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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第11局 うきうき文化祭編(2013年9月11日水曜&10月6日日曜)
68/295

62手目 ご奉仕する少女

挿絵(By みてみん)


「ま、そうくるわな」

 松平くんはそう言って、同飛と取る。

 あれ? 正解だった? ラッキーかも。

 私は振り飛車のセオリー通り、4二飛車と戻した。3二飛のままだと、4四飛、同銀、4三角があるものね。剣呑、剣呑。

 松平くんは顎に手を当てて、斜め目線で盤を睨む。

「このへんからいくか……」

 6筋に指を伸ばし、角道を開ける。6五歩。

 これは読んでなかったかも。というか、30秒だと何通りも読めない……。

 取り込まれるのはまずいから、同歩としまして……むむ、4三歩。同飛は4四飛、同銀、5四角か。同銀に代えて同飛なら、5五角、4九飛成、1一角成。

 後者は普通に戦えそうね。同飛と……。

 ん、ちょっと待ってよ。4三同飛に5五角だと?

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 同角は4三飛成……あ、終わってる。

 ピッ。ご、5二飛ッ!

 私はぎりぎりで飛車を寄った。松平は、にやりと笑う。

「さすがに取らねえか」

 あ、危なかった……でも、この局面、既に後手が良くないような……。4三の歩を払う順が思い浮かばない。

 私が四苦八苦する中、松平は5六歩と突いてきた。同歩は4四角で銀損。3五角と出るしかないわね。3五角、と。

 松平は4九飛と引く。ここで5六歩は、1一角成か……。

 こうなったら、5筋に殺到するしかないわね。6四銀としましょう。

 6四銀、5五歩、3三桂。とにかく中央へ駒を集める。松平もそれを許すまじと、5筋の歩を取り込んだ。次に3三角成があるから、私は当然に5五歩と受ける。


挿絵(By みてみん)


「ごちゃごちゃしてきたな」

 松平は髪をかきあげて、椅子の上で片足を組んだ。

 それ、窮屈じゃない?

「角に退いてもらうか」

 松平は3六歩と突き、こっちの角を苛めにくる。

 2六角、4七飛……うぅ、角はまだ成れないか。私は4六歩、同飛として、5四飛と上がる。4二歩成なら4五歩、4一と、4六歩で、飛金交換。こっちがいい……はず。

 と金がでかいかなあ……。

「歩成は怖くねえと……」

 松平は首を捻って、目を瞑る。

 と金が大きいと見て、歩成としてきそう?

 私が不安になる中、松平は4筋に手を伸ばした。やっぱり歩成……じゃない。4七飛。なるほど、4二歩成、4五歩のときに、飛車当たりじゃないってわけか。

 ただ、これで一手稼げたわよ。一足先に4五歩ッ!

 4筋を受けた私は、満足げに頷いた。当面、突破されなさそう。

 松平も4筋を諦めて、2四歩と突いてくる。今度は、そっちですか。同歩。

 2七飛の寄りに、2五歩と伸ばす。2六飛、同歩、2二角、3二金、1一角成。香車を取られて馬ができちゃったけど、まだ五分でしょう。

 とりあえず、5一飛と引いて、1二馬を強要。働きを悪くさせてから、5六歩と突いた。

「馬の活用、馬の活用、と……」

 松平はそう呟いて、盤面をぐるりと見渡す。

 この局面、馬を活用する手はないと思うけど。3四馬くらかしら。

 私が3四馬の筋を読んでいると、松平は持ち駒に手を伸ばした。29秒まで考えて、歩を飛車の頭に打ち付ける。

 

挿絵(By みてみん)


 5二歩? ……手の意味が分からない。銀の割り打ちがあるわけでもないし……。

 こういうのは、取りましょう。7一飛とかありえないし、同飛。

 私が歩を払った瞬間、松平は3四馬と引いた。

 これは読み筋……あッ! 4二歩成が飛車当たりになってるッ!

 そっか……5二歩の叩きはこの布石で……。

 ピッ。とりあえず5七歩成ッ! 私は歩をひっくり返して、チェスクロを叩く。

 5七同金に2八飛車。こうなったら攻め合いよ。

「一回受けるか」

 松平の手がサッと横に伸びた。7九香車。

 くーッ! それ以上堅めてどうすんのよッ! 2九飛成ッ!

 桂馬を補充した私に対して、松平は4二歩成を敢行した。同金なら5二馬……。飛車を持たれるのは面倒ね。同飛としましょう。

 私は、と金を飛車で払う。松平は、少し意外そうな顔をした。

「ん、同飛か……」

 何よ? 盤外戦術?

 訝る私の前で、3三角成が指される。

 

挿絵(By みてみん)


 角切り……じゃないッ! しまったッ! 2枚換えだわッ!

 同金、同馬に5二飛。駒割りで損したかも。相手は角よりも金が欲しいはずだし……。ああ、もうちょっと考えれば良かった。飛車を渡した方がマシだったような……。

 えーい、くよくよしても、仕方がないわ。頑張れ、裏見ッ!

「意外と崩れねえな……寄るか……」

 松平はそう呟いて、4三馬とした。飛車を苛める気だ。5三とぶつけるか、それとも5一とかわすか……。5三飛、同馬、同銀引、2一飛、5一歩、6三歩……。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 同銀なら5一飛成、6二銀、5六龍とか? 次に6五桂が痛そうね……。

 だったら、引いて受けた方が……。

 ピッ、ピッ、ピーッ! 引きッ!


 パシン

 

 あ、やばい……切れたかも……。

 私は恐る恐る、チェスクロを確認した。……秒読みは続いていた。セーフ。

 どうやら、私のチェスクロさばきも向上したようで……。

「引くかぁ……」

 松平は眉間に皺を寄せて、拳でこめかみを叩いた。

 どうやら、5三をメインに読んでいたらしい。30秒将棋なのは、お互い様。何通りも読むのは不可能なはず。

「もっかい打つぜ」

 松平はそう言って、5二歩と再度打った。

 ……あれ? 逃げ場所がない? 1一飛、3三馬、1二飛、5一歩成……。

 ま、まずいッ! 5一飛は悪手だったかもッ!

 私は駒を使わせるため、ひとまず4一飛車と寄った。松平は、歩を手にする。4二歩、1一飛、3三馬、1二飛、5一歩成、同銀……あ、今度は4一歩成が……私ったら、何やってんの……お手伝いしてる場合じゃ……。

 呆れる私を他所に、松平は歩から金へと持ち替えた。そして、4二にそれを打ち付ける。


挿絵(By みてみん)


 4二金? これは重いような……。

 ってか、もう歩か金か何てレベルじゃなく、こっちが悪いわ。

 7一飛車って逃げるしかないかも……。私はギリギリまで読んで、7一飛。松平は、29秒まで考えて、5六桂と打つ。

 ん? これは? 5三銀引が金当たりだけど……。

「……ミスったか」

 松平は、押し殺すようにそう囁いた。私は読み通り、5三銀と引く。

「んー、もうちょい何かあったなあ」

 松平は髪をくしゃくしゃにしながら、5一歩成。4二銀、同馬、5三角ッ!

 ……と言っても、まだ後手劣勢でしょ、これは。端歩の中途半端さが痛い。

 松平は同馬、同銀としてから、5二とと引いた。私は、5四銀と縦に逃げる。6四桂、7四桂、7二桂成、同飛、6二金……。

 

挿絵(By みてみん)


 同飛、同とと清算して、私は盤面に覆い被さる。頓死筋は? 8六桂、8七玉、9五桂、8六玉、5三角ッ! と金を抜けるわッ!

 私は8六桂と飛び込み、8七玉に9五桂馬と追撃する。

「チッ」

 松平は舌打ちをしながら、8六玉と上がった。これは詰……まないか。さすがに。

 予定通り、5三角としましょう。合駒を訊きたいし。角打ちッ!

 松平は険しい顔をして、29秒まで読む。そして、7五桂と打った。

 ここで6二角として……ん? 8三桂成だと? 同玉、8四歩、7四玉……詰まないと思うんだけど……。5二角でも、6四玉と寄れば……。

 ピッ。ああ、分かんない。6二角。

 と金を払い、チェスクロのボタンを押す。さっきの筋は、詰んでないはず。5筋の方面に逃げ出せば、捕まらない。

 私は敵玉を睨んだ。これも、寄りそうで寄らないのよね。とりあえず、5三角と出て、もう一回合駒を……。

「……」

 ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 成ったッ!? え? これ詰むの?

 同玉、8四歩、7四玉、5二角、6四玉、7五銀、5三玉……。

 いや、詰まないでしょ……多分……。

 私は疑心暗鬼になりながらも、同玉と取った。すると、6一角が飛んできた。

「角打ち……? あッ」

 し、しまった……このタイミングで角打ちをうっかりしてたわ……。7四玉、5二角成、6四玉、7五銀、5五玉、5六歩、4四玉、3四飛……ぴったり詰んでるッ!?

 5二角成に6四玉と逃げないで、8三玉、8四歩、9三玉、8三飛、9二玉とすれば、一応詰まないけど、6二馬が詰めろ……。松平の玉は……詰む? 7四桂馬として……。

 ピッ。ああッ! 時間がないッ! とりあえず7四玉ッ!

 松平は29秒考えて、5二角成。8三玉に、案の定、8四歩と打たれた。

 ……ここで9二玉は? 8三銀、9三玉、7二飛が詰めろだけど、7四桂、7七玉、8六金、6七玉、6六金として、5八玉なら3八龍、6九玉、4九龍、5九歩まで決めて、そこから7六金右と払えば、詰まないような……。8二飛成、8四玉、7二銀不成、7五玉、6六金、同歩で、そこそこ広いし……。

 ピッ。あうち、9二玉ッ!

「ん?」

 私が玉を引くと、松平は「エッ?」って顔をした。

 あれ? 読んでなかったとか?

「そこに逃げんのか……」

 松平は澄んだ瞳で、9二の地点を睨む。

 そして、8三銀と打ち込んできた。9三玉に7二飛車。

 ここまでは読み通り。私は7四桂と打つ。

 チェスクロを押そうと私が手を引っ込めた瞬間、松平くんの右手が伸びた。


挿絵(By みてみん)


 ふえ? ……取られた。

「……」

 私は呆然と盤面を見つめる。……何で同馬が見えなかったし。

 同歩は8二飛成、8四玉、7二銀不成まで……終了。

「……負けました」

「ありがとうございましたッ!」

 松平は右手でパーを作り、そこに拳をぶつけた。

「最後、際どかったな。もっと楽に勝てるかと思ってたけどよ」

「9二玉じゃなくて、9三玉だった?」

 私は局面を戻す。


挿絵(By みてみん)


 松平の顔から、勝利の余韻が消えた。

 10秒ほど黙って、それから唇を動かす。

「んー、あんま変わんねえかもな。8三飛、9二玉に8二銀と詰めろを掛けて……」

「これが必至?」

「いや……まだ必至じゃないな。7一金、同銀不成、同角に……6一馬か?」


挿絵(By みてみん)


「これが9三飛成、同桂、8三歩成、8一玉、7二馬までの詰めろで、8二金なら、同飛車成、同角、8三馬まで。9三金も、同飛成、同桂、8三歩成、8一玉、7二馬だな。だから7手必至か、読み間違えてなけりゃ」

「6一馬に、5三角って出ると?」

 私は角を飛び出して、王手を掛ける。

「7五金でいいんじゃないか?」

 松平はそう言って、持ち駒の金を張った。

「それだと、必至が解けない?」

「いや、金は無くても足りてるぜ。9三飛成〜8三歩成の筋だ」

 ……そっか。金の有無は、詰みと関係ないんだ。

「じゃあ、松平の玉が詰むかどうかだけど……」

「そうだな……一目……」

 松平は桂馬を手にして、それを7四に滑り込ませた。

 同金とできないから……。

「7七玉に8六銀?」

「6七玉、6六金、同金、同歩、5七玉、5六歩。取ると4六金で即詰みか」

「取らずに5八玉も、3八龍、4八歩、4七金、6九玉、4九龍、5九歩、5八金で詰むわよ。……もしかして、9三玉なら勝ってた?」

「待て。3八龍には4八金じゃないか? これなら4九龍と滑り込めねえし、そもそも、6六金に同金ってするか? 5八玉じゃね?」


挿絵(By みてみん)


 えぇ……? これは、いかにも詰みそうだけど……。

 ああ、後手は持ち駒がないのか……。

「とりあえず、5七金かしら。3八龍は6九玉で詰まないし」

「同玉か同銀か……さて、詰むかね?」

 私たちは、ふたりで読みに没頭した。何かありそうだけど……。

「同玉、2七龍、4七歩に4六金は、どう?」

「5八玉で?」

「4七金、6九玉、2九龍、5九歩……ダメね」

「かと言って、5六歩、同玉、4六金、6七玉、2七龍、5八玉も一緒だ。最後の5九歩が攻略できねえ気がするぜ。必至が掛かってるから、7五銀と補充できないしな」

 うーん、これで詰まないのかあ……納得いかないわ……。

「どこが悪かった? 3三角成のあたりは、微妙にうっかりなんだけど……」

 私は正直に、中盤での劣勢を認めた。あれは、誤摩化しようがないから。

「堅さ負けしてる時点で、ダメなんじゃないか?」

 そこかいッ! めっちゃ序盤でしょッ!

「まあ、そう怒んなって。玉の堅さは、現代将棋だと重要だからな」

「そうかもしれないけど……中盤でもうちょっといい手が……」

「中盤なら、5二歩成に同金じゃなくて同飛と……」

 そのとき、教室の端で喚声が起こった。

 振り返ると、姫野(ひめの)さんの席だった。ギャラリーで見えない。

「つじーんが負けたか……」

 誰かが、そう呟いた。

 椅子を引く音。野次馬の間から、(つじ)くんが姿を現す。

「っと、つじーん負けか」

 松平はそう言っただけで、私の方へと向き直る。

 感想戦の続きを……。

「それじゃ、罰ゲーム行こうか」

「へ?」

 私たちは、顔を見合わせる。

 ……あッ!

「や、やらなきゃ、ダメ?」

 私の問いに、松平は眉をひそめた。

「当たり前だろ……そのために500円払ったんだからな」

 ぐぬぬ……言う覚悟はしてたけど、よりによってこいつとは……。

「何飲むの?」

「何でもいいが……コーラで」

 私は歯を食いしばり、席を立つと紙コップにコーラを注ぐ。

 それを持って席に戻り、テーブルの上に置いた。

「ご主人様……お飲物です」

「両手で差し出すとか、そういうサービスはねえのかよ……ま、いいや」

 松平は顔を綻ばせ、そのままコーラを一気飲みした。

 ぷはッと息を吐き、笑顔でコップをゴミ箱にシュートする。

「ごちそうさん」

「……どういたしまして」

 何だか疲れちゃった。……休憩にしましょ。

場所:藤花女学園文化祭

先手:松平 剣之介

後手:裏見 香子

戦型:後手ゴキゲン中飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △5四歩 ▲4八銀 △5五歩

▲6八玉 △3三角 ▲5八金右 △4二銀 ▲7八玉 △5二飛

▲2五歩 △6二玉 ▲7七角 △7二玉 ▲8八玉 △8二玉

▲6六歩 △5三銀 ▲7八金 △6二銀上 ▲6七金右 △4四歩

▲5九銀 △4五歩 ▲6八銀右 △6四歩 ▲9八玉 △7二金

▲8八銀 △9四歩 ▲8六歩 △4二飛 ▲2六飛 △4四角

▲3六飛 △3二飛 ▲4六歩 △同 歩 ▲同 飛 △4二飛

▲6五歩 △同 歩 ▲4三歩 △5二飛 ▲5六歩 △3五角

▲4九飛 △6四銀 ▲5五歩 △3三桂 ▲5四歩 △5五歩

▲3六歩 △2六角 ▲4七飛 △4六歩 ▲同 飛 △5四飛

▲4七飛 △4五歩 ▲2四歩 △同 歩 ▲2七飛 △2五歩

▲2六飛 △同 歩 ▲2二角 △3二金 ▲1一角成 △5一飛

▲1二馬 △5六歩 ▲5二歩 △同 飛 ▲3四馬 △5七歩成

▲同 金 △2八飛 ▲7九香 △2九飛成 ▲4二歩成 △同 飛

▲3三角成 △同 金 ▲同 馬 △5二飛 ▲4三馬 △5一飛

▲5二歩 △4一飛 ▲4二金 △7一飛 ▲5六桂 △5三銀引

▲5一歩成 △4二銀 ▲同 馬 △5三角 ▲同 馬 △同 銀

▲5二と △5四銀 ▲6四桂 △7四桂 ▲7二桂成 △同 飛

▲6二金 △同 飛 ▲同 と △8六桂 ▲8七玉 △9五桂

▲8六玉 △5三角 ▲7五桂 △6二角 ▲8三桂成 △同 玉

▲6一角 △7四玉 ▲5二角成 △8三玉 ▲8四歩 △9二玉

▲8三銀 △9三玉 ▲7二飛 △7四桂 ▲同 馬


まで131手で松平の勝ち

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