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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第11局 うきうき文化祭編(2013年9月11日水曜&10月6日日曜)
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60手目 任命される少女

 学校の廊下。

 肩を怒らせて歩く私を、松平まつだいらが追っかけてくる。

「おーい、裏見(うらみ)

「……」

「裏見さーん、裏見香子さーん」

「……」

「裏見ちゃーん」

 うざい。私は怒りをあらわに、うしろを振り返った。

「お、やっと振り向いてくれたな」

 ムカつくほど爽やかな笑顔で、松平(まつだいら)は手を振った。

 引っぱたきたい衝動をおさえて、私は彼をにらみつける。

「なんの用?」

「いやあ、この前のことで、謝ろうと思ってな」

 こいつ、反省する気ゼロでしょ。

 そう思った途端、松平は急に頬の筋肉を引き締めて、頭をさげた。

「ほんとうに、すまなかった」

 ふむ……一応、誠意は感じられるかな。

「……赦さないでもないわよ」

 私がそう言うと、松平は例の陽気な顔に戻る。

 ぐッ、やっぱり赦さない方が良かったかも。

「それともうひとつ、頼みがあるんだ」

「頼みごど……? 私に?」

 松平は深くうなずくと、急に真面目な顔をした。ノートを見せてくれとか、金を貸してくれとか、そういう話じゃないみたいね。まあ、どっちも貸さないけど。

 私は腕組みをして、不承不承という表情を作る。

「話くらいは、聞いてあげるわよ」

「うむ、実はな……将棋部を男女共用にして欲しい……」

 ……は?

「女子将棋部を廃止して、普通の将棋部にしろってこと?」

 松平は、またまた深くうなずいた。

 私は目を細めて、松平の顔を見つめる。熱あるんじゃないでしょうね。

「あのね、私に相談してどうするのよ。顧問に言ってちょうだい」

「じゃあ、裏見から顧問に話をつけてくれ」

「だから、なんで私なの? せめて部長に……」

 松平は人差し指をふってみせる。

 ほんと、いちいち仕草が癇にさわるわね。

 眉間に皺を寄せた私をよそに、松平は先を続けた。

「今から動いても、改編は来年度になるはずだ。そんときは、おまえが主将だろ。それなら最初からおまえに頼んどいた方が、話が早い。大川(おおかわ)先輩は卒業しちまうしな」

 そもそも志保(しほ)部長は、そんなことしてる暇が……。

 ん? 今、なんて言った?

「私が主将……? なに言ってるの?」

 私が首をかしげると、松平も首をかしげた。

 お互いに顔を見合わせて、「え?」となる。

「……来年度は、おまえが主将だろ?」

「いや、そんなこと聞いてないし」

「そんなはずはない。おまえが主将だ」

「あんたが決めることじゃないでしょ。勝手なこと言わないで」

 私が声を荒げると、隣で教室のドアがひらいた。

「おーい、廊下で騒ぐ……おっと、剣之介(けんのすけ)か」

 見知らぬ男子の登場に、私はチャンスを見出す。

 松平が気を取られている隙に、私はこっそりとその場を去った。

 階段の手前で松平の声が聞こえたけど、無視。部室へ直行。

 1、2回振り返ったけど、さすがに追っては来なかった。部室(という名の物置き部屋)に到着した私は、勢いよくドアを開く。

「裏見、入りまーす」

 敷居を跨ぐと、室内の視線が、一斉に私へと向けられた。

 おっと、全員集合ですか。どういう風の吹き回しで。

「お、ちゃんと来たな。ヒヤヒヤしたぜ」

 あれ? なにか集合かかってたかしら? 記憶にございませんが。

「今日って、何かありましたか?」

 私の質問に、冴島先輩は目を見開いた。私ではなく、歩美(あゆみ)先輩を睨む。

駒込(こまごめ)、おまえちゃんと回覧メール送ったのか?」

香子(きょうこ)ちゃんのメアド、聞き忘れてたのよね」

 しれっとした歩美先輩の回答に、冴島先輩は溜め息を吐く。

「部長に訊きゃいいだろ。ちゃんとメーリスあるんだからな」

「夜中だから、悪いかなと思って」

「今朝は時間あっただろッ! おまえ、絶対忘れて……」

「あのー、そろそろ始めてもよろしいでしょうか?」

 困ったような顔で、志保部長が一同を見回した。

 冴島先輩は口を閉じ、椅子に座れと私に顎で命じる。

 はいはい、すぐに座りますよ、と。

 私が着席すると、部長はパンと手を合わせた。

「では、会議を開きます。議題は、来年度の新体制と、文化祭についてですね」

「わーい、待ってました」

 数江(かずえ)先輩が、よく分からない合いの手を入れた。

 部長は、先を続ける。

「まずは、新体制についてです。メールに書いてあったと思うのですが……」

 そう言いながら、部長は私の方へ視線を向けた。

「そ、そのメール……貰ってないんですけど……」

 私がそう返事をすると、部長は何だか申し訳なさそうな顔で、両手を合わせた。

「駒込さんの指名で、裏見さんが、来年度主将ということになりました」

 ………………はッ!?

「え? あ、あの……どういうことですか?」

「うちの部では、現主将が次期主将を指名する方式なんです。一応、形式的に選挙はあるのですが、全員賛成みたいですし、その必要も……」

「え、え、え、ちょっと待ってくださいッ!」

 私が椅子から立ち上がると、みんなびっくりしたような顔をした。

 いや、びっくりしてるのは、私よッ!

「何で私が主将なんですか?」

 部長は理由付けをする代わりに、歩美(あゆみ)先輩へとバトンタッチした。

 歩美先輩は顔色ひとつ変えずに、くちびるを動かす。

「私が香子ちゃんを推薦した理由は、ふたつ。ひとつ、来年度の2年生が、香子ちゃんしかいないこと、ひとつ、香子ちゃんの棋力なら、主将として申し分がないこと、以上」

 それだけ言って、歩美先輩は説明を終えた。

 え? なんで? 松平は、これを知ってたの?

 私はパニックになりながら、もごもごと口を開く。

「で、でも、私は仕事も何も分からないですし……他の人のほうが……」

 冴島先輩は、

「他のヤツは、全員3年に進級するだろ」

 と言って、歩美先輩へと首を伸ばす。

「駒込、おまえもするんだよな?」

「大丈夫……多分」

 た、多分って。どんだけ赤点取ってるんですか。

 言質を取った冴島先輩は、ふたたび私へと向きなおる。

「だから全員入試で忙しいんだよ。特に2学期からは、身動き取れねえしな」

「じゃ、じゃあ、1年生が入ってから考えても……」

 歩美先輩はこの提案を蹴った。

「それはないわ。1年生が主将じゃ、部がまとまらないし、それに、香子ちゃんより強い1年生が入って来るって噂は、今のところ耳にしてないもの」

 言い終わった歩美先輩は、志保部長に顔を向ける。

「他の人も賛成なんでしょ?」

「ぶ、部長としては、異論ありません……」

「オレもねえぜ」

「あたしもなーい」

「私もありません」

 志保部長、冴島先輩、数江先輩、八千代(やちよ)先輩が、口をそろえた。

 こ、これって、強制なんじゃ。

「で、でも、私、なにをしていいのか」

 歩美先輩は「ふむ」と言って、腕組みをした。

「確かに、そういう問題はあるわね。香子ちゃんは学生将棋歴が短いから、組織の運営とか、他の学校のコネとか、不十分なところがある。だけどそれを補うものもたくさんあるわ。新人戦優勝、秋の個人戦も、サーヤを破って2回戦進出。これなら、他の学校に対しても箔がつくし、舐められないでしょ」

 褒めてもらえるのは嬉しいんですが……それでも……。

「ちょ、ちょっとくらい、考える時間を……」

「んー、香子ちゃんに拒否されると、困るんだけど」

 要するに、拒否権はないと。ムチャクチャ。

「ほ、ほんとに分からないことが多いですし、幹事会とか……」

「その点はだいじょうぶよ」

 歩美先輩はそう言って、八千代先輩に視線を投げた。

 八千代先輩は頷いて、席を立つ。

「不肖、傍目(はため)八千代(やちよ)、大川先輩より、来年度部長を承りました」

 え? 八千代先輩が部長なの? それって──

「八千代先輩、来年は3年生なんじゃ……」

「はい、もちろん3年生です。しかし大川先輩と同様、推薦枠が取れそうなので、現2年生の中では、一番余裕があると判断されました」

「だ、だったら、八千代先輩が主将も……」

「部長は事務方ですから、観る専の私でもできます。しかし、主将は別です。部員の棋力を判断して、オーダーを作成したり、育成をしなければなりません。それは、私ではできない作業です」

 私が狼狽する中、歩美先輩は勝手に話題を変えた。

「さてと、問題は、幹事なのよね……香子ちゃん、会長からはなにも言われてないの?」

 ん? またその話ですか? 個人戦でも訊かれた。

「せ、千駄(せんだ)会長からですよね。なにも……」

「てっきり、香子ちゃんにも声がかかるかと思ったけど」

「あの……なにか言われてないとおかしいんですか……?」

「そういうわけじゃないけど……ただ来年度の役員に、香子ちゃんが推薦されていてもおかしくないから、みんな気になってただけ」

「役員……?」

駒桜(こまざくら)市高校将棋連盟の役員よ。会長、副会長、会計、会計監査しかないけど、会計監査以外は2年生が務める慣わしだから」

 ここで冴島先輩が、

「役員は、幹事と兼任だからな。出す手間が省けるかと思ったんだが……」

 とつぶやいた。

 あ、そういう……ようするに私が主将兼幹事をやれと。

 い、忙しすぎるのでは。

「ら、来年度は、だれが役員になりそうなんですか?」

 先輩たちは、お互いに意味深な目配せをした。

 冴島先輩が答える。

「会長が蔵持(くらもち)、副会長が鞘谷(さやたに)って噂だ……。会計は分かんねえが、監査は千駄だろ。前会長の名誉職で、子守りみたいな立場だからな」

「蔵持くんが会長なんですか?」

 私の声音に、冴島先輩はニヤリと笑った。

「なんだ? 不満か?」

 しまった。私は発言を後悔する。

「そ、そういうわけじゃ……」

「隠さなくたっていいぜ。久世(くぜ)千駄(せんだ)に比べると、はっきり格が落ちるからな。自分より弱い奴が組織のリーダーってのは、どうしても心にしこりが残っちまう」

 うぅ、私の心境を代弁してる。

 とはいえ蔵持くん、人当たりが良さそうだし、棋力以外に異論はないのよね。

(つじ)くんは、どうなったんですか?」

「オレも、会長はつじーんだと思ったんだがな……そのへんの裏事情が分からねえ。副会長が鞘谷ってのも謎だ……愛人枠か?」

 先輩、それは洒落になってないです。

 歩美先輩は、

「会計に香子ちゃんってのも考えられたけど……さすがに経験不足と見たのかな。学生将棋に参加して半年の人間を、簡単には推薦できないって考えたのかも」

 と推理した。合理的。私もそう思います。

 っていうか、そういう役職はやりたくないです。正直。

 八千代先輩は、

「来年度の5月くらいまでなら、私が幹事を継続してもいいです」

 と申し出た。それがいいです。決まり。

 歩美先輩も納得したようで、

「そうねえ……幹事は学期の途中でも変更ありだし、連盟と部の連絡係だから、なんとかなるか……保留にする?」

 とみんなにたずねた。

 はいはい、それがいいです。私は何度も首を縦にふる。

「オレは裏見が兼任でいいと思うが……」

 ダメです。絶対ダメ。

「1年生に適当なのが入ってきたら、その子でいいんじゃない?」

 数江先輩、ナイス。

「では、この件は保留にしましょう。文化祭の話も残ってますし」

 部長の一言が決め手になったのか、この話題は打ち切られた。

 ……あれ? ちょっと待って。主将は私で決まり?

 これって……言いくるめられた?

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