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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第11局 うきうき文化祭編(2013年9月11日水曜&10月6日日曜)
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69手目 オーダーを作る少女

「お待たせしました」

 部室のドアを開けた私に、10の瞳が向けられる。

 今は放課後。まさか、担任にプリントの準備を頼まれちゃうなんてね。

 ツイてないわ。

「遅かったわね」

 歩美(あゆみ)先輩の一言。

 別に怒ってるわけじゃないみたい。

「すみません、クラスの用事があって……」

「ま、そこに座って」

 歩美先輩はそう言って、テーブルの端の席を勧めた。

 はいはい、座りますよ、と。

 私が席につくと、志保(しほ)部長がパンと手を叩く。

「それでは、会議を始めます。今日は、団体戦のオーダーについてですね」

 オーダー?

 ……ああ、団体戦の並び順を決めるのね。

「一応、私の案を出しますので、それを叩き台にしてください」

 志保先輩はそう言って、ホワイトボードに名前と席順を書いていく。


 大将 大川

 副将 駒込

 三将 傍目

 四将 裏見

 五将 冴島

 六将 木原

 

 全員の名前を書き終えた先輩は、水性ペンを置き、こちらに向き直る。

「いかがでしょうか?」

 ふむ……全然分かりません。

 こうなってる理由が、見えてこないわね。

 案ってことは、適当に出したわけじゃないんでしょうけど……。

 というか……。

八千代(やちよ)先輩も出るんですか?」

 私の質問に、全員が振り返る。

「はい、今回から男女混合になったので、全5試合となります。これを5人だけでクリアするのは、非常に難しいという判断ですね。私が、傍目(はため)さんに頼みました」

 志保先輩の説明に、八千代先輩も頷いた。

「私は本来、観る専なのですが、今回は仕方ありませんね」

 そうですか……。

 しかし、戦力にならない可能性も……。

「えーと、今回から6vs6になるんですか?」

「いえ、それは違います。もともと団体戦は、10人まで登録して、その中から自由に5人選べる方式だったのです。女子の部には2校しかなかったので、わざわざ登録していなかっただけの話ですよ」

 あ、そうなんだ。

 じゃあ、並び方を決める意味はないのかしら?

「順番も後で変えていいんですか、例えば……」

 私は、ホワイトボードを見やる。

「このオーダーで、歩美先輩が部長の前に出るとか」

 私の質問に、志保部長は首を左右に振った。

「ダメです。オーダーで決まった順番そのものの変更はできません。ですから……」

 先輩は、ホワイトボードに例を書く。

 

 OK

 駒込 傍目 裏見 冴島 木原 (大川抜け)

 大川 駒込 裏見 冴島 木原 (傍目抜け)

 大川 駒込 傍目 裏見 冴島 (木原抜け)

 etc...

 

 NG

 傍目 駒込 裏見 冴島 木原 (傍目⇄駒込入れ替え)

 駒込 傍目 冴島 木原 裏見 (裏見⇄冴島⇄木原入れ替え)

 etc...

 

「こういうことですね」

 うむむ……何がオッケーで何がダメなのか、イマイチ分からないわね。

 私が悩んでいると、歩美先輩が助け舟を出してきた。

「要するにね、オーダー表っていう紙に、こう登録して……」


 大将 副将 三将 四将 五将 六将

 大川 駒込 傍目 裏見 冴島 木原

 

「試合が始まる前に、出ない人を消すのよ」


 大将 副将 四将 五将 六将

 大川 駒込 裏見 冴島 木原


「だから、オーダーの順番自体は、入れ替えられないわけ」

 ……なるほど。何となく、分かったわ。

「仕組みは分かりました。すると、このオーダーがいいんですか?」

「んー」

 歩美先輩は、もう一度オーダーを眺める。

「部長の読みでは、下に有力選手を集めた方が、いいってことなのね?」

「はい、そうなりますね。傍目さんの情報に寄れば、男子はなるべくバランスを取ろうとするらしいので、うちは偏らせて対抗した方がいいかと」

「……そう」

 出ました。歩美先輩の、質問した後で無関心な素振り。

 まあ、それはいいとして……。

 オーダーって、そこまで重要なのかしら?

 強い人が順番に5人でいいと思うけど……。

「抽象的な話しても、しょうがねえだろ。シミュレーションしてみろよ」

 前の方に座っていた冴島(さえじま)先輩が、めんどくさそうに言い放った。

 そうですね。具体例が欲しいですね。

「では、前回の藤女(ふじじょ)のオーダーと比較してみますか」

 部長は、春の団体戦のメンバーを書き出す。

 

 【藤花女学園 2013年度 春の団体戦】

  大将 副将 三将 四将 五将 

  姫野 鞘谷 猿渡 横溝 甘田

 

「さて、こいつにズラして勝てるかどうかだな……」

 冴島先輩は、両手の骨をポキポキと鳴らした。怖いなあ。

 ところで、ずらすって何?

「大将は当然、当て馬にするんだろ?」

「そ、そうなりますね……私が姫野(ひめの)さんとですか……」

甘田(かんだ)にも木原(きはら)を当て馬して……」


  大将 副将 三将 四将 五将 

  姫野 鞘谷 猿渡 横溝 甘田

  

  大将 副将 四将 五将 六将

  大川 駒込 裏見 冴島 木原

  

「こうだな。これは勝てるんじゃないか?」

 順番に見ますか。

 姫野vs大川は姫野勝ち。

 鞘谷vs駒込は駒込勝ち。

 猿渡vs私は……ここ難しいわね。保留。

 横溝vs冴島は冴島勝ち。

 甘田vs木原は甘田勝ち。

「2勝2敗で、香子ちゃんがキーマンって感じかしらね」

 と歩美先輩。

 そ、そうかもしれないですね……プレッシャー……。

「ふん……やっぱ簡単には勝てねえな」

 冴島先輩の溜め息に、八千代先輩が口を開く。

「と言っても、素で当たりにいくよりは勝ち目があります。春は0—5でしたが、うまくいけば勝ちを拾えるパターンまでもっていけますので」

「ただよお、問題は、藤女が同じパターンで来るかどうかだろ? 甘田の話じゃ、幽霊部員みたいな補欠がいるらしいし、今回はムリヤリ連れて来ると思うぞ?」

「その幽霊部員については、私も耳にしました。しかし、初心者らしいですよ? もしかすると、木原さんですら勝ちを拾えるかもしれません」

 八千代先輩の台詞に、数江(かずえ)先輩がムッとなる。

「何その言い方は? 失礼しちゃうなあ」

 まあ……そのへんはお察しください……。

 ここで喧嘩してもしょうがないし。

「ひとつだけ気になるのは、姫ちゃんを大将に置く可能性が、凄く低いってことよね。一番強い人は普通、中央に寄せておくから。うちと同じように人数の足りてない藤女なら、なおさら三、四将あたりなんじゃない?」

 歩美先輩の指摘に、八千代先輩も眼鏡を直す。

「そうですね……尤もなご意見です」

「とりあえず、棋力は姫野>甘田>鞘谷>猿渡>横溝って感じなんだろ? だったら、姫野を中央に置いて、甘田が副将か五将って感じじゃねえか? ってかそもそも、猿渡は出てくるのか? 3年の秋だぜ?」

 確かに……秋は3年生があまり出て来ないって、前も聞いたような……。

「残念ながら、猿渡さんも推薦入試らしいので、出て来ると思います」

 そっか……さすが猿渡さん……。

 ただ、猿渡さんは、推薦入試じゃなくても出て来そうよね。

 藤女も、レギュラーが5人しかいないわけだし……。

 まあ、うちのレギュラー5人より強いけど……。

「『哲子(てつこ)ちゃんが出て来ない』という楽観視は止めておきましょう。会議でも、男女混合にやる気だったんでしょ? あれだけごり押しして、本人不参加ってことはないと思う」

 うん、歩美先輩の意見が正しそう。

 ごり押しの張本人が欠席は、大変印象悪いです。はい。

「ってことは、うちと似たようなオーダーになりそうだな……」


 大将 副将 三将 四将 五将 六将 七将 八将 九将 十将

 幽霊 甘田 幽霊 姫野 幽霊 鞘谷 幽霊 横溝 猿渡 幽霊

 

 えぇッ!? 10人フルで出すんだ。

 というか、幽霊多過ぎ。

「幽霊部員が4、5人もいるとは思えませんが……」

 八千代先輩はそう言って、首を捻った。

 そうよね。女子校の将棋部に、幽霊部員が5人もいるとは思えないわ。

「そうか……だったら、とりあえず2人で見て、多くても3人って感じに……」


 大将 副将 三将 四将 五将 六将 七将

 幽霊 甘田 猿渡 姫野 横溝 鞘谷 幽霊

 

「こうか? さすがに、端をレギュラーで固定はしないだろ」

「確かに、これなら上にも下にもずらせますね。でしたら……」

「すみません……『ずらす』って何ですか?」

 私の質問に、八千代先輩が振り向いた。

「ずらすというのは、『自分に有利な組み合わせになるようにメンバーを動かす』という意味です。例えば、さきほどの例だと……」


 《パターン1》

  姫野 鞘谷 猿渡 横溝 甘田

  駒込 傍目 裏見 冴島 木原

  

 《パターン2》

  姫野 鞘谷 猿渡 横溝 甘田

  大川 駒込 裏見 冴島 木原

  

「パターン1よりもパターン2の方が勝ち易いのは、見てお分かりでしょう。このとき、大川部長が姫野さんと当たるようにするため、部長イン、傍目アウトと組むのが、『ずらす』という行為です。よくある作戦のひとつですね」

 ふむふむ、わざと負ける組み合わせを作って、他で勝ちを拾うわけね。

 んー、並び方ひとつでも、結構奥が深いかも……。

「オーダーって、重要なんですね」

 私がそう呟くと、八千代先輩はうんうんと頷き返した。

「もちろんです。こういう団体戦の組み方は、学生将棋界が最も真剣に取り組んでいる箇所のひとつで、逆にプロの方が苦手なところだと思います。例えば第2回電王戦、あれは並び方さえ変えれば、プロ勝ち越しに持って行ける局面でしたが……。これは推測になってしまいますが、プロには個人戦しかないので、そういう団体戦の感覚が、もとから身についていないのかもしれません。他人は全部ライバルですから」

 ……はあ、よく分かりません。

 静まり返った室内に、パンと部長の手が鳴る。

「電王戦の話はそれくらいにして、本題に戻りましょう。他に意見は?」

 部長はそう言って、みんなの顔をひとりひとり見ていく。

 誰も何も言わない。

 最後に、私の番がきた。

「裏見さんは、いかがですか?」

 私は……。

「こ、これでいい思います……」

 いや、よく分かってないんだけどね。

「じゃ、オーダーは決まりだな。……しっかし、これで5戦はキツいぜ」

 おっとっと、メンバーの前でそれを言いますか。

 まあ、同意だけど。

「ずらすための要員が、もう1人くらいいればいいんですが……なかなか……」

 部長は、困ったような顔でそう言った。

天堂(てんどう)清心(せいしん)みたいに、そのへんから連れてくればどうかな? 駒の動かし方くらい知ってる子、いるかもよ?」

 数江先輩の発言。

 それはどうかなあ……。

「私は反対。そういうのは、全体の士気にかかわるわ」

 ですよねえ、歩美先輩。

 いきなり部外者に助っ人を頼むのは、反対だわ。

「どっかに将棋の強い女、転がってねえのかな?」

 石ころじゃないんだから……。

(けん)ちゃんが参加できればいいんだけどね」

 と歩美先輩。

 まあ、あいつがいれば、そこそこは……。

 ん? そう言えば……。

「部長、ひとついいですか?」

「はい、何でしょうか?」

松平(まつだいら)くんの件なんですが……」

 私は、松平から頼まれたことを、正直に伝えた。

 一番最初に反応したのは、部長じゃなくて冴島先輩だった。

「何ッ!? なんで今まで黙ってたんだッ!」

「え……いや……別に急ぐ要件じゃないかな、と……」

 私の反論を無視して、冴島先輩は両手で髪を掻きむしる。

「分かってたら、もっと早く動いてたぞッ! 反対する理由がねえだろッ!」

「えー? 私は反対」

 数江先輩の挙手に、冴島先輩は悶えるのを止めた。

「何で反対なんだッ! 理由を言えッ!」

「普通の将棋部にしたら、部室を男子に乗っ取られちゃうよ」

「んなこたねえだろッ! がつんと言ってやりゃいいんだよッ!」

 そりゃ、冴島先輩はそうかもしれないけど……普通は……。

 そこへ、志保部長も割り込んでくる。

「私情になってしまいますが、私も反対です」

 え? 部長も?

「どうしてですか?」

「不祥事で以前の将棋部が廃部になったのは、私が1年生のときだったんですよ。あのときの印象が良くないので……すみません、個人的な意見ですが……」

 あ、そうなんだ……。

 確かに、それはちょっとトラウマかも……。

「ただ、女子だけで将棋部がもっていたのは、その次の年に4人入ったからで、2年目にして既に少子高齢化状態です。校内の半分は男子なのですから、藤女と違って無理が……」

 八千代先輩はみなまで言わず、口を閉じた。

 重苦しい空気が流れる。

「まあ、どれだけ早く言っても、部の設立や改編は来年度からでしょ。とりあえず、団体戦が終わるまで、この問題は棚上げ。……いいわね?」

 主将権限と言わんばかりに、歩美先輩が話を打ち切る。

 沈黙。みんな、それで納得したみたいだ。

 うーん、これって……言わない方が良かったかなあ? 失敗だったかも。

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