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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第11局 うきうき文化祭編(2013年9月11日水曜&10月6日日曜)
72/295

66手目 向かい合う少女

 テーブルについた私と飛瀬(とびせ)さん。

 振り駒の結果、私が先手と決まった。

「時間はどうする?」

「30分60秒でお願いできますか?」

 飛瀬さんの返事に、私は渋い顔をする。

「それは無理だわ。休憩時間が終わっちゃう」

「そうですか……。では、15分60秒で」

「ごめん、できて60秒将棋よ。休憩は1時間しかないから」

 飛瀬さんは拳を唇にあて、しばらく考えた後、こくりと頷いた。

「分かりました」

 決まりね。1手60秒にセットして……。

 私はチェスクロを自分の左側に置く。

 観戦者は、松平(まつだいら)歩美(あゆみ)先輩だ。

 なんか変な気分ね。

「では、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 私たちは頭を下げる。

 飛瀬さんがチェスクロのボタンを押して、対局が始まった。

 ……わけだけど、どうしましょうか?

 前回の雰囲気だと、居飛車党っぽいのよね。少なくとも対抗型タイプ。

 私が勝ったわけだし、素直にいきますか。7六歩、と。

 飛瀬さんはノータイムで8四歩。うん、やっぱり居飛車党だわ。

 中飛車にしましょ。5六歩。

 私が中央の歩を突くと、飛瀬さんは8五歩と突き越して来る。

 ん? 角道を開けない? これってもしかして……鳥刺しの構え? 角道を開けずに3二銀〜3一角は、歩美先輩にやられたのよね。もしその形になるなら、中飛車よりも向かい飛車に振った方がいいわけだけど……。

 いやあ、でも私、向かい飛車指さないから……。

「どうかしましたか?」

「……考え中」

 私は見たままの答えを返し、再び頭を悩ませる。

 指し慣れてない戦法にするかどうか……。

 うーむ……手損も嫌だし、向かいに振りますか。ちょっと舐めプ気味だけど。

 私は7七角と上がり、5四歩に8八飛車と回った。

 

挿絵(By みてみん)


「……向かい飛車ですか」

 今度は、飛瀬さんが長考に入った。

 お互いに、序盤から神経を使ってるわね。おそらく飛瀬さんは、3四歩と突くか、それとも予定通りに3二銀〜3一角型を目指すかを検討中のはず。3四歩なら、激しくなるわよ。

「せっかくですから、力戦型にしますか」

 何がせっかくなのか分からないけど、飛瀬さんは3四歩と角道を開けた。

 はい、これは激戦必至ね。6八銀ッ!

 4二玉、3八金、1四歩。かなり変則的な形だけど、角交換後の2八角を防ぐには、金を上がるしかないわよね。3八銀と美濃にするのは危険。

 とりあえず、1六歩と突き返しまして……3二玉、4八銀……7四歩?

 

挿絵(By みてみん)


 むむ、やってこいと……。

 一目、2二角成、同銀、4六角が見えるけど……。

 7三角と合わせて、同角成、同桂、4六角なら、6二銀でこっちが大損ってことか。

 ただ、角を取らずに4九玉だと、7七角成、同銀(同桂?)、6二銀で、後手の方が若干好形な気がする。こっちは3八金型だから、進展性がないのよね、あまり。

 じゃあ、ここで2二角成と取って、同玉なら5三角、4四角、同角成、同歩、4三角としましょうか。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これが金当たりだから、5二金右でしょうけど、3四角成と成れるわ。

 この角成るを嫌うなら、同玉のところで同銀しかない。これは形が悪くなる。

 オッケー、2二角成としましょう。えいッ!

「交換ですか」

 飛瀬さんは30秒ほど考えて、同銀。

 うん、さすがにここでは間違えないか。

 さてさて、後手の形を崩したし、私は素直に囲いましょう。4九玉、と。

 6二銀、3九玉、3三銀、2八玉、2二玉、7七銀、6四歩。

 んー、6三銀の構想かしら。4六歩と突きまして……。

 私が4筋の歩を突くと、飛瀬さんは案の定、6三銀と上がった。

 私は4五歩として、後手の陣形を制限する。飛瀬さんは3二金。

 さて、お互いに角を持ってるから、駒組みが難しいのよね。6筋の金は動かせないし、それは飛瀬も事情が一緒。一気に角打ちの隙ができるから。

 ……ここで攻めちゃいましょうか? 例えば7五歩、同歩、6六銀だと?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 うーん、これは7六歩と伸ばされて、7五銀には7七歩成、同桂、7六歩か……。

 却下。さすがに無理があったわね。

 単に6六銀と出ましょうか。7三桂、7五歩に6五歩の反発なら、一旦5七銀と引いて、7五歩、5三角。3五角なら7五角成、6四角なら同角成、同銀、6三角と打ち直す。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 これどう? ちょっと無理気味に見えるけど、陣形はまだ私の方が堅そう。途中の6五歩で単に7五同歩なら、同銀、7四歩、6六銀、6五歩、5七銀と一回収めて、7七桂を狙いましょう。例えば6四角なら、7七桂、7五歩、6六歩、同歩、同銀、7六歩、6五桂。

 姫野さんの対局に触発されたのか、私は無性に攻めたくなっていた。

 行っちゃいますか。6六銀ッ!

 飛瀬さんの7三桂に、私はノータイムで7五歩と突いた。

「……過激ですね」

 まあね。飛瀬さんは1分ほど考えて、同歩。

 同銀、7四歩、6六銀、6五歩、5七銀……6四角。

 

挿絵(By みてみん)


 予想通りね。ここで7七桂馬と跳ねれば……。

 桂馬に触れた途端、私はピリッとしたものを感じた。

 これは……悪手の予感? 7七桂、7五歩、6六歩、同歩、同銀、7六歩、6五桂まではいいとして、同桂、同銀、7七歩成、6四銀、同銀、5八飛、6七と……。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 ん……これはどっちがいいの? 角銀交換だけど、と金の位置が大き過ぎて……。

 そもそも、6六歩に手抜いて7六歩、6五桂、同桂、同歩、7七歩成、6四歩、同銀、8九飛も、かなり際どいような……というか、こちらとしては指したくないような……。

 ピッ。うッ! 予定変更ッ! 7八金ッ!

 私は急いで金を上がり、チェスクロのボタンを押した。

 これで7七歩成の筋は防げたけど……。

 飛瀬さんはパチリと音をさせ、7五歩。ですよねー、これで7七桂馬がおじゃんだわ。

 ただ、こっちにはまだ手持ちの角があるし、何か打ち込む筋が……。

 私は盤面を睨む。中学生相手に、仲間の前で負けるわけにはいかないわよ。

 ……打ち込む隙はなさそうね。だったら……手待ちする? こっちが動けないなら、飛瀬さんに動いてもらうしかないわ。

 ピッ。よし、手番を渡しましょう。6六歩ッ!

「そこを突いてきますか」

 飛瀬は、ちょっと意外そうな声を上げた。59秒まで考えて同歩。私は同銀、6五歩、5七銀引と収めた。これで手番は飛瀬さん。

「指したい手が多い……」

 そうかも。パッと見、7四銀としたいわよね。4一角は5二金で受かるし、7二歩と小技を効かせても、同飛、8一角、5二飛でやっぱり受かってるわ。

 ぼんやり9四歩とでもしてくれれば……。

 ピッ、ピッ、ピーッ! パシリッ!

 飛瀬さんが指した手は……5五歩。激しい順で来たわね。同歩、同角が飛車当たりか。

 まあ、苦しい状況だと、相手に身を委ねるしかないわね。同歩、同角。

 

挿絵(By みてみん)


 いやはや、序盤でここまで不利になるなんて。我ながら情けないわ。

 放置で8八角成、同金、6九飛車と下ろされると、半分ゲームセットかな。

 9八飛車。飛瀬さんは59秒まで考えて、6六歩。あれ? 8六歩じゃないんだ。てっきり、飛車先を交換してくるかと思ったけど……。

 まあ、これも厳し……い? 5六銀と上がると? 6四角、6五歩、5三角……。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これは押し返してるんじゃない? 次に7七金と飛車の横利きを通して……。

 いや、待って。6四角じゃなくて、4六角だと困って……ないか。これは5五歩として、6七歩成に同銀、6五桂、6六銀とすれば受かってると思う。ちょっと怖いけど。例えば、5六歩の継続手があるような、ないような……。

 ピッ。あうちッ! えーい、勝負に出ましょう。5六銀ッ!

 私は銀を力強く上がり、威嚇するようにチェスクロを押した。その気迫に押されたのか、飛瀬さんは少しばかり背を引く。

「そっか……角の逃げ場所が……」

 そう、2ヶ所しかありません。選んでちょうだい。

 30秒……40秒……50秒。ピッと鳴ったところで、飛背さんは6四角と引いた。

 ふむ、自重しましたか。じゃあ攻守を転じましょう。6五歩ッ!

 5三角に7七金。あ、一回8八飛車とか5五歩でも良かったかしら?

 でも、待ったなしだから……。私は諦めて続きを読む。

「……」

 飛瀬さんは盤のあちこちに視線を走らせつつ、駒台に手を伸ばした。歩を打つ? 打つとすれば、1ヶ所しかないけど……。

 ピッ、ピッ、ピーッ! パシリッ!


挿絵(By みてみん)


 私の予想通り、5四歩が指された。うーん、少し消極的過ぎませんかね? 5六銀からの反撃で、怯んだ? そこまで形勢差が詰まった気はしてなかったんだけど……こうなってみると、むしろ私が良くない?

 ま、とりあえず8八飛車と戻し……6八かしら? 3五角と出られても、6九飛車で一応受かってるような……いや、危ないか……。5八飛車も3五角の覗きがあるし……。ただ、8八飛で3五角と覗かれると、7九の地点を受けにくいのよね。そこで7八飛と寄るなら、最初からそうしとけって話に……。

 いやいやいや、お互いにビビってますね、これは。気を奮い立たせて、6八飛ッ!

 私の積極的な寄りに、飛瀬さんも3五角と飛び出した。私は6九飛車と引く。ここで6七歩成、同銀(同金は8六歩)、6五桂、7八金、7六歩が、意外と面倒かも……。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 7六同銀なら、8六歩、同歩、同飛。そこで8七銀みたいな受けをすると、同飛成、同金に6八銀(一見、7八銀が見えるけど、それは6五飛車と走っていいと思う)、3九飛、5七桂成と殺到されちゃう。これは潰れ。

 ああ、やっぱり形勢逆転まではしてなかったか……苦しい……。

 ピッ、ピッ、ピーッ! パシリッ!

 ……ん? 飛車をスライドさせた?

 

挿絵(By みてみん)


 5二飛……あ、中央から攻め込む気……。

 だけど、これは……。7四歩、同銀、4一角だと? 5一飛と逃げれば7四角成だから、もう飛車は動かせない。やるなら5五歩くらいで、5二角成、同金、5五銀と取れば……。

 あ、ダメか。5五銀には6五桂馬と跳ねる手がある。一旦、4七銀引? これなら5八角の筋も消せるし……あ、でも、結局6五桂馬があるから……。

 うッ、分かんない。ただ、こっちはもう5九飛車とは守れないから、こうやって相手の飛車を消すくらいしか手が……。

 ピッ、ピッ、ピーッ! 7四歩ッ!

 寸でのところで時間切れを免れた私は、再度読みを入れる。7四歩と打ってしまった以上は、4一角しかない。問題は、角飛車交換の後なわけで……。

 私が読み耽る中、飛瀬さんは自信なさげに7四同銀と取った。どうやら、4一角の筋に気付いたみたいね、視線が玉の周りを這ってる。

 じゃ、お望み通り、4一角ッ!

 

挿絵(By みてみん)


 飛瀬さんは5五歩と突き、飛車の最後の利きを活かす。

 5二角成、同金、5五銀……6七歩成……。嫌な手が来たわね。6五桂も面倒だけど、これも厭らしい。同金なら7八角。6八飛と立つと、同角成、同金、4五角成と銀に当ててくるか、あるいは8九角成と単に桂得を狙うか……。どっちも後手ウハウハよね。

 そうはさせたくないんだけど……同飛もなあ……7九角成だし……。

 ピッ、ピッ、ピーッ! 同飛ッ!

 私は角を成らせることにした。飛瀬さんは勢いよく7九角成。次に8九馬が痛烈だから、私は7二飛車と下ろす。さすがに金を取られるとまずいと思ったのか、飛瀬さんは6三銀と紐をつけてきた。んー、8九馬、5二飛成、6七馬、同金、6九飛も相当嫌だったけど、今日の飛瀬さんは慎重策みたいね。ここは当然、7三飛成、と。

 

挿絵(By みてみん)


 さてさて、この時点では駒割りに損得なし。

 結末が見えてこないわよ。どうなることやら……。

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