表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第11局 うきうき文化祭編(2013年9月11日水曜&10月6日日曜)
67/295

61手目 騙される少女

 10月6日、日曜日。

 今日は、藤花(ふじはな)女学園の文化祭。

 市内のお嬢様学校だけあって、さすがに華やか……だけど……。

「えっと……これは……」

 とまどう私のまえで、甘田(かんだ)さんが親指を立てる。

「サイズが分からなかったけど、ぴったりだね! あたしって天才!」

 メイド服に身をつつんだ甘田さんは、ニシシと笑った。

 なぜ……どうしてこんなことに……。

 私が困惑していると、冴島さえじま先輩が姿をあらわした。

「す、すまねえ、裏見(うらみ)……誘われたとき、なんか変だとは思ったんだが……」

 冴島先輩は、少女漫画に出て来るような執事服に身を包み、両手に手袋を嵌めていた。これは……喋らないと絶対に性別が分からない……。

「いやー、(まどか)ちゃんも、めちゃくちゃ似合ってるよッ! これなら、うちの女子もメロメロ! 間違いなしッ!」

「おいッ! どういうことだッ! 説明しろッ、甘田ッ!」

 冴島先輩は、甘田さんの胸ぐらをつかんで揺さぶる。

 さ、さすがに暴力はまずいと思います。

 ところが当の甘田さんは、例の怪し気なスマイルで答えを返した。

「メールで説明したじゃん。『文化祭で出し物するから、手伝って欲しい』って」

「メイド喫茶とは聞いてねえぞッ! しかもなんでオレは男装なんだッ!」

「あれ? 言ってなかったっけ? おかしいなあ」

 白々しい言い訳をする甘田さんを、冴島先輩は突き飛ばした。

 おっとっと、なんて言いながら、甘田さんは片足でバランスを取る。

「ま、着てくれたってことはオッケーなわけだし、後はよろ」

「なにが『よろ』だ! こんな格好で、なにしろって……」

 そのときだった。教室の外で、女子高生の黄色い声がする。

「きゃーッ! 駒桜(こまざくら)の円先輩だーッ!」

「かっこいいーッ!」

 なんというモテよう……。

 冴島先輩は喧嘩を止め、クールな表情を作ると、前髪をかきあげた。

「お嬢さんたち、ちょっと待っててくれないかな。この女と話があるんでね」

 ……ノリノリかいッ! これじゃ出来レースだわ。

 女の子たちは「はーい」と返事をして、お店のほうに回った。

 そう、ここは控え室。着替えと飲み物の準備をするスペースなのだ。

「それじゃ、ジュース売ってきて」

 甘田さんはそう言って、肩からぶら下げる大きなお盆を差し出した。

 いろんな種類のジュースと、紙コップの山が詰まれている。

 冴島先輩はチッと舌打ちしつつ、それを肩にかけて、お腹のまえで固定した。

「1杯いくらだ? 30円か? それとも50円?」

「100円でよろ」

「100……? 紙コップ1杯100円はねえだろッ!」

「大丈夫、円ちゃんが声をかければ、入れ喰いだから」

 冴島先輩は頬を染め、歯を食いしばった。羞恥心をこらえているみたい。

「約束通り、時給2000円払えよ」

「分かってるって。それじゃ、よろしくぅ!」

 冴島先輩はぶつぶつ言いながら、廊下へと出て行く。

 その途端、何人かの女子が、あわてて先輩のあとを追いかけた。

 ほんとに入れ喰いですね、はい。

「じゃ、香子(きょうこ)ちゃんもよろしくぅ」

 あ……しまった……私もだ。

「あ、あの、ほんとにこの格好で……?」

 私は、ひらひらのスカートを摘み、腰回りを確かめた。

 露出はほとんどないけど……ただ……。

「もちろんッ! メイド喫茶だからねッ!」

「甘田せんぱーい」

 教室のドアがひらき、鞘谷(さやたに)さんが顔をのぞかせる。

 彼女もカチューシャにメイド服という格好だ。

「順番待ちのお客さんが出始めたんで、早く来てください」

 鞘谷さんはそう言うと、私を無視して扉を閉めた。

 去り際に、ちらりと睨まれた気がする。なによ、もう。

「ルールは説明したよね? 1回500円の30秒将棋で、お客さんが勝ったらワンドリンクサービス、プ・ラ・ス、『ご主人様、お飲物です』のリップサービス付き。もち笑顔で」

「……最後のは、なんとかなりませんか?」

 甘田さんは、懇願する私の背中をパシリと叩いた。

「いいじゃん、いいじゃん。文化祭くらい、はっちゃけて行こうよ」

 答えになってないんですが。

「それくらいしてもらわないと、1時間2000円も出せないよ? ね?」

 ぐッ、金に釣られた私が馬鹿だったか。

 コンビニバイトよりも条件がいい時点で、察するべきだったわ。

 裏見香子、なんたる不覚。

「ささ、早く早く」

 私は甘田さんに連れられて、教室を移動した。

 『将棋メイド喫茶』と書かれた看板の前で立ち止まる。

 もうちょっと、ネーミングをですね、はい。

 ガラリとドアを開けた瞬間、私は口元を押さえた。

「こ、こんなに?」

 じゅ、10人以上いるわよ。指してる人、立ち見している人、端のテーブル席で歓談している人──私の入室に合わせて、隅っこに座っていた男子がひそひそ話を始める。

「あれ、駒桜の裏見じゃね?」

「……あ、ほんとだ」

 げッ……顔バレしてる……どっかの将棋部員かしら?

「はい、そこ座って」

 甘田さんは私の手を引っ張って、一番右端の机に向かった。

 私がスカートを揃えて着席すると、早速順番待ちの男子がやってくる。

「裏見ちゃん、よろしくッ!」

「よ、よろしくお願いします……」

 誰? 私は愛想笑いを浮かべながら、駒を並べた。

「裏見ちゃんって、駒桜(こまざくら)市立(いちりつ)じゃなかったっけ?」

「は、はい……今日は、お手伝いで……」

 男子は「ふーん」と言って、駒を並べ終えた。

 パンと両手を叩き、それをすり合わせる。

「じゃ、新人王に、ご主人様と呼んでもらおうかな」

 ……はあ? あんたねえ……。

 何年生か知らないけど、将棋じゃゆずらないわよ。ぼこぼこにしてあげる。

 振り駒をして、私が先手。チェスクロの位置を直し、頭を下げた。

「よろしくお願いします」


  ○

   。

    .


「ま、負けました……」

 相手の敗北宣言に、私は軽く一礼する。

「ありがとうございました」

 開幕から2時間、私はノリにノッていた。

 これで6連勝。ちょろいもんよ。

 男子は肩を落とし、席を立つ。頭を掻きながら、喫茶スペースへと戻って行った。

 先に負かされた男子ふたりが、同情を含んだ目で友人を出迎える。

「なんだ、おまえも負けたのか」

「いや、さすが新人王だわ。一手差にもなんなかった」

「俺も終盤即詰みに討ち取られたからな……」

 ふふふ、これが私の実力よ。

 私は胸を張り、ちらりと隣を見た。4つの机と、メイドが4人。近い方から順番に、横溝(よこみぞ)さん、鞘谷(さやたに)さん、甘田さん、そして──

「次の方、どうぞ」

 姫野(ひめの)さん。

 メイド服も様になってますね……なんか、メイド長って感じ。

 さっきから聞いてる限り、姫野さんも全戦全勝っぽい。一度も負け台詞を言ってないし、勝つのも速かった。私が2局指してる間に、3局ペースで負かしている。

 まさに勝ち頭……もとい、稼ぎ頭ですね。そんな姫野さんの周りには、順番待ちの男子が大勢並んでいた。おじさんも、ちらほら見える。こいつら、負けると分かってて挑戦してるわね。まあ、姫野さんは美人だし、500円で20分くらい同席できるとなれば、安いものなのかも。

 ただ、それってキャバクラと変わらないような。

「香子ちゃん、調子いいね」

 隣に座っていた横溝さんが、私に話し掛けて来た。

 ええ、絶好調ですよ、と。

「そこそこね」

「私なんか……もう3回も言わされてるよ……」

 はい、聞こえてました。御愁傷様です。

 言っちゃ悪いけど、横溝さんが一番弱いから、狙い撃ちされてるのかも……。姫野さんに続いて人気なのが、彼女だから。3番目に人気なのが……私かな? 多分。

 いや、自惚れてるわけじゃなくてですね……その……。

「あれ……(つじ)くん……」

 横溝さんの一言に、私は入り口を見た。

 ほんとだ。それに、蔵持(くらもち)くんと……げげッ!?

「よッ! 裏見ッ!」

「ま、松平ッ!」

 な、なんで一番来て欲しくない奴がここに。

「おやおや、裏見さんも来てたんですか」

 辻くんが、意味深な笑みを浮かべる。

 私はそれを無視して、松平に食って掛かった。

「あんた、なんでここにいるのよッ!?」

「なんでって……つじーん、くららんと一緒に、文化祭巡りしてるだけだぞ?」

 あ……そう言えばこれ、文化祭だった……。

「じゃあ、こんなところに来ないで、ほかを回りなさいよ」

「そんなの、俺たちの勝手だろ?」

 ぐッ……反論できない……。

 私が言葉に詰まっていると、辻くんが口をひらく。

「それに、藤女は大きな学校じゃないですからね。だいたい回り尽くしましたよ」

 蔵持くんもうんうんとうなずいた。

「うん、だから、将棋でも指そうかなあ、と」

 その瞬間、ひとつの影が、猛スピードで飛び出す。

冬馬(とうま)、来てくれたんだ。嬉しい」

「え? あ、涼子りょうこちゃん……」

「ちゃんと席空けてあるから、こっちこっち」

 出ました。鞘谷さんの猛烈アピール。

 仕事中なのに、大丈夫なのかしら。

 蔵持くんが連行されるのを尻目に、松平はこっちに向かって来る。

 え……これって、まさか……。

「じゃ、裏見と一局指すか」

「……お断りします」

 私の拒絶に、松平くんは眉をひそめる。

「なんだ? 順番待ちか?」

「そういうわけじゃないけど……」

「じゃあいいだろ? 500円払うぜ」

 そう言って松平くんは、ポケットから財布を取り出し、500円玉を打ち付けた。

 こういう動作でも、駒を打つ感じになっちゃうのが、将棋指しらしいわね……。

 と、それはどうでもよくて……。ここは、誤摩化しましょう。

「30秒将棋だから、指したらさっさと帰ってね」

 私は駒を戻しながら、早口でそうまくしたてた。

 松平くんは、したり顔で私を見つめてくる。

「それだけじゃねえだろ? ……俺が勝ったら、リップサービスしてもらうぜ」

 こいつ……あらかじめ調べて来たわね……。

「いいけど、負けないわよ? 今日は調子いいから」

「いいや、絶対に負かす。俺が、ご主人様だ」

 松平くんはそう言うと、駒を並べ始めた。

 王様を持った私の指に力が篭る。

「あの……お祭りだから……楽しく……」

「ヨッシーは黙ってて」

「……はい」

 香車を揃え、私は歩を5枚集めた。手の平で掻き混ぜて、宙に放る。

 歩が2枚……。

「俺が先手だな」

 私は黙ってチェスクロを右に移し、歩を並べ直した。

 背筋を伸ばし、チェスクロのボタンへと手を伸ばす。

「よろしくお願いします」

 時計が動き始める。30、29、28──

 松平くんは腕まくりして、しばらく目を閉じると、呼吸をととのえた。

 まるで公式戦のような空気が、テーブルをおおう。

「いくぜ」

 松平くんは7六歩と、角道を開ける。

 私は即座に3四歩。2六歩と居飛車の構えに対して、5四歩と突く。

「中飛車か」

 2五歩を決めるかと思いきや、松平くんは単に4八銀。

 私は5五歩と位を取り、6八玉に3三角と上がる。

 5八金右、4二銀、7八玉、5二飛ッ!


 挿絵(By みてみん)


 松平くんは、ようやくの2五歩。向かい飛車を警戒してた?

 6二玉、7七角、7二玉、8八玉、8二玉と、順々に王様を移動させる。

 お互いに、ほとんどノータイムだ。

「ま、ゆっくり指そうぜ」

 そう言いながら、松平くんはノータイムで6六歩。速い。矛盾してるじゃない。

 一瞬、突っ込もうかと思ったけど、持久戦にしようって意味だと気付く。指すスピードのことじゃないのね。とりあえず、銀を繰り出しましょう。5三銀。

 7八金、6二銀上、6七金右……。さて、どうしますか。7二金としたいけど、松平くんの指し方が変則的だから、ちょっと欲張りたいのよね。

 ……4筋も詰めちゃいますか。4四歩。4六歩と受けたら、5四銀と出ましょう。


挿絵(By みてみん)


 5九銀? ……あ、次に6八銀右か。

 ただ、こうなると、4筋に飛車を振りたくなるわよね。4六歩と突っかければ、一気に突破できる可能性も……。

 ピッ。あうち、30秒将棋はきついわ。4五歩。予定通り、位を詰めましょう。

 6八銀右、6四歩……9八玉ッ!?

 そっか……端歩を突いてないから……とりま7二金として……。

 松平くんは、8八銀と補強する。私は遅ればせながら、9四歩と突いた。

 8六歩の応手が返ってくる。

「うッ……」

 しまった。8七銀〜7九銀〜8八銀だと藪蛇か……もう攻めるしかなさそう……。

 私は覚悟を決めて、4二飛と回る。

 

挿絵(By みてみん)


「ま、そこを狙うわな」

 松平くんは29秒まで考えて、2六飛と浮く。

 ん? 2六飛? 端歩も突いてないのに?

 私は26秒まで読んで、4四角と出た。これが飛車当たりだ。2八飛と戻れば、4六歩、2四歩、4七歩成、2三歩成に2六歩と蓋をして良し。

 私が自分の読みに頷く中、松平くんは再び29秒まで考えて3六飛と寄った。

 え? 3六飛? それ死なない?

 私は3二飛と、同じ筋に回る。次は当然の3五歩だ。1筋に飛車を追い込めば、もうこちらの優勢のはず……ん? 4筋に手を伸ばした?


挿絵(By みてみん)


「歩突き……?」

「こうしないと、受からねえだろ?」

 松平くんはそう言って、チェスクロを押す。

 私は読みに入った。3五歩、4五歩、3六歩、4四歩、3七歩成、4三歩成……。これは玉の堅さが違い過ぎて勝てないわ。3七歩成のところで、4二金と上がれば、3六歩、同飛に3七歩、4六飛、2二角、4九飛成、1一角成……。

 あれ? これも後手まずい?

 ピッ、ピッ、ピーッ! 同歩ッ!

 時間に追われた私は4六同歩と取った。

 や、やだッ! 1秒も読んでない方を指しちゃったッ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=454038494&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ