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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第11局 うきうき文化祭編(2013年9月11日水曜&10月6日日曜)
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63手目 受けて立つ少女

「いやー、辛勝、辛勝。最後、間違ってくれて助かったぜ」

 松平は2杯目のコーラを飲みながら、愉快そうに対局を振り返っていた。

 何でこいつとテーブルを同じくしなきゃならないのやら。

 控え室に戻ろうとしたら、甘田(かんだ)さんに引き止められちゃうし。「将棋を指さなくても、せめて接客して〜」なんて、こんなの契約違反でしょ。報酬を倍貰わなきゃね。

 私はまかないでもらったコーヒーを飲みつつ、自分の境遇を呪った。

「そっちは、どういう勝負だったんですか?」

 同じテーブルに座っている(つじ)くんが尋ねた。

「よくある対抗型だよ。つじーんは?」

「横歩のマイナーな変化に飛び込んでみたのですが……潰されました」

「なんだよ、そういう大事な研究は、団体戦用に取っとけよな」

「まあ、あんまり自信のある順じゃなかったので、いいんですけどね」

 辻くんはそう言って、コーヒーを飲んだ。

「ところで、くららんは?」

「さあ……さっきまで、サーヤと指してましたが……」

 松平と辻くんは、室内を見回す。私も蔵持(くらもち)くんの姿を探した。

 あ、いた……鞘谷(さやたに)さんと指してるわね……。

「まだ指してるんですか? 1時間近く経ってますよ」

「いや、手を戻したりしてるから、感想戦じゃねえか?」

 え、1局をなるべく早く終わらせるようにって、甘田さんが言ってたような……。

「ま、あそこはもうカップル席みたいなもんだから、いっか」

「……そうですね」

 いやー、良くないでしょう。

 鞘谷さんは、公私混同が激しいタイプかなあ。恋は盲目……。

「ところで、その横歩の変化って、どんなやつだ?」

「この前の順位戦で出た形なんですが……」

 しっかし、こいつらも将棋好きねえ。

 他のテーブルは、全然別の話をしてるのに。

 例えば隣は……。

「おまえ、どの子が好み?」

「あそこにいるちょっと暗そうな子」

「まじで? どのへんが?」

「おっぱいおっきいじゃん」

 ……将棋の話をしましょう。

「つじーん負けなら、そろそろ俺の出番かな」

 松平は、飲み干したグラスを私に手渡す。

 あのねえ、私はお手伝いさんじゃ……。

(けん)ちゃんじゃ、力不足な気もしますけど……」

 へえ、なかなか辛辣。

 ただ、指した実感として、姫野>松平な気はするのよね、何となく。

 だけど松平は腕を組み、辻くんを睨んだ。

「やってみなけりゃ、分かんねえだろ」

「じゃあ、やってみますか? 裏見(うらみ)さんのときとは、わけが違いますよ?」

 は? 何で私と比べるわけ?

 そ、そりゃ、レベルが違うのは認めるけど……。

「よーし、やってやろうじゃねえか。俺が勝ったら何かおご……」

「全員動くなッ! 風営法違反で逮捕するッ!」

 教室内が、しんと静まり返った。

 え? 警察?

 私は椅子からひっくり返りそうになりながら、入り口を見やる。

 するとそこには……。

「会長ッ!」

 室内の何人かが、一斉にそう叫んだ。

 そう、入り口の向こう側に立っていたのは、何と千駄(せんだ)会長だった。

 しかも汗だく。微妙に爽やかじゃない……。

「待ってましたッ!」

「真打ち登場ッ!」

 盛り上がる男子たち。

 辻くんがにやりと笑い、席を立つ。

「先輩、いきなり呼び出してすみませんでした」

 会長は眼鏡越しに、辻くんを振り返る。

 だけど返事はせずに、すぐさま姫野さんへと視線を移した。

「まさかきみが、こんなことをしているとはね」

 対局を中断した姫野さんは、その細い指で甘田さんを指差した。

「これは、幸子(さちこ)さんの企画です。わたくしは部員として参加しているだけですわ」

 いきなり責任を被せられた甘田さんは、口をぱくぱくさせる。

「ちょ、あたしに押しつけ……」

「まあ、そんなことだろうとは思っていたが……なかなか面白そうだ。僕も一局、指していいかな?」

 期待に満ちた目が、ふたりの間を行ったり来たりする。

 順番待ちをしていた生徒が、一斉に列を離れた。

「どうぞどうぞ」

 最後尾の男子が、へこへこしながら脇に退く。

 こいつら、主体性ないわね……。

「ちょっと待ったッ! まずは俺が……むぐッ!?」

 飛び出そうとした松平は、周りの数人に取り押さえられた。

 ええ? 別に指させてあげてもいいじゃない。

 いきなり英雄気取りで会長に登場されても、困るんだけど……ただ……。

「こいつは面白くなったな。2年生No.1とNo.2の対決だぜ」

 うん、私もそう思う。松平には悪いけど、こっちの方が面白そう。

 というか、いい勝負になりそう。

 他のテーブルも対局を止めて、わらわらとギャラリーが集まる。

 あらら、これは早めに場所取りをしないとね。

「はいはい、こんなに野次馬が多いんじゃ、商売にならないよ。席替え席替え」

 甘田さんはそう言うと、男子の何人かにテーブルを動かすよう指示した。

 あっと言う間に、即席のリングができあがる。

 その中央に、姫野さんと千駄会長の対局席が設けられた。

「こいつは光栄だね。まるで、個人戦決勝みたいだ」

「そうですわね……新人戦のときを思い出します……」

 そう言って、ふたりは席につく。

 新人戦って言えば、えーと……姫野vs千駄の、千駄勝ちだったかしら?

 まあ、そのとき私は中学生だったから、観てないんだけど。

 そもそも、そういう大会があること自体、知らなかったしね、当時は。

「ルールは?」

「30秒将棋です」

「30秒か……姫野くん相手にはキツいな……」

 そう言いつつも、余裕の表情ですね、会長。

「じゃ、振り駒を……」

「待った、待った、待ったッ!」

 甘田さんはリングの内側に入ると、会長に向かって片手を差し出す。

「ちゃんとお金払ってちょーだいッ!」

 会長は眉毛を上げて、やれやれと言った顔を作った。

 いや、まあ、お金は払ってもらわないと……ね。

「いくらかな?」

「1回500円ッ!」

 会長は財布を取り出すと、500円玉を甘田さんに手渡した。

「まいどありッ!」

 甘田さんはそれを持ったまま、机の間を移動して外に出た。

 はいはい、これで準備完了ですね。

「じゃ、振り駒を……」

 千駄会長はあらためて、歩を5枚宙に放った。

 ここからなら……ぎりぎり見えるわね。

 と金が……5枚ッ! 姫野さんの先手だわ。

「よし、チェスクロをこっちに置いて……」

 会長はチェスクロを右側に置き直して、額の汗を拭った。

「ずいぶん、急いでいらしたようですが?」

「うん、後輩に呼び出されてね、塾から自転車で直行してきたよ」

 ちょ、それはどうなの、つじーん。

 私は辻くんをチラ見したけど、あいかわらずのポーカーフェイスだった。

 先輩を興行に使うとは、やりますね。

「ま、姫野くんも営業で疲れてるだろうし、その点は五分かな」

「筋肉の疲労と脳の疲労は、若干違う気も致しますが……」

「おっと、それは負けたときの言い訳かい?」

 千駄会長の一言に、姫野さんの表情が曇った。

 あ、煽っていくスタイルなんだ……。会長も、見かけによらないわね……。

「では、始めると致しましょう」

「よろしく」

 会長が、チェスクロのボタンを押す。

 ピッという音と共に、秒読みが始まった。

 姫野さんは、しばらく目を閉じた後、7六歩。

 会長はそれに合わせて、3四歩と突いた。

「8四歩ではありませんのね」

「僕も、そこまで自信家じゃないからね。角換わりは受けないよ」

 姫野さんは、ふふと笑って2六歩。怖いなあ。

 次で8四歩だと、横歩になっちゃうけど……さて……。

 

挿絵(By みてみん)


 むむ、4四歩ですか。

 会長が居飛車党なのか振り飛車党なのか、知らないのよね。

 出だし的には、振り飛車の予感が……。

「ムリヤリ矢倉ですか……」

 姫野さんが、ぼそりと呟いた。

 ん? 矢倉? こっから?

「さあ、向かい飛車かもしれないよ」

「またご冗談を……」

 2五歩、3三角、4八銀、8四歩、7八金、5二金右……。


挿絵(By みてみん)


 ほんとに矢倉模様かいッ!

 よく分からないけど、4四歩からでも矢倉になるみたいね。

 勉強させてもらいましょう。

 6九玉、4三金、4六歩、5四歩、4七銀、6二銀、5八金、3二金。

 なるほどね、こうやって組んでいくんだ。最初の4四歩は、角交換を防止して、横歩や角換わりにならないようにするためみたい。だから、ムリヤリ矢倉なのね。

 ただこうなると、先手は意外と駒組みの自由がありそうね。どう組むの?

 私が疑問に思っていると、姫野さんは7七角と上がった。

 そうそう、これが普通の矢倉と違うのよね。普通の矢倉だと、そこには銀がいるから、角は7九〜6八としなきゃいけないはず。

 4一玉、3六歩に……2二銀?

 

挿絵(By みてみん)


 ……あ、そっか。角を引いてから銀を上がるパターンだわ。

 私の予想通り、姫野さんは5九角、会長は4二角とした。

「……少し捻りますか」

 姫野さんはそう言うと、銀を6八に上がる。

 これは……雁木(がんぎ)の伏線? 6七銀と組めば、雁木だけど……。

 3三銀、7九玉、3一玉、6六歩、7四歩、3七角……。

 先手は、なかなか形を決めないわね。まだ矢倉の可能性もあるかしら……。

 会長は7三桂馬として、攻めの形を作っていく。

「後手が先攻するパターンか?」

 後ろで、誰かが呟いた。

 後手が先攻……なんか矛盾してる言い回しだけど、そうなりそうよね。

 先手は、どう囲うのかも見えないし……。

 5六銀、2二玉……4五歩ッ!?

 

挿絵(By みてみん)


 わお、もう行きますか。

「銀上がりも端歩も省略か」

 千駄会長は、盤面を楽しむようにそう言った。

 姫野さんは、にやりと邪悪な笑みを浮かべる。

「守備の形を整えずとも、攻め潰せばいいだけの話……」

 ですよねー、姫野さんなら言うと思いました。

 赤信号、戦車で渡れば怖くない。これが姫野流。

「ふむ……ま、取るよ」

 会長は同歩。同銀に……8一飛車。

 

挿絵(By みてみん)


 これは全然見えてなかったわ……。そういう受けがあるんだ……。

 右玉だと、よく見る形。でも、これは玉が左にいるわけで……。

「なるほどな、飛車当たりを避けたか」

 私の横で、声がした。

 振り向くと、松平が隣で盤面を見つめている。

 こいつ、いっつも私の隣にいるわね。気のせい?

 と、それはどうでもよくて、角当たり?

 ……あ、そっか、3七角の筋を避けたのね。桂馬を跳ねるために。

 私が納得したところで、4六角が指された。

 これは……分かった。桂馬を上がる準備ね。

 9四歩、2四歩、同歩に3七桂馬。

 

挿絵(By みてみん)


 端歩は意外だったけど、後は予想通り。

「とんでもない攻勢ですね」

 背後で、辻くんの声。私もそう思う。

 この形は、矢倉だと一種の理想型なんじゃないかしら?

 よく知らないけど。

「さーて、こっからどう押し入るか、見せてもらおうじゃねえか」

 松平は顎を摩りながら、そう呟いた。

 あのさあ、押し入りって、事務所に殴り込みかけるんじゃないんだから……。

 まあ、姫野さんも、何かそんなオーラ出してるけど……。

「これはキツいね、さすがに受けるよ」

 会長は4四歩と、銀に当てながら受けた。

 5六銀に……5五歩? この手は、よく分からないわね。

 大駒は近付けて受けよ、の応用かしら。

 同角、9五歩(なんか悠長ね)、2五歩。

 

挿絵(By みてみん)


 ほらほらほら。何か姫野さんの攻めが炸裂しそうになってるじゃない。

 この段階で継ぎ歩とか、厳しいわ。

 同歩は同桂で加速しちゃうし、どう受け……。

「じゃ、僕も攻めるよ」

 え? 攻める? どっから?

 

挿絵(By みてみん)


 端歩……。

「これ、成立してる?」

 とと、思わず独り言が出ちゃった。

 私が慌てて口を噤むと、今度は松平が唇を動かす。

「ここで攻め合いか……短時間将棋特有の技だな」

 さらに、辻くんが相槌を打つ。

「持ち時間が短いと、どうしても攻めている側が有利ですからね」

 なーる。成立してるかどうかと関係なく、攻めちゃうわけね。どうせ30秒じゃ、お互い正確には受けられない、と。だったら受け続けるより、攻め合った方がいいわけか。

 ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 パシリ

 

 姫野さんが指した手は……同歩。

 さすがに放置できませんでしたか。

 会長は9七歩と垂らして、姫野さんは2四歩と継ぎ歩を伸ばす。

 この2四歩が、かなり厳しそうなんだけどなあ……。

 千駄会長、ここからどうする気なの?

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