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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第11局 うきうき文化祭編(2013年9月11日水曜&10月6日日曜)
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68手目 予言する少女

 出店に戻った私は、特に小言を受けることもなく、キッチンを担当させられた。

 売り子より、こっちの方が楽だわ。

「はい、はーいッ! 美味しいクレープだよッ! 食べなきゃ損だよーッ!」

 売り子は数江(かずえ)先輩。明るい人だから、こういうの向いてそうよね。

 少なくとも、歩美(あゆみ)先輩よりは。

「私の顔に何かついてる?」

 椅子に座って本を読んでいた先輩と、目が合う。

「い、いえ、何でもないです……」

 私はボールの中の生地を掻き混ぜながら、ちらりと視線を移す。そこには例の少女……飛瀬(とびせ)さんがいた。椅子に座って、クレープを食べている。

「飛瀬さんだっけ?」

 歩美先輩の声。というか、手伝ってくださいな。

 なぜに『変わりゆく現代将棋』とか読んでるかなあ……。

 それに、飛瀬さんも無視しちゃダメでしょ。

「飛瀬さん?」

「はい」

 ようやく返事をした飛瀬さん。

 私は会話を盗み聞きする。

「下の名前は何て言うの?」

「……カンナです」

「へえ、女流にも同じ名前の人、いるわよね。漢字は?」

「全部カタカナです」

 え、それは珍しい……。

 むりやり当て字にしてきそうなもんだけど……。

「じゃあ、今度からカンナちゃんって呼ぶわね」

 なんでいきなりお友だちモードなんですかッ!

 ま、まあ、雰囲気が似てるのは否定できないけど……KYなとことか……。

「ところで、カンナちゃんは中学生?」

「はい、中学3年生です」

 あら、そうなんだ。受験勉強とか、いいのかしら?

 というか、この前の制服、市内で見かけたことが……。

「どこ中?」

 飛瀬さんは、中学の名前を告げた。……聞いたことがない。

「それ、市外よね?」

「市外というか、県外ですね」

「県外の生徒が、何でここに?」

「実はですね……」

 飛瀬さんは、一段と声を押し殺す。

「1年前、この町を観光していた最中に交通事故で死んでしまい、地縛霊としてこの世をさまよっているのです。あまりにも暇なので、将棋を指しているこの頃」

「……そう」

 こ、この返しはうまいかも……参考にさせてもらいましょ。

「で、本当はなんでここに?」

「あ、信じてませんね? 証拠を見せましょうか?」

「証拠はいいから、理由を教えてちょうだい」

 この強引なやり方もグッド。

「……父が来年度、駒桜(こまざくら)市へ転勤になったのです。私も来年度から、この町の高校へ通うことになりました」

 そう……え? 転勤?

「じゃ、じゃあ、来年度はうちに?」

 私は手を休めて、後ろを振り向いた。

 飛瀬さんはクレープを持ったまま、こくりと頷き返す。

「マジかッ! そいつは助かるぜッ!」

 冴島(さえじま)先輩はそう言って、右手の拳を左手の平に打ち付ける。

 た、助かるんですかね? なんか厄介者をしょいこんでいるような……。

「来年度は、1年生を大量に勧誘しないと、少子高齢化で潰れちまうからな」

 あ、そういう……いやー、しかし……この子は……。

 危険な香りがぷんぷんするんですが……。

「で、合格しそうなの?」

 歩美先輩の無頓着な問い。

「余裕で合格圏内です」

 わお、大きく出ましたね。嘘じゃないんでしょうけど。

「そもそも地球の学問レベルなら、無勉でも入れます」

 はいはい、設定がめちゃくちゃになってるわよ。

 幽霊なのか宇宙人なのか、はっきりする。

「理由は分かったわ。じゃあ、幽霊である証拠を見せてちょうだい」

 えぇ……そこ蒸し返すんだ……。

 歩美先輩、本気ですか……。

「いいですよ。ちょっと後ろを向いていてください」

 歩美先輩はおとなしく、後ろを向いた。

「他の方も、お願いします」

 私は、興味なさげに作業へと戻る。

 ただ、聞き耳だけは立てておく。

 ……ん? 物音がしないわね。

 私は、こっそりと振り返った。

「い、いないッ!?」

 私の大声に、他のメンバーも振り返る。

「ほんとだ、消えちゃったよ」

 数江先輩が、面白そうにそう言った。

「どうせ、そのへんに隠れてるんだろ?」

 と冴島先輩。私もそう思います。

 隠れられそうな場所は……。私は、室内を見回す。

 ……あ、発見しました。看板の後ろから、スカートが出てるわよ。

「どこかなあ?」

 私はボールを置いて、看板のそばへと近寄る。

 数江先輩がくすくすと笑った。ダメよ、笑っちゃ。

「そこだッ!」

 私はスカートのすそを引っ張る。

 ちょっと驚かせるつもりだったんだけど……。

「あれ?」

 私の手の中に、チェック模様のスカートだけが残る。

「え?」

 みんなギョッとなり、お互いに顔を見合わせた。

 冴島先輩、顔が青くなってますが……もしや……。

「ま、まじで幽霊か……」

「引っかかりましたね」

「うわーッ!?」

 冴島先輩の大声と同時に、ロッカーの扉が開いた。

 ギィという金属音の向こうから、飛瀬さんが顔を覗かせる。

「ここに隠れていたのです。……スカートは囮です」

 私はスカートの端を握り締め、歯を食いしばった。

 店内でパンツ姿になるなッ! 男子に見つかったらやばいでしょッ!

「さっさと履くッ!」

 私は飛瀬さん目がけて、スカートを投げつけた。

 見事に顔面ヒットする。

「ま、前が……」

「履くまで出て来ないッ!」

 バタンという音と一緒に、飛瀬さんは再びロッカーの中に引っ込んだ。

 まったく、どういう神経してるのよ。

 冴島先輩も、しかめっつらで額の汗を拭う。

「あいつ、大丈夫か?」

 大丈夫じゃないです。

(まどか)ちゃん、すごい悲鳴だったわね。廊下まで聞こえたわよ、きっと」

「う、うっせえッ! 誰だってビビるだろッ!」

 もしや冴島先輩、幽霊が苦手なんじゃ……。

 あれ? それにしても、スカートを脱いでどうやってロッカーまで移動……。

「お取り込み中のところ、失礼致します」

「ッ!?」

 こ、この声はッ!?

(ひめ)ちゃん」

 一番最初に反応したのは、歩美先輩だった。

 歩美先輩は本を閉じて、出店のカウンターへと歩み寄る。

「今日はどうしたの? 私と勝負したいわけ?」

 んなわけないでしょ。

「他校の文化祭というものも、少々見学してみようかと思い……」

 姫野(ひめの)さんはそう言って、店内を見回す。

「クレープ屋ですか……健全でよろしゅうございますわ」

 私と冴島先輩はちらりと視線をかわし、頬を染める。

 あんまり、喋らないで欲しいんだけど……あの件は……。

「おい、姫野、ひとつ喰ってくか?」

 冴島先輩は、腕まくりをしてみせる。

 だけど姫野さんは、首を左右に振った。

「申し訳ございません。間食は控えておりますので」

「そんな砂糖細工みたいな体してんじゃねえぞ。もっと喰って鍛えろよ」

 鍛えてるお嬢様とか、聞いたことないです。

 これで腹筋が割れてたりしたら怖いでしょ。

「彼女が姫野さんですか」

「うわッ!」

 今日で何度目かの悲鳴。

 私が振り返ると、いつの間にか飛瀬さんがロッカーから出ていた。

 名前を呼ばれた姫野さんは、訝し気に彼女を見やる。

「あなたは、いつぞやの……」

「飛瀬カンナです。お久しぶりです」

「お久しぶりです。……と言っても、一度しかお会いしておりませんが」

「いえいえ、そんなことはありません」

 飛瀬さんの反論に、私は嫌な予感を覚える。

「実は私たち、前世で何度も会ったことがあるのです。確か直近では、昭和の暴力団抗争の際、敵対する組みに所属していたと記憶しています」

 室内の空気が凍り付く。

 だ、誰かこいつを黙らせてください……。

「ほほほ、面白い方ですわね」

 そう言って姫野さんは、手の甲を口元に当てて笑った。

 目が笑ってないんですが……。

「で、その前世の見える方が、なぜここに?」

 前半部分は置いといて、尤もな質問よね。

 私は飛瀬さんの肘を小突いて、そっと耳打ちする。

「ほら、ちゃんと本当のことを話すのよ」

「分かっています」

 飛瀬さんの返事に、私はホッと胸を撫で下ろす。

 飛瀬さんはひと呼吸おいて、それから唇を動かした。

「実はですね……」

 それ口癖? 本当のことを一回も言ってないでしょ。

「最近、姫野(ひめの)咲耶(さくや)さんの天文に、不吉な影が漂い始めています。そこで今日は直にお会いして、ことの真相を確かめてみたいと思いました」

 ハァ……。私はあからさまな溜め息を吐く。

 あのさあ……ふざけてんの?

「姫ちゃんに不吉な影? いったい何が……」

 いや、歩美先輩、そこ乗らなくていいです。無視しましょう。

「ほお……わたくしも気になりますわね……」

 うわ、この人たち、大人げない……。

 笑って済ませずに、どんどん煽っていきますか……。

「そう言うからには、何か証拠がございますのでしょうね?」

 姫野さんの声は、微妙に怒気を含んでいた。

 ほらほらほら、怒らせちゃったじゃないの。

 さっさと謝った方がいいわよ、マジで。

「証拠はあります。……お見せしましょう」

 ああ、もう勝手にしなさい。

 私が呆れ返っていると、飛瀬さんはポケットから、一枚の紙切れを取り出した。

 それをテーブルの上に広げて、姫野さんを手招きする。

 姫野さんはしばらく躊躇した後、入り口を迂回して店内に入って来た。

「これは……?」

 姫野さんは、紙切れを覗き込み、そう呟いた。

 私も好奇心から覗き込む。

 そこには、ひらがなと「はい」「いいえ」の2単語。

 ん、これって……。

「こっくりさんじゃん」

 と数江先輩。そうですね。こっくりさんですね。

「こっくりさん……? 何かの遊びですか?」

 あ、真面目過ぎて知らないタイプですね、はい。

 ここは、私が説明しましょう。

「えっと、何て言うんですかね……狐の霊を呼び出して、未来の出来事なんかを予知するおまじないです」

「狐の霊? おまじない?」

 姫野さんは、何だか怪訝そうな眼差しを私に向けてくる。

 ああ、こういうのはまーッたく信じてないタイプですか。

 別に、私も信じてるわけじゃないんだけど……。

「では、はじめましょう」

 飛瀬さんは五百円玉を取り出すと、紙切れの中央に置く。

 人差し指を硬貨に乗せたまま、姫野さんへと顔を向けた。

「姫野さん、人差し指を五百円玉の上に乗せてください」

 指示を受けた姫野さんは、口元を結び、周囲の面子を一瞥する。

 ……恥ずかしい。

「姫ちゃん、物は試しよ。やってみれば?」

 歩美先輩のアドバイス。

 姫野さんは渋々と言った様子で、硬貨の上に指を置いた。

 あいかわらず奇麗な指してますね。羨ましい。

「ここから、どうすればよろしいので?」

「姫野さんは、そのまま指を乗せているだけでオッケーです。では……」

 飛瀬さんは深呼吸すると、将棋を指しているときのような真剣な瞳になる。

「こっくりさん、こっくりさん、おいでくださいませ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 この茶番、あとどのくらいやるんでしょうか?

「……いらっしゃいました」

 ふっと、あたりの空気が変わる。え、え、え?

「……何がです?」

「こっくりさんです。姫野さんが信用していないようなので、質問は私がします。こっくりさんが怒るといけませんから」

「あの……これでは、何が何やら……」

「こっくりさん、こっくりさん、お答えください。姫野咲耶さんの身に、何が起ころうとしているのでしょうか?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ま、動くわけがないわよね。

 私がこのおふざけを中止させようとした瞬間、姫野さんの表情が変わった。

「コ、コインが……?」

 動いたッ!?

 ……いや、お、落ち着くのよ、裏見香子。

 確かこういうのって、無意識のうちに手が動いてるとか、そういうオチだったはず。

 そう自分を納得させつつも、私はコインの軌跡を追った。

 

 ら い は ” る か ” く る

 

「らいはるかくる?」

 姫野さんは、ひらがなの部分を順番に口ずさんだ。

「点々は濁点です。……『ライバルが来る』と仰っています」

「ライバルが来る……? わたくしにですか?」

 信じられないと言った顔で、姫野さんは返した。

 というか、こっくりさんが来てるのは、前提になってるんですか? これ?

「はい。こっくりさんはそう仰っています」

「ライバルならここにいるわよ、ほら」

 歩美先輩の台詞を無視して、飛瀬さんは先を続ける。

「こっくりさん、こっくりさん、お答えください。そのライバルはどこから来るのでしょうか?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 動いたッ!?

 

 う み の む こ う


「海の向こう?」

 今度は姫野さんも、きちんと文字列を把握したらしい。

 私はこの状況自体が把握できてないんですが……。

「海外からということですか? いったい、いつ?」

「……それも訊いてみましょう。こっくりさん、こっくりさん、お答えください。そのライバルは、いつ来るのでしょうか?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 また動いたッ!?

 

 く り す ま す


 クリスマスッ!? って、後3ヶ月しかないんだけど……。

 この予言、ピンポイント過ぎるでしょ。誤摩化しが効かなくなるわよ。

「そこまで分かるなら、名前も教えていただけますかしら?」

 あらら、すっかり飛瀬さんの空気の呑まれてますね。

「分かりました。こっくりさん、こっくりさん……」

 そこまで言って、飛瀬さんはおまじないを止めた。

「……どうかしましたか?」

「……こっくりさんは、急用で帰ってしまいました」

 溜め息が漏れる。返答に窮して逃げましたね、飛瀬さん。

 姫野さんも大きく息を吐き、コインから指先を離した。

 濡れ羽色の長髪をかきあげ、一同を見回す。

「なかなか面白い手品でしたわ。……では、ごきげんよう」

 はい……ごきげんよう……。

 姫野さんは、そのまま出店を去って行った。

「あら……一局指そうと思ったのに」

 と歩美先輩。出店を手伝ってくださいな。

 私がいろんなことに呆れ返っていると、飛瀬さんが口を開く。

「ここのクレープは、なかなか美味しいですね。もうひとつください」

「お、マジか。そう言ってくれると嬉しいぜ」

 冴島先輩は「へへ」と笑い、できたてのクレープを差し出す。

「150円でしたね」

 飛瀬さんは財布を開き、千円札を取り出した。

「いや、将来の後輩だからな。タダでいいぞ」

 おっと、気前がいいですね。

 私が感心する中、飛瀬さんは千円札を仕舞い、さらに五百円玉を……。

 ん?

「ちょっと、その五百円玉見せて」

「あッ」

 私は飛瀬さんの手から、五百円玉をひったくった。

 裏返しにした瞬間、私は喫驚を漏らす。

「オモチャじゃないッ!」

 私の大声に、その場の全員が振り返った。

「あ、人のものを勝手に……」

「オモチャ? どういうことだ?」

 私は裏返しにした五百円玉もどきを、冴島先輩に見せる。

 先輩は目を凝らし、裏面を睨んだ。

「……何だこりゃ? 変なローラーがついてるぞ?」

 そう。マウスによくある、360度回転式のローラーだ。

 そのちっちゃいバージョンが3つ、コインの中に埋め込まれていた。

「なるほどな……こいつがありゃ、小さな力でも動かせるってわけか……」

「それはですね、こっくりさんが楽に動かせるように……」

「問答無用ッ! 五百円玉があるのにお札で払おうとしたから、変だと思ったのよね」

 私の観察眼を、舐めてもらっちゃ困るわよ。

 ところが飛瀬さんは、私のことなんか気にせずに、クレープを食べ始めた。

 あんたねえ……次期主将権限で、出禁にするわよ。

「信用してもらえませんか。……では、クリスマスをお楽しみに」

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