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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第12局 なんだか秋の団体戦(1日目・2013年11月3日日曜)
79/295

72手目 読みふける少女

 雑音が消えていく。

 私の脳裏に閃いたのは、この局面で4四金。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 ぼんやりしてるようで、狙いは2つはある。

 ひとつは、3二銀の回避。もうひとつは、飛車の押さえ込み。4四金とされた局面で、先手は指す手が難しいはず。例えば4六銀と戻るのは、同成銀、同角、4五銀。これまでと違うのは、そのときに3二銀の打ち込みがないこと。これは先手の負け。同角に代えて同飛なら、4五金と直進するか、あるいは4五歩or4五銀で押さえ込む。

 銀を戻らず4八歩、5八成銀、4六角なら、今度は4一飛車の回りがあるわ。


挿絵(By みてみん)

 

 すぐに飛車を成り込めるわけじゃないけど、先手も3七銀が遊んでるし、最悪、4五桂馬から突っ込んでもいいと思う。こっちは薄いから、際どい勝負だけど……少なくとも、単に4五桂馬と跳ねるよりは、戦えそうね。

 よし、決めた。4四金としましょう。

 私は金に力を込めて、まっすぐ立った。

「金?」

 田中くんは額に皺を寄せて、盤面を睨む。

 悪手だと言いたそうな顔を最初はしていたが、だんだん表情が変わっていく。

「こ、こんな手があるのか……」

 私も、田中くんに合わせて読む。

 優勢にはならないけど、互角な変化が多いみたい。

 読み抜けていなければ、あるいは……。

 田中くんの持ち時間は10分を切り、それからも長考が続いた。両腕を組んで、体を前後に揺すっている。将棋を指す人が、無意識にやる動作だ。

 残り時間が5分に突入したところで、田中くんは大きく息を吐いた。

「これがあるなら、3七銀はなかったなあ」

 どうやら、困ってるみたいね。実際、3七銀のところで、4八歩と銀交換を強要された方が、嫌だったかも。いつでも3二銀があるし、交換後に4四金と立っても、今度は5四銀の打ち込みがあるから。……この一手を稼げたのは大きいわ。

 となると、普通の手じゃなくて、勝負手がきそう。経験的に。

 私がそう思った瞬間、案の定の予想外な手がとんできた。

 

挿絵(By みてみん)


 2六銀? ……なるほど、銀を取られると困る変化があると見ましたか。

 個人的には、まだ4八歩の方が嫌だった気もするけど……さて……。

 3七に銀がいないなら、4五桂はちょっととぼけてるかな。2六銀には一応、3五歩からガリガリこじ開けていく変化もあるし、悠長な手は指せないわね。例えば4一飛、3五歩、同歩、同銀、同金、同角、同角、同飛、5八成銀、3三飛成、4八飛成。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 途中で変化はありそうだけど、これが一例かな。3五歩を放置するのが困難ね。さすがに長考しただけあって、2六銀が無意味な手ってことはなかったか。

 何かいい手は……む、5七歩とか、どう? 角筋が止まれば、3五歩からの攻めは成立しないんじゃないかしら。それどころか、こっちからも3五歩と突き易くなる。5七歩、5四歩、同銀、5九歩、4五銀、3九飛……守備駒の銀が離れちゃうけど、これもありそう。飛車は4一じゃなくて、6一に回る形かしら。

 私はもう一度読み筋を確認して、それから5七歩と打った。

 田中くんは、また溜め息を漏らす。

「そうするよなあ……これは……」

 田中くんはぶつぶつ言いながら……同金ッ!?

 こ、これは疑問だわ。少なくとも、私の直感はそう言ってる。穴熊の金を、わざわざ立ち往生してる成銀と交換してるんだもの。先手が損よ。

 でも、これはチャンス。当然の同成銀、同角に4五桂馬はどう?

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 この角当たりが厳しいんじゃないかな? 例えば4六角に3五金打として、同銀、同金、同角、同歩、4六飛。桂当たりだけど、放置して6九角、7九金打、3六角成、同飛、同歩とすれば、こっちが有利……。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 じゃないわね。5四歩があるわ。

 同銀に3二角が痛打。かと言って3五角も4三角くらいで悪いような……。せっかく敵の穴熊がスカスカなのに、7九金打とさせるのは、センスないかも。というか、金銀渡しちゃダメでしょ、常識的に考えて。

 方針変更。あくまでも押さえ込みましょう。4六角なら5六金とへばりついて、角を逃げた瞬間に5七桂成と足がかりを作る。飛車があいかわらずニートだけど、むしろ守りに利かせちゃいましょ、右玉の8一飛車みたいにね。よし、決まり。

 私は同成銀、同角、4五桂と進める。田中くんは予想通りの4六角を指し、私の5六金に素早く2八角と逃げた。んー、2八に逃げますか。個人的には疑問。

 私は駒音高く、5七桂成と突っ込む。

「ん? 桂成?」

 田中くんは、眉間に皺を寄せた。

 え? 悪手だった?

 背中にひんやりとしたものを感じた瞬間、田中くんは中央の歩を突いた。

「5四歩?」

 今度は私が驚く番だ。

 これは……金で取ると、3四飛と走られちゃうわよね。だから銀で……。

 銀で取って、何か悪いの?

 私はいろんな筋を読む。……同銀で悪くない……はず。同銀。

 私の手とほとんど入れ違いに、5八歩が打たれた。


挿絵(By みてみん)


「ふえ?」

 ……あッ……金が助からない。同成桂は5六飛、っていうか、どう動いても5六飛。金を助けるには5五金と引くしかないけど、それは5七歩で成桂を……ん? 成桂を?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 これって悪手じゃない? こうしたら、どうするの?

 私は成桂を、6七に寄った。

 田中くんは、大きく目を見開く。

「金、貰っちゃうよ?」

 どうぞ、どうぞ。

 私の催促が届いたのか、田中くんはあっさり5六飛と寄った。

 では、わたくしも……。

 

挿絵(By みてみん)


「あれ?」

 田中くんの動きが止まる。

 はい、これは私が得してますね。

 5八歩が妙手に見えて、錯覚しちゃったパターンだわ、きっと。5四銀と素直にぶち込まれてた方が、よっぽど嫌だったかも。

「そっか……いやー……参ったな……」

 ぼやきを連発する田中くん。

 どんどん時間が減ってるわよ。30秒……20秒……10秒……ピッ。

 はい、1分将棋。私はまだ9分残してる。持ち時間でも差がついたわ。

 田中くんは後頭部をぽんぽん叩いた後、銀を手にする。

 7九銀打と補強する気? それは同成桂で……。

「もう暴れるしかないな」

 そう言って田中くんが指した手は……5五銀ッ!?

 ……同銀、同角、同金、同飛狙い?

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 んー、角を逃げた後で補強されると、意外と面倒……でもないか。

 さすがにこっちがいいと思うけど……具体的にはどうやって……。

 あ、そっか、この手があったわ。一応念入りに読んで、と

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 成立かな。じゃあ、同銀ッ!

 同角、同金、同飛と指して、田中くんは口元を引き締めた。

 やれる、って顔してるけど……この手はどうですか?

 私は8八成桂として、当然の同玉に7九銀と打つ。

「タダ捨て?」

 じゃないわよ。よーく見てくださいな。

 10秒ほどして、田中くんアッとなる。

「王手飛車かッ!」

 正解。同玉は4六角で王手飛車よ。

 ただ、その後がちょいと面倒で、実はそこまで優勢でもないという……。

 ピッ、ピッ、ピーッ!

 田中くんは覚悟を決めたかのように、同玉と取った。

 私はノータイムで4六角と据える。

 再び考え込む田中くん。この王手飛車、応手がいろいろありそうだけど、正解は多分ひとつだけ。5七金。それ以外は、潰れる順がありそう。例えば5七飛なら、5六歩で終了。6八銀なら、5五角、5四金の両取りに……。

 むッ! 6八金と受けて来ましたかッ! これは予想の斜め上ッ!

 この勝負、いただきよッ!

 私は5五角と飛車を回収し、田中くんは渾身の5四金。

 両取りには両取り返し、の予定なんでしょうけど、そうは問屋が卸しません。

 6六角ッ!

 

挿絵(By みてみん)


 7七銀打と受けたら同角成、同金、2六角。飛車得はさすがに勝ちでしょう。

 だからと言って受けないのは……8八金から詰みますよ。

 田中くんは、腕組みを解いて、背筋を伸ばした。

「……負けました」

「ありがとうございました」

 私も一礼して、大きく息を吐いた。

「いやー、きれいに決まっちゃったな。5七銀だった?」

 5七銀? ……あ、4六角への応手か。感想戦ね。

「5七金の方が良くない?」

「金? 何か違いある?」

「5七銀だと、5五角、5四金に、やっぱり6六角って出られるわ」

「同銀で?」

「6七金」


挿絵(By みてみん)


「そっかそっか、これが詰めろ銀取りなんだな」

 そういうことですね。5七金なら、6七に打たれないのよね。

「正直、5七金で難しいかと思ってた」

「うーん、5七金はちらっと考えたんだけど、5五角、5四金、2六角、5五金のとき、5九角成の備えになってなさそうだから、切っちゃったよ」

 5五角、5四金、2六角、5五金、5九角成……。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 確かに、これも嫌かな。私の勝ちに見えるわね。

 でも、6六角の方が激痛なわけで……ん? もしかして……。

「ごめん、失礼なこと訊くけど……6六角が……」

 田中くんは両腕を組んで、真面目な顔付きになる。

「うん、見えてなかった」

 っと、そういうことでしたか。

「タダ取りできる銀を放置して、6六に出てくるとは思わなくてさ」

 1分将棋だから、2六角の方ばかり読んでたわけね。納得。

 このへんは、終盤に時間を残してた私の作戦勝ちかしら。

「中盤はどうだった?」

 そうねえ……中盤は……。

「こっちの方が苦しかったかな?」

 私が正直に答えると、田中くんは小首を傾げた。

「そうかな? 俺の方が苦しいと思ってたけど」

 ふむ……お互いに息苦しさを感じてたパターンですか。

 一手ばったりの局面が続いてたし、さもありなんって感じね。

「正確に指したら、やっぱり穴熊の堅さが生きるんじゃない?」

「正確にねえ……どこで間違えたかな……」

「とりあえず、5四歩は疑問だったかも。5八歩が意味なかったし」

 私の指摘に、田中くんも頷いた。

「あそこから、いきなり悪くなったもんな」

「6七成桂で大丈夫と読んでた?」

 田中くんは照れくさそうに笑い、刈り上げられた頭を掻く。

「いやー、てっきり5五金、5七歩で、成桂を払えると思っててさ」

 あらら……そんなことだろうと思ってました。

 まあ、一瞬ドッキリしたのは認めるわよ。見えてない筋だったし、金が7八じゃなくて7九にいたら、ほんとに困ってたもの。6七成桂が効いたのは、たまたまだったわね。

「じゃあ、5四銀って打ってみるか」

 田中くんは気を取り直して、5四銀と打ち込んできた。

 

挿絵(By みてみん)


 これは……。

「同銀、同歩、同金までは確定かな?」

 私はそこまで進める。

「3四飛車って走るよな」

 ……ですね。飛車成と金取りの十字飛車。

「4三銀と受けても、3三飛成が銀取りね……」

「そこで4四金だと?」

 4四金? それは……。

「4五歩って打つかな」

「3二歩で龍を追い返せない? 3八龍なら、そこで4五金」

「うーん、龍は逃げないと思う。4四歩、3三歩、4三歩成くらいで……」


挿絵(By みてみん)


 局面を進めた田中くんは、頬をぷっくりと膨らませる。

「んー、4八飛があるぞ」

 おっと、両取りどころか、三面取りですか。凄いわね。

 5三とと角を取るか、2八の角を逃げるか、7八の金を受けるか……。

 角逃げはないかな。働いてない角を守ってもしょうがないし。

 二者択一で、7八の金を守るか、5三の角を取るか……。

「7九金打って受ける? そこ取られたら、将棋が終わっちゃいそうだけど」

「5三と、7八飛成に、7九金って弾けないかね?」

 ……そうかも。すぐ受ける必要はないか。

「5三と、2八飛成、7九金打、2六龍……じゃなくて6七成桂?」


挿絵(By みてみん)


「こりゃ、穴熊特有の、切った張ったになりそうだなあ」

 そうねえ、ただ、6七成桂は、下手すると2手スキにすらなってないわけで……。例えば4五角くらいで、全然ダメそうなのよね、後手が。

「やっぱり、5四銀って打たれたら、困ってたかも」

「だね、そう打っときゃ良かったな」

 後悔先に立たず、か。いい諺だわ、ほんと。

「じゃ、俺は先輩たちの応援したいし、ここまでにしようか。ありがとね」

 いえいえ、こちらこそ、どうも。

「ありがとうございました」

場所:2013年度秋季団体戦

先手:田中 広典

後手:裏見 香子

戦型:居飛車穴熊vs四間飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二銀

▲6八玉 △4二飛 ▲2五歩 △3三角 ▲7八玉 △9四歩

▲9六歩 △4三銀 ▲5六歩 △7二銀 ▲5八金右 △5二金左

▲5七銀 △6四歩 ▲3六歩 △6二玉 ▲5五角 △6三銀

▲6六歩 △7一玉 ▲3七角 △3二飛 ▲8八玉 △4二角

▲2六角 △2二飛 ▲4八角 △3二飛 ▲7八金 △8二玉

▲6七金右 △7二金 ▲1六歩 △1四歩 ▲9八香 △3五歩

▲同 歩 △同 飛 ▲4六銀 △3二飛 ▲5七角 △5四歩

▲9九玉 △4五歩 ▲3五銀 △5三角 ▲3六歩 △3四歩

▲2六銀 △4四銀 ▲8八銀 △5五歩 ▲同 歩 △同 銀

▲5六歩 △4四銀 ▲3七銀 △2二飛 ▲4六歩 △3三桂

▲6八角 △2一飛 ▲4五歩 △同 銀 ▲5五歩 △4六歩

▲同 銀 △3六銀 ▲3八飛 △4七銀成 ▲3四飛 △4三金

▲3六飛 △3四歩 ▲3七銀 △4四金 ▲2六銀 △5七歩

▲同 金 △同成銀 ▲同 角 △4五桂 ▲4六角 △5六金

▲2八角 △5七桂成 ▲5四歩 △同 銀 ▲5八歩 △6七成桂

▲5六飛 △7八成桂 ▲5五銀 △同 銀 ▲同 角 △同 金

▲同 飛 △8八成桂 ▲同 玉 △7九銀 ▲同 玉 △4六角

▲6八金 △5五角 ▲5四金 △6六角


まで112手で裏見の勝ち

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