食べると、将棋がトロくなるぜ」

「私は大丈夫だもーんッ!」

「はん、説得力があるから困るな。だいだいおまえは……」

「よぉ、木原(きはら)

 ……ん? 男の声?

 私が振り返ると、身長160センチあるかないかの男の子が立っていた。

 ニット帽にぶかぶかのズボンを腰履き。髪は赤茶色。

 ……ぐれた中学生か何か?

 まさか女ばかりのグループと見て、恐喝ってことは……。

「みっちー、こん」

 数江先輩の声。え? 知り合い?

 ……に決まってるか。「木原」って言ってたもんね。

「おまえ、さっきの試合勝ったのか?」

「んー、負けちゃった」

 数江先輩の返事に、男の子は大笑いする。

「ハハハ、あいかわらず弱いなッ!」

 な……失礼過ぎでしょ。っていうか、年上にこの口の聞き方はないわ……。

 私がそんなことを思っていると、みっちーくんはこちらに視線を向けた。

「んん? 見かけない顔だな」

 ……私のこと? あのさぁ……それはこっちの台詞で……。

「知らねえのか、こいつが新人王の裏見(うらみ)だぞ」

 と冴島先輩。

 そうそう、私が新人王の……って、こいつは誰なのよ。名を名乗りなさい。

「あの……この子は?」

 小声で尋ねたつもりだったが、みっちーくんは地獄耳だったらしい。

 鋭い目付きで、私を睨んできた。

「おまえ、俺のこと中学生だと思ってるだろ?」

 思ってますが、何か?

 ……あれ? もしかして、違う?

 焦る私に、冴島先輩が助け舟を出す。

「あー……こいつは天堂(てんどう)2年の菅原(すがわら)だ」

 天堂……高校……2年……ってことは……年上……。

「ご、ごめんなさい……そういうつもりは……」

 機嫌を損ねた菅原先輩は、鼻をぐすりと鳴らす。

「まあ、いいや……今度から気をつけろよ……」

「は、はい……すみません……」

「しっかし、おまえももぐりだな。天堂の菅原(すがわら)道真(みちざね)様の名前を知らないとはよ。転校生か何かか?」

 すがわら……みちざねぇ……?

 それって、歴史の教科書に出てくる……。

 私の顔色を察したのか、菅原先輩は眉をひそめた。

「あ、おまえ、DQNネームだと思っただろッ!?」

 お、思ったかも……。

「お、思ってません」

「嘘吐くな。顔にそう出てるぞ」

「……」

 怖い……。

 こう言っちゃ悪いけど、天堂って、その……不良校で有名だし……。

 私がどぎまぎしていると、ファミレスの入り口でチャイムが鳴った。

 似たような少年たちが、ぞろぞろと入ってくる。

 そのうちのひとりが店内を見回し、こちらに向かって手を振った。

「せんぱーい、何やってるんっすか? ナンパ?」

「んなわけねえだろ」

 菅原先輩は親指で、私たちの方を指差す。

「駒桜の連中がいたから、挨拶してたのさ」

 や、やっぱり、この人たちも将棋部員……に見えない……。

 ただ、制服はちゃんと着てるのね。着崩してるけど。

 私服で来てるのは、多分会場全体でも、菅原先輩だけかも……。

「お、かわいい子発見」

 そう言って男子のひとりが、私に近寄ってきた。

 ちょッ! おまッ!

「こらぁ、うちの女子に手出してんじゃねぇぞ」

 冴島先輩の一喝で、男子は後ろに引っ込んだ。

 びびってますね。さすがは冴島先輩。ありがとうございます。

「次はうちとだが、心の準備はできてんのか?」

 と菅原先輩。

 これじゃまるで喧嘩ね。

 こっちが黙っていると、天堂の男子が苦笑した。

「先輩、うちより駒桜の方がぜってー強いッす」

「うっせぇ! やってみないと分かんねえだろッ!」

「いやぁ、うちでまともな将棋指してんの、先輩くらいしか……」

「おまえらがまともに練習しないからだろッ!」

「あのー、お客様」

 店の奥から、比較的年配の店員が出て来た。

 レジの近くで、女性店員が、ひそひそ話をしている。

 あぁ……これは……。

「店内では、お静かにお願い致します」

 注意された菅原先輩は、ニット帽を深く被ると、軽く歯ぎしりする。

「……すんません」

 あら、割と素直ね。

「じゃ、また後でな」

 それを最後に、菅原先輩たちは奥の席へと移動して行った。

 ……ふぅ、台風は去ったみたいね。

「ったく、ファミレスで絡んでんじゃねえよ」

 冴島先輩が舌打ちをする。

 こ、この人はこの人で怖いと、再認識したかも……。

「そういや、菅原は何将なんだ?」

 冴島先輩は、八千代先輩へと振り向いた。

 八千代先輩はノートを取り出して、ページをめくる。

 松平の奴、まさかメモしてないってことは……。

「三将です」

 あ、ちゃんと記録してるんだ。

 ところが冴島先輩は、再び舌打ちをした。

「三将か……どうせ5人しか登録してないんだろ?」

「そうですね」

 5人しか登録してなくて、三将……それって……。

「さ、さっきと同じだと私が……」

 私の問い掛けに、冴島先輩は頷いた。

 がーん。

「どうする? ズラすか?」

「……強いんですか?」

「……強いな。ヤクザ、会長ほどじゃねえが……」

 ぐッ……2年生、層が厚過ぎでしょ。

 1年生なんて、つじーんと私くらいしかいないのに。

 あと、サーヤちゃんくらいか。

「意味なくない? 他の4人は大したことないし、私と香子ちゃんと(まどか)ちゃんの誰が当たるか、なだけだと思うわよ」

 と歩美先輩。

「そもそも、天堂の将棋部自体が、菅原くんのためにできたようなもので、他の部員は知り合いの寄せ集めだと聞いています。特にずらす必要もないかと」

 と八千代先輩。

 できれば、ずらして欲しいかも……いろんな意味で……。

 だけどその願いも叶わず……。

「そのまま行くか。そこで落としても4—1だし、事故らなきゃ3—2は堅ぇ」

 先輩、さっき事故ってたじゃないですかッ!

 私が不安になっていると、数江先輩がメニューから顔を上げた。

「大丈夫、みっちーはいい人だから」

「そうかぁ? あんまいい噂、聞かねえけどな」

「みっちーを悪く言う人は、私がおしおきッ!」

 ? 何なの、この高評価?

 ……ま、いっか。

 私がぼんやりする中、店員さんがやってきた。

「ご注文はお決まりでしょうか」

 ……決まってません、はい。

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