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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第11局 うきうき文化祭編(2013年9月11日水曜&10月6日日曜)
73/295

67手目 辻褄合わせな少女

 微妙な押し引きが続く中、飛瀬(とびせ)さんは8九馬と寄った。

 

挿絵(By みてみん)


 これが飛車当たりなのよね……放置したいのは山々だけど……6九飛車が……。

 6六飛車と軽く受ける手も、あるっちゃありそうね。例えば、6六飛、9九馬、7五龍と紐をつけて粘る順。ただ、ここで守勢に回る必要はない気がするし、ごちゃごちゃと絡まれそう。

 ……7八歩と受けますか、素直に。

 私は7八歩と、金底の歩を打つ。7六歩なら同金じゃなくて同龍だ。9九馬としてきそうだけど……。ん? 5四歩? ここで5筋を受けた……?

 ……これは謎だわ。まあ、こうしてくれるなら、6四銀で……。

 ん、違う。6四歩よ。6四銀、同銀、同歩よりも、6四歩、5五歩、6三歩成の方が、と金ができていいもの。これは飛瀬さん、うっかりなんじゃない?

 私は20秒ほど残して、6四歩と突いた。飛瀬さんは、微妙に首筋を伸ばす。

「……あッ」

 はい、見落としだったみたいね。これなら、5八角とでも打って、飛車を苛めてた方が、まだマシだったのでは? ……あ、ダメか。5八角、6六飛、2五角成でも、結局は6四歩があるものね。そこで5四歩としても、6三歩成で先手の勝ち。単に5四歩と打ったときよりも悪くしてる。ということは、5四歩は一応、6四歩を警戒して、銀交換に持ち込もうとしたんでしょうけど……。それでも6四歩があった、と。

 これは、バランスが崩れた感じがするわよ。むふふ……。

 ピッ、ピッ、ピーッ! パシリッ!


挿絵(By みてみん)


 ま、行きがかり上、取るわよね。だけどこれは、6三歩成が激痛のはず。

 私は6三歩成と、と金を作りながら銀を取り返した。

 4二金右に5三ととしまして……。

 

挿絵(By みてみん)


 4一金と逃げたら、4三と。つまり、逃げられない。

 だから何を指すかだけど……。

 飛瀬さんは、しばらく持ち駒の上に指を這わせ、それから角を5六に打ち込んだ。なるほど、敢えて攻めますか。6一飛成には、4六桂狙い? 詰めろじゃないけど、後手玉が崩れてないから、放置は負けそうね。4七銀打と、ガッチリ受けましょう。

 とりま、6一飛成、と。私はサッと指し、サッとチェスクロを押す。

 隣で、ガタリと椅子のずれる音がした。対局中は静かに……ん?

 3八角成? 切ってきた?

「あッ……」

 今度は私が呻く番だ。同玉、4六桂だと……4七玉は5六金から、4九玉も5八銀から詰み……。し、しまったッ! いきなり危なくなってるッ!

 ひ、飛車取りを放置して受ければ良かった……金の紐がついてたのに……。

 同玉、4六桂に、私は2八玉と逃げた。3八金、1八玉、4八金……。

 

挿絵(By みてみん)


 あうあう……とんでもなく危ないことに……。

 いやいや、でもまだ金駒はあるし、4二ととすれば……4二と……。

 と金を入った局面を、飛瀬さんは真剣に睨んだ。同金は3一角、1二玉……詰まない? 詰まないなら、一旦6二龍上と詰めろをかけて、こっちは絶対に詰まない形。後手は5筋に歩が打てないから、5二銀、同龍、同金、1三銀、同桂、2一銀、同玉、1三角成、5一飛に同龍、同金、3一金で詰み。

 だから問題は同銀なわけで……。4一銀が詰めろかどうか……。

 ピッ、ピッ、ピーッ! パシリッ!

 

挿絵(By みてみん)


 予想通りの同銀。

 若干2六桂と打ちたいけど、2五銀と受けられて、逆に王様の脱出口が狭くなってる感じなのよね。4一銀と引っ掛けて、3一金なら3二金、同金、同銀成、同玉、4一角、2二玉に、5二龍はどう? 問題は、こっちが詰むかどうか……1七銀、同玉(同桂は2九銀から簡単な詰み)、2八銀、同玉(2六玉は3五金まで、1八玉は1七金、同桂、2九銀打、2八玉、3八桂成までの詰み)、3八金、1八玉……。うん、詰まないっぽいわね。

 ただ、そこで3一金と受けられた場合に、飛車を渡せるかどうか……。

 ちょっと待って。これって、4四歩が急所になってない? 4四歩、同歩、4三歩は、金銀のどちらで取っても、同龍から死んでるような……。

 ピッ。あうちッ! 4四歩と突きましょうッ!

 私は4筋の歩を突いて、素早くチェスクロを叩いた。

 パシリと小気味よい音がし、チェスクロの底がわずかに跳ねる。

「備品は大事に」

「すみません」

 歩美(あゆみ)先輩の注意に対して、私は適当に謝罪する。

 飛瀬さんと一緒に、盤面に集中した。

 4四歩を取らずに、4八金なら、4三歩成、同銀、同龍、同金、3一角、3二玉、5二龍と擦り寄って、4二歩、4一銀、3三玉、2二銀。2四玉なら3六桂、3五玉、5五龍、4五銀、2六金で詰みだし、4四玉と逃げても……。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 ん? 詰まない? 追い方がおかしかった?

 3二玉に4一銀と即追いして、3三玉、2二銀、4四玉……。

 こ、これも捕まらない? あれ? あれれ?

 ピッ、ピッ、ピーッ! パシリッ!

 飛瀬さんの指した手は……4八桂成。そっちを成りましたか。

 これを指したってことは、4三歩成から寄らないって読みなんでしょうけど……。

 いやー、寄ると思うけどなあ。追い方がおかしいだけよ。

 私は額に手を当てて、俯きに考える。何か盲点になってるはずなんだけど……。

 ……ピッ、ピッ、ピーッ! とりま4三歩成ッ!

 私の歩成りに、飛瀬さんはノータイムで同銀と取る。

 時間攻めですか。動揺せずに考えましょう。まず、4四に玉を逃がすと、下が開拓され過ぎてて捕まらないことが分かったわ。だったら、4四に逃がさない方法を考えなくちゃいけないわけだけど……。直感的には、2二に銀でも金でもなくて、角を打ちたいのよね。そう考えると、初手の3一角に?マークがつくから、角の代わりに……。

 いや、それもダメだわ。初手3一銀からだと、1二玉で捕まらなくなる。もしかして、これだけ駒があるのに詰まないとか? そんなはずは……ん?

 私の脳裏に、ある図が浮かんだ。何だ……簡単じゃない……。

 私は意を決して、同龍と取る。

「龍切り……」

 飛瀬さんは龍をちょこちょこ触った後、10秒ほど掛けてそれを取った。ノータイム指ししなかったってことは、龍を切らないと思ってたのね。

 よし、こっからは上級生の力ってものを、見せてあげるわよッ! 3一角ッ!

 

挿絵(By みてみん)


 飛瀬さんは、にわかに時間を使い始めた。3三玉は、2二銀、4四玉、4五歩、同玉、3六金、5六玉、6七龍まで。途中、4四玉に代えて2四玉も、2五銀、3五玉(同玉は2六金、2四玉、3六桂まで)、3六銀、4四玉(4六玉は6六龍、5六合駒に5七金まで)、6四龍、5四合駒、4五金まで。

 というわけで、3二玉と逃げるしかないんだけど……。

 ピッ、ピッ、ピーッ! パシリッ! 3二玉きたッ! 4四桂ッ!

 桂打ちを見た飛瀬さんは、グッと口元を結ぶ。そして、目を細めた。

 疑ってますね。確かに3三玉、2二銀、4四玉で詰まなそうなんだけど、そこで4五歩の継続手があるのよ。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 同玉は3六金、5六玉、6七龍まで。5四に逃げても6四龍、4五玉、3六金、5六玉、6七龍で同じ。6四の龍に紐がついてるのが大きいわ。

 ちなみに4四桂、同金は、5二龍が好手。3三玉と逃げるしかないけど、2二角成、2四玉、2五銀、同玉、3六金、2四玉、2五金打まで。ジ・エンド。

 我ながらナイスな桂打ちね。うん。

 飛瀬さんは59秒ギリギリまで考えて、3三玉と上がった。さすがに取りませんか。では2二銀と打ちまして……。

 

挿絵(By みてみん)


「……ふえ?」

 よ、読み抜けてた……てっきり、桂馬を取りながら逃げるものとばかり……。

 私はぽかーんと口を開けたまま、盤面を見つめる。

 ……ハッ!? ま、まだ負けてないわよッ! これでも詰むはず。2五銀、同玉、3六金は足りてないけど……。ああ、でも飛車の横利きが、どうにも通らないわ。4二角成なんて全然無意味だし……他に手は……。

 投了する? 無駄な王手しても、恥ずかしいだけという……。

 私はチェスクロを見る。残り30秒。55秒までは考えますか……。

 40秒……50秒、51、52、53、54……。

「ん……そっか」

 私は猛スピードで銀を取り、それを2五に打ち付けた。

 飛瀬さんはノータイムで同玉。勝ちを確信した手付き。

 だけどッ!

 

挿絵(By みてみん)


「1七桂……」

 飛瀬さんは、私の指し手を読み上げる。首を捻り、3五玉と逃げた。

 ははーん、詰まないと思ってますね。3六金。

 飛瀬さんはノータイムで4四玉と引き、チェスクロに手を伸ばす。ボタンを押す直前で、彼女の手が止まった。

「あ、歩で負け……」

 てますね。4五歩、5四玉、6四龍。1七桂にさえ気付けば、簡単な詰み。

「負けました」

「ありがとうございました」

 私は頭を下げて、チェスクロを止める。

 観客席から、ヒューという口笛が聞こえた。松平だ。

「4三歩成からは、鮮やかだったな」

 でしょ。見た目はね。

「最後、受けた方が良かったですか?」

 飛瀬さんの質問。

「例えば、4四歩に5一銀打だと?」


挿絵(By みてみん)


 これは……あんまり受けになってないような……。

「それは歩を成って、普通に崩壊してない?」

 と歩美先輩。対局者を放置してのコメント。あいかわらずですね。

 とりあえず、私もコメントしときましょ。

「それに、銀を使っちゃうと、私の王様が、ますます安全になるから」

「……そうですね。どのあたりで優勢を意識しましたか?」

 優勢ねえ……形勢判断は、そこまで得意じゃないけど……。

「6四歩と突いた段階では、手応えを感じたわよ」

 私は、指定の局面まで戻す。

 

挿絵(By みてみん)


「確かに、ここではもう私の負けですね」

「負けかどうかは分からないけど、こっちがいいかな」

 私は、控えめに答えた。

「こうなってみると、その前の5四歩が悪手でしたね」

 そうね。78手目の5四歩は、はっきり悪手かな。ただ……。

「ただ、5四歩を打たなくても、6四歩はあるし……」

「……そうですね。7八歩が堅かったです。6六飛車の筋ばかり読んでました」

 6六飛ね。それは、私も読んでたわ。

「まあ、6六飛車でも割と良かったような……9九馬なら7五龍で……」

「9五角の方がよくない?」

 私たちは、歩美先輩へと振り返る。

「6六飛車に対してですか?」

 飛瀬さんは黙っていたので、私が代わりに質問した。

「そう、6六飛に9五角」

 飛瀬さんも言われた通り、9五に角を下ろす。

 

挿絵(By みてみん)


 龍金両取り……でも……。

「7五龍で受かってませんか?」

 私は歩を払いながら、金に紐をつけた。

 そうよ、これがあるから、9九馬でも安全なのよ

「7四歩、7六龍と押さえ込んでから、7七角成、同龍、9九馬は、どう?」

 角切りか……。それは考えなかったわね。

「龍の逃げ方が難しいですね……また歩で支えます?」

 私は歩を持ったまま、7八の地点で何度も空打ちした。7八歩、7七馬、同歩。

 ここまではいいとして、後手の指し手がまた悩ましい。結局、6四歩はあるし。

「5八飛車と打ってみて、5七歩なら5三香車と打ちますか?」

 飛瀬さんは、手順を口にしつつ駒を動かす。

「6四歩、5五香、6三歩成、4二金右、5三と、同金、6一飛成?」

 私も彼女の手に応じた。

 できあがった局面は……。

 

挿絵(By みてみん)


 うーん……これは……。

「ちょっとこっち悪いかな? 5七香成があるし」

「どうでしょうか。同銀、同飛成に4一銀は、こっちも怖いですよ」

「金銀渡し過ぎじゃない? 簡単に受かりそうだけど」

「3一金打とか? そちらは4四歩と一回入れます?」

 金を打たれた局面を見て、私は額に手を当てる。知恵熱っぽくなってる。

「……こうなれば一局かしら」

「そうですね。6六飛なら五分。だとすれば、7八歩が圧倒的に勝ってます」

 ふむ、適当に打った歩だけど、かなり効いてたみたい。

「やっぱり、分岐的は5五歩のところだと思うのよね。あそこで7四銀とすれば、こっちが困ってた気も……」

「おーい、裏見(うらみ)

 検討中の私たちに、松平が声をかけた。

 私は顔を上げずに返事をする。

「何?」

「おまえ、休憩中だったんじゃないのか? 出店は?」

 ……あ、そうだ。出店があったんだ。

 時計を見ると、なんと3時半をとうに過ぎていた。

「休憩終わってるッ!」

「……感想戦はおしまいですか?」

 当然でしょッ!

 そもそも、部室でいきなり人を捕まえてる方がおかしいんだからッ!

 私が部屋を出ようとしたところで、飛瀬さんは私の袖を掴んだ。

 ちょ、まだ用事?

「ねえ、今はほんとに急いでるから、また今度……」

「私も出店に連れてってください。……お腹が空きました」

場所:駒桜市立高校文化祭

先手:裏見 香子

後手:飛瀬 カンナ

戦型:先手向かい飛車


▲7六歩 △8四歩 ▲5六歩 △8五歩 ▲7七角 △5四歩

▲8八飛 △3四歩 ▲6八銀 △4二玉 ▲3八金 △1四歩

▲1六歩 △3二玉 ▲4八銀 △7四歩 ▲2二角成 △同 銀

▲4九玉 △6二銀 ▲3九玉 △3三銀 ▲2八玉 △2二玉

▲7七銀 △6四歩 ▲4六歩 △6三銀 ▲4五歩 △3二金

▲6六銀 △7三桂 ▲7五歩 △同 歩 ▲同 銀 △7四歩

▲6六銀 △6五歩 ▲5七銀引 △6四角 ▲7八金 △7五歩

▲6六歩 △同 歩 ▲同 銀 △6五歩 ▲5七銀引 △5五歩

▲同 歩 △同 角 ▲9八飛 △6六歩 ▲5六銀 △6四角

▲6五歩 △5三角 ▲7七金 △5四歩 ▲6八飛 △3五角

▲6九飛 △5二飛 ▲7四歩 △同 銀 ▲4一角 △5五歩

▲5二角成 △同 金 ▲5五銀 △6七歩成 ▲同 飛 △7九角成

▲7二飛 △6三銀 ▲7三飛成 △8九馬 ▲7八歩 △5四歩

▲6四歩 △5五歩 ▲6三歩成 △4二金右 ▲5三と △5六角

▲6一飛成 △3八角成 ▲同 玉 △4六桂 ▲2八玉 △3八金

▲1八玉 △4八金 ▲4二と △同 銀 ▲4四歩 △3八桂成

▲4三歩成 △同 銀 ▲同 龍 △同 金 ▲3一角 △3二玉

▲4四桂 △3三玉 ▲2二銀 △2四玉 ▲2五銀 △同 玉

▲1七桂 △3五玉 ▲3六金


まで111手で裏見の勝ち

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